一般ア社モブ隊員のある一日。
施設や設備や移動にかかる時間や何やは全て捏造と妄想です。
ル解√にて621の排除に成功してしまいヴェスパー部隊の末席(V.Ⅷ)に据えられたウォルターの話。
つまり621は死んでます。出てこない。
ウォルターが企業に従順な性格(再教育と調整)で四肢欠損の全義肢(ファクトリーでの加工)になってます。
ア社が大勝利してるので他のヴェスパーも生きてます。
ただラスティが抜けたのでⅤ以下は繰り上げの番号になってます。
ラスティはおそらく生きてる(TAで一命を取り留めた)。
AMは誰かがコンセント引っこ抜いたので電源とデータが飛びました(雑)。
トリガーになりうる強化人間もいないですしね。
汚染は確実に広がってる(プラントでの星外輸出)。
他捏造要素として、
オキーフがウォルターを知っている(元は第二世代と言うことで技研時代に接触、交流があった)。
等があります。お気を付けください。
ヴェスパー部隊の組織体系等も当然妄想です。
一瞬ですがシモ系に触れる話が出ます。
一瞬ですがモブの名前が出ます。
ご注意ください。
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午前5時。起床。
眠い。
身だしなみを整え、パイロットスーツに着替えて部屋を出る。
ルームメイトは共用スペースのテレビにイヤホンを挿してドラマを見ていた。座卓に置かれたマグカップに湯気は見えなかった。
今日の予定は補給部隊の護衛。それを請け負う新第8部隊への参加だ。解放戦線やらレジスタンスやらが平定されつつある今、危険度や難度の高い任務はそうそう発行されない。今回もピクニックのようなものだろう。
午前5時45分。食堂。
まだ人のまばらな廊下を進んで食堂に入る。トーストにオムレツ、サラダを皿に取りながら盆を持って順路を進む。今朝のスープはコンソメだった。最後にドリンクサーバーへ立ち寄りカフェラテを淹れる。
見渡した室内には数える程度の人影しかない。普段はあまり座れない、窓際の端の席へ腰を下ろす。日が昇ったばかりの空は、薄い青と金色に見えた。
ふと前方の席に、第3部隊長のオキーフ隊長と新第8部隊長のウォルター隊長が座るのが見えた。
珍しい組み合わせだ――と思う。しかし失礼にならないよう、なるべく目をそらして食事を続ける。
だが耳は、その会話を拾ってしまう。特段大きな声で話しているわけではない。ただ人が少なく、その分音も少なく、早朝で空気が張っていたのだ。
「補給部隊の護衛につくと聞いたが」
「そうだが……何か問題でも……?」
「いや。第2隊長が立案したと聞いたのでな。だが……まあ、特に目立った不安要素は無いか」
「ホーキンス隊長とペイター隊長もいる。護衛が要ると言うより、第8部隊の練度を上げるのが狙いなのでは?」
「だと良いがな。とにかく、気を付けろよ」
「ああ。気遣い感謝する。……ところで、それだけで足りるのか?」
「よく噛んで食べているからもんだいない……」
「む……ほら、これを。コンソメスープ。少しは足しになるだろう。熱いから気を付けてくれ」
「ん……悪いな、坊」
「坊? オキーフ隊長、俺を誰かと間違えたか? ……ふふ。休息はちゃんと取ってくれ、貴方のためにも」
「…………そうかもしれん。悪かった」
「いや、気にしないでくれ。ふふふ」
穏やかな、私的な会話だった。
オキーフ隊長がウォルター隊長を気にかけているのには、驚いた。新入りと言うことで情報局長官直々に警戒しているのかとも思ったが、それにしては懐古を感じさせる。まるで知り合いの少年を気遣うような……。しかしそれにしてはウォルター隊長が他人行儀だ。ウォルター隊長に誰かを重ねているのだろうか。いや、だがオキーフ隊長がそんなことをするとは思えない。
そんなことを考えながら黙々と朝食を食べていく。コンソメスープには、色々なかたちのショートパスタが入っていた。
午前7時過ぎ。開発局。
知り合いから連絡が着て、急遽先進開発局へ行くことになった。外せない別件が入ってしまい、すぐに拠点を離れることになったから開発局で荷物の受け渡しをして欲しい、と。受け渡しの同行だったかもしれない。とにかく、開発局へ行くことになったのだ。
移動用の装甲車に揺られること十数分。普段あまり関わらない建物が現れる。随分大きく不気味に見える。
装甲車が建物の、出入り口の前で停まれば、降車の時間だった。
外の空気に解放感を感じ、伸びをする。パキパキ背骨が鳴って、間延びした声が出る。ふう、と一息吐いて装甲車を振り返ると、そこにはここで降車したひとが、もう一人いた。その人は走り去っていく装甲車を背景にこちらを見ていた。
「ゎ――うわあッ!? し、失礼しました! お見苦しいところを……!」
「気にしないでくれ。確かにあの装甲車は、座席も背もたれも硬い」
その人――ウォルター隊長は小さく頷きながらそんなことを言った。そして真っ直ぐに視線を合わせて、訊いた。
「お前が今回の同行者か」
「同行……? いえ、自分は知り合いに荷物の受け渡しを頼まれただけで……」
「つまりお前が今回の同行者と言うわけだ」
ウォルター隊長が、やはり真っ直ぐに視線を合わせたまま、今度は大きく頷いた。
いまいち状況を飲み込めないこちらを置いて、ウォルター隊長はエントランスへ入っていく。ちょいちょいと手招きをされてハッとする。小走りに、その姿を追った。
「受け渡す荷物は俺の義肢だ。試作品のテスターをしているから、その換装をな」
曰く、日によっては複数試作品を渡されるので「荷物持ち」が欲しいのだ。もちろんその義肢の着脱を把握して、必要な範囲で周知すると言う役割もある。ウォルター隊長が意識を失った時などに、ウォルター隊長以外の人間が着脱できるように、だ。そう言えば確かに、時々同僚や知り合いが義肢のマニュアルを開いて説明していた。
ウォルター隊長の話を聞きながら、普段歩いている廊下と同じようでどこか違う廊下を歩いていく。当然のことなのだろうが、通い慣れた風だ。
いくつも窓や扉が流れていく。廊下は静かなのに、窓の中では火花が散っていたりオイルが流れ出たりしていた。
ひとつの扉の前で立ち止まる。目的地に着いたらしい。ウォルター隊長が社員証(カードキー)を機械に通して解錠する。プシュウ、と飾り気のない扉が開いた。
室内は医務室にも似ていた。ベッドがあり、薬品棚があり、デスクがある。だが大きな衝立の向こうには、手術台のようなものが見えた。
「お疲れ様です。相変わらず時間通りですね、助かります」
すぐに白衣をまとった局員が部屋の奥から出てくる。その後ろに、3名ほどが続いていた。カラカラと押されるワゴンのキャスターの回る小さな音が聞こえた。
ウォルター隊長も局員たちも、慣れたものだった。
ベッドに腰かけたウォルター隊長がジャケットを脱ぐ。通常のパイロットスーツでは指先までスーツに覆われているものだが、ウォルター隊長のものは袖が無かった。肩口からすらりと伸びる腕は左右どちらも鈍い銀色をしていた。ところどころに、デバイスランプの小さな光が点っている。
下肢もまた似たようなものだった。カーゴパンツの下には腕と同じく艶の無い銀の義足があった。腿の高い位置で裾は無くなっていた。靴から出てきた爪先に、爪はなかった。
「んッ……」
ウォルター隊長の頸部や背部、腰部にコードが繋げられる。何かしらの信号や操作を送受信しているのだろう。
接続は数秒だった。コードが抜かれると、局員たちがウォルター隊長の身体をベッドへ横たえる。義肢はすべて動かなくなっていた。局員の掴んだ義手の手首が、カクンと俯くのを見た。
取り外しに多少の痛み――あるいは衝撃――が伴うのか、ウォルター隊長の口からは、都度小さな呻き声が漏れていた。
局員がスーツの裾を鼠径部まで引き上げる。遠慮の無いその上げ方に、思わず顔を逸らした。
「ああ……すまない。見苦しいな」
ウォルター隊長の申し訳なさそうな声が聞こえた。反射的に「いえそんなことは」と若干裏返った返事をする。くすくす、と局員たちは小さく笑っていた。
「スカートタイプにしますか?」
「切除手術も良いかもしれませんね」
「切らなくても、タックと言う選択肢もありますよ」
「ああ、うん、いや……考えておこう……」
男声も女声も、明け透けな物言いだった。しかもそこには嘲笑や侮蔑の色なんて無く、純然たる好意とか気遣いで吐かれた様子のものしかないのが異質に思えた。他人の身体を都合よく弄るのに抵抗が無いと言うか、効率と探求が第一と言うか。
「さ、もう大丈夫ですよ。と言うか、着脱の確認をしてもらいたいのでここからはちゃんと見ていてください」
「う……す、すみません」
振り返ると、四肢を取り外されたウォルター隊長がいた。肩口に嵌め込まれたソケットから流れ出る赤色は、心なしかきらきらとして見えた。
「では、こちらが今回試していただく義肢になります。前回試していただいた義肢の改良版ですので、特に大きな変更点はありません。光ファイバーの素材に高純度のコーラル結晶を採用しているので、情報伝達速度はかなり良くなっているはずです」
ワゴンに乗せられていた真珠色の義手を差し出して局員が言う。艶の無いやわらかな白の腕は、しかしその中にきらめく赤を収めている。ウォルター隊長の肩口から流れた赤によく似ていた。
局員に促されて着け方を確認する。それぞれ向きと穴の位置を確認して、押し込む。作業としてはそれだけ。後は着用者であるウォルター隊長自身が接続や感覚の調整をするらしい。
外す際は着用者が義肢との接続を切っていることを確認してから外すこと。決して無理に引き抜いたり切り落としたり叩き壊したりしないこと。情報やコーラルが逆流したり、そもそもその感覚が本体へ伝達されることは、言うまでもなく大きな負荷になる。
「装着直後はファイバー分のコーラルが「増加分」として認識されるので軽い目眩や酩酊感に見舞われるでしょうが、問題ありません。そのためのコーラル「管理」デバイスなので」
実際義肢を接続されたウォルター隊長はベッドの上でまどろむような顔をしていた。先ほどまで接続の刺激に眉をひそめていたのに。
局員の言う脳深部コーラル管理デバイスとは、既存のそれを独自に改良し、体内のコーラルを身体が認識する量を人為的に操作できる代物らしい。これにより体内に過剰なコーラルが侵入しても身体は通常量とか過不足無しとか――つまり勘違いして、支障無く活動を続けられると言うわけだ。
「予備の義肢はこちらになります」
万が一の時のための義肢がケースに入れられ、渡される。ウォルター隊長から取り外された義肢は既に回収されてどこかへ行っていた。
「ではマニュアルを渡しますのでこちらへ。端末はお持ちですか?」
局員のひとりに促され、デスクの方へ行く。ベッドの側に立つ局員が「今回の義肢の使い心地は……」なんて、ウォルター隊長にレビューを求めているのが聞こえた。
午前8時半。ブリーフィングルーム。
開発局から本部棟へ戻り、そのままブリーフィングルームへ向かう。なし崩し的にウォルター隊長に同行してしまっている。何もかも、開発局員たちの探究心のせいだ。なかなかウォルター隊長を解放しなかった。それでも背筋を伸ばして廊下を歩く姿が健気に見える。
指定のブリーフィングルームには、既に新第4部隊長のホーキンス隊長がいた。
「申し訳ない、遅れてしまった」
「珍しいこともあるものだねぇ……ああ、開発局帰りか。それは災難だったね」
ホーキンス隊長の目が、予備の義肢の入ったケースを見て細まった。困ったような笑顔だ。どうやら開発局員の探究心は有名らしい。
事情を把握してくれたホーキンス隊長は「まあ座ってよ」と椅子を勧めてくれた。
「あっ。えと、お茶淹れてきますね……!」
ホーキンス隊長の手元の紙コップを見て慌ててサーバーへ走る。手早く3人分のコーヒーを淹れてテーブルへ戻った。
「はは、ありがとうね」
「すまない」
それぞれの隊長の前に紙コップを置く。ホーキンス隊長の古いものは、僭越ながら片付けさせてもらった。
ようやく、ブリーフィングが始められる。
「まず先に伝えておくべき変更点があってねぇ……第7部隊のペイター君も僕の補佐官として同行する予定だったのだけど、他に任務ができてしまったようで、来られなくなってしまったんだ」
「了解した」
「他は特に無いけど……そちらは大丈夫だったかな?」
ホーキンス隊長がタブレットを操作する。プロジェクターに繋げられているそれは壁に変更点を映し出す。参加部隊の欄にあるペイター隊長の名前が二重線で消された。
ウォルター隊長がタブレットに目を落とす。作戦内容を今一度確認しているのだ。
「……。ああ。こちらは変更点等は無いな。この内容で問題ない」
ウォルター隊長が顔を上げる。ホーキンス隊長が、にこりと笑いながら頷いた。
「了解だ。ではこれで隊員に通達しよう。今日はよろしく頼むよ、ウォルター君」
「こちらこそ、よろしく頼む」
二人の隊長は立ち上がって握手を交わす。ブリーフィングはこれで終わりのようだ。時間にして20分前後。あまりに手早くあっさりとしている。それとも、これが普通なのだろうか。普段「隊長」等と言う存在とは関わりのない一般隊員には分かりかねた。
予備の義肢のケースを忘れずに持って、ウォルター隊長と共にブリーフィングルームを後にする。
午前9時半前。新第8部隊長執務室。
いわゆる「部隊員」に今回の義肢のマニュアルを配り、着脱方法を伝える。
部隊員とは、言葉通り部隊に配属されている隊員だ。分かりやすく言うなら、隊長直属の隊員。人数は隊ごとに異なるが、3~10人前後と言う認識だ。他の隊員は、実は特定の部隊には所属していない。作戦ごとに派遣されるのだ。自分は後者だった。
なのでまあ、義肢について説明する間のアウェイ感と言うか「何故こいつが」「誰だお前」と言った眼や空気を向けられるのは仕方のないことだった。特にこの新第8部隊は「犬小屋」だの「犬の溜まり場」だの揶揄される程度には隊長への忠誠心が高い。故など知る由もないが。
「い、以上が今回の義肢の取り扱いです……。それであの、こちらが予備の義肢だそうです……」
「ありがとう。……ところで君、もしかしてカトーの知り合いか?」
カトーと言うのは件の知り合いの名前だった。そう言えば奴はいつぞや「配属された」と言っていた気がする。この新第8部隊だったらしい。
首肯すると、その隊員は溜め息を吐きながら肩を落とした。
「……ヤツは実家の祖母が倒れたとかで隊長の指示の下、臨時の里帰り中だ。悪いが君、ヤツの代わりに今日一日我々に同行してもらっても良いか」
同意を求めてはいるが、拒否を認めない圧だった。部屋の奥の方から「隊長は優しいからすぐ休ませるし帰らせる」「……そうは言うが、」「あーあー。良いです良いです。それが隊長ですし、そう言う隊長が好きですから」なんてやり取りが聞こえてきた。ウォルター隊長は随分慕われているらしい。
「……自分が居たところで何になるとも思えませんが、隊員殿や隊長殿が構わないと仰るなら」
不承不承、仕方なく、と言った風に答える。本心ではある。自分のような末端に何ができるのかと。
だが同時に、良い機会だと思った。ルビコンの動乱の後に加入した出自や詳細の不明な新隊長とその部隊。社内ネットワークの片隅に作られた掲示板にも、立てられるのは未だに謎や疑問を煽るスレッドがほとんどである、謎めいた隊。興味が、そそられた。
「では、今日一日よろしく頼む」
こちらの思惑を、おそらく知らないだろう隊員が鷹揚に頷く。
部屋の奥の執務机に、事務仕事に励むウォルター隊長の姿が見えた。あの書類の山たちは、いつまでに捌ききらなければならないものなのだろう。
午前11時。作戦開始地点。
目的地はウォッチポイント・アルファ。技研都市へと続く巨大な遺構。そこを修繕、改修して、アーキバスはウォッチポイント・アルファをより使いやすい施設へと改装している。今回は、そこの作業員たちのための食料や機材の補給が目的だ。
物資を積んだ装甲車を中心に、前後左右を戦車やMTで固める。ホーキンス隊長のリコンフィグは隊列前方に。ウォルター隊長のHAL826は殿にいる。
参加隊長間で合意・最終決定された作戦内容は、出発前に各隊で共有済みだ。
ピクニックが始まる。
独立傭兵が、確認されている範囲では一掃され、ベイラム・インダストリーもまた手を引いたルビコンはアーキバス・コーポレーションの独擅場と言っても過言ではない。敵性反応が出るとしたら――
「左斜め後方よりMT数機接近しています。識別は解放戦線」
「こちらでも確認した。単騎で当たるな。1機に2機で当たれ。フォローは俺がする」
「了解」
隊列の左側からMTが何機か離れていく。そしてその穴を埋めるようにHAL826が動いた。
戦力差は言うまでもない。
解放戦線は前(さき)の総力戦で消耗し過ぎた。元第4部隊長の裏切り者ラスティがどうなったのかは知らないが、少なくとも蜂起の旗印となった独立傭兵レイヴンは斃された。海辺に不時着した巨大船艦――あるいは戦艦?――の上に燃え残った機体残骸から得たブラックボックスで、死亡が確認されたそうだ。
何よりアーキバスの機体には企業の技術の他に惑星封鎖機構の技術も用いられているし、乗り手の練度も日々高められている。主戦力を失った解放戦線が用意できる人材と設備に、遅れを取る要素がないのだ。
そして相手は所属隊員が「猟犬」と表されることもある新第8部隊。運が悪かったとしか、言いようがない。
解放戦線のMT1機に、アーキバスのMT2機が食らいつく。仲間を助けようとするMTにHAL826から赤い閃光が打ち込まれ、既に1機を処理した他の2機に噛み付かれる。流れるような「狩り」だ。なるほど「猟犬」と言われるのも分かる。揶揄や嘲笑ではなく、畏怖や賞賛としてそう表している人間は多からずいるだろう。
「お疲れ様。損傷は大丈夫かい?」
襲撃を退け元の隊列に戻ったところでホーキンス隊長から通信が入る。
「損傷軽微との報告。作戦遂行に支障は無い。念のためにコアと頭部の双方を潰してできるだけ戦闘データの送信をさせないようにしたが、多少の漏れはあるだろうか」
「まあ、多少は仕方ないよ。それにいつかは対策されちゃうことさ」
「……感謝する。それと、再度襲撃される可能性は十分考えられる。補給部隊でも何か気付いたことがあれば共有してもらえると助かるので、よろしく頼む」
「そうだねぇ。たぶん物資が欲しいんだろうね、解放戦線は。こちらも警戒しておくよ」
そんなやり取りをして隊長二人は通信を終える。
以降の道中で大きなトラブルは無かった。
やはりと言うべきか、襲撃自体はあったが初回と変わらぬ小さなものだった。やはり戦力やそれを上手く使う人員が失われているのだろう。連携も、烏合の衆とも言うべき粗末さだった。
かくしてウォッチポイント・アルファに辿り着いた補給部隊とその護衛は無事に任務を果たすことができた。
積み荷を下ろして拠点へ戻る。
そのままウォッチポイント・アルファに一泊しても良いのでは、と思ったが、どうやら隊長両名には拠点の方での仕事があるようだった。新たな作戦のブリーフィングや書類の受け渡しだろう。
意外に思われることもあるが、アーキバスでは未だに紙の書類もデータ保持の観点から使われている。紙とデータ、ふたつの形態で情報は保存されるのだ。
午後9時。食堂。
食事の時間としては少し遅い。だがまあ仕方ない。惣菜の盛られた小皿を取って行きながら、夕食を組んでいく。夜のスープは豚汁だった。
拠点への帰還後、ACのガレージの一角に人が集まっているように見えて、好奇心のまま野次馬しに行った。他にも何人かが野次馬しに来ていた。
集まっていたのは整備士と開発局員だった。
HAL826の周りで、何かしている。それが「コア」の取り外しだと解るのに時間はあまりかからなかった。
遠目にだが、HAL826の背部が開いて「コア」を格納・保護する内殻が露出する。そして更に内殻が開いて、そこへ整備士数名が手や上半身を突っ込んでいた。そうして、ややあって、“小さなコア”がコックピットから回収された。それは足場の上で義肢を嵌め、五体満足になると数名の開発局員たちと共に地上へ下りてきた。
義肢を、外しているのか、と思った。
ACとMTはその規格の違いからガレージが別になっている。出撃時には、立ち会っていなかったのだ。だから初めてどんな状態でウォルター隊長がACを駆っているのかを知った。第2部隊長なんかは「調整」を繰り返していると聞くが、“四肢を外して”ACに乗っているとは聞かない。他の部隊長もそうだ。背景からACまで、何もかも異質だと思った。
茫とそんなことを考えながら席を取る。廊下側の壁に近い席。少し離れた場所では新第5部隊長であるメーテルリンク隊長が食事を取っていた。
ウォルター隊長はあの後開発局員たちと共にどこかへ行ってしまった。向かった先は、おそらく開発局だろう。何をしに行ったのかは知らない。同行しろ、と言った類いの指示も無かった。自分含めた野次馬に「こんなところで油を売っていないでよく休め」と苦笑したウォルター隊長も、ちゃんと休めていると良いけれど。
おそらく合成だろうが、魚の塩焼きとポテトサラダとパンと豚汁。ルビコンでの利権闘争に勝利した、アーキバス勢力に許された、恵まれた食事。それらをつつきながら、非道が平然と道を横切っていく現実を何となく考えた。もしもアーキバスに入社していなければ。もしもこのルビコンに生まれていたら……。きっと、疲れていたのだ。
もそもそフォークを動かして食事を終える。ひとりでの食事などすぐに終わるものだ。返却口に盆と皿を返せば、腕部だけの機械が食洗機と消毒装置へ皿と盆をそれぞれ放り込んでいた。
午後10時過ぎ。新第8部隊長執務室。
ねむい。つかれた。風呂とまで言わないが、シャワーを浴びて横になりたい。気を抜くと目蓋がすぐに落ちていく。
「悪いな。だがもう少しだけ付き合ってくれ」
隊員のひとりが苦笑する。ここにいる隊員たちも新第8部隊である以上、護衛任務に参加していたはずだが――テキパキと動いている。やはり部隊付きになる隊員とはタフでなければならないのだろう。
勧められるまま、ソファに腰を下ろす。ふかふかでなくて良かった。革張りの、冷たくしなやかな固さが、足の疲れを少しだけ遠ざけた。
「さて。では今日の報告を頼む。隊長に怪我や不調は無さそうだったか?」
「無さそうだったか? と言われても……普段を知らないので……」
そう言えばここにもウォルター隊長の姿は無いようだ。奥の執務机には朝と変わらない高さの書類の山。まさかまだ帰ってきていないのだろうか。それとも、もう休んでいるとか。
「まあそうだな。……君から見て、今日の隊長はどうだった?」
「ええ……? えぇと、そうですね……特におかしなところは無かったと思います……。ブリーフィング中も義肢はちゃんと機能していましたし、作戦行動中もオペレートと実働を平行してらしてスゴいと思いましたし、帰還後のガレージでも自立と会話できていましたし……そう言えばウォルター隊長はもうお休みになられたんですか?」
「ふふ。そうか、ありがとう。……隊長は開発局だ。迎えは行っているから、もうそろそろ帰ってこられるだろう」
おそらく、その迎えとやらも本来なら自分が行くべきだったのだろう。だが隊員は誰もそれを責めなかった。突然隊の仕事に巻き込まれた部外者への気遣いか、それとも部外者にこれ以上隊の内側を見せたくないからか。まあ、穏便に終えられるならどちらでも良いが。
それにしても――まだ帰ってきていないのか。隊長とは大変なのだな、と思った。
隊員とそれからまた少しやり取りをして、ではこれで、と席を立とうとした時だった。
ガチャリと扉が開いた。
「……ああ、引き留めてしまっていたようだな、すまない。もう戻って休んでくれ。必要なら人をつける」
件の迎えと思われる隊員に支えられながらウォルター隊長が部屋に入ってくる。少しだけ覚束無い足取りは義足の不調なのだろうか。
「あ、えと、ありがとうございます。でも一人で戻れるので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
予想外に気遣われて、驚いた。隊長と言うのはもっと取っ付きにくく事務的な人種だと思っていた。特にこの、謎多き新隊長は。
「そうか? もう遅い。気を付けて帰れ」
「あ、ありがとうございます」
ソファを通り過ぎてウォルター隊長は部屋の奥へ向かう。奥にプライベートスペースがあって、そこに引っ込むのかと思った。けれど、あろうことかウォルター隊長は執務机へ就いた。思わず、え、と声が出た。
「え。あの、え……? 休まないんですか……?」
驚愕の声は当人には届かず、傍の隊員にだけ届いた。
「休んでいただきたいのは山々なのだがな」
椅子に座り、一息吐いている隊長を見てその隊員は苦笑する。脇にある機材から伸ばしたケーブルを、頸部に差し込んでいるような動作が見えてしまった。信じられない。
だが、お暇する流れとなってしまっている以上、追及することは憚られた。
……休んで欲しいが休んでくれない、なのか、休んで欲しいが休まれると困る、なのか、どちらの意味だったのだろう。
人気の無い、静まり返った廊下を歩きながら隊員の言葉を思い返す。
前者、であるとは、思うのだが。
午後11時前。シャワールーム。
大浴場に行くのは諦めた。同じ階にシャワールームがあるのを思い出したこともある。
人は疎らにいた。大きな怪我のある者、小さな怪我の多い者。何かしらの手術痕のようなものを持つ者。様々だ。
スーツを脱ぎ、ロッカーに預けて鍵をかける。やはり一度部屋に戻り着替えを持ってくるべきだっただろうか。いや――スーツを、ロッカーではなくクローゼット型クリーニングマシンに入れれば良かったのだ。失念していた。頭が回っていない。
ふらふらシャワーブースのひとつに入り、栓を捻る。ザア、と温かいお湯が身体を打ち始めた。
午前0時。自室。
ルームメイトの姿は無かった。おそらく任務だ。
スーツを脱いで寝間着に着替える。スーツを放ったカゴの中身は山を築き始めていた。そろそろランドリーに行った方が良いかもしれない。
キッチンに置かれた小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、呷る。食事はほとんど食堂で済ませるから、中は水と菓子がほとんどだ。まあ――下手に自炊するよりもバランスよく栄養は摂れているのではないだろうか。身近な誰かの手料理など、もうずっと口にしていない。
午前0時13分。就寝。
目蓋を閉じたその暗い裏側に、ふとウォルター隊長が開発局から渡されていた義肢の、赤いデバイスランプが浮かんで消えた。