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うんめいのあまいひと

生存ifスラウォルでハロウィン。
ハロウィン感がトテモ薄い。ゴミンネ
突貫工事ではあるけどやりたいことはやりました(やったんです……)

スッラがいっぱい食べる。食い溜めしたら1週間保つ、とかアリそうだなとか思ったり。
ウォルは人並みだと思います。おいしいものおいしく食べてね。

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 「連れが先に来ているのですが」

 大手ファミリーレストランのレジカウンターにちょこりと手を置いて、パーカー姿のウォルターはそんなことを言った。
 ウォルターが店に入ってくるまで眠たげな眼を外に向けていた店員は、客の申し出を聞くや眠気など微塵も感じさせない顔でニコリと笑って「いらっしゃいませ、どうぞ中へ」と綺麗に揃えて伸ばした指先を、手のひらを見せながら店内へ向けた。ウォルターは「ありがとう」と礼を言って店の奥へ歩を進める。チラと振り返ったレジカウンターには、重たげな目蓋で外を見つめる店員がいた。
 日付も変わろうかと言う時分もあり、客の数は多くない。まばらに埋まる座席も、一人二人と言った単位で浮島のようだ。
 幾分広く思える店内の、奥の方の座席に「連れ」はいた。
 背格好から男であることは分かる。けれど目深に被られたキャップに、顔までは分からない。ウィンドブレーカーを上まで閉じている姿は夜更けのジョギング帰りかと思わせた。
 そいつはだらしなくも壁にもたれかかって、ほとんどまっすぐ正面から大きなガラス窓越しの外を眺めている。
 ウォルターは目的地を確認して、そちらへ向かって歩いていく。コツ、コツ、と杖の先が雨垂れのように床を叩く。
 夜更けにファミレスで過ごす客など大なり小なり訳ありばかりだ。誰もが誰にも無関心で、だから店の片隅に大の男二人が陣取っても気に留められることなどなかった。
 ガタ、と椅子を引いて、ウォルターは腰を下ろす。先客は斜め向かいだ。
 キャップの下で視線が動く。のそりと身体が壁から離れて、テーブルの上に両腕が乗る。見上げるように首が傾げられて、男の顔が覗く。分け目を変えているらしい髪が、顔の左側を隠していた。
 ニィ、と男は笑った。

 「こちらに座ればいいものを」

 男の言葉にウォルターは眉間に皺を寄せる。男を警戒している――ようにしか見えない。が、当の男は気にした風もなく壁際に立て掛けられているメニューを取って広げる。と同時に、同じものをウォルターの前に差し出していた。
 それを受け取って、ウォルターもパラパラとメニューを捲る。

 「自分の食べる量を理解した上で言っているのか?」

 ウォルターはメニューを眺めつつ、頼むものは既に決めているようだった。
 男は喉を鳴らしてメニューを閉じる。ピンポン、と店員を呼ぶチャイムを、長い指が押し込んだ。
 店員はすぐにやって来た。ウォルターはチキンスープを頼んだ。店員が機械を操作して注文を登録する。次に店員は同席している男へ眼を向けた。注文を促す。男は店員の視線をにっこりと受け止めて口を――開いた。
 そうして、その口からツラツラと流れ出した注文はメニューに載っているほとんどすべての料理の名前だった。
 楽しそうにも聞こえる男の声をウォルターは右から左へ聞き流す。メニューのはじめから順に挙げているのだろうが、時々飛ばしているのが厭らしい。と、気付いたのは偶然だ。サラダも頼もうかと少し迷った際に見ていたページを覚えていた。
 だから、そう、男の正面の席に座らなかったのはこのためだ。警戒していると言うのも、まったくないわけではないが、一番は運ばれてきた料理をできるだけ男の前へ置いてやるためだ。自分の皿を押し退けられるならまだ良い方で、あれやこれや手を伸ばされて気が散るなんて一度や二度の経験ではない。それをなるべく回避したいのだ、ウォルターは。
 料理名を唱えていた声はいつの間にか番号を並べている。注文を登録する機械が、料理名ではなくそれに対応する番号を入力するものだと気付いたからだろう。薄く笑みを浮かべたままの顔は、あまり精神衛生上良くないものに見えた。

 「復唱はいい。漏れや余分があっても構わん。そのまま持ってこい」

 デザートまでぎっしりきっちり並べ立てた男はそんな言葉でもって注文を終えて店員を厨房へ追いやった。男の態度も男に従ってしまった店員の対応も、深夜のファミレスだから許されることだろう。
 ウォルターは改めて溜め息を吐いた。ぎ、と椅子の足だか床板だかが鳴いた。男はウォルターの分もメニューを戻しながら「ん?」と面白そうに訊く。
 べつに、心配の類いはしていない。呆れているだけで。

 「健啖もまた衰え知らずとは恐れ入る。さすが第一世代と言うべきか?」
 「お褒めに預かり光栄だ」

 第一世代など何の関係もないことはウォルターがよく知っていた。
 男――独立傭兵スッラはよく食べる。比較対象がいないから実際どうなのかはよく分からないが、少なくともウォルターの基準から言えば大食漢だった。それが傭兵であるからなのか強化人間であるからなのか、はたまた生来のものであるのかは謎だ。その全てである可能性もある。
 だからスッラが料理を残しているところを、ウォルターは見たことがない。手料理でも外食でも、テーブルに所狭しと並べられた料理は綺麗にその胃袋に消えていく。かつて、遠い昔、栄華を極めた国ではその飽食を「吐くために食う」とすら表された。たぶん、それはこんな風景なのだろうなと何度も思った。思ったけれど、スッラは一度だって食べたものを戻さなかったしその素振りも見せなかった。見ている方が胃もたれするような食事の後、けろりとした顔で、端末でどこかの星で流行っていると言うファストフードを眺めていた。
 そんなこともあって「スッラはこういう生きものなのだ」とウォルターは考えるのをやめた。考えるのはその時の自分の食事だけだ。

 「仕事の方はどうだ。穏便に済んだか?」
 「……おかげさまでな。どうしてか、あちらの私兵がごっそり消えたらしく、話は通しやすかった」
 「良かったな。日頃の行いだ」
 「……」

 にんまり笑うスッラを、白々しい、とウォルターは睨む。こんな都合のいい偶然があって堪るか、と言う顔だ。
 しかしスッラはウォルターの頭の中を覗いたようなことを言った。

 「“そういうこと”もある。実際の話としてな」

 言いながら、スッラは端末をテーブルの上に投げ出した。画面には、今回のスッラの「狩り」の内容と、獲物の情報が記されている。――確かに、標的の規模と戦力は、他の勢力から見れば無いに越したことはなく、主戦力に至っては報酬金もなかなか良い。もう少しすれば、戦力を削ぐための撃破依頼が出されていたかもしれない。
 つまり、今回はまったく偶然だったと言うわけだ。
 幸運をようやく飲み下したらしいウォルターがまた溜め息を吐くのとほとんど同時に、テーブルに料理が並べられ始めた。
 注文の多さからワゴンが駆り出されている。何なら並べきれない、間に合わない料理の数に「ご要望があれば何なりと」なんて遠回しに「むしろ料理を出す順や場所を教えてくれ」と言われている。気にしなくて良いのに、と思う。出来た順に出して、空いているところに置けば良い。後は食べる人間が好きにする。
 スッラはまずコンソメスープの器を手に取った。まるでコーヒーでも飲むかのように喉が動く。次にサラダへ手を伸ばしたのは、間違いなく運ばれてきたのがスープとサラダだけだったからだ。

 「要るか?」

 フォークに刺していたレタスをモシャモシャ咀嚼しながらスッラが訊く。ウォルターのチキンスープはまだ来ていなかった。

 「いや……、ああ、いや、そうだな。少し」

 断ろうとして、テーブルの上を視線が走り、それから緩く首が振られる。
 スッラはプラスチックのカトラリーボックスからフォークを取り出して、ブロッコリーやらカリフラワーやらが入った温野菜サラダの器へ入れた。それをウォルターの方へ置く。コロ、コロ、とフォークの先で野菜を2回ほど転がして、ウォルターは小ぶりなブロッコリーを口に運んだ。
 スッラが食事を他人に分け与えることはまずない。けれどウォルターに対してはいつもオスソワケしていた。何時だったか、たまたま同席した猟犬に「ヤツから食物を受け取るなんて!」「利子をふんだくられます!」と慌てられたが「食事に対しては誠実な男だ」とたしなめたウォルターもまた自身や相手の特異性を理解していなかった。ちなみにそんなことがあってから、猟犬たちの好き嫌いが減った。ウォルターは単に成長だと思っている。
 閑話休題。
 ウォルターがモソモソと野菜を食べるのを尻目に、テーブルの上は随分にぎやかになっていく。パスタやらステーキやら、メインとなる料理も並び始めている。スッラはそれらを綺麗に平らげていた。
 そんな中で不意にスッラの腕が動く。皿をいくつか並べ替えて、ウォルターの前にスープの器をひとつ置く。チキンスープだった。スッラの腕はそのまま空になった器を重ねに行った。空き皿の退けられたスペースに、料理の乗った皿が補充される。
 食卓は無言だった。食器の擦れ合う音と、衣擦れの音、ふたり分の呼吸音が落ちては弾けていく。
 時折スッラはウォルターの皿――ちまちまと中身を減らすサラダの器――へ料理を載せた。どれも一切れとかひと掬いの量だった。ウォルターはそれを控えめにつついて、ものによっては元の皿を探してそこへ返却した。それもまた無言のやり取りだった。
 しかし気まずさとか不快感はなかった。
 窓から覗き込んでくる夜更けの空気と店内の暖色系の灯り、温い空気に加えて穏やかな雑音がウォルターの気をゆるめる。見知った相手と一対一であること、今は心理的に余裕が持てていることに加えて、今回の仕事が無事終えられたことも緊張をほぐす手伝いをしていた。
 奇妙な晩餐は続く。
 器用なものだな、と髪を括ることもせず食事を続けるスッラを茫と視界に入れていたウォルターは思った。そしてテーブルの上に並ぶ料理が、黄色や橙色のものが多いことに気が付いた。
 ふわ、と甘いにおいが鼻をくすぐる。それもまた今し方気付いたことだ。甘い匂いは、しかしほのかで後を引かず、菓子や甘味の類いで無いことが分かる。テーブルの上にもそれらしい姿は見つけられない。

 「……」

 ウォルターは眼を逸らす。匂いの正体が何なのか、思い当たるものはあったし、合っている確信もあった。こうなることは予想、できていたことでもある。

 「……」

 ふらりと彷徨った視線をスッラが拾う。キャップの下でにんまりと三日月が浮かぶ。唇を濡らす肉汁を舐めとる舌先に、腰の辺りが小さくふるえた。ふ、と熱を逃がそうとした吐息は耳に大きく聞こえた。じわりと背中に汗が浮かぶ。
 けれどスッラは何も言わずウォルターから視線を外した。瞬きひとつの後には、もうただの食事風景が続いていた。

 「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」

 ガラスに遮られてくぐもった声が外から聞こえた。釣られるように視線を向ければ、街灯に照らされた歩道で数人の若者がふざけ合っている。何がおかしいのか腹を抱えて笑い転げている。
 そう。今日はハロウィンと呼ばれる日だった。遥か遠く離れた我らが故郷たる地球のイベントは、こんな場所にも根付いていた。元より人々は地球から旅立ったのだから、地球のイベントや暦がそのまま使われているのはおかしなことではないけれど。
 イベントがあるから――というわけでは断じてない、が、イベントのある日にスッラと顔を合わせるのは、会うことを楽しみにしているようでウォルターは自己嫌悪に苛まれる。そんなことを期待していい人間ではないのに。楽しむなんて許されない人間なのに。それなのに、そういう日にスッラから連絡があると、非日常を期待してしまう――ようになってしまったのだ、実に遺憾なことに。生き延びたのだからと甘やかされて構われて、“普通”を享受して良いのだと勘違いしてしまう。
 だからこれは、そんなんじゃない、と手のひらをぐっと握り込む。
 テーブルの上はいつの間にか広くなっていた。チキンスープもサラダもすっかり綺麗に消えている。
 スッラは最後――テーブルにあるだけで5つ目のパフェグラスにパフェスプーンを放って背もたれに背を預けた。よくもまあ、相変わらず食べるものだと混じりっ気のない感嘆が浮かぶ。しかしかち合った視線にそれはあっという間に霧散する。
 スッラはウォルターを待っていた。猶予はもうない。決めなければ。腹を、括らなければ。たまには、報いてやらなければ。技研の生き残りであるウォルターにはその責任があるから。いつも構われているウォルターにはその義務があるから。今日、呼び出したのはいつも通りスッラだけれど、ウォルターの意思に気付いて、それを汲んで待ってくれているのは間違いなく厚意だから。

 「……無理にとは言わないが」

 細かな傷の走る床板を見ながら、ウォルターはパーカーのポケットへ突っ込んだ手をテーブルの上へ乗せた。
 テーブルに影を落としながら、そっと手が退けられる。その下から、ホテルのものと思われるカードキーが現れる。
 スッラの目が、一瞬だけ丸くなった。

 「トリックアンドトリートとはな」
 「腹がくちているだろう。いい。なんでもない。気にするな」

 一言。それだけの反応でウォルターはカードキーを回収しようとした。当然スッラはその腕を引き留める。逸らされた顔に、赤くなった耳がよく見えた。ウォルターが随分がんばったことは、手に取るように分かる。
 ほんとうに、かわいらしい生きものだ。
 スッラはウォルターの手からカードキーを引き取って口元を隠す。それでも、弧を描く欲望は隠し切れないし、炯々と熱を湛えていた。

 「甘いものは別腹と言うだろう?」

 皿の上には、何も残らない。
 

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