生きてたスッラとア社堕ちウォル
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今のルビコンⅢにおいてアーキバスコーポレーションは傭兵にとって最も良い企業だ。何故なら報酬が良い。ビジネスライクで傭兵を「使う」姿勢であるのも悪くない。ルビコン入りした傭兵はまずアーキバスの依頼を受けるのが良いだろう。何よりこの惑星で今現在最も勢いのある企業でもある。
『アーキバスグループは、その奮闘に期待している』
だがスッラは、それに加えてまた別の理由でアーキバスの依頼を取ることにした。
『ブリーフィングは以上だ。独立傭兵各位、よろしく頼む』
企業から公示される依頼で、長期間かつ協働の依頼とは至極珍しい。圧倒的優位から来る余裕か、或いは何か企みがあるのか。
だが企業の思惑などどうでもいい。スッラには確かめなければならないことがある。
依頼の受諾と協働――企業施設を利用する――申請と面接の名を借りた検査を終えてスッラは部屋を出る。
旧世代型であることを多少侮られたりしたが、よくあることだ。それよりも「うちには最新式の旧型がいるから比較データも取れるかもしれない」なんて言葉が引っ掛かった。アーキバスはわざわざ「旧型」をつくったらしい。
貸与、もとい押し付けられたパイロットスーツは普段使っているものとは材質も着心地も違っていて落ち着かない。妙に落ち着かないのは、そのせいだと思いたかった。
面接室の職員に言って借りた上着を羽織って、協働期間中の私室となる部屋の用意された棟へ向かう。
居住区にあたる棟は、アーキバスの社員たちの寮でもあるようだった。実際社員か傭兵かなど判らないが、様々な人間が廊下を行き交い部屋へ出たり入ったりしている。
スッラは宛がわれた部屋へ向かうよりも先に目当ての人物を探すことにした。アテなど無かったが、らしくもなく、気が逸った。
似たような風景の続く廊下はいつかのルビコンⅢを思い出させた。
それなりに歩いた頃、その時は訪れた。
ある扉の前で、見覚えのある男が談笑していた。
その男はアーキバスコーポレーションのパイロットスーツを着て、アーキバスコーポレーションの上着を着て、アーキバスコーポレーションの人間と話していた。
何食わぬ顔をして二人に近付いていく。横目で壁を見れば「第3隊長執務室」の札が見えた。
二人まであと数歩、と言うところで、件の男がスッラに気付く。
目の前の男に対して和らいでいた表情が、スッラを向いて警戒のものになった。
後になってみれば、この時の視線の鋭さだけがスッラの知るこの男のものだった。
「誰だ? 何故ここにいる」
「……公示依頼を受けた傭兵だろう。大方、道に迷ったか」
もう一人の男――元、同陣営のオキーフだ――が助け船を出す。しかめられた顔はきっと、両者に対する同情だった。
「なるほど。すまなかった」
男はオキーフの説明に納得したらしい男の表情が和らぐ。随分と、オキーフを信頼しているらしい。
「……ブリーフィングの、」
「ああ。一応、現在の窓口を担当させてもらっている。V.Ⅷウォルターだ」
あまつさえ、以前には決して見ることのなかった微笑すら浮かべて、ウォルターは自発的にスッラへ握手を求める手を差し出した。
チラとオキーフを見る。小さく首が振られた。内心舌打ちする。
「独立傭兵スッラ」
「スッラか。良い名だ。よろしく頼む」
企業への協力者に嬉しそうな顔をするウォルターに対して、スッラは作り物めいた顔で握手に応じる。
目の前の男は確かに「ウォルター」だ。けれど、色の抜け落ちた髪も赤く染まった両の瞳も柔らかに変わる表情もスーツ越しに浮かぶ首元の首輪のような凹凸も握った手の硬さも何もかも、スッラの記憶には無いもので――この依頼を取ったのは失敗だったかもしれないな、と思った。