猟犬殺し。
気付けばそんな通り名が増えていた。
否定はしない。実際多くの「猟犬」を殺していた。依頼であったり、戦場であったり、獲物であったり。犬狩りをしていた。
そこに罪悪感や良心の呵責は無い。そもそもそんなものを持ち合わせていたら、続けていけない生業だ。そんなものを感じるような性質でもなかった。
あるとすれば、充足感。あるいは安堵だった。
犬を一匹殺す度、あの少年は死から一歩遠ざかる。
犬が死ぬ度、少年は胸を痛めるだろうが、死ぬよりはマシだろう。
過去に殺した犬が言っていた。
「自分がツイていないのはお前と会敵してしまったことだけで、それ以外、特に少年に雇われたことは最高にツイている」
等と満足そうに誇らしそうに言うものだから、思わず舌を引き抜き顎を砕いて殺した気がする。
その後の犬も皆少年のために殺したし死んでいった。犬たちは少年を死地に運んでいるなど知らないようだった。
それはそうだろう。犬たちはただ少年のために少年の指示に従い少年の用意した仕事をこなしていただけなのだから。あるいはそれを知りながら、気付きながら少年に従っていたとしたら――それが少年のためになるとでも? 理解に苦しむ。
犬たちの血でもって少年の歩く道を洗い流そうとしても、少年はその歩みを止めようとしない。
理解に苦しんだ。
何故少年は背負う必要の無い業を背負い、清算する必要の無い罪の清算を目指すのだろう。少年自身の責任ではないのに。大人たちの不始末であると言うのに。
少し前に殺した犬は言っていた。
「お前にハンドラーの何が分かる」
等と。
顔に穴を開けて殺した。
その時に、自分がどんな顔をしていたのか、憶えていない。真顔だったかもしれないし、笑っていたかもしれない。けれどひゅうひゅう空気の通り抜ける真っ赤な穴がコポコポ赤を垂れ流すのを見て、笑い声が漏れたような気がする。通信越しに、少年の怒りと悲しみに震える声が聞こえていた。
こちらの意図を、少年は理解していないようだった。ただ仕事を邪魔していると、少年の――ものではないのだが――罪を責めているのだと認識しているようだった。直接は言っていないのだから仕方ない。あの少年が、言って聞くとも思えなかった。
犬の首を踏み潰しながら少年を想う。
あと何匹殺せば諦めるだろう。あと何匹殺せば理解してもらえるだろう。お前のために何匹だって殺してやれる。
遂に少年が忌まわしき故郷へ王手をかけたと聞いた。
抜かったか、と思った。
最後に殺した犬はおそらく少年の、あの時の最高戦力だった。他に2匹程居たかと思ったが、あの2匹ばかりでルビコン入りが叶うとは思えない。あの後に新しい犬を買い足したか、端から隠していたか。
少し目を離した隙に、少年は随分元気に動いたらしい。思わず笑みがこぼれる。元気が良いのは良いことだ。その向かう先が、少しばかり、否、大いに困ったものだが。
さて。
少年は如何許の共を連れて里帰りを果たすのだろう。
その身に纏う血のにおいはどのくらい濃さを増しているだろう。犬は2匹か3匹か。散々犬を買ってきた少年だ、とうとう1匹ばかりかもしれない。
とかく。時は来たらしい。
今回も我らが少年のために犬を殺してやろうではないか。
口許を血混じりのあぶくで汚した標的の左胸にナイフを突き立て立ち上がる。残りの狩りは他の殺し屋に回そう。幸いにもこの世界には、多くの企業から殺害依頼を出されている獲物がいて、企業の暗部を請け負う殺し屋がいる。丁度良い。これで自分は少年に手を回せる。
さあ、狩りの時間だ。