エンブレム与太。半人半蛇と球体関節人形。
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とくとくと注がれ続ける熱に腹が張っている。
はじめに、丁寧に丁寧にほぐされた内部は熱も欲も健気に受け入れているが、それにしたって限界はある。そもそも、もうどれだけこうしているのかと言う話だ。
「……スッラ、」
身動ぐと、それだけでヌチリと音がした。ウォルターの眉間に皺が寄る。
「いい加減、抜け……っ。もう、入らん」
スッラにぐるりと巻き付かれ、抱え込まれている身体では顔を動かすのが精一杯だった。背後を振り返り、見上げると、心地良さそうに目を細めている顔が視界に入る。
「嘘は良くないな、ウォルター。まだ胃の腑があるだろう?」
「――ひっ、ァ……ッ!」
そわり、と下腹部から臍、腹を撫でられてウォルターの喉から引きつった声が漏れる。声を押さえようにも腕は蛇の一匹によって、後ろ手に拘束されていた。
腕と胴をまとめ、さらに首もとにぐるりと陣取った蛇がキュウと僅かに身体を絞める。
「んッ、クッ……、ふざ、けるな、処理をする身にも、なってみろ……!」
「解体(バラ)して洗えば良いだろう」
人工皮膚が覆う球体関節を撫でてスッラが笑う。
何の因果か、埃を被っていた技研の謎の装置が作動した結果、幾人かの身体に不定期的に面倒な変化が起きるようになっていた。
各人のエンブレムをなぞったような姿になってしまう現象だ。
どれだけ人の姿から離れるかはその時々によるらしい。時に完全な獣。時に半人半獣。せめて予測できれば、とこぼしたのは誰だっただろうか。
そして件のふたり――スッラとウォルターはと言えば、それぞれ蛇と球体関節人形へと変化してしまう。
前者は3匹で1セットの蛇に。後者は球体関節の、もはや義体と言っても良い、精緻な人形に変わるのだった。
機能など有していない、形だけの容れ物をスッラは笑う。
変化が起きたウォルターには、肺も心臓も胃も腸も、極論不要だ。おそらく頭部があればウォルターは存在を維持できる。文字通り、人の皮を被った作り物。
「人形とは便利なものだな」
神経はあるらしいが、死にはしないのだから便利だ。どうせその神経も接続と切断の切り替えができるのだろうし。
「人形を抱いていて、虚しくないのか……っ、」
ウォルターが皮肉げに鼻を鳴らす。せめてもの抵抗であることは察するに易い。
「人形を抱くと言うならいつものお前を抱くのも変わらん。あらゆる糸に絡まり、無様に宙吊りとなっているお前を抱くのとな」
だからスッラは穏やかに笑ってやる。哀れな男を慈しむように撫でてやる。ふいと逸らされた顔を覗くようなことはしない。その、代わりに。身を屈め、項に牙を立てた。
ぷつりと人工皮膚の破れるちいさな音がした。ひとの証明。いのちの色。それがあふれることはない。ただ、噛まれた感覚に跳ねる肩があるだけ。
瓦礫や書類が散乱した床に転がる右の義手を一匹の蛇が抱き締めとぐろを巻く。まるで宝物を抱え込む子供のようだ。
薄暗い部屋には、小さな窓から外からの光が射し込んでいる。ざり、と室内の大きな影が蠢いて、人形(ひとがた)を抱え直す。
とくとく、とくとく、と流れ込み続ける熱が、人形の薄い腹を膨らませていた。