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指南役(猟犬)×新米ハンドラー

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 「敵性勢力の殲滅を確認した。帰投しろ、スッラ」

 それは初陣のことだった。
 「ハンドラー・ウォルター」の初陣はまったく完璧なものだった。
 正確な敵の情報。周到な装備の手配。練度の高い手駒。余程の下手を打たなければ、負ける要素の無い作戦。手駒――雇った傭兵の話を聞きながら、また共に地図を覗き込みながら立てた作戦。それでも出撃の直前までそわそわと落ち着かなかったのは、このハンドラーがつい数日前まではただの青年だったからだ。
 作戦中も、なかなかに面白いオペレートを披露してくれた。初めてにしてはマトモでマシなオペレートなのだろうが、人生の半分以上を傭兵として生きてきたスッラには、久々の愉快なオペレートだった。作戦自体もそこまで難度の高いものではない。茶々を入れる余裕すらあった。けれどその茶々にすら「集中しろ」だの「油断をするな」だの、律儀に反応するのだから面白い。それがスッラを侮っているからではなく、案じているからしていることだとは分かっている。分かっているからこそ、返事をしてやりたくなった。お前の傭兵は生きているぞ、と。
 あまりに優しいのだ、このハンドラーは。
 向いていない。だのにハンドラーをやると青年は決めた。幾分、付き合ってやろうと思ったのは、好奇と興味が勝ったからだった。幸いにもスッラは傭兵を生業として久しかった。今までの経験を引き出しながら、傭兵業に必要な一通りを新米ハンドラーに叩き込んでやった。そうして、仕上げとしてスッラ自身を戦場に出させた。
 今回の作戦――殲滅――対象たちは気の毒なことだ。
 「初陣はどうだった。満足したか?」
 移動ヘリとの合流地点に向かう間、手持ち無沙汰に通信を飛ばす。
 「……仕事をしたまでだ。満足も何も……無い」
 「そうか」
 少しの沈黙。その後に、お堅い返事が返ってきた。
 だがその返事の中に、スッラは変化を嗅ぎ取っていた。続かず、途切れた会話に沈黙した通信にむしろ笑みを浮かべる。
 高揚を、覚えてしまった声だった。
 いつも通りに振る舞っているつもりだろうが、長く傭兵をしているスッラの耳は誤魔化せない。作戦の成功に、スッラのもたらした戦果に、殺しの対価に、頬を紅潮させた声をしていた。
 スッラはそれを否定する気はない。ハンドラーをしていくならむしろ受け入れるべき感覚だろう。必要以上に悼み、背負う必要はない。際限がないからだ。
 だがきっと、新米ハンドラーは否定するのだろう。戦場に、一瞬でも焦がれた自身を嫌悪し、戒める。
 帰投して、顔を会わせるのが楽しみだと思った。
 デブリーフィングはしておきたい、と真面目なハンドラーは考えるだろう。それを利用しよう。否――むしろ、あちらから申告してくるかもしれない。あれはこの世界のことを、自分に聞けば良いと思っている節がある。そうなるように仕向けたようなものだが。帰投して、真っ直ぐにハンドラーの元へ向かおう。
 堕ちると決めながら堕ちまいと足掻く姿の、滑稽で哀れなこと。あるいは堕ちると言う意味を知らないのか。
 エンタングルのコアパーツ内で、スッラの笑う声だけが響く。

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