生存ifスラウォル小噺。希死念慮ウォル。だけど死ネタではないしイチャイチャチュッチュしてる。ウォルが酒もタバコも嗜んでる設定。
生存ifスラウォルの短い噺
ウォルターの喫煙・希死念慮描写有り。
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火を点けた。
ちいさな火種だ。けれど育てようと思えば育つ。風に吹かれて灰が仄かに赤らむ。
ウォルターは茫と手元とその向こうでぼやける背景を見て大きく息を吐いた。片腕を柵に乗せ、その上に頭を乗せる。ぐり、と袖で目元を圧して顔を上げた。口許に手を遣って、指に挟んでいたタバコを唇でやわく挟む。
酒もタバコも一通りやった。裏社会にはそう言った嗜好品を好む人間が多かったからだ。それでも別に常習していたわけじゃない。話の種とするため、銘柄や味を確かめる程度。自発的に手を伸ばすことは、滅多に無かった。
それが今さら、ふとやりたくなった。
自棄にも似た衝動だった。
ウォルターは“ここまで”生きるつもりはなかった。観て、燃やして、死ぬ。自分の最期を、この故郷に定めていた。それなのに計画は自分の猟犬の一人によって何もかも崩れ去った。物語を綺麗に終わらせるつもりだったウォルターは、本を閉じそびれたのだ。
もちろん、生き延びてしまったその先でもやることはある。あり得るはずのなかった未来を紡ぐ手伝いをするのだ。よりによって自分が。
そんな現状に、少し疲れてしまったのかもしれない。
そもそもこれまでずっと走り続けてきたのだ、ここに来て息切れして立ち止まったとしてもおかしくはないだろう。
未だ瓦礫の多い街区を見下ろせる高台は、柵の向こうへ行けば簡単に空へ舞える。タバコは言わずもがな、多くやれば命を縮める。傍に穏やかな死を侍らせて、ウォルターは茫と時間を漂っていた。
はふ、と僅かに吸った息を吐く。薄い白煙が冷たいルビコンの空へ溶けていく。
「あの少年が煙草を喫むとはな」
「……俺は悪い大人になったからな」
気付けば隣に――こちらも生き延びた――独立傭兵がいた。柵にもたれて、薄く笑みを浮かべてウォルターを見ていた。
独立傭兵であるスッラがそう言った嗜好品を嗜んでいるところを、ウォルターは見たことがない。スッラだって人間であるのだし、嗜好品に手を出すことはあると思うのだが。
そんな思考が、顔に出ていたのだろうか。スッラが喉の奥で笑った。
「お前は良い子だな。私はパーツを劣化させたくないからあまりやらないが」
「……お前はひとだろう」
パーツとはつまり内臓や筋肉なんかのことだ。もちろん義肢やナノマシンと言った代替技術で“より良い物”を自身に組み込むこともできる。だがそれでも、ウォルターは人や命が軽んじられることを嫌がった。
相も変わらぬ心根にスッラは今度こそ口端を上げて笑った。
「そうだな。まだ生きている」
カシャン、と柵が小さく揺れた。音に釣られて隣を向けば、スッラが柵から身体を離していた。
そして、フイと男の指が伸びてきた。
長い指が咥えたタバコを奪っていくのが、スローモーションのように見えた。
ジ、と火の鳴き声が聞こえた。それでウォルターは、奪われたタバコがそのまま握り潰されたのだと知る。
微かに見開かれる目にスッラが写る。
「寂しいのなら言え」
ああ。
もうずっと時間に取り残されている。
気付けば唇が重なっていた。
「――ぁ、ん、」
呆けていた口許はあっという間にスッラを許した。
数度、角度を変えてくちびるを重ねられた後、ぬるりと舌が入り込んでくる。歯列を辿り上顎をなぞり、舌の寝床を抉る。ちゃぷちゅぷとおいかけっこをしていた舌は、すぐにくちゅりぐちゅりと絡み合う。
スッラから逃げきることなど、結局ウォルターにはできなかった。
「んぷ、ぁ……、はぅ、っ、ふ……、ぅ、」
吸って擦り合わせられて注がれて、ウォルターは溺れそうな口付けの合間に何とか呼吸しようとする。口許はベタベタに濡れていた。
「ふあ……っ、は、ふぅっ……、」
そうしてようやく解放される頃には、すっかりスッラに縋る格好になっていた。舌と共に腰の骨まで舐られたように、腰は脚を支えられない程度に溶けてしまっている。両足の間に入れられたスッラの足に軽く跨がって、大して力の入らない指先で胸元に縋る。ツゥと細い銀糸を舌先に繋ぎながら潤んだ目で見上げてくるのは至極あざとい。赤く色付いた顔は、言うまでもなく、“生きている”。
「生きるのも悪くあるまい?」
「すっら……!」
快に痺れてふやけた舌先はとろとろになっていた。紡がれる言葉もまろいものだ。
スッラを呼んだウォルターは、そして泣きそうな顔をした。
無念。安堵。後悔。寂寥。不安。希望。様々な感情が綯交ぜになっていることだろう。
確かにこの少年は、この星と共に燃え尽きる方が幸せだったのかも知れない。――けれど、そんなこと、スッラは認めない。ウォルターは生きている。生き延びた。ならば生きるべきだ。“ウォルターとして”。
「生きるのは辛いだろう? 苦しいだろう? 悲しいだろう?」
「――、」
「だから私が傍にいてやろう。お前が辛いと感じる時。苦しいと感じる時。悲しいと感じる時。こうやってお前の傍にいてやろう。誰にも見られぬよう、この腕でお前を隠してやろう」
きっとウォルターは「ハンドラー・ウォルター」を切り捨てられない。だからいばらの道を自ら歩み続けるだろう。背負う必要のない過去を背負って、影を歩き続けようとする。ひとよりも、生きづらい道を歩いていくのだろう。
だからスッラは――ハンドラー・ウォルターと同じくらい「悪いこと」をしてきたスッラは、今度こそウォルターの傍にいてやるのだ。血塗れの手を握るのは同じく血塗れの手でなくては。
スッラはウォルターの背中に腕を回す。薄く、小さく感じた。
「生きろ、ウォルター」
つむじに口付けて囁くと、胸元でぐずりと洟をすする音がした。
そうして、どれだけ時間が経ったかは分からない。ふたりはしばらくルビコンの冷たい風に吹かれていた。
沈黙を破ったのはウォルターだった。
スッラの胸元に置いていた手をもぞりと動かして、自分を抱く男の腕を辿る。緩く握られた指をほどいて、丸く折れたタバコを返してもらう。指先が、手のひらを撫でたのは事故なんかではない。今さら火傷痕のひとつやふたつ、なんて言って欲しくはなかった。
しかしそれを口にすることなく、ウォルターは落ち着きを取り戻した身体で自立する。スッラはそんなウォルターをただ見守っていた。
「……帰るか」
「お前が生きているなら、どこへでも」
ぽつりと呟いただけの言葉に、真摯な声が答える。澱を少し吐き出して、少しだけ柔らかくなった瞳の奥には、相変わらず綺麗な光が宿っていた。
ふたりは柵に背を向けて、並んで歩き出す。
「吸い殻のひとつくらい置いていってもいいだろう。どうせまだ塵だらけだ」
「……俺は良い子らしいからな。そんなことはしないでおこうと思う」
「そうか。やはりお前は良い子だな」
タバコは潰えたし高台は遠く離れていく。けれどもう、そのどちらもウォルターの意識からは追いやられていた。今はもう、ウォルターの目の前にあってもなくても変わらない存在だ。
ざまあみろ。二度と出番は無いと思え。
煙のような薄雲棚引くルビコンの広い空に、スッラは背中で中指を立てた。