生存ifでスラウォルかつ21→ウォルの日常系な感じ。
猟犬の先輩たちも生きてるし合流してる。
割りと元気な21在中。義体エアチャンもいる。
新聞とかエンピツとかアナクロ物品とか。
諸々捏造と妄想。
エアチャンもウォルターが好きだし先輩たちもウォルターが好き。
618先輩の様子がおかしい。
気を付けてね。
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時々、第一世代の男が住処にやってくるのを、621は腑に落ちない顔で見ている。
だって、そうだろう。どんな顔をしてハンドラーの前に現れるんだ。貴様とまで呼ばれておいて。しかし、こころやさしき我がハンドラーを悲しませるのは本意ではない(この飼い主と来たら面識すらないパイロット相手にも心を寄せるのだ!)ので、殺さないようにはしている。そもそも、本当ならばウォッチポイント・デルタで死んでいるはずなのに、どうして生きているのだろう。殺したと思ったのに。
男は、手に新聞とかチラシとか呼ばれるものを持って現れることが多かった。持ってきたそれを、テーブルの上や作業台の上に広げてハンドラーに見せるのだ。男とハンドラーは広げた紙のあちこちを指さして何かを話している。打放しとか軸組とか、リノリウムとかチェスナットとか、621にはよく分からない。そうして小一時間ほど話して、男は去っていく。
男の去った後のハンドラーは、いつも通りだ。別に、男と話しているときだっていつもと変わらないけれど、そのいつも通りが少し不満なのだ。どうしてあいつ“にも”穏やかな顔をするのだろう。あの男と交戦経験のある618先輩は何か思うところがあるのか、血涙を流しながら「私はハンドラーの幸せを願っております……」とえ゙ぐえ゙ぐ咽び泣いているけれど、それもよく分からない。憎くは無いのだろうか。訊いてみたら、「私たちは、ハンドラーのことは知っているけれど、ウォルターはよく知らないだろう? あいつは、ウォルターをよく知っているから、仕方ないんだ」と、そんなことを言われた。ウォルターはハンドラーで、ハンドラー・ウォルターなのに。
だから結局、621は今日も不満げだ。視線の先には、今日も何かの紙を覗き込むふたりがいる。
だいたい、紙ってなんだ。このご時世に紙って。解放戦線が端末のないひとたちや通信設備の整っていない地区のために新聞やチラシなんかを刷っていることは知っているし、必要なことなのだろうなあと思う。がさがさした手触りも、楽しいし。けれどあの男は、印刷物なんていらないじゃあないか。独立傭兵なのだから金や端末くらいあるだろう。それなのに。紙なんて時代遅れなものを持って。その上ボールペンだとかエンピツだとか筆記用具まで! 古いものがそんなに良いか。ワンタッチで消したり線引きしたりできないなんて、不便なだけじゃないか! ハンドラーもハンドラーで普通に使ってるし! 第一世代といい歴代の猟犬といい筆記用具といい、アナクロがお好きなのか?
621はボールペンやエンピツのどこが良いのか分からなかった。触れたことがないというのもある。けれども触れたいとか使ってみたいとか思うこともなかった。見ているだけで不便そうだから。前にも挙げた通り、今は書くのも消すのも描くのも指先一本でできるのに、筆記用具とやらは記すものと消すものが別々になっている。ものによっては消せなかったりする。つまり(戦闘でもないのに)使い分けが必要なのだ。何より筆記用具は手や服が汚れる。そう。紙以外の、筆記面に触れても跡を残すのだ。それはボールペンやエンピツに限らなかった。新聞やチラシを書いているインクもまたボールペンたちの仲間だった。
あの男の指がツイと持ち上がって、紙面を指す。その時に、指先が黒ずんでいるのが見えた。
ハンドラーが、短いエンピツを持って、指さされた場所で手をくるりと回す。ザリ、と大きく弧を描く音がした。表情が柔らかい。ふっと顔を上げた先、かち合った視線は微笑んでいた。
こんなのは、もう、我慢できるわけがない。
気付けば621は叫んでいた。
「その汚い手でハンドラーに触るな!!」
突然響いた子供のような声に、二対の眼が621を見た。片や無感動に、片やきょとりとして。
ぱちりとひとつ瞬きしたハンドラーは、声の主を認識して困ったような顔をした。
「どうした621。……俺は何もされていないが」
ああうん。そうなのだ。手が近付いたというだけで接触はしていないのだ。この場では。まだ。
621は勢いを失くしてもごもごと口ごもる。衝動的に叫んでしまったことは誤魔化しようがなかった。これが感情の起伏か……。頭の隅っこの、四人目くらいの自分が他人事のように呟いていた。
件の男は、無感動な眼でハンドラーの犬を見ていたけれど、何かしら察したのか「ふん」と鼻を鳴らした。皮肉げな笑みが浮かんでいる。
「汚い手とはな。お前が与したルビコンの人間がルビコンの人間のために刷った印刷物がこの手を「汚く」したわけだが……つまりコレが「汚い」と言いたいのか? ルビコンの英雄殿は」
そしてこういうとき、事態はややこしくなりがちなのだ。そう例えば――
「レイヴン……? それは……一体どういう……」
絶妙なタイミングで生粋のルビコニアンたる「彼女」が現れたりして。
「ちが――、エア、違う、これは……!」
「レイヴン……今の独立傭兵スッラの言葉は……ほんとう、なのですか……? あなたは……ルビコニアンたちの努力の結晶を……」
「ちがう! そんなこと思うわけない! 誤解だ!」
「レイヴン。一度話し合いましょう。話し合いの場は私から指定させてもらいますね……」
「封鎖ステーションの座標送られてきてるゥ!! 待って! 違うから! 誤解だから!!」
兄妹のようなやり取りを繰り広げ始める621とエアを横目に、騒ぎの発端である男は愉快そうに喉を鳴らす。高みの見物だ。その横で、騒ぎのそもそもの原因であるハンドラーは溜め息を吐いた。
「スッラ……」
なんてことをしてくれたんだと恨めしげな声だ。
「放っておけ。情緒のリハビリとやらには丁度良いだろう」
突然喧嘩を売ってきた犬の相手をその相棒である変異波形に押し付――任せて、当初の目的へ軌道修正する。
「では家具の手配は済ませておく。あとは……他に住んでみたい場所はあるか?」
「……。しばらくは、いい。と言うか、お前に任せきりになってしまっている気がする」
「何を言う。お前はちゃんと選んでいるだろう。外観や、家具や、それらの素材を」
「お前が持ってきてくれたものからな。選んでいる“だけ”だ」
「お前が、お前の意思で選んでいる。それが重要だ」
そんなことを言って、満足そうに笑う。先ほど621へ向けたものとは大違いだ。
目的を済ませた男は、そうして「ではな」とウォルターにだけ声をかけて去っていった。去り際、軽くくちびるを奪っていったのを見なかったのは621にとって幸いだっただろうか。
ハンドラーは未だ賑やかなふたりへ眼を遣る。エアももう少し、ヒトの機微や感情を学ぶべきだろう。そのためにも、まずは話し合いという名の決闘を止めなければ。
「――エア、お前は誤解している。アレはスッラの、621への攻撃だ」
「うぉるた~!」
「っ? ウォルター、攻撃とは? レイヴンは殴られたり爆破されたりはしていませんでしたよ?」
「攻撃にも色々種類がある。アレは精神攻撃、というやつだ。だから621は悪くない」
「なん……ですって……!?」
「……エアはどうしてウォルターの話は素直に聞くの?」
……
…………
ルビコンは今日も賑やかだ。
「察するに、あの第一世代はハンドラーとの住処を用意してるのか? 許せないんだが?」
「押し掛けて住み着いちゃう?」
「それただの引っ越しでは? というか同居になるんだが。あの第一世代と」
「……悪い、みんな。あのひとたちの養子になるのは私だ……!」
「618がおかしくなっちゃった」