
角のある話(英)でニャンニャンニャンの日。相変わらず悪魔が竜を猫可愛がり。英スラウォルがイチャついてるだけです。ドキュメントファイルの上では2222字(本文)。
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「んみぃ」
スッラが両手で差し出してきた毛玉が愛らしく鳴いて、ウォルターはぱちりと目を瞬かせた。
「……どうしたんだ、それは」
「お客サマがな? 少し預かってくれと。代金が少し足りなかったから、人質のようなものだろう」
「質になってくれていると良いがな」
言いながら、何でもない顔をしてウォルターはデスクに就く。引き出しから眼鏡を出して、積まれている書類を取る。言うまでもなく、仕事モードだ。魔犬がするりとやって来て、封筒や別室にあった書類を飼い主へ届ける。よくやった、と簡素な労いでも、ちぎれんばかりに尾が揺れる。
「いざとなれば私が質にしてやろう。やはり金か銀あたりが良いか? ……良いのか? なかなかに人懐こい個体だぞ」
片腕に抱えた毛玉――猫をもう片方の手で撫でながら、スッラはデスクに歩み寄る。ウォルターの正面、拓けている場所に片腿を乗せて、ウォルターへ猫を近付けてやる。
――このドラゴンはもふもふしていたりふわふわしているものが好きなのだ。自分には無い「やわらかさ」であるから。
焦がれている、と言ってもいい。それを知っているスッラは、だから時折羽毛の舞う翼を生やしてみたり、毛皮の生きものに変じてみたりする。すべて愛しい伴侶のためだ。
だから今回も、ウォルターはきっとこの猫に手を伸ばすだろうと思った。
のに。
連れないな、とスッラは書類に集中するウォルターを眺めて少しだけ唇を尖らせる。よろこぶと思ったのに。
だが、まったく興味がないわけではないことは分かる。ウォルターの気配が揺らいで、意識がじんわりと猫に向けられているからだ。気にはなっているらしい。
「……」
試しに猫の手を持って、ウォルターの額に押し付けてみる。
ぎゅっと眉間のシワが深くなって、むっすりした顔が上げられた。
スッラは持ったままの猫の手をひらひらと振って見せる。抱えられた猫が「にぃ」と鳴いた。閉じた目に上がった口角が、笑っているような顔だ。
「何を遠慮する。ほら」
言いながらスッラはずぬぬとウォルターの眼前に猫を差し出す。もすりと猫の腹に、顔面が軽く埋もれていた。
「やめろ」
ウォルターが猫を退かそうとする――ところで案の定、やわらかな毛皮に触れた手が、刹那動きを止めた。それを見逃すスッラではない。ウォルターの手が離れる前に、その手の上に置くように猫をデスクの上に下ろした。あ、と声を上げるウォルターを余所に猫はごろりとデスクの上に寝転がる。
ひとの手も書類も気にせず身体を投げ出した猫に、ウォルターの目や口が丸くなる。
はく、と物言いたげな顔がスッラへ向けられる。
「良い手触りだろう」
しっかり目を合わせてから、猫とデスクに挟まれた手元へ視線を落とす。ウォルターの眼も、釣られて伏せられる。ぴく、と腕が揺れた。
それから、そろりと腕が猫の身体の下から抜かれる。窺うようにスッラをチラリと見て、恐る恐ると言う様子で猫の腹にふかりと指先を落とした。
もふ、もふもふ、と遠慮がちに猫の腹を撫でる。無意識にだろうけれど、迷子のようになっている表情はとても庇護欲を誘った。
猫はウォルターの手を嫌がらなかった。気持ち良さそうに目を細めて、撫でられるがままだ。
そんな猫の姿に、ウォルターはようやく表情をやわらげた。
「……あたたかい」
撫でるだけでなく、手のひらで確かめて呟く。スッラはにこにこしながら「そうだな」と同意を示す。
ウォルターはその存在から他の生き物たちに警戒や威嚇されることが多い。「いきもの」として格が違うのだから仕方ないことだ。だから今回も、ウォルターは遠慮していたのだ。仕方ないとは言え、拒否されること自体も、悲しいことではあるし。
「ぅなあぉ」
ウォルターの手に対して、じゃれ始めさえする猫は大者なのかもしれない。うねんうねんと揺れる毛皮がデスクの上を掃除する。ウォルターはもう、ペンを手放して両手で完全に猫に構っていた。足元に寄ってきた魔犬たちが、じっとりぺっしょり猫に妬いている。
それからしばらくして、リリン、と店のカウンターに置いてある呼び鈴が鳴った。迎えだ、と呟くと、スッラはあっさり猫を回収して部屋を出ていった。
「いっそ飼うか?」
戻ってきたスッラの手にはまん丸に膨れた巾着が乗せられていた。受け取ると、その中身は金貨や銀貨だった。
「……飼ったところでまともな生活を与えてやれないだろう」
「愛玩動物など原種からすれば皆まともな生活をしていないだろう」
「……万が一、教会に見つかった時だとか、」
スッラはくふくふ笑う。ウォルターはやはり優しい。
「そうだな。それに、お前以外など大したものでもない」
また行儀悪くデスクに腰かけて、スッラはウォルターを覗き込む。訝しげな眼が、スッラを見上げる。
「毛皮が欲しいか?」
額に目元に、口付けを軽く落としながら悪魔は囁く。
「室内でとなると少し小さくなってもらうが、できんことはない。私はそのままのお前が好きだが」
悪魔の言っていることを理解して、ドラゴンは逃げるように眼を逸らした。仄かに色付いた頬も迷うような眼も、何もかも愛らしい。
「……い、いい。結局、俺は俺だ」
あれらのように愛らしくなどなれない。小さく息を吐きながらウォルターは言った。
スッラには想像の範囲内だ。
だから――翌朝、ドラゴンがころりと愛らしい毛玉になるのは、既に決まっていたことなのだ。