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【R18】帰花冬陽炎

かえりばな-ふゆかげろう
皆生存和解ifで地球に羽伸ばしに行くスラウォル。ゲロ甘で誰おま。薄らクリスマス。全方位捏造&妄想。


皆生存和解ifで地球に羽伸ばしに行くスラウォル。

ゲロ甘。誰だお前ら。

技研時代の捏造とかスルッと出てくる。

泣いたり和解したりイチャイチャしたりする。

年齢指定描写は添えるだけ。濁点・♡喘ぎ有り。

季節感極薄。ゆるしてぇ……。

捏造と妄想ばかり。

気を付けてねぇ。

実際地球どうなってんでしょうね、ACⅥ世界。

---

 地球と言う惑星を訪れたのは初めてだった。

 人類の故郷。旅の始まり。全ての源流。今までアーカイブでしか見たことのなかった遥かなる故郷の地を踏んだウォルターは――その場に崩れ落ちかけた。

 「……すまない」

 「ああ。……重いな、地球(ここ)の空気は」

 スッラがウォルターを支えながら言う。感慨深そうな声音だった。

 「船の中だけでは慣らし切れなかったか。……お前は大丈夫なのか?」

 「生憎鍛えているのでな。違和感はあるが、支障はない」

 「そうか」

 星間航行中の船内では目的地の重力に乗客の身体を慣らすための措置――船内の重力調整――が取られているが、ルビコンⅢからの乗客ふたりは間に合わなかったらしい。

 スッラに支えられながら近くのベンチに腰を下ろしたウォルターは小さく息を吐いた。目の前を雑踏が流れていく。ガラス窓の向こう側には青い空と、人々の行き交う活気ある道が広がっていた。

 今回ふたりが訪れたのは、東南アジアと呼ばれる地域のとある国だった。

 冬と言う時期にも関わらず温暖な気候は幾多の戦場を潜り抜けてきた身体に優しかった。骨や筋が軋むことも古傷が引き攣ることもない。色鮮やかな草花や、気ままに道を往く鳥や猫の類いも良い。永らく縁遠く、あるいは終ぞ関わりなきことと思われた存在が、目と鼻の先にある。自然、と呼ばれるものの保全に積極的な地域であるらしいここを旅の目的地に選んだのは慧眼と言っても良いだろう。

 宇宙港の側でタクシーを拾い、船着き場を目指す。普段乗っているACや移動ヘリと比べて小さな車は窮屈に見えて、互いの距離がいつもより近くにありそこはかとない安心感があった。

 タクシーが船着き場へ着くまでの間、ウォルターはずっと窓の外を見ていた。何もかもが目新しく、物珍しかった。

 スッラは運転手と話しながら、そんなウォルターの様子を見ていた。

 どこから来たのか。観光か。どのくらい滞在するのか。何々が美味いから食べると良い。何処何処へ行くならこの時間帯に行くと空いている。

 概ね観光地としては定番のやり取りだ。スッラは頭の片隅でそれを、自分がやっている事実を不思議そうな眼で見ていた。

 ルビコンから観光に来た。一泊二日。そうか分かった。憶えておく。

 まるで自分が“普通”の人間にでもなったかのようだ。

 チラとウォルターの方を見る。窓に顔が写っていた。相も変わらず硬い表情の顔は、しかしほんのりと和らいで見えた。瞳がきらきらとしている。まだ使命も何も負っていなかった少年の頃を思い出す。あの頃もウォルターは星外の話や土産を、こんな目をして待っていた。

 もっと早くにこうして色々と見せてやれたら――等と、今更思っても仕方のないことだ。

 小さく苦笑してスッラもまた窓の外へ眼を向ける。青い空に鳥が飛んでいて、その上を飛行機が飛んでいく。更にその上には宇宙船が飛んでいるのだろう。ACや戦艦の似合いそうな空など、どこにも見当たらなかった。

 「良い旅を!」

 客と荷物を下ろしたタクシーの運転手は笑顔で手を振って去っていった。それに手を振り返して、ふたりは船のチケット売り場へ向かう。

 木目のある板がギシギシ鳴った。足元も建物も木の板で組まれていた。杖の先が板の間に落ちてしまわないよう、足元を見ながら歩くウォルターは、しかし板の下に広がるサマーシャワーに眼を奪われていた。白砂の上に揺らめく水面がきらきら光る。

 木板に影が落ちて屋根の下に入ったことを知る。意識が水面から逸れて、ウォルターの耳に周囲の音が戻ってくる。顔を上げれば、数歩先にチケット売り場のカウンターがあった。

 「大人2枚」

 船のチケットは今時珍しい紙製だった。防水コーティングのされた厚紙だろうか。下部をつまんでもしっかりと立つ小さな紙切れは、手のひらに容易く隠れてしまう大きさをしていた。

 チケットに書かれた桟橋へ向かい、停まっている船に乗り込む。先にスッラが荷物と共に乗り込み、ウォルターを支える。その、時に。水面に浮かぶ船がウォルターの乗船と共に揺れて、ふたりは小さくその場でワルツを踏んだ。

 乗客は他に3組ほどがいた。老夫婦と思しき男女、妙齢の女性ふたり組に、若い男女。皆ふたりに構うことなく、それぞれのパートナーと話し込んだり景色を楽しんだりしていた。

 ふたりが適当に空いている席へ腰を下ろしてから少し。

 「それでは出航いたします。短い航海ではありますが、よろしくお願いいたします」

 船長の朗らかなアナウンスがかかって、船はゆるりと動き出した。

 目的地は桟橋からも見えていた島だ。アナウンスの通り、短い航海。しかし――サマーシャワー、ホライズン、ターコイズ。深まる青を、ウォルターの目は夢中で追っていた。

 「落ちるなよ」

 「……ああ」

 スッラは外側の席に座らせたウォルターへ声をかけておく。どことなくバツの悪そうな声と居住まいを正す姿にクツクツと喉が鳴る。外側の席へ座らせてやって良かった。

 そんなことを思いながらスッラも外側へ眼を向ける。ウォルター越しに空と海の青が広がっていた。やわらかな風が髪や服の端を遊ばせる。手元の旅行鞄。傍らのウォルター。まるで嘘か夢のような状況だと思った。

 「……足元がふわふわするな」

 「そうだな」

 目的地である島に着き、桟橋へ降りると足の裏にまだ水面が残っていた。顔を見合わせても、どちらも平然としているように見えるのだから不思議な感覚だ。

 強化手術の恩恵もあり、早くに地面の感覚を取り戻したスッラがウォルターに腕を貸す。差し出された腕に手を伸ばそうとして、しかしそれでは自分の腕が両方とも塞がってしまうことに気付いたウォルターは伸ばしかけた手を引っ込めた。スッラの目が細まる。

 「……大丈夫だ」

 「……」

 「本当だ。気遣いには感謝している。……いかんな。油断するとあの頃のように甘えてしまう。もう子供ではないのにな」

 今度はウォルターが手を差し出す。自分が荷物を持つ、と言外に言っていた。

 スッラは小さく溜め息を吐いた。

 「……お前はいつまで経っても子供だ。少なくとも、私にとってはな」

 その言葉にウォルターが反論する前に、スッラはウォルターの腰を引き寄せた。自然、スッラの身体へウォルターは重心を傾けることになる。腰を支える手は強く、歩幅は無理なく歩きやすい。鞄は結局スッラが持ったままだ。

 文句を言おうとスッラの顔へ眼を遣れば涼しげな眼が一瞥を寄越して前を見た。異論は認めないらしい。この期に及んで自分を子供扱いするスッラにウォルターは少しムッとして――フイとそっぽを向いた。それがまた子供らしい仕草だと言うことを、ウォルターは自覚していただろうか。

 だがそんな不満も、温暖な気候と美しい景色、星外旅行と言う非日常を前にすれば霧の中へ散逸していくかのように消えていった。

 青い空と海。枝葉を伸ばす深い緑。白い砂。その道の先に、今回ふたりが泊まる宿はあった。

 目の前に、解放感のある木造建築が現れる。

 大きくはない島で唯一の宿泊施設であるそこは、いわゆる高級ホテルに分類される。そも、島自体がリゾート地として有名であるのだが。

 壁も扉もない建物の正面には受付であるカウンターが設けられている。

 「ようこそいらっしゃいました」

 カウンターの中で女が微笑んだ。スッラが予約している旨を告げ、端末で予約票を提示すると女は画面を機械で読み取った。

 「お待ちしておりました。こちらがお部屋の鍵になります」

 言いながら鍵を差し出してきたのは、女の隣にいた男だった。ルビコンではあまり見かけない、旧時代以前によく使われていたらしい「鍵」と、部屋とホテルについてのリーフレットをふたりの前に置く。リーフレットは、おそらく初めて利用する客のためだろう。

 「それではごゆっくり」

 受付を終え、鍵を受け取ったふたりがカウンターを離れると受付の男女は穏やかな声で微笑んだ。

 部屋の鍵に下がるプレートには「C」の文字が刻まれていた。

 部屋、と呼ばれてはいるが、客が宿泊場所として与えられるのは小型のコテージだ。敷地内に点在するそれを、客は「部屋」として借りて泊まる。ガスや水道はもちろんネットも完備。食事は自分で用意しても良いし、受付のある建物奥にあるレストランで摂っても良い。料金を上乗せして、部屋へ運んでもらうと言う手もある。敷地内にあるビーチはホテルが管理しているもので、各部屋から自由に行き来することができる。あるいは、ビーチまで行かずとも部屋付きのプールで楽しんでも良いだろう。

 鍵穴に鍵を差し込んで、回す。カチャン、と音がした。ハンドルを押しながら扉を開く瞬間は、宝箱を開ける感覚にも似ていた。

 出入り口には下駄箱とスリッパが用意されていた。ふたりはそれぞれ靴を脱いで部屋に上がる。

 一階にはリビングやダイニングスペース、バスルームがあり、二階にはベッドルームとバスルームがあった。

 緩やかな階段を横目にエレベーターに乗り込んだふたりは、二階ベッドルームへ向かう。そして鞄置きに旅行鞄を置いて、窓の外を眺める。綺麗だな。そうだな。月並みな、しかし感慨深げな声が、一欠片ずつ漏れた。

 ふたりが地球へ旅行しに来たことは事実だが、観光しに来たと言い難いのもまた事実だった。一泊二日。性急にも思える日程であるのは疑いようもない。しかし仕方のないことだった。ウォルターは復興中のルビコン、その内外で仕事を多く受け持っていた。加えて先日は、猟犬たちにねだられて「クリスマス」に付き合っていた。見かねたスッラがウォルターを連れ出したと言うわけだった。それなりに急な話ではあったが、何やかんやとスッラの提案が受け入れられたのは、結局猟犬たちが生き延びていたことも含めて両者の蟠りが解け、感覚が“昔”のそれに戻ってきているからだろう。

 ウォルターをベッドに転がすと、困惑と羞恥と期待の色がその顔に浮かんだ。

 「っ、本気か? こんな、素晴らしい場所まで来て、することがこんな、」

 「本気だとも。“こんなこと”をするために来たことは、お前も分かっているだろう? ウォルター」

 そうでもなければわざわざ街の中心を避けて、離れ小島のリゾート地など選びはしない。今回の目的は、ウォルターを休ませることなのだから。

 スッラが眼を細めて笑う。狡猾な蛇の笑みに見えて、しかしそれが随分まろいものだと、ウォルターには分かってしまう。声の柔らかさだって分かってしまう。良くも悪くも、付き合いの長さだった。

 「……。シャワー……」

 恥じ入るような声の余白は、おそらく期待が多くを埋めていた。

 バスルームがふたつあるのは大変都合が良かった。それぞれゆったりとシャワーを浴びて身を清めることができた。

 先に上がったのはやはりスッラの方だった。一階のバスルームからベッドルームへ戻り、ベッドの側のチェストを手持ち無沙汰に物色する。小さなローションボトルに各サイズのスキン。清浄綿まで用意されている。

 聞いたことのない企業だな、とスキンの袋を眺めていると、カタンと音がしてバスルームからウォルターが顔を出した。壁伝いに歩いているのだ。スッラはベッドから降りてウォルターを迎えに行く。脚を掬って抱え上げた身体は、相変わらず軽かった。

 ベッドは天蓋付きのエキゾチックなデザインをしている。ベッドの上にウォルターの身体を下ろすと、不意に手が伸びてきた。ウォルターの手だ。頬に触れるように伸びてきた手は、しかし頬ではなく髪に触れた。スッラはウォルターの眉が微かにひそめられるのを見る。

 「……風邪を引くぞ」

 タオルドライで済ませたことが不満らしい。ウォルターの手を取り、手の甲にくちびるを落としてスッラは笑った。

 「問題ない。どうせすぐに乾く」

 そのまま指を絡めて、身体を倒してウォルターに覆い被さる。ごく近い距離になった互いの瞳に互いの姿が映る。けれどそれも一瞬。ほとんど反射のようにウォルターは目蓋を閉じてしまった。スッラは期待に応えて、薄く開いた下くちびるを食んでやる。口付けは、その後にした。

 「んっ……、ふ、ぅ……」

 ウォルターは相変わらずキスが下手だった。練習する機会も実践する機会も、ほとんど無かったのだろう。想像に易い。それでも躊躇いがちながらスッラに応えようとする動きをしているのが健気で律儀でいじらしくて、スッラは喰らう勢いでウォルターへの口付けを深くした。

 「ん、ふッ、ぅ……、ん、んん……!」

 絡めた指がきりきり握られて、空いていた方の手が胸を押し返そうとする動きをしていて、スッラは口付けを一旦止めてやる。最後に音を立ててウォルターの舌を吸ったのは、愛嬌と言うやつだ。当のウォルターはふやけた悲鳴のような声を上げたけれど。

 はふはふ肩で息をしているウォルターの頬や喉や首筋をくちびるで辿っていく。時々吸ったり噛んだりすると、それでまた小さな悲鳴がこぼれる。

 「スッラ……!」

 愛らしい反応にくすくす笑っていると、潤んだ目をしたウォルターに叱られた。スッラは謝ったりなんかはせずに、赤くなったまなじりに口付けを落として文句への答えとしてやった。

 バスローブはベッドの隅に放られた。

 暴いた素肌を辿る。胸板、鳩尾、脇腹、腹。指先で辿ればひくひくと引きつった。下腹部のウォルターの半身は、口付けと愛撫に、緩やかに兆しを見せていた。

 見られている、と気付いて、恥じらいに脚が熱を隠そうとする。けれど足の間に陣取っているスッラが邪魔となる。スッラを避けるように腿まで浮かせて脚を閉じようとして――その動きを利用される。膝を引き留められ、両の脚がスッラの両の肩にかけられ、浮いた腰の下に枕を詰められる。まるでウォルターが積極的に協力的なようだ。おまけに「良い子だ」なんて言われてしまえば、居たたまれなくなって両腕で顔を隠さずにいられなかった。

 整えられた指先が、晒された孔の縁をくすぐる。爪の先と指の腹はごく近い位置にあって、また、爪もざらりと引っ掛かることのない滑らかさに気遣いを見てしまう。どうしてここまで、と訊けばきっと「嗜みだ」と軽い調子が返ってくるのだろう。

 ひく、と孔がわななく。どうか触れられたからだと思われて欲しかった。スッラがどんな顔をしていたか、顔を隠していたウォルターは知る由もない。

 折角だからとスッラは備え付けのローションを使うことにした。蓋を開けてボトルを傾ける。中身と共に重みのある甘いにおいが流れ出した。強化手術により常人よりは鋭くなっているスッラの嗅覚は、それがお誂え向きのものだと理解する。そして同時に、合成なんかではなく本物の素材から精製されたものであることも理解した。

 イランイラン。夜の街でよく嗅いだにおいだ。

 「うっ……あ……、」

 くぷ、とちいさな泡を押し潰して指先が孔に潜り込む。未だ強張りの解けきらない孔は固さを感じたけれど、潜り込んだ先、胎の中は熱くやわらかだった。

 「ん、ん……! ふッ、ぅ゙、ん゙……ッ!」

 1本、2本、と増える指が孔を解していく。ゆっくりとした動きは身体を思いやる速度で、しかし起こった種火を煽るようなもどかしさもある。むずがるように、腰が揺れる。

 3本目が挿れられて、ローションのにおいに鼻が慣れる頃には、孔も空気も随分和らいでいた。

 「ふあ、ぁっ……、うあぁ……!」

 顔を隠していた両腕は今や役目を放棄してシーツを掴んでいた。とろんと融けた顔を覗き込んでスッラは笑う。唾液に艶めいた舌先を吸いに行けば、やはりウォルターは口付けの寸前で目蓋を閉じた。

 ぐるりと胎の中の指を回す。その刺激に驚いたらしいウォルターの顎が跳ねて、挿し入れられていた舌を柔く噛んだ。チリリと熱が灯る。そっと開かれた目蓋の内側、気遣うように見上げてくる瞳に、やはりこいつは甘いのだなぁとスッラは思う。

 舌先を強く吸い、身体を起こしながら指も抜く。指が抜け出て、ゆるりと閉じゆく孔はしかしひくひくと先を待っていた。

 濡れた指先で既に起ち上がっていた熱を確かめて、スッラは挿入の体勢をとる。そこでふとウォルターへ眼を遣ると、案の定と言うべきか、眼が合った。刹那、ぐるりと思考が回った。

 「欲しいか?」

 ずり、と硬くなった熱を孔に擦り付けてスッラはウォルターに訊いた。ウォルターの目が丸くなって、くちびるが戦慄いた。

 「なっ、そんな――……!」

 理性と本能のせめぎあう声が聞こえた。この期に及んで可愛らしい。

 「……心配せずともくれてやる。私とて生殺しはごめんだからな」

 ふと思い付いた気紛れの戯れだった。少しからかって、愛らしい姿を追加で見られれば、なんて程度だった。実際ウォルターは思惑通りの反応をしてくれた。

 だが。

 喉奥で笑っていたスッラの顔から、すっと表情が抜ける。ウォルターの脚がそろりと肩から降りて、腰に絡んだ。

 「……っ、欲、しい……、お前、の、熱……、を、俺、の……、はら、に、」

 いれて、と。

 熱に掠れた、声、が。

 「――、」

 スッラは息を呑んだ。

 だって自分は。自分は、強要していない。要求すらしていない。

 それなのにウォルターは。いま。

 自ら、挿れてくれ、と。確かに。

 「良い子だ」

 それが、今やベッドルームを染めるにおいの功績だとてどうでも良い。あのウォルターが、自発的に言ったという事実がすべてなのだから。

 ほとんど真顔でスッラは半身をウォルターの胎に沈めていく。身を焼くような硬さと熱さに、ウォルターは背中を半端に丸めながら悶えた。

 「あ゙……、はッ、あ、ぅ……、」

 「――は、」

 スッラもまた短く息を吐いた。埋めた熱が、熱い肉襞に揉むように包まれている。ウォルターの呼吸と共に蠢く媚肉に抱き締められるのは、至極心地良い。

 ウォルターの顔を見下ろす。赤く染まった目元は艶やかで、しかし頬は愛らしい。はくはく空気を求めて揺れるくちびるは、まだテラリと濡れている。輪郭を滲ませた瞳が、涙の中で泳いでいた。

 「ぁ、あ……、す、ら……、すっ、らぁ、」

 ぐずぐずに融けた声がスッラを呼んだ。手が伸ばされる。当然スッラはそれを拒まなかった。「なんだ」と答えて手を握って、呼ばれるままに近付いてやる。身体が押し潰されてウォルターが濁った声を上げたけれど、構わず続きを促した。

 「どうした? 私はここにいるぞ?」

 「あ゙、ゔ、っかは、ァ゙……、すっら、俺、おれ、は……! ぅ、ううゔ……!」

 目と鼻の先でぼろぼろこぼれ落ちていく涙が生理的なものでないことくらい、スッラには分かった。

 「お゙れ゙、お前、みんな……、ぅう……ッ、ぅあ゙、あ゙あ゙あ゙……!」

 なにも今ここで――否。ようやく“吐き出せた”のか。

 「……ウォルター。少なくとも私は――全て私の意思で動いていた。お前が悼むことは何もない」

 「だが、っ、それで、おまえはっ、ウォッチ、ポイント、で、俺はっ、ろくに、いち、にっ、お前を、やれ、っ、と……!」

 「傭兵とは殺し合う生き物だ。言っただろう? “私たち”はそうやって生きている。気に病むことはない」

 左半身と左顔面に火傷痕を這わせた蛇はそう言って笑う。ウォルターがまたぼろぼろと涙を流したのは、その姿を見たからでもあっただろう。

 ウォッチポイント・デルタで一命を取り留めたスッラは確かに幸運だった。身体と顔の左側の広い範囲に大火傷を負いはしたが、五体満足で生き延びられたのだから言うことはない。

 昔からそうだった。まるで蛇が古い皮(死んだ身体)を脱ぎ捨てていくように、スッラは「生」を掴み取ってきた。命を懸けた闘争に、勝ち続けてきたのだ。

 だがウォルターはそうではなかった。

 そうではなかったから、スッラのために泣いた。殺そうとしたスッラが生きていたことに安堵し、殺そうとしたことをスッラに懺悔した。

 きっとスッラ以外にも同じことをするのだろう。

 どこまでも、難儀な生き物だと思った。

 そして同時に、愛しい生き物だと思った。

 「ひぅ……! スッ、ぁ、ん……!」

 まだ何か言おうとしてしゃくりあげる口の、下くちびるを食んでやわらかな口付けをしてやる。くちびるを食んで、舌先を擦り合わせて、呼吸を合わせるくらいの口付けだ。

 ゆるりと止めれば戸惑うような眼がスッラを見る。

 「ウォルター。どうせ泣くなら鳴いてくれ。枯れるまで啼いて、そうしたら、お前の望むように満たしてやろう」

 艶然として一笑した蛇に、大きな少年は一瞬呼吸を忘れたように眼を丸くした。

 一拍の後、首まで下りた赤はその言葉の意味を理解したからだろう。

 はは、とスッラはウォルターの反応に笑声をこぼす。口端、目蓋に口付けて、停めていた腰を動かし始める。

 「あ゙っ――、」

 ずるりと動き始めた楔に、ウォルターの顔が恍惚と歪む。ずっと大人しく収まっていた熱は、その形を胎に覚えさせていた。それが、ようやっと動き出したのだ。

 「啼け、ウォルター。私のために」

 「ぅ、あ、ア゙……!」

 ねばついた水音と、肉同士のぶつかり合う音と、荒い息遣いと、衣擦れの音。悦楽に掠れながらも高く伸び、しかし時折汚濁する嬌声。

 何もかもが重たく甘く、澱んで四肢五体を侵していく。

 「お゙ッ゙、あ゙――!゙ かはッ、ア゙、ア゙ア゙ッ゙……!」

胎を突かれ、掻き回され、ウォルターは咽ぶ。触れ合う肌の、どこもかしこもが熱くて溶けてしまいそうだった。

 「あ゙、あ゙ーッ゙……! ふァ゙、っ! ぅ゙、オ゙……ッ゙!゙」

 スッラの背に腕を回して必死に縋る。しなやかに動く筋肉は逞しく美しく強靭な獣を幻視させた。精緻な装飾の施された天蓋を見上げながらウォルターはチカチカと光の瞬くのを見る。意識が白んでいくと共に、胎がきゅうきゅうと縮こまる。

 「あ゙っ! あ゙、あ゙……! ィッ、ぅあ、ッ! いぐ、イッ――、ゃ゙!゙ ぁ、ァ゙あ゙あ゙……ッ゙!゙」

 「イけ。イってしまえ」

 後ろだけで、女のように。

 くすくす。耳元で、スッラが甘ったるく囁いた。

 「ひ、ィッ――!!」

 短く高い悲鳴を上げてウォルターは目の前の身体にしがみつく。触れられてもいないのに首をもたげていた半身が、白濁を吐き出していた。

 身体のふるえも腰のふるえも、まとめて押し込めるように丸まろうとする身体をスッラは更に穿った。

 「……っ、」

 締め付けてくる孔を振り払うように抽挿すれば、肉襞が欲を心地好く扱いて頂へ導いていく。

 あ、あ、と余韻に浸ることも許されず、痺れたまま突き出されていた舌に、引き寄せられるように噛み付いた。

 呼吸の奪われた身体が、再度身を竦める。ぎゅう、と胎が熱を搾って欲を吐き出させる。くちびるを離したとき、どちらともなく湿った息を吐き出して――そこでふたりは互いが呼吸を止めていたことに気付いたのだ。

 一息吐く。

 スッラは結合を解いて、くたりと弛緩したウォルターの身体をうつ伏せにひっくり返す。背後から覆い被さり腰に腰を押し付けると、ピクリと眼下の身体が小さく跳ねた。頭が微かに背後を振り返ろうとする動きを見せた。

 クク、と喉奥で笑い、だらりと開いた脚の間、つい先程まで己を受け入れていたすぼまりに冷めやらぬ熱を押し入れていく。

 「お゙ッ゙……あ゙、ァ゙――~~~ッ!!」

 ウォルターの手がぐしゃりとシーツを握り締める。やはり背中は丸まろうとした。その動きで僅かにずり上がる身体は、熱から逃げようとしているようにも見えた。

 これ幸いと、スッラは舌舐りをする。

 「悪い子だな、ウォルター。私から逃げるとは」

 「ん゙ッ゙!゙ ひ、ィ゙ッ~~~!」

 背中に手のひらを置いて、緩やかに押す。伸ばされた背中と潜り込む楔にウォルターは声にならない悲鳴を上げた。同時に、脚で脚を閉じられていたことに、ウォルターはおそらく気付いていなかった。

 「悪い子には、お仕置きが必要、だな?」

 耳の裏に痕を残しながら、スッラはウォルターの悦ぶ言い方をした。

 「あ゙ぅ゙、ゔ、ぁ゙あ゙あ゙……!゙ っあ゙、ご、ごぇ、らしゃ、にげよ、して、ぇ゙、ごぇ、らしゃ、ぁ……っ♡」

 過ぎた熱に思考は溶けているようだった。概ねスッラの予定通りだ。体裁も仮面も何もかも溶かして、ただのウォルターを暴いてやる。今回の一番の愉しみにして目的だった。

 身体の一番奥をいじめながら、スッラはウォルターに澱を吐き出させる。自罰的な男には、このくらい溺れてもらうのが丁度良い。

 「何から逃げようとしたことを謝っている? ん?」

 「ぉ゙ッ゙♡゙ ん゙ひッ♡ す、すっら、すっらから、にげよ……ぉ゙っ、したぁ♡」

 「何故逃げようとした? 私は悲しいぞ」

 「んぎゅぅ゙……!゙♡゙ ら、っへ、きお゙っ、きもちよすぎ、ぇ゙……! んぁ゙あ゙、っ♡ らえ゙、お゙ぐ、やぇ゙……ッ゙!゙ お゙ァ゙ぁ゙ッ゙♡゙ ごぇ、らしゃ、ァ゙、ァ゙ァ゙~゙~゙~゙ッ゙!゙♡゙」

 「ふは、は。お前は本当に、愚かで愛らしいな、ウォルター。ほら、堕ちきってしまえ」

 「あ゙!゙ あ゙あ゙あ゙!゙ んゃ゙あ゙あ゙あ゙!゙ お゙、ごッ――!゙♡゙ はら゙、お゙すの、ら゙ぇ゙――っ、あ゙♡゙ あ゙あ゙あ゙ッ゙♡゙ はい゙ッ――ひゅっ、ぉ゙ぐ、はいってぅ゙ぅ゙……!゙♡゙」

 「はッ……!」

 シーツの上で溺れる肢体を押さえ付けて、無防備に晒された項に牙を立てて、スッラはウォルターの中に熱を今一度吐き出した。奥の奥に押し込めて塗り込んで、刻み付けるように、残らぬ跡を残そうとする。ゆるゆる動く腰にゆるやかに揺さぶられる身体はそれすら耐え難い刺激だと言うように、緊張と弛緩を繰り返していた。

 ウォルターの身体から力が抜けてくたりと萎れる。ウォルターが気を失ったのだと知るにはそれで十分だった。だのに手を添えた下腹部はひくりひくりと動いているのを感じて、スッラはやはりくすくす笑う。まるで己の吐いた精を飲み干そうとしているようだ。

 二階のバスルームは、広さも設備も一階と大体同じだった。

 ちゃぷちゃぷ跳ねる水の音と、身体の芯に響くような懐かしいメロディに揺られてウォルターは目を覚ます。温かい水の気配と視界を霞ませる薄く白い湯気に、そこがバスタブの中だとぼんやり認識する。一度身体を起こそうと身動ぐと、背中や肘が誰かの肌に触れて、背後に他人がいることを知った。

 ぱしゃん、と水が跳ねる。鼻歌が途切れて、穏やかな声が耳朶を打つ。

 「起きたか」

 平生聞くよりも深く響く声に、ウォルターは一瞬呆けてしまう。返す声が、上擦った。

 「っ、あ、ああ……」

 「飯はどうする? 食べに行くか、部屋に運んでもらうか」

 「どちらでも……いや、上がってから考える……動けそうなら、食べに行きたいな」

 「了解した」

 言葉が終わると同時に、するりと耳裏やこめかみに頬や唇が擦り寄せられる。まるで獣が自分のにおいを自分のものに移しているかのようだ。

 ちゃぷんと水面が揺れる。

 自分の背後から伸びて、バスタブの縁を占拠しているスッラの両腕を眺めながら、ウォルターは躊躇いがちに口を開いた。

 「世、話……を、かけた。すまない」

 音の響きやすいバスルームでその声は確かにスッラの耳に入ったはずだった。けれどスッラは「んー?」と曖昧な返事――と言っても良いのだろうか――をして、ウォルターの手をいじり始めた。俯いて水面を見つめていたウォルターの視界に、自分の意思で動かない手が入ってくる。

 手のひらでくるりと指が踊って、ふたつの手のひらの間に挟まれたと思ったら手の甲側から指を絡めて握られる。きゅむきゅむ握ったと思えばするりと解けて、指の横側や水かき、手の甲をツツとなぞって離れていく。そうして今度は、もう片方の手が手のひら側から指を絡めてくる。

 傷の多い、節くれ立った、けれど綺麗な手だ。他者の命を奪って自分の命としてきた血塗れの手。ウォルターを守ろうとしてきた手。ウォルターに優しく触れようとする手。一度は離した手。

 ウォルターはされるがままだった手に力を込めた。きゅ、と一瞬、好きに動く手を引き留めた。

 「……スッラ。感謝、する」

 手の動きが止まって離れていく。スッラの腕はウォルターの身体を抱え込んだ。視界の端に、俯いた頭が見えた。首元に埋められているようだ。くぐもった「ん」と言う声の柔らかさは、初めて耳にするものだった。けれど何となく、かの技研都市で手術後のスッラの世話をしていたことを、ウォルターは思い出した。

 風呂――水質――が良かったのか何なのか、存外無事だったらしい腰に気を良くしてウォルターは夕飯を「食べに行く」ことを選んだ。

 普段とあまり代わり映えのしない服を着て部屋を出る。カチャンと鍵のかかる音は、やはり胸をくすぐった。

 プラムに暮れゆく世界は人の目を奪う。道にぽつぽつと灯された光を頼りに、ふたりは並んで細い道を歩く。遠巻きに、波の寄せては返す音が聞こえてきた。

 ホテル内のレストランはエスニックながら落ち着いた雰囲気で客を出迎えていた。元より客数の少ない上にそれぞれタイミングや予定もあり、ほとんど貸切の状態だった。

 スパイスを贅沢に使った料理には、魚介類や肉が当たり前のように入れられていた。濃い味や似たり寄ったりではない舌触りに、それらは合成ではないのだと知る。蟹や海老も本物で、つまりその殻も天然ものだと言うことだ。おっかなびっくり、棘や縁を気にしながら甲殻類を解体していくウォルターの姿は幼げに見えた。

 元より傭兵業で身を立てているスッラは泥塗れになりながら「こういったもの」を食べた経験もあったが、当然質や味は大違いだ。だが――外側は原型を留められつつ、内臓や身をぐちゃぐちゃにされ盛り付けられるのは人の業だな、等と言う考えも過ったりした。茹でた甲殻類の殻剥きは初めてらしいウォルターが不器用を披露していなければ、昔の風景に更に想いを馳せていたことだろう。

 慣れない味を舌に乗せて、初めて噛み締める食感に驚いて、アルコールすらルビコンとは違うものに感じた。フルーツジュースか何かだと思って飲んでいたものが、ルビコンで流通している一般的な酒類よりも度数の高いもので――給仕の説明を聞いたふたりはグラス片手に顔を見合わせたりした。

 甘味もルビコンでは目にしない、口にしないもので、それぞれ互いが好みだと言ったものを分けたり寄せたりした。

 普段よりもゆっくりと色々な料理を食べた。誰にも邪魔されず会話を楽しんだ。どちらも人生で初めて過ごす時間だった。

 「……禁断の扉だったな……」

 「いちいち大袈裟だな、お前は。また来ればいいだろう」

 「……そうだな。仕事が一区切り付いたら、また来るか」

 「一区切り付かなくても息抜きくらいしろ。……いい。また迎えに行く」

 「む。大丈夫だ。休息くらい自分で取れるし、俺だって旅行の日程を組める」

 「ほう? では次の旅程はお前に組んでもらうとするか」

 ごく自然に「次」があることになっていた。次もふたりでどこか旅行しよう、と口約束をする。叶うかどうかは分からない。一週間後に今の姿で再会できるかどうかすら分からない世界に身を置いているのだ。

 だが「次」の話ができる関係になっていることが重要だった。こんな風に会話できる日が来るなど、少し前まで思ってもいなかった。人生長く生きてみるものである。

 「……行くか」

 「ああ」

 食後のお茶を楽しんで、ふたりは席を立つ。宇宙港で換金しておいた金で代金を支払い――チップ分ももちろん付けて――レストランを出る。

 日は既に落ちていた。

 来たときと同じようにふたりは並んで歩く。建物や木々の合間から、海の向こうの街明かりがキラキラと見えた。

 「折角海の綺麗な場所に来たのに、もったいないことをしたな」

 「次の楽しみにしておけ。次は二泊三日……いや、ひと月ほど滞在しても良いかもな」

 「お前とひと月同居か。おそろしいな」

 「人並みの生活はできると思っているが?」

 「そうか。……スッラ、お前も“人並みの生活”を手に入れられていたんだな。やはりもう俺には関わらずに今までに稼いだ金で普通の人生を――」

 「お前はどうしてそう、すぐに卑下するんだ?」

 「……? 事実を述べているだけだが……?」

 驚きと呆れを顔に浮かべたスッラを、ウォルターはきょとりと見返す。

 スッラは盛大に溜め息を吐いた。

 「な、なんだ」

 怯んだウォルターが身体を離そうとする。のを、腰へ腕を回して引き留めた。

 じとりとした眼と、狼狽した眼がかち合う。

 「!?」

 数秒見つめ合った後、スッラはウォルターにキスをした。触れる程度のものだったけれど、それは確かにキスだった。

 ウォルターの視界いっぱいに拗ねたような顔が近付いて、そして離れていく。

 気付いたときには既に勝手知ったる風にエスコートされるがまま、部屋への道を歩き始めていた。かぁ、と顔に熱が昇る。

 「なっ――なんだ!? 今のは!」

 ぽこぽことウォルターは抗議する。悔しいことに、隣の男の歩みは少しも緩まなかったし、それなのに歩くに不自由さは感じなかった。

 「うるさい。お前は黙って自分を大切にしていれば良い。いい加減我が儘に生きることを覚えろ」

 言い草も声音も不貞腐れた子供のようなものだったけれど、それどころではなかったウォルターは気付かなかった。

 その後もやんややんやと気の置けないことを言い合いながら往く道は、来たときよりも賑やかなものになった。日が落ちて少し冷えた風が頬を撫でる。帯びた熱が隣の存在に依るものなのかアルコールによるものなのか、定かではなかった。

 「大体、お前はいつもやることが極端なんだ。俺の猟犬たちを相手にするときだって――」

 「お前が意固地なのがそもそもの発端だろう。子供のクセに大人の問題に首を突っ込んで……」

 カチャン。鍵が開いて扉が開く。

 部屋に上がり、緩やかな階段を上る。もうシャワーを浴びて寝ても良い。朝早く起きて、海辺を歩いたっていいのだから。

 「俺がどんな気持ちでお前たちの……? 待て。何故ベッドが整えられている……?」

 ベッドルームに入り、ベッドを前にしてウォルターが訝しむ。自分たちは、ベッドには触れずに出てきたはずで、部屋にも鍵を掛けていたはずだ、と。

 事も無げに答えたのはスッラだった。何故驚いているのか、とでも言いたげに小首を傾げていた。

 「ルームサービスに頼んでおいたからだろう」

 ウォルターは絶句した。

 見られた。知られた。触れられた。事後のベッドを! せめてチェックアウトしてから委ねるべきだろう! この男には羞恥心とかそう言うものが無いのか。

 ついでに数刻前の諸々が蘇ってきて、ウォルターはふらりとよろめいた。しっかりと身体は支えられて、実際は後頭部を隣人に預ける程度だったが。

 「客が享受できるサービスの一環だろう? 何故憚る必要がある?」

 「……。……そうか……そうだな……」

 「?」

 心底真面目に疑問符を浮かべているらしいスッラに、ウォルターは共感を諦めた。

 そしてシャワーを浴びて歯を磨き、寝支度を整えて、真新しく整えられたベッドに身を投げる。ほのかに甘い香りが身体を包む。

 親友か兄弟のように身を寄せ会うと、互いの顔が思いの外近い位置にきた。吐息の触れる距離。どちらからともなく隙間を埋めて、触れるだけのキスをする。薄くて乾いた唇だった。

 スッラはそれから目蓋や額にも口付けた。再度視線が合ったときには、ふ、と口許が緩やかな弧を描いているのをウォルターは見る。背中と腰に回っている手は温かかった。

 「……ん、」

 ウォルターの意識が浮上したとき、世界はまだ薄暗く静かだった。

 あまりに静かだったので起き上がろうとして、身体の不自由さに、寝入った時のままスッラに抱かれていることに気付いた。パッと見た様子では、動いた跡は見受けられない。寝息も静かなものだ。遠目には生死すら判りづらいだろう。瞬きをひとつ。

 「ゎ……!」

 その一瞬後の視界には、自分を映す瞳があった。驚きに、ウォルターの喉から短く悲鳴が漏れた。

 「……すまない。起こしたか」

 「……気にするな。傭兵などこんなものだ」

 言いながらスッラはむずがるようにウォルターを抱え込んでその首筋に顔を埋める。身体が不自然に強張って、身体を伸ばさずに伸びをしているのがウォルターにはわかった。

 「もう少し眠るか?」

 「お前は」

 「……もう少し眠ろうかと思う」

 「仕方ない。付き合ってやろう」

 普段と比べてまろいスッラの声にウォルターは惰眠を選ぶ。その選択を聞いたスッラは、口調こそしっかりとしたもので言葉を吐きながら、ウォルターよりも先に目蓋を閉じてしまった。ウォルターはそれを特に笑ったりなんかはせずに、宣言通り自分も目蓋を閉じて二度寝の体勢に入る。

 「忘れ物は」

 「ない。大丈夫だ」

 世界が明るくなった頃、仕掛けておいた機械仕掛けの雄鶏が目覚めを促した。未明に目覚めたときよりもはっきりと意識が覚醒したふたりは、今度こそベッドから降りていった。

 身支度を整え荷物を確認して部屋を出る。朝食はレストランで軽いものを摂った。

 「売店を見て行きたい。土産を買わなければ」

 「プレゼントは一昨日やったんじゃないのか? 犬どもを甘やかすな。すぐ調子に乗るぞ」

 「そ、それとこれとは別だろう。それにあいつらは贈り物くらいで絆されるような質じゃない」

 「どうだかな」

 「カーラやミシガンにも買うし、各勢力への友好のポーズとしても……」

 「あいつやそいつはともかく、あとは要らんだろう。これは私的な旅行だぞ」

 「そうか?」

 「どうせ「オセイボ」とやらは送っているんだろう? なら余計に贈り物過多だ」

 「そうか……」

 そんなことを話しながらチェックアウトのために受付へ向かう。

 寄せては返す波の音の上を、名前も知らない鳥の鳴き声が滑っていく。吹き抜ける風にさやさやと草木の枝葉が笑っていた。

 並んで歩くふたりの距離は近い。けれどそれはエスコートのために腕を貸しているとか腰を抱いて支えているのではなくて、腿の辺りで繋がれた手の距離だった。

 その後ろ姿に在りし日の傭兵と少年を見せながら、ふたりは「家」への帰り道を歩いていった。

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