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【R18】シュリマズルの燭光

シュリマズル(Shlimazel):不運としか言いようのない人。イディッシュ語。
技研時代。モブウォル後スラウォル。捏造と妄想。R18だけど本番は無いです。


技研時代。モブウォル後スラウォル。

スッラは手術前(のつもり)だしウォルターは少年。

モブが出張るし喋る。

例のごとく諸々捏造と妄想。

本番は無いです。

ごめんね。

気を付けてね。

---


 ウォルターは路端のベンチに腰を下ろしていた。

 平日の昼下がり。人は疎らだ。持っていたタブレットを点けて、電子書籍のアプリを呼び出す。読みかけの本を本棚から取り出して、しおりを挟んだページを開く。ぱたぱたと足が揺れた。

 学校が半日で終わったため、時間を潰しているのだ。生家には誰もいない。逆にラボは人が居すぎる。大人たちは「気にするな」と言ってくれるけど、ウォルターはバタバタと忙しく動き回る姿を見た上で、自分だけゆっくりできる性質では無かった。幸か不幸か、今は「手術」を受けた「被験者」もいない。ラボでウォルターにできることは何も無いのだ。

 だからこうして――最近指定席になっているベンチで時間を潰す。運が良ければ、暇潰し相手にも会える。約束はしてないけれど、何となく待ち合わせの場所になっていた。

 ジャリ、と足音がした。

 ウォルターは顔を上げない。人影が自分の前で立ち止まっても、気に留めない。待っている相手ではないからだ。

 その相手とは独立傭兵で――滅多に足音をさせないし、ウォルターの影になるように立ったりしない。何も言わずにストンと隣に腰を下ろす。いまウォルターの前に立っている人物とは、別人なのだ。

 「……ねえ君、」

 とうとうしびれを切らしたらしいそいつ――男がウォルターに声をかけた。そこでようやくウォルターはタブレットから顔を上げる。

 「君、一人かい? 保護者の方は居るのかな? 退屈じゃないかい? もし良ければ僕と遊ばないかい?」

 男は随分機嫌の良さそうな笑みを浮かべていた。初対面の子供に。

 どう見ても聞いても、怪しい大人だ。

 ウォルターは眉をひそめた。

 「……別に退屈はしていないし俺は人を待っている。親にも、知らない人には着いていくなと言われているから、お前とは遊べない」

 きっぱりと拒絶の意思を伝える。毅然とした態度だった。学校なんかの場であったら、褒めてくれる大人もいただろう。だが残念なことに、ウォルターの前に居るのは様子のおかしな男だけだった。

 「す、スゴいね、君! 大人にこんなにハッキリ物申せるなんて! しっかりしてるんだなあ……保護者の方はさぞ鼻が高いだろうねえ」

 相変わらずニコニコしている男は、しかしどこか興奮したようにウォルターへ顔を近付ける。

 「良いねえ君……やっぱり良いよ……絵に描いたような美少年、大人勝りの強い意思……こんな子ほんとにいるんだなあ」

 異様だ。

 熱を帯びた口調と眼。もはや独り言ばかりを繰り返しながら、その眼はずっとウォルターを捉えている。

 さすがにウォルターも身の危険を感じた。

 「……俺はこれで失礼する」

 タブレットを抱えてベンチから立ち上がる。はやくこの男から離れなければ。

 「待てよ」

 男が立ち去ろうとしたウォルターの腕を掴んだ。低く、ドロリと熱を帯びた声に捕まり、ウォルターの口から「ひっ」と悲鳴が漏れた。

 「待ってよ。僕と遊ぼう? 酷いことはしないよ。楽しいことだけ。ね?」

 「ぃ、いやだ、はなして、くれ、」

 声が震えて掠れる。ウォルターと男以外には聞こえない声量だ。ギリギリと握られる腕が痛い。

 にんまりと笑う男の目に、怯えきったウォルターが写る。

 カシャン、とタブレットが地面に落ちて跳ねる。真っ暗になった画面が、走り去る車を見送った。

 後に残ったのは、静寂だけ。

 ウォルターが連れてこられたのは打ち捨てられた雑居ビルだった。

 窓をカーテンで目隠しされた車の後部座席に放り込まれ、揺られること何分か。後部座席から担ぎ出されて視界に広がったのは、見たこともない風景だった。自分は今どこに居るのだろう、とウォルターは絶望的な気持ちになった。

 瓦礫にまみれ、鉄筋や何かの配線やパイプが剥き出しになった、正しく廃墟にウォルターを担いだ男は入っていく。

 暴れれば、男から逃げられる可能性は十分あった。だが男から逃げられたとして、家やラボまで辿り着ける自信がなかった。男の機嫌を損ねたら、どんな目に遭うかも分からない。

 悲しいことに思考は理性的な分析をしていた。だからウォルターは男の肩の上で大人しくしていたのだ。

 階段をひとつ上がり、2Fと書かれた壁が現れた。このフロアが男の目的地であるらしい。じゃりじゃり、ざりざり、と瓦礫やガラスの破片を踏みながらフロアの奥へ進む。

 そして現れたのは小さな扉だった。

 開けて入れば、そこは比較的綺麗な部屋だった。奥まった場所で、窓も扉も閉められていたからだろう。あるいは、誰かが整備したのか。

 部屋にはいくつかベッドが並べられている。仮眠室だったのだろうとウォルターは思った。そしてその中のひとつに――放り投げられた。

 「っ!」

 ぼすん、とマットレスが弾んだ。舞い上がった埃が、窓から射し込む光にキラキラ光る。痛みは無いけれど、衝撃に息が詰まった。

 「良い子にしてたら酷いことはしないからね。大人しくしていようね?」

 ウォルターの両手首を結束バンドで括りながら男は言う。マウントポジションを取られて、何より異常な状況に、ウォルターは動くことができない。青ざめた顔で男を見上げるばかりだ。

 そんなウォルターの様子を、男は自分勝手に解釈する。

 「へ、へへ……。そう、そうだよ。大人の言うこと聞いて、静かにできて良い子だね……」

 ゴソゴソとカバンの中から男はハサミを取り出した。シャキン、と擦り合わせられる刃に、ウォルターの怯えた顔が写る。

 ジャキ、ジョキ。ザクザク。呆気なく、服が切り裂かれていく。

 ウォルターは何も言えなかった。他人から初めて向けられる歪んだ欲望に、時折肌に触れるハサミの刃の冷たさに、カタカタと震えることしかできなかった。

 すべらかな少年の柔肌が暴かれる。

 男が満足げに息を吐いた。

 窓からの光に照らされた白い肌。怯えきり、しかし素肌を見せる羞恥に色付く幼い顔。しなやかな肢体は作り物めいた均整だ。

 芸術品。そんな言葉が頭を過る。

 「天使だ……俺の天使……」

 溜め息混じりの言葉。天使など――もちろん、きっと架空の存在だ。けれど実在したならこんな姿形をしているのだろう。学校の美術の授業で見た覚えがある。

 恍惚とした表情で男が手を伸ばす。服と背中の間へ手を差し入れ、上体を持ち上げる。押し返そうとしてくる手をそのまま身体で押さえ付けながら、首もとへ顔を埋めた。スウッと耳元で吸われる音がして、ウォルターが短く悲鳴を上げる。

 「っはあー……お肌すべすべだねえ……髪の毛さらさら……せっけんのにおいは清潔感……」

 「ゃ、やめ……、やめろ……! やめてくれ……!」

 男の鼻先や指先が肌をすべる。少しかさついた、成人男性の武骨な肌が触れて、ぞわぞわと鳥肌が立つ。

 「あれ、寒いのかな? そうだよね、服脱がせちゃったもんね。でも大丈夫、これからあったかくなるからね」

 男がニッコリ笑ってそんなことを言った。ジュッと耳元で音がして、首筋が吸われたような感覚。そうされて、何がどうなるのかなど、子供であるウォルターに分かるわけがなかった。柔い肌に、赤い痣が咲いていた。

 「ひっ――、ゃ、ぃやッ……!」

 男の手が、唇が、ウォルターの身体を辿る。

 首から肩の線を撫で、なだらかな肩、浮き出る肩甲骨に触れ、背筋を下りる。脇腹の下部を回って前に来た手はズボンのふちで折り返し、細い胴を掴むように上がっていく。やわらかな腹。きれいな弧を描くあばら骨。小さく主張する愛らしい粒に、指が引っ掛かった。

 耳を、首筋を、食んでいた。ゆっくりと、味わうように未発育の少年の身体を下りていく。鎖骨のくぼみと鎖骨そのもの。カリ、と歯を立てればぴくんと身体が跳ねる。胸に耳をすませばとくとくと脈打つ小さないのち。もちりとしたお腹に頬擦りして、ほのかに甘い子供の体臭を肺に取り込む。そして、胸の辺りへ頭を戻す。

 「ひぅ……ひっ……も、もぅ、ゃだ、いやだぁ……」

 両目いっぱいに涙を溜めた、潤んだ双眸。きれいだと思った。

 くに、と指で胸の飾りを押し潰す。かぁ、とウォルターの顔の赤みが増した。同時に、信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべていた。

 男は口角を上げる。

 「なっ……、ぇ、っ、ふゃあッ……!」

 ちゅう、と男がもう片方の乳首に吸い付いた。あたたかく濡れた口内に迎え入れられた乳首が、にゅるにゅると舌でなぶられる。

 じゅる。じゅるる。じゅっ。ちゅぱっ。

 「あぅ、あ、ああ……、ふぁ、ぅう……!」

 男の頭を押し退けようにも上手く力が入らない。手のひらに当たっている頭部は、そもそもずいぶん頑なな様子だ。

 「ひいっ、ぎッ!? ッあ……!?」

 そんなことをしている間にも、男の行動はエスカレートしていく。ウォルターの乳首を吸うだけでは飽き足らず、こりこりと甘噛みし始めたのだ。

 前歯で乳頭を挟み、先端をチロチロと舐める。少し強めに噛んで離したら、今度は乳輪ごと噛んで引っ張ってみる。

 指で弄っている方も似たようなことをする。少し力を込めて摘まんで、爪を立ててその先端をくすぐってやり、根本よりも少し下からギチリと搾るように摘まむ。

 ひんひん鳴きながら身体をふるわせるウォルターの反応が、愛らしかった。

 口と指、男が交互に可愛がったウォルターの胸は唾液と歯形と鬱血痕に塗れていた。

 その成果に満足しながらも、男は更にあばらや腹に噛み痕と鬱血痕を残していく。

 そして、男の頭はウォルターのズボンへ辿り着く。

 まさか、とウォルターは思った。

 「ま――待て、待っ、嫌だ、そんなっ、ひっ、ゃだ、やだやだやだ……!」

 男がボタンを外し、口でジッパーを下ろす。まるで神聖な儀式を行うかのように、男はウォルターのズボンを寛げる。そうして露になった下着に男は顔を埋めて、大きく息を吸い込んだ。

 「ひう……、ぅっ、も、もう、やめてくれ……」

 とうとうウォルターの目から涙がこぼれ落ちる。男の頭に乗せられた手に力は入っていない。顔も、男の方――自分の下肢を見ていられないと言うように逸らされている。

 「大丈夫、大丈夫。酷いことはしないからねえ」

 まったく信用のできない、何なら既に非道なことをしている人間が言えることではない台詞を吐きながら、男は下履きに手を掛ける。せめてもの抵抗にウォルターはずり下ろされようとしている衣服を掴――んだ手を噛まれ舐められて、悲鳴を上げながら放してしまった。

 少年の、ほっそりとした下肢が白日に晒される。なだらかな下腹部。慎ましやかな性器。すべらかな脚。

 その造形に、やはり男は引き寄せられた。

 「ヒッ――ィアアア!」

 じゅるっ。じゅうっ。じゅぱっ。

 少年の掠れた悲鳴に混じって、汚ならしい音が立てられる。

 ベロベロとウォルターの下肢を舐め回した男は性急に服を脱ぎ捨てる。そしてその細い身体を抱えてベッドへ横になる。同時に片手でカバンを探り、中からボトルを掴んで取り出していた。

 ボトルが傾けられ、下半身を濡らす。それはローションのようだった。だが、肌の保湿のために使われるそれとは、粘り気やにおいが違っていた。

 ぬちゃり、ぬちゅりとローションを塗り広げられる。妙に熱い大きな手のひらが、普段他人に触られることのない箇所に触れ、身体と声が跳ねる。男の胸や腹と密着した背中に、薄らと汗が滲んでいた。

 尻に硬いものが当たっている。

 それが何なのか、幼いと言えど同性であるウォルターは理解してしまっていた。なぜ。どうして。ずりずりと尻の間を動く熱――男の陰茎は、そこに入らせろと訴える。

 「はっ、はっ――ひっ……、ふ、ぅ……!」

 「大丈夫、大丈夫」

 しゃくり上げるウォルターに男は穏やかな声をかける。背後からぎゅうと抱き締めて、耳元で囁く。生温い吐息が耳を濡らした。

 にゅるん、と男の陰茎がウォルターの腿の間に潜り込む。そしてそのまま男は腰を動かし始めた。

 「ひぃっ、ぅあ、ぁ……ゃ……きもち、わるい……!」

 にゅる、にゅる、ぬぷ。ぬぷぷ。

 男の陰茎が足の間から出たり入ったりする。

 「気持ち悪い? そうかなあ……僕は気持ち良いよ! 君のクリちゃんも僕のおちんちんにツンツンされて気持ち良くなってるみたいだけどなあ」

 男の指摘した通り、男の陰茎に刺激されたウォルターの陰茎もまた反応を示していた。

 だがそれは、言うまでもなく生理現象だった。からだとこころが、解離していた。

 男の腕の中で、ウォルターはふるふると頭を振る。

 「……そっかあ。じゃあ気持ち良くなれるようにもっとイチャイチャしよっか」

 言いながら、男が手や頭を動かし始める。

 胸を弄って首筋を舐めて、まるでセックスの愛撫のようなことをする。ちゅう、じゅっ、とウォルターのことなど何も考えずに鬱血痕を残していく。肩、首、耳の裏。服で隠せるかどうかと言った、今後に対する配慮など男の頭には無いようだった。

 「うぅ……ゃぁ……も、やめて……、いえに、かえしてくれ……」

 ウォルターの声を、男が聞いているはずもない。ウォルターの身体をなぶりながら、犬のように腰を振り続けていた。

 そして――。

 「うっ! ふぅッ……!」

 「――んぎぃッ!」

 ウォルターの乳首をつねり上げながら、男はその太ももに射精した。ご丁寧に、腰を更に打ち付けて精液を出し切ろうとする。

 「んぁ゙……ぁ、ぅ、ぅぅ……むね、いたい、はなして……」

 「ッふー……。あれぇ? 痛かった? ごめんねえ。……イけてもない感じ? うーん、お薬使った方が良かったかなあ……」

 男が不穏なことを口走る。恐ろしくて、言及などできなかった。

 「仕方ないなあ。僕の精液ローションでクリちゃんコスコスしてイかせてあげるね」

 何より、男が陰茎に触れたせいで、まともに口が開けなくなったのだ。

 太股に散った精液をすくい、べったりとウォルターの陰茎に塗りつける。そしてその滑りを借りて、ぐちゅぐちゅと弄くり始めた。

 「ひっ! ふぁ、あ……! ゃだ! やめ、ッ! く、ぁ、うあぁ……! ひぁ、」

 大人の男の手淫に、堪らず少年の腰がカクカクと振れる。不本意な快感と不恰好な身体の反応に、ぽろぽろ涙があふれる。

 「せっかくだからベロチューしながらイッてみようか。ふふ、嬉しいねえ、こんなこと学校じゃ教えてくれないでしょ?」

 汚れた男の片手がウォルターの顎を掴み、ぐいと振り向かせる。嫌悪と快楽にドロドロになった顔が露になる。蕩けてなお美しい顔は、より汚したくなるものだった。

 呼吸するので精一杯と見える小さな口に、男はかぷりと噛みついた。

 スッラが路端のベンチに着いたとき、そこには誰も居なかった。

 まだ来ていないのだろうか。あるいは、今日は来ない日だろうか。待ち合わせの約束をしているわけでもなし、こういうこともある。

 最近出会った暇潰し相手の姿を思い出しながら、スッラはベンチに腰かけようとする。爪先が何かを蹴り飛ばした。

 それは、硬くて薄いもののようだった。

 地面に眼を向けると、足元に画面の割れたタブレットが落ちていた。眉をひそめる。拾い上げてみれば、件の暇潰し相手が持っていたものによく似ていた。嫌な予感がした。

 ぐるりと周囲を軽く見回してから、スッラは自分の端末を取り出した。アプリを立ち上げる。

 この状況においては幸いなことに、この街には監視カメラがそこかしこに設置されている。この街と言うか、多くの街もそうなのだが。ともかく――スッラは近辺のカメラをハッキングして、最近撮られた映像を覗き見る。

 するとそこには見覚えのある少年を連れ去る男の姿が捉えられていた。

 もちろん。スッラに少年を追う義理はない。所詮「知り合い」だ。血縁も何もなく、そもそもスッラは進んで人助けをするような人間でも無かった。だから今回だって放っておくこともできたのだ。素知らぬ顔でタブレットを交番なりに届けて終わり。見て見ぬフリをしたって良かったのだ。

 けれど、何故だろう。その時のスッラは、気付けば、ACを停めた場所へ足を向けていた。ゆったりとした歩幅が早足になり、とうとう駆け出す。ACに辿り着くまでの道中、スッラは端末で男が乗り込んだ車を捉えたカメラを辿り続けていた。

 端末で得た情報――車を撮ったカメラをマークして作ったルートをACに送信する。ナビゲートはそれで十分だ。

 愛機エンタングルに乗り込んで、接続もそこそこにその場を飛び出した。

 終点は人気の失せたゴーストタウンだった。そこにあるひとつの雑居ビルの前に追っていた車はあった。

 犯人に気付かれないよう、スッラは少し離れた位置でエンタングルを停める。機体から降りて見ると、車も建物も遠くに見えた。だが大した距離ではない。スッラは表情の無い顔で歩き出す。

 雑居ビルはありふれた廃墟となっていた。山となった瓦礫。壁や天井からはみ出てぶら下がる配線やパイプ。床に散らばるガラス片。降り積もった砂塵に、一人分の足跡があった。

 思うに、犯人は衝動的犯行かつ素人だ。でなければここまで監視カメラに写ったり足跡を残したりはすまい。不幸中の幸いと言って良いだろう。

 足跡は2Fと壁に書かれたフロアの奥へ続いていた。上階へ続く階段には、確かに足跡も何もない。

 足跡を辿る。砂利やガラス片が踏み砕かれた跡があった。

 フロアの奥、突き当たりの壁に小さな扉が見えてくる。

 室内へ意識を向ける。人の気配。ふたつある。子供の啜り泣くような声と、不愉快な猫撫で声。

 足音を立てないよう扉へ近付き、ドアノブに手を掛ける。古風なレバーハンドル型で良かった。上部にあるのはインテグラル錠そのものだろうか。なんにせよ、スッラは電子ロックである懸念をしていなかった。仮にそうであったとしても、この廃墟で電気が生きているとは思えない。

 そっと扉を開けて隙間から中を窺う。仮眠室だろうか。並べられたベッドのひとつに、人影が見えた。

 するりと、それこそ蛇のように室内へ入り込む。

 啜り泣き。猫撫で声。それに混じる、情事を思わせる音。

 スッラは顔をしかめた。

 コツリ、と足音を立てる。

 ベッドにかかる影。

 そこでようやく侵入者に気付いた男は振り返る。大きな手のひらが、眼前に迫っていた。

 「…………」

 そいつを殺さなかったのは、たぶん、少年――ウォルターが居たからだ。

 切り裂かれた服の前を寄せ、上着を肩にかけてやった上からシーツ――仮眠室のロッカーに残されていた、未開封だったもの――で包んだウォルターを抱えて、スッラは意識を失ったまま治安維持部隊の車両に押し込まれる男を見ていた。

 その車両が発進すると同時に到着した車両から、草臥れたスーツ姿の男が降りてくる。ウォルターの名前を呼びながら、ヨタヨタと駆け寄ってくる。スッラの傍にいた隊員が「ナガイ教授」とその名前を呼んだ。

 「ウォルター……ああ、なんてことだ……すまない、本当に……怖かったろう……。独立傭兵スッラ、ありがとうございます、本当に……彼を、ウォルターを助けてくれて」

 無理にウォルターの顔を覗き込もうとはせず、頭を撫でるだけに留めながらナガイはスッラに礼を言う。

 ナガイとウォルターは親子ではない。以前、少しだけ話を聞いた。母は死去していて、父は仕事が忙しく、今は父の上司に預けられている――と言うような話だ。

 なるほど確かに、ナガイはウォルターの親代わりをしているらしい。ウォルターのために頭を下げ、何度も感謝を述べるナガイの姿に、スッラは溜め息を吐く。実の親でもない、それなのにちゃんと子供を気にかける大人に噛み付いても何にもならない。

 「ナガイ教授、しかしこいつは……監視カメラをハッキングしていてですね……!」

 スッラに感謝しているナガイに隊員が苦い顔をする。

 治安維持部隊がこのゴーストタウンに来た理由はスッラだった。監視カメラのハッキングを検知し、逆探知によりハッキングを実行した端末とその持ち主を特定し追ってきたのだ。それは咄嗟に簡易ハッキングをしたスッラの軽率さに見えて、最善の行動だった。

 「ああ……まあ、それはそうなんだが……今回は私の監督不行き届きもあるし、彼がいなければ最悪の事態になっていたかもしれない……何とか穏便に収めてもらえないだろうか」

 「ぐ……。………………仕方ありません。今回だけですよ」

 「ありがとう。それから、できたらこの事件自体、公にはしないで欲しい。子供の傷を抉りたくない」

 「そちらについてはお任せを。一切のメディアに出ないよう対処します」

 隊員はそして敬礼をして去っていった。

 「……調査技研所長ともなると広く顔が利くらしいな。いち独立傭兵の名前まで把握しているのはさすがに予想外だが」

 周りの人影が減ったところでスッラが口を開く。ナガイは苦笑した。

 「そうらしい。たまにはこの肩書きが役に立つものだ。……君のことはウォルターからよく聞いているよ。暇潰しの相手をしてくれる独立傭兵がいると。いつもありがとう」

 ウォルターが日頃話題に出していたのなら正体が割れているのも無理はない。どこの誰なのか、調べれば出てくる。傭兵登録しているならば、それが普通だ。

 「そうか。それで……こいつだが、」

 スッラがウォルターをナガイへ引き渡そうとした、その時だった。スッラのシャツを握っていたウォルターの指がピクリと動き、その身体がもぞりと身動いだ。

 「…………。……ごめ、なさい、ぉれ……、め、わく、かけ、た、」

 途切れ途切れ、歯の根の噛み合わない声がした。肩まで身体の震えが見てとれる。胸に顔を押し付けられてもスッラは何も言わなかったし、声がくぐもって聞こえにくくなっても二人は何も言わなかった。

 数秒、大人二人は顔を見合わせた。

 「迷惑だなんて思っていない。悪いのはあの男だ。君が戻ってきてくれただけで十分だよ」

 「…………でも、おれ……、俺が、はやく、にげていれば、」

 「君は悪くない。なにも悪くないよ」

 ナガイがウォルターの頭を撫でる。

 スッラも何か言おうとして――やめた。ウォルターの慰めになるような言葉など、思い浮かばなかった。

 「……早く帰って風呂に入って寝ろ」

 そんなことを言うのが精一杯だった。ウォルターを抱える手に力が籠る。

 そんなスッラの様子もあってか、ナガイがひとつ提案をした。

 「独立傭兵スッラ。依頼をしても良いだろうか。……ウォルターが落ち着くまで、傍に居てやってはもらえないだろうか。寝泊まりはラボの休憩室のひとつでしてもらって良い。少しの間、この子を守ってくれ」

 ラボの休憩室を宿泊場所に指定したのは、監視の意味もあるのだろう。だがそれにしても――

 「……良いのか? “独立傭兵など”に子守りを任せて」

 独立傭兵と言う、闘争に生きる粗暴な人種に子供の世話を任せるなど、聞いたとこがない。そうでなくとも世間一般のイメージや噂でも、あまり良いものは耳にしない。

 スッラは片眉を上げて、皮肉げに口端を上げて見せた。

 自嘲的とも思えるその反応にナガイは苦笑する。

 「そうだな……。君が独立傭兵だからではなく、ウォルターの“友人であるスッラだから”依頼したいのだと言えば納得してくれるだろうか」

 「……」

 自分に縋るウォルターの指先が、自分を見つめるナガイの視線が、スッラを逃がしてはくれなかった。

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