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【ACⅥ】円環ぐるっと廻ってまた来周

「春はそうして訪れる」
諸々生存和解ifのスラウォル。身体だけ子供化ウォルター。諸々ご都合と捏造。

『【R18】量子と感情の縺れについて』のリベンジのような何か。

リベンジできてない気がする。


諸々生存和解ifのスラウォルで身体だけ子供化したウォルター。

ツン(塩)要素少なめ。諸々ご都合と捏造。カーラ姉貴むずかしい。

駆け足気味になっちゃった。


今後もちょくちょく擦っていきたい(こなみ)


---


 技研と言うのはロクでもない組織だ。何故ならロクでもない研究や実験の被害を、無関係の子供に被らせるからだ。どうしてこいつが被害に遭う――等と考えながら、スッラは静かに顔をしかめる。目の前には、半世紀前と変わらない姿形をした少年が立っていた。

 何のエラーかバグか、ルビコンⅢはコーラルと人間の共生を謳い、それを目指して新たな道を歩み始めた。独立傭兵レイヴンことハンドラー・ウォルターの飼い犬、C4-621の仕業だった。

 ウォッチポイント・デルタで運良く生き延びたスッラは傷を癒しつつ、蚊帳の外から成り行きを眺めていた。

 そして大団円――とはまだ言い切れないが、それに近しいもの――を見たのだ。

 全ての危機や懸念が去ったわけではない。油断はできない。束の間の安息だ。だが、新たな可能性に違いはない。ハンドラー・ウォルターも、一先ずはその肩の荷を下ろした。

 だからスッラは、今は猟犬狩りをせずにウォルターを見守るだけに留めている。いつでも犬を殺せるように、牙を研ぎながら。

 それなのに、ルビコン調査技研と言うヤツは。

 連絡はカーラが寄越してきた。スッラの、ウォルターに対する接触頻度から隠し通すことはできないと踏んだのだろう。

 『緊急。ウォルターに異変』

 短く簡潔に綴られたメッセージ。指定された座標は技研都市だった。

 エンタングルを駆って指定の座標に向かった。廃墟と化した技研都市は、それでも見覚えのある建物や道や看板があって、スッラにとってそんな場所ではないのに懐かしさを感じさせた。

 辿り着いたのは技研都市でカーラがねぐらにしている、いわゆる「別荘」だった。フルコースの近くにエンタングルを停め、来訪を告げる。

 そうしてカーラと共にスッラを出迎えたのが、幼き日の姿をしたウォルターだった。

 冒頭に戻る。

 果たしてスッラの思った通り、原因は技研にあった。都市の調査中に、装置が突然起動したのだと言う。何の装置なのか、操作方法すら分からないまま反応は収まり――気付いたときには“こう”なっていたとか。不老や若返りの手術はともかく、人間を若返らせる装置など聞いたことがない。そもそも若返らせるための装置なのかどうかも謎だが。

 さすが狂人集団だ。スッラは口端が引きつるのを感じた。

 「何故お前たちは寄って集ってこいつに負債を押し付ける? 自分たちのツケを払えないのか?」

 「スッラ!」

 ぐるる、と獣のように喉を鳴らしたスッラを、少年の声でウォルターが窘める。カーラはウォルターの肩を抱き寄せながら片眉を上げて鼻を鳴らした。

 「“部外者”は知らなくても仕方ないだろうが、一口に「技研」と言っても部署やら専門やらは色々分かれていてね……それこそ「所長」でもなけりゃ全体の把握なんてできないだろうさ」

 「カーラ!」

 頭上でバチバチと火花を散らし始める大人二人にウォルターが肩と眉を下げる。過去の遺物の起こした事故を、誰かのせいにしても何にもならないだろう。

 「二人ともやめろ。こんなことをするために呼んで、呼ばれたのか?」

 「……。仕事の話をしよう。入りな」

 カーラが踵を返す。ウォルターも後に続く。ひらりと服の片方の袖が芯無く翻った。それに、もしかしてとその足取りを見てみれば、やはりびっこを引いていた。カーラがフォローのできる位置に入ってはいるが――普段杖を“着けて”いる腕が無いのだから、もっと慮ってやるべきだろう。

 スッラは音もなくウォルターの背後につく。そして、小さくなったその身体をひょいと抱え上げた。

 わ、と驚きの声がこぼれた。カーラが振り返る。スッラにしがみつくウォルターと、それを当然のように受け入れている顔。薄く開いた唇に当てられた煙草には、火が点いていなかった。

 そこは家と言うよりも工房とかアトリエと言った方が良い場所だった。

 窓、と言うよりも偶々嵌まったガラス板から射し込む光と吊り下げられた電球の照らす室内には雑多な物が散乱している。瓦礫やがらくたや、本や書類。曰く必要な機材だったり資料であるらしいが、知ったことではない。それらを押し退けて、半ば無理やり置かれたソファに各々腰を下ろす。スッラはウォルターを抱えたそのまま座ったため、膝の上にウォルターが乗るかたちになった。

 カーラが「は?」と首を傾げた。

 「普通に座らせてやれば良いだろ。何してんだい」

 「部屋を片付けてから言え。まさか他の部屋も同じような惨状か?」

 しっかりと抱え込まれたウォルターは既に諦めているらしい。ハの字眉でカーラを見るばかりだ。まあ、子供の背丈で片手かつ不自由な脚をもって“未だに”現役をしている傭兵の腕の中から逃れることなど不可能だろう。羞恥心を犠牲にするしかない。

 「はぁ……。ったく、独立傭兵殿のご自宅はさぞお綺麗なんだろうね。客が来ても泊められるくらいには」

 「少なくともここよりはマシだろうよ。……は? 泊める? まさかそれが「仕事の話」じゃないだろうな」

 何かを察したスッラにカーラは口角を上げて見せた。

 「ふぅん? 歴戦の傭兵には易い仕事だと思ったんだがねえ……特にあんたなら喜んで引き受けるだろうと。けど、そうかい。引き受けてもらえないんじゃあ仕方ないねえ」

 「引き受けないとは言っていないだろう。そもそも「仕事の話」を私はまだ聞いていない」

 スッラの口端は下がるばかりだ。膝の上の重みが無ければ、話を切り上げ帰っているところだった。

 「もう分かってるんだろう? 私が何を言いたいのか。あんたに何を依頼したいのか」

 「双方の認識に食い違いがあっては困る。口述記録を残すか文面に残すかするのは――常識じゃあないか?」

 「良いだろう。ほら、これが録音機だ。電源は点いてる。話を始めよう」

 カーラが小さな箱をテーブルの上に置く。積み上げられた書類の上に、ポツンとモノが乗る。端の方に、明かりが灯っていた。

 「依頼内容は小さくなったウォルターの世話……もとい護衛だ。安全な寝床を与えてやって欲しい。食事や衣服は、買い物さえさせてもらえれば自分で出来るそうだ。期間は未定。元に戻るまで。報酬は……諸々込みで35万から、でどうだい。一先ずルビコンⅢの時間換算で1週間。1週間ごとに15万の追加。食事や衣服はウォルターが自分の財布から出す、と言っているが――あんたが出したいならこの報酬から引かれることになる」

 撃ち合わない仕事で35万は破格だ。やろうと思えば報酬の減算も抑えることが、それも容易にできる。

 スッラの答えは決まっていた。

 ――答えは端から決まっていたのだ。報酬だって、考慮の要素にはならない。ただ「仕事」として受ける以上、言質と記録は取っておくものだと判断しただけだ。

 「良いだろう。受けてやる。もしも報酬が払われなかった場合は――」

 「フッ。生憎“予定が大狂い”しちまってね……多少の余裕はあるのさ」

 「後で返せと言っても聞き入れかねるからな」

 「あんたの方こそ、ウォルターのことしっかり守るんだよ。身体が小さくなっただけで、腕も脚も万全じゃないし、留守番役でもないんだからね」

 「“ハンドラー・ウォルターの”悪名は健在か」

 「星外とのやり取りが回復しつつあるからね。色んな奴がルビコンⅢに入ってきている。内外での交渉や取引って方でも、今は表に出ない方が良い」

 「同感だ」

 似たような理由で、独立傭兵レイヴンこと621や、合流したハウンズたちもウォルターから離されて、今はレッドガンに預けられていた。独立傭兵レイヴンとその代理人ハンドラー・ウォルターは、ルビコンⅢで少々有名になり過ぎた。互いのための別離であり、保険だった。

 そしてスッラにはこれもどうでも良いことだったが、ウォルターが出来なくなった分の仕事はカーラが代わったり調整をしていた。これはカーラがウォルター護衛の依頼を出した理由でもあった。

 大人二人の会話を聞きながら、スン、と少年の頭と肩が下がる。向かい側に腰を下ろしたカーラには、その表情がよく見えた。

 ふにゃりと表情を緩めて、手をひらひら振って見せる。

 「……ま、息抜きには丁度良いんじゃないかね。どこかの誰かさんには必要だろ」

 「カーラ……」

 「私が知る限り一番安全な場所だとは思うが、嫌になったり合わないと思ったらすぐに言うんだよ。別を探してやるから」

 「ほう? 随分買ってくれているらしいな」

 「その歳まで独立傭兵してるんだ、「逃げ足の」だとしても腕は立つんだろ。それに独立傭兵の住処なんて余程じゃなきゃ知られちゃいないし訪ねてくる奴もいない。何よりあんたは、“ウォルターを”知っている」

 そして、スッラとウォルターはカーラのねぐらを後にする。

 相乗りを想定されていないVP-40Sの内部で、ウォルターは機材の陰に隠れるように膝を抱えていた。ぼんやりとした眼が、ACを操縦するパイロットを見上げていた。

 スッラがどこに向かっているのか、ウォルターには見当がつかなかった。ウォルターのいる場所からは、外が見えない。周囲の機材も、その時は何故か興味が持てなくて、何とはなしに操縦席を見ていたのだ。

 「熱視線だな。何か気になることでもあったか?」

 「えっ……。いや、俺は……、……何故この仕事を受けた? 狩りでも何でもないだろう、この仕事は」

 頭の奥底、古い場所で褪せて埃を被っていた声が、鮮やかな色でもって蘇る。

 「……このまま俺を殺すのか?」

 「何故」

 「な、何故? 何故も何も、貴様はずっと俺の邪魔をしてきただろう。ウォッチポイントでも、俺に「消えてもらう」と」

 「……「殺す」とは言っていないだろう。お前には武器を向けたこともないはずだが」

 「き、貴様ほどの傭兵に「消えてもらう」と言われたら、普通「お前を殺す」と言う意味だと思うだろう……!? 何度も猟犬を“撃破”されていたのだし……」

 「……一度生まれたものは、簡単には死なない。確かにそうだな。お前の犬たちは、なかなかどうして悪運が強い。私は“お前と違って”、犬どもを確かに“殺そうとした”のにな?」

 このルビコンⅢに至るまでの間、スッラは何度かハンドラー・ウォルターの猟犬たちと交戦していた。そしてその全ての戦闘に勝利してきた。猟犬の駆るACを大破せしめ、時にはコアを潰したこともあった。

 確かに、ハンドラー・ウォルターの猟犬を、殺したし殺そうとした。ウォルターの「敵」であり「障害」となっていた。

 それなのに、“スッラとの戦闘で”命を落とした猟犬は、実際のところ多くはなかった。

 もちろん、そのまま放っておけば死んだものがほとんどだろう。だが回収班に素早くさらわれていったり第三勢力の登場で有耶無耶になったり、あるいは落盤や落石と言った戦闘直後の“事故”で死んだ者が多い。

 まるで「一度生まれたものはそう簡単には死なない」と言う、ウォルターの加護――あるいは呪い――に守られているようだった。

 「俺は……」

 「ウォッチポイントであの犬に止めを刺させなかっただろう」

 ウォッチポイント・デルタ。渡るべきでは無かった境界。

 スッラはその境界を越えさせまいとウォルターの前に立ちはだかった。そして“異質”と言う他ない猟犬(C4-621)に撃破され――ウォルターに命を救われた。

 “最期の”通信を飛ばした後、警告音と警告表示で赤く染まったコアパーツの中でスッラはエンタングルを見下ろすアイカメラを、確かにノイズ混じりのモニター越しに見た。それは無機質で無慈悲な視線だった。与えられた仕事だから殺す。立ち塞がる敵だから斃す。実に分かりやすい「猟犬」の眼だった。

 しかし、引き金は引かれなかった。

 ――……敵ACの撃破を確認した。

 ――奴らのことは気にするな。だが、よくやった。

 ――……仕事に戻るぞ。

 ノイズ混じりに聞こえてきたのは、スッラに背を向けるウォルターの声であり、スッラから猟犬の意識を逸らさせるウォルターの声だった。

 ハンドラーの指示に従って、猟犬はコントロールセンターへと機体を向け、アサルトブーストで駆けていった。己の飼い主に、実に忠実な犬だった。

 斯くしてスッラは生き延びた。

 コアパーツから這い出た後、機体の上で腹を抱えて笑った。数刻の後、夜明けのように赤らんだ空が、やけにまた気分を高揚させたのを覚えている。

 「私の命を、お前は救ったわけだ」

 「違う。俺は……。偶然だ。お前の運が、良かっただけだ。俺はお前の命を救ってなどいない」

 「……まあ、結果論ではあるな」

 ふ、とスッラは息を吐いた。笑っているような、呆れているような溜め息だった。それは恐らく、スッラ自身に対するものだった。

 スッラのことをウォルターが殺そうとしたのは事実だろう。スッラを殺さなければ、自分の猟犬が殺されて使命が果たせなくなるからだ。これまでの交戦回数や内容からしても、障害であり敵に違いなかった。しかし同時に、スッラが撃破された――死んだと思った――時、胸を痛めたのも事実だろう。特に、あのノイズ混じりの通信を耳にしては。

 ウォルターとはそう言う人間だ。硬くて柔い、鉄を思わせる“人間”だ。

 スッラは再会した際のウォルターの泣きそうな顔に、愛しい呆れと嬉しい安堵を感じたのを覚えている。

 そして、沈黙が少し続いた。

 それが終わったのは、エンタングルが停まったからだった。

 駆動部から蒸気やガスが排出される音がして、モーターの音が小さくなって止まる。パチンパチンとスイッチの切り替えられる音と、プツプツと接続コードの外される音がして、ウォルターは目的地に着いたのだと察する。

 スッラに抱えられてエンタングルから降りる。目の前には、最近作られた大型商業施設があった。

 「何を買うんだ?」

 降ろせと言う訴えは聞き入れられなかった。スッラに抱えられたままウォルターは目的を聞いた。

 「とりあえず、お前の服だな。余裕があれば、食料」

 「そうか。集合場所は何時でどこにする?」

 その言葉に、スッラは「はぁ?」と柄の悪い声を出した。じっとりとした目がウォルターを写す。何故そんな反応をされるのか分からず、ウォルターは微かに怯んだ。

 「な、なんだ。おかしなことを言ったか?」

 「私の仕事はお前の護衛なのだが?」

 「べ、つに、服を買うくらい」

 「自分の状態を理解してから言え。そもそも腕と杖はどこに置いてきた」

 「……サイズが合わないから、無い。カーラが仕事の合間に作ってくれているが、」

 「先にお前の腕と杖を買った方が良かったな」

 「……すまない」

 「お前のせいではないだろう」

 悪いのは技研の狂人どもだ。普通、身体が若返ることを見越してそのための義肢や補助具を用意などしない。

 帰ったらカタログの確認だな、とスッラは考える。あの技師が物を完成させるまでの繋ぎになるだろうが、無いよりはマシなはずだ。その後に杖の入手。頭の中で予定を組む。

 自動ドアをくぐり、煌びやかな店内に踏み入れる。大きさや姿形のみならず、質感も様々な客やスタッフが行き交っている。ふたりの目の前を、MTとACほど体格差のある二人組が通り過ぎていった。前者が後者を肩に担いで。

 「……」

 「……」

 他にも子供の愚図る声や重なりあう笑い声、痴話喧嘩と思しき声が聞こえてくるし、飲食物や人工物や香水と言った様々な匂いがした。平和が、訪れているのだなあ、と思った。

 「ここに来たことがあるのか?」

 人の間を縫い、エスカレーターに乗ったスッラをウォルターが見上げる。エスカレーターの長さと、安全のために下ろされていた。

 「ない」

 「端から見て回るつもりか? 非効率的だな」

 「各階の雰囲気で傾向は分かるだろう。……3階と4階だな。食料品は地下か」

 流れていく風景に改めて目を凝らす。どの階も、キラキラとした照明が道や店を照らしていた。その中で、確かに3階や4階にあたるフロアには衣料品を扱う店舗が多く見られた。

 エスカレーターは最上階である6階へ向かう。各階停止ではなかった。

 6階は映画館とゲームセンターの2エリアに分かれた階だった。スッラは再びウォルターを抱き上げ、階を吹き抜ける穴を囲うガラス板、その近くにある施設案内板へ足を向ける。3階か4階か、どちらに行くべきか確認するためだ。

 ウォルターもまた案内板を覗き込む。けれど耳へ飛び込んできた楽しげな笑い声に、視線と意識がそちらへ移った。

 「マジやばかった! ガチ泣きして化粧ヤバい」

 「リピ確だわコレ。早く配信して欲しい買うから」

 「パンフ売り切れてんだけど! これだから実物商品は……」

 数人の若者が、映画館の出入り口付近でたむろしていた。観た映画の余韻に浸っているらしい。友人と買い物をして、映画を観て、感動を共有する。普通の人生が、ウォルターの目の前にあった。

 ああ、と視界の下の方が滲む。

 「何か観たいのか?」

 耳元で声がした。同時に、周囲の音も戻ってくる。ハッとしてスッラを見れば、スッラもまた映画館の方へ顔を向けていた。

 「……いや。いい。娯楽を享受している場合でもないしな」

 「そうか。……木星のチェリスト? 木星戦争が題材なのか。ターミネーション……地球映画のリメイク。渡るべからずの川、デジタルポケッツ、宇宙の果てのアリス……アニメーションはタイトルだけでは内容がよく分からんな」

 壁に嵌め込まれた広告を読み上げていく。よく見えるな、と思ったが、強化人間には容易いことなのだろう。一通り眺めて、それで満足したかと思えばスッラはウォルターの予想とは裏腹に映画館へ向かう。

 あっさり扉をくぐり、少し周囲を観察したと思えば慣れた風に発券機を操作して、スッラはチケットを2枚買っていた。発券機の画面にチラリと見えたのは、火星の荒野より、と言うタイトルだった。

 映画の内容は、よく見るような、ありふれたものだった。賞金稼ぎである主人公が、火星の荒野を舞台に色々な人物と協力したり敵対したり、時には裏切ったり裏切られたりして、最終的には現地の住人を搾取していた巨大企業を爆破する話。続編への匂わせもバッチリだった。

 たっぷり2時間ほどの爆破劇を観賞してふたりはロビーへ戻ってくる。

 「面白かったか?」

 物販や他の映画広告には目もくれず、出入り口へ向かいながらスッラが訊いた。

 「カタパルトの変形は興味深かったな。実体のブレードも興味深かった。どれだけの鋭さと硬さがあれば装甲をあんな風に切れるのか……素材も気になるところだ。いや、実在はしないのか? 再現……。……ACの機体は2脚と逆関節ばかりだったが、予算とパイロットの都合だろうか。機種の偏りのせいで随所の作戦やシーンに惜しい「余地」が出てしまっていたな……」

 「そうだな」

 「お……、ぁ、き……。……スッラはどうだった? 楽しんだか?」

 ウォルターの、外見相応の熱を帯びていた語調が、恥じ入るように萎んでいき、そして戸惑いと共に訊いた。

 スッラはそのすべての反応にクツクツ喉を鳴らした。

 「話の流れはともかく、戦闘シーンはそれなりだったんじゃないか? 地下トンネル内での白兵戦とABでの脱出は使えそうだ」

 「あぶ……、……。そうか」

 スッラの言葉が指すシーンを思い返したのだろう。ウォルターは何か言おうとして、やめた。

 スッラはウォルターが何と言おうとしたのか、何となく予想できた。危ないから止めろ。そんなところだろう。だが「独立傭兵」に言うべきことでもないし、そもそも“今更自分が”言えたことか、とでも考えたのだろう。

 半世紀と言う歳月と、互いの行動や信念によってできた壁を、ウォルターはどうすべきか迷っているようだった。

 気にする必要などあるか? とスッラは思うのだが。

 そうしてまた会話が途切れる。

 乗ったエスカレーターが向かう先は4階だった。2階分を降りる間、ふたりの間に会話は特に無かった。

 スッラがそれを気にする様子は特段無かった。さりげなく、周囲に意識を回して不審者や不審物に対して警戒をしていた。ウォルターの方は、スッラの横で俯いていた。視界の端に、スッラの服の端が写っていた。

 もう何度目か、エスカレーターを降りるのと共に、スッラに抱え上げられる。アパレルショップの並ぶフロアは、今までの人生にあまり縁のない景色だった。

 スッラは特に迷うことなく、エスカレーターの近くの店舗に入っていく。メンズ系のアパレルショップだった。

 店内、キッズサイズのコーナーでウォルターを下ろし、棚の側に置かれた休憩用の椅子に座らせる。そして、商品を物色し始める。無感動な眼で、しかし手は淀みなく動いていた。カシャンカシャンとハンガーの動く音が小気味良い。

 ひらりと服が合わせられ、戻される。次の物は戻されない。戻される。色違いが選ばれる。戻される。戻される。戻されない。

 繰り返すこと、1スパン分。シャツやトレーナーやスウェットが、10着ほどウォルターの腕に留まっていた。

 自分ではまず選ばないだろうな、と言う服たちにそっと眼を落とす。と、値札が見えた。そこには1万に近い金額が印字されていた。ヒュ、と喉が鳴る。

 「す、スッラ、俺は別に、着られれば良い。こんな、高いものでなくて良い」

 ジーンズやスラックス、カーゴパンツなんかのボトムスを見ていたスッラに声をかける。既に複数が腕にかけられていた。

 「“らしくない”格好をしておけ。目敏い奴は、お前本人だとは気付かなくても「身内」を疑う。身を守るためだ」

 言いながら選んだボトムスを渡してくる。やはり値札に9千とか1万とかの印字が見えて、喉から「ぐぅ」と変な音が出た。普段着に対して、こんな金額を使った経験がウォルターには無かった。

 さらにカーディガンやジャケット、パーカー数着をアウターとして選んだスッラが、服を膝に抱えながら眉間を揉むウォルターを笑う。

 「どうした? 支払いなら気にしなくて良い。出所は“お前たち”の懐だ」

 「そう言う話では……」

 結局。

 トップス、ボトムス、アウターに加えて下着も買った。レジが吐き出すレシートの長さと印刷される数字に、店員の笑顔が引きつっていた。袋詰めも複数人がした。店長らしき人物がニコニコしながら「またのご来店を!」とふたりを見送った。

 最も重たい袋をスッラが持ち、あとの軽い袋ふたつウォルターが抱える。先ほどとは違う意味でウォルターは口を閉じていた。新品の服のにおいと、服を入れた紙袋のにおいが気分を落ち着かなくさせる。それなのに。

 「後は靴か」

 「普通の店で良い。普通の店で……ブランドじゃなくて良い……」

 きゅ、と荷物を抱え込むウォルターの願いも空しく、大量生産によるコストカットの安値を謳うチェーン店は素通りされた。

 「……」

 自分の足に靴を履かせるスッラの頭をウォルターは椅子の上から見下ろしていた。

 伏せられた目。当然のようにウォルターの足の下に置かれる膝。靴紐を結んだり、足と靴の隙間を確認する指先。どうしてここまでするのだろう。

 だが、それを訊くのは躊躇われた。訊いたところで、その答えに自分は納得できないのだろうと言う、漠然とした予感があった。

 スッラに口出しできないまま、靴は3足買われた。ローファーと、スニーカーと、ショートブーツ。どれも箱から出されて、スッラの持っている服の袋に放り込まれた。服も靴も、金額に見合わない扱いだ。ところで金額を見ずに靴を複数購入する男と硬い表情の少年と言う組み合わせを、店員や他の客はどう見ていたのだろうか。

 と言うか、既に使用金額が35万を上回っている気がする。良いのだろうか。確かにACのパーツや武器とは比較にならない“端金”だろうが、塵も積もればと言う。

 良いのだろうか。

 「……」

 1階。飲食店の集まるフロア。

 適当なファミリーレストランに入り、案内された先のテーブル席に向かい合って腰を下ろす。ウォルターの口から、長い溜め息がこぼれた。ずるりと行儀悪く腰が滑った。

 「どうせ今まで買い物のほとんどを取り寄せて済ませていたのだろう」

 「……着られれば良いし、食べられれば良い」

 「傭兵よりも荒んでいるな。他人に普通の人生とやらを望む前に自分が実践すべきじゃないか? 普通の人生とは、等と訊かれた時のためにも」

 カラリとグラスの中の氷が鳴る。量産品のプラスチックグラスを傾けるスッラの姿は、妙に様になっていた。だがそれはスッラもウォルターに対して考えていることだった。お互い様だ。

 「……まだ見て回るのか?」

 「その場合、お前は荷物と共にカートに放り込まれることになる」

 メニューをそれぞれ眺めながら会話をする。

 「俺は……。……世話をかけているな」

 「私は別に構わないがな。お前を載せたカートを押して歩いても」

 「アメニティグッズはカーラに持たせてもらった。2、3日は大丈夫だから、その間に買い物か注文をさせてくれ」

 「ああ、それもあったか……」

 ふたりの眼が合う。スッラは店員を呼び出すためのボタンを押した。

 店員はすぐにやってきた。ふたりはそれぞれメニューを注文する。それぞれのメニューを復唱し、注文内容に間違いがないことを確認して、店員はテーブルを去っていく。模範的で規範的な動きだった。

 その背中を見もせずに、ふたりは相変わらず互いに眼を向けていた。

 「カーラはああ言ったが、お前が住処から出るなと言うなら俺はそれに従う。事務仕事は、やろうと思えばどこでもできるからな」

 「私としては、お前が大人しくしていてくれるなら言うことはないが……事務仕事、な」

 「た、ただでさえカーラに負担を強いているんだ、できることはすべきだろう」

 「お前たちの事情などどうでも良い。危険に首を突っ込まないのなら好きにしろ」

 「危険なんてそんな、」

 「荒事や面倒事など全て大人に任せておけば良い。お前が負う必要はない。今も昔もな」

 「……俺はもう子供じゃない」

 「年齢としてはな」

 スッラは淀みなく言葉を吐く。ウォルターはそれに眉をひそめた。やはりこの男は、自分を子供扱いしている。これまでは疑念だったものが、確信に変わる。“あれから”半世紀以上経っていると言うのに!

 ムッとした顔を、してしまったのだろう。否、その自覚はあった。

 案の定、スッラはウォルターの正面で笑っていた。

 「大人らしいことをしてみるか?」

 スッラが提案――否、挑発する。

 「……ほう?」

 ウォルターはあえてそれに乗ってやる。この傭兵が、今の自分にどんな要求をしてくるのか、興味があった。

 少年は片眉を上げて続きを促す。

 「私の帰宅に合わせて食事と風呂の用意をしておく。どうだ?」

 「帰宅? そんなに頻繁に帰ってくるのか?」

 「お前が大人しくしているか、確認のためにもな」

 それはおそらく飯事や真似事と言った意味合いが強い提案だった。提案した側にも提案を受ける側にも、縁遠い言葉の羅列であり内容だった。

 だが、それでも、護衛対象の保護、観察、或いは軟禁という無彩色に、彩りが咲く。その色やかたちは、「普通の人生」によく似ていた。

 「……良いだろう。食事と風呂の用意、請け負ってやる。ただし」

 「ただし?」

 「帰ってくる時には連絡しろ。帰宅してすぐに食事をしたいのであればな」

 スッラの提案に対して、大真面目にウォルターは言った。

 「そして献立は俺が決める。食べたいものがある場合は、事前に申告するように」

 スッラはそれらの言葉に刹那目を丸くして、それから声を上げて笑った。ははは、と肩が揺れる。

 「良いだろう。了解した」

 あまり使っていない住処に、これからはよく帰ることになりそうだ。否。できるだけ帰ることにしよう、と思った。

 スッラの大笑に、ウォルターはやはり訝しげな顔をする。まだ自身の引き受けた仕事がどんなものなのか、また自身の付け足した言葉がどんなものなのか、気付いていないようだ。

 「では“帰ったら”設備や間取り、諸々の確認といくか」

 「? そうだな……?」

 ふたりのテーブルに、注文したメニューが運ばれてくるまで、あと少し。


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