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【R18】SIN, ṢING, SIGN

ṢING(シン):手足を縮めて身をコンパクトに畳んだ、の意。生まれる前の胎児や死後土葬の甕に入れられる時の体勢。ドマーキ語。
蛇神スッラ×村人ウォルター。なんちゃってフォークロア。産卵・欠損・流血描写、意識改変?系の描写があります。


この一連のツイーヨを見て書きたくなったやつ。なんちゃってフォークロア。


蛇神スッラ×村人ウォルター。

異種姦(一瞬)・産卵・欠損・流血描写、意識改変?系の描写があります。

なんちゃって近世なイメージ(ふわっとした時代設定)。

蛇しか得してないです。

特にカーラ姉貴ごめんね。

諸々気を付けてね。

---

 どぽん。水柱が鳴った。

 ウォルターは川に落ちた。足を滑らせて落ちたのか、それとも落とされたのかは分からない。引きずり込まれた可能性だってあるだろう。けれど結局、真実は分からない。ただウォルターが川に落ちたと言う事実だけが残される。

 薄暗い川の中でウォルターは藻掻いた。驚いて、焦っていたのだ。川の流れは速く、人ひとりの身体など容易く呑み込み押し流す。水の中では足も自由に動いたけれど、役には立たなかった。

 ごぼ、とウォルターの口から泡が水面へ上っていく。苦しくて、手が首もとを掻いて頭上に伸ばされる。その手を取って引き上げてくれる存在は、いなかった。ウォルターの身体が、水底へ沈んでいく。

 ウォルターは水底で夢を見ていた。

 流されていたはずの身体がふわりと浮いて、何かに支えられるような感覚。何か長いものに巻かれたような感覚だ。服はいつの間にか無くなっていた。

 脚が割り開かれて、尻の間に何かが宛がわれる。孔に何かが押し込まれ、そしてそれは胎の中で膨らみ始めた。夢だからだろうか。孔を拡げられる苦痛は感じなかった。ただ胎の中で膨れる何かが、ゴリゴリと身体の内側を苛んでいた。

 やがて、胎の中に何かが注がれ始める。とくとく、とくとくと、胎の中で膨れた何かを伝って何かが孔を満たす。腹が、脹れていく、とぼんやり思った。

 夢から醒めるのと、ウォルターが川岸に打ち上げられていると気付いたのはほぼ同時だった。自由に呼吸できるようになった身体が水を吐き出し大きく咳き込む。ぐっしょり濡れた身体はひどく重たかった。

 落ちていた木の枝を杖代わりに、何とか家に帰り着いたウォルターは、着替えもそこそこにベッドへ倒れ込んだ。腹が張っている気がしたが、構っていられなかった。

 ウォルターが目覚めたのは、たっぷり3日は経ってのことだった。額に誰かが触れているような気がして、頭を動かす。ぼんやりした視界に、小さな頃から面倒を見てくれている姉貴分が映った。

 「カーラ……?」

 「ああ、気がついたか。水は飲めそうかい?」

 「ん……」

 身体が熱くて重い。喉は渇いていたが、腹は減っていなかった。

 カーラに背を支えられながら身体を起こし、水を含む。カップ一杯も空けずに渇きは癒えた。

 水の残るカップを返すウォルターのとろりとした目に、カーラはその身体をベッドの上へ戻してやる。心配ではあったが、無理はさせたくないとも思った。間を空けず、ウォルターはすうすうと寝息を立て始める。薄く汗の浮かぶ顔を指先で撫でてやって、カーラは桶の水を替えに行く。

 カーラがウォルターの様子を見に来たのは偶然だ。偶々新しい玩具の開発に成功したから披露しようと思って訪ねたのだ。そうしたら床は湿っているし、床の染みを辿った先のベッドでウォルターが倒れ込んだそのままの姿勢で眠っているし、ウォルターもベッドもグショグショに濡れていた。川の、少し淀んだような水のにおいがした。

 カーラは急いでウォルターを風呂へ放り込み、ベッドを清潔に整えた。大きくなったウォルターを運んだり着替えさせたりするのは大変だったが、連れてきていた自動人形の手を借りれば何とかなるものだった。

 それが昨日のこと。

 心配だったのでカーラはそのままウォルターの家に泊まったけれど、結局先程までウォルターは眠り続けていたのだ。……またすぐに眠ってしまったが。

 川に落ちて、熱が出た。つまりそういうことなのだろう。同じように、川に落ちて熱を出す奴らなら今までにも散々見てきた。そいつらは大抵、3日から長くて1週間程度寝込んで、その後けろりと治っていた。ウォルターも、そうなるだろう、と思った。漠然と感じた不安からは、意図的に眼を逸らした。

 カーラの願いとは裏腹に――あるい予想通りに――ウォルターの容態はひとつきが経っても良くならなかった。

 起きていられる時間自体は増えたのだが、まともに起き上がれる時間が増えていなくて、結局ベッドで横になっているうちに眠ってしまうのだ。

 「……ほら、飲めるかい」

 その日もウォルターは起き上がるのがやっとの様子だった。背中を支えてやりながら、具の無いスープを注いだ器を口元に添えてやる。

 「ん……」

 ウォルターの喉元を見ながらゆっくりと器を傾ける。予めごく少なくスープを注いでいた器は空になった。

 「おかわりはどうする?」

 「いい……。すまない」

 予想通りの返答。やはり食べる量は戻っていない。ウォルターの身体は、日に日に細くなっていっている。

 以前、このままではいけないと危惧したカーラは粥を作ってウォルターに出した。少しでも良いから腹に何か入れろ、と。ウォルターは「腹は空いていないのだが」と言いつつ、それでも匙を取った。

 小さな匙でふたすくい。

 それがウォルターの口にできた粥の量だった。

 ふたくち食べて、あとはもううつらうつらと夢うつつだ。

 医者にも来てもらったが原因は分からなかった。川に落ちたのなら感染症か風邪だろう、と、その程度の回答しかもらえなかった。念のため、血を観てみると言って医者はウォルターの血を試験管一本分持っていった。音沙汰はまだ無い。

 「カーラ……」

 ベッドの上から掠れた声に呼ばれてカーラは振り返る。身体を起こしたついでに、拭いてやろうと道具を用意していた。空の器の乗った盆の横に、縁にタオルのかけられた桶が置かれている。

 「ん? ああ、気にするんじゃないよ。まったくこう言う時でもないとあんたは世話させてくれないんだから」

 絞ったタオルを片手にカーラはウォルターの頭をゆっくり撫でる。ほとんど毎日様子を見に来ているカーラに、申し訳ないと思っているのだろう。だがそれに対する謝罪をカーラは言わせない。言わなくたって良いと思っているからだ。

 「前、開けるよ」

 「……ああ、」

 シャツのボタンをひとつずつ外していく。ウォルターは指先を動かすのも億劫そうな様子でされるがままになっていた。シャツの下から、皮と骨の目立つ身体が現れる。

 以前はこれ程では無かった。同年代と比べたら「やや細いか?」程度には肉も筋肉も付いていた。

 「具合は? 痛むところなんかは無いかい?」

 顔から首、肩や背中を優しく丁寧に拭いてやりながらカーラが訊く。身体を拭く度に訊いていることだ。

 「特には、無い……が、最近、腹の張りを、よく感じる」

 あの日、水を隔てた向こうで感じたような腹の張りが、最近は間近に感じられていた。ゴロゴロと、腹の中で何かが身じろぐような。腸の動きとは違い、固いものが擦れ合うような感覚で、排泄時に感じる腹痛とも異なる感覚だ。

 おそらく、当人以外には想像しにくい感覚だろう。

 だがカーラは真剣な眼差しをウォルターは腹へ向ける。触るよ、と一声かけて、薄い腹にそっと手を置く。

 「……痛みは?」

 少しずつ場所を変えながら圧してみる。

 「ん……。……ァ、っ、そこ、何か、」

 「ここかい? ……? これは……?」

 ウォルターが声を上げた場所で手を止める。カーラは眉をひそめた。指先に、何か丸くて固いものが触れている気がした。

 「んっ、ん……、カーラ、ぁ、あまり、押さないでくれ、」

 「……悪いね。さっさと拭いちまおうか」

 一旦触診を切り上げて、カーラは作業に戻る。

 指の先、爪の間まで丁寧に拭い、新しいシャツに袖を通させる。ボタンを留めて、上は完了。タオルを桶に放り込む。

 もう一枚用意していたタオルを絞り、今度は下肢を噴いていく。ウォルターをベッドへ寝かせ、下履きを脱がせる。微かに揺れた脚は恥じらいだ。その人間らしい反応に、カーラは安堵する。

 ウォルターの身体を90度転がして、側臥位にする。手早く臀部や腿の裏なんかを拭いて、反対側に転がす。軽くなった身体はカーラでも扱い易かった。

 背部が拭けたら前部を拭いていく。鼠径部も陰部も丁寧に拭いて、腿や膝、指や爪の間まで拭けば、折り返され畳み折られたタオルは使い尽くされて桶に放られる。新しい下履きを、少し苦労しながら履かせれば、完成だ。

 「髪も洗ってやろうか?」

 「昨日、洗ってくれた、だろう? 大、丈夫だ」

 「そりゃ残念! 洗い物をしてくるよ」

 快活に笑って、カーラは桶や盆を持って部屋を出ていった。ウォルターが一人残された部屋に、深と静けさが降りる。

 ウォルターは窓の外へ目を遣った。低く、ぬるい日射しが窓から射していた。青い空には薄い雲がまだらにかかっている。チチチ。見えない鳥の声。穏やかな日だ。微睡みに、目蓋が落ちかける。

 至極偶然なことに、カーラが片付けを終えて戻って来たとき、ウォルターは覚醒状態だった。扉を開けて入ってきたカーラへ、顔を向けることができた。

 「おや。起こしちまったかい」

 「いや……起きていた、だけだ。問題、ない」

 「そうかい。今日の私はツイてるね」

 にっこり笑ってウォルターの髪を撫でながらカーラはベッドの縁に腰かける。

 「……ウォルター。起きてるならちょうど良い。さっきの続きを確認させてもらっていいかい」

 カーラの声が、少しだけ強ばった。

 ウォルターは、ああ、と小さく頷いた。

 シャツをたくし上げて腹を露にする。そして身体を拭いた時と同じように、そっとカーラが指を乗せる。く、と少し力を込めながら、薄い腹を辿っていく。

 「ふッ……ぅ、」

 そして、然して時間をかけず、件の場所に辿り着く。

 ぴくりとウォルターが肩を跳ねさせるのとほとんど同時に、カーラの指先が丸いものに触れた。

 それはまだ小さいようだった。力を込めずとも、触れると言えば触れる。けれどそれは「そこに何かある」と先んじて知っている場合だ。知らなければ、多くの人間は気付かずに終わるだろう。

 「やっぱり何かあるね。石とか……卵?」

 訝しげな様子でカーラは言う。どちらも人の体内にあっては不自然なものだ。 

ぐぐ、とカーラは軽く体重をかけてみる。ウォルターが呻く。当然だろう。しかし発せられた言葉は、カーラにとって予想外のものだった。

 「ぅぁ……、はッ……ぁ、カーラ、だめ、ダメだ、割れる。割っては、だめだ」

 「……割れる? “これ”が何なのか、分かってるのかい」

 「んっ……。分からない。わからない、が、傷付けてはいけない、と思う。……何故かは、分からないが」

 ウォルターの細い指が、咎めるようにカーラの手に触れる。

 「カーラ、たのむ、きずつけないで」

 思えば――このとき既に異変は起きていたのだ。しばらく熱に浮かされ弱った姿を見ていたから、その延長だと無意識に思ってしまった。それが良くなかった。

 拍車をかけたのは、その後ウォルターの体調が快方に向かったことだった。

 ふたつき目になると、それまでの不調が嘘のようにウォルターは調子を取り戻していった。相変わらず、腹は空かさなかったけれど。

 日常生活を難なく送れるようになり、身体を動かすようになったせいか、細くなっていた肢体も以前と変わらない太さに戻っていった。当然、周囲は安堵し喜んだ。カーラを除いて。

 「浮かない顔をしているな、灰かぶり」

 村の酒場で飲んでいたカーラの隣に腰を下ろしたのはミシガンだった。以前ウォルターが旅行しに行った町で知り合い、今も時々顔を会わせている男だ。ウォルター経由で知り合ったミシガンとカーラもまた友人と言える間柄になっていた。

 「何か気になることでもあるのか」

 注文したグラスの中身で唇を湿らせてミシガンが訊く。カーラは自分のグラスを睨んでいた。

 「ウォルターがおかしい」

 曰く、時折妙な言動をするのだ。腹の下の方を撫でて「いま動いた」だの「大きくなっている」だの言ったりする。直後、本人もカーラと共に妙な顔をするから、それは無意識にこぼしているらしい。まだ本調子でないのだろう。自分も相手もそう思って深くは追及しない。だがそれも、きっと時間の問題だ。いずれ取り返しがつかなくなる。そんな気がするのだ。否。もう手遅れなのかもしれない。

 「随分気弱だな。そんなに奴はおかしいか」

 「――水のね、においがするんだ。気のせいか、そうでなければ風に乗った川のにおいだと思いたいところだが、」

 「……あいつからするのか」

 「……ああ。せめてまったく川と同じようなら良かったんだけどね。深くて冷たくて、けして嫌なにおいでないのが――嫌な感じだよ」

 カラリと氷が鳴った。澄んだ音だ。

 カーラが溜め息を吐く。

 「そもそも、あいつは何も食べてない。水やスープや酒って液体は口にするが、野菜も肉も食べてるとこなんざ結局私は見ちゃいない。それなのに体型が戻るなんて、おかしな話じゃないか」

 その、言葉に。ミシガンは何も言えなかった。

 みつき目。ウォルターが倒れた。

 洗濯物を干している時だった。どさりと庭の方で音がして、村を発つために立ち寄ったミシガンが玄関側から駆けつけ発見した。

 倒れたウォルターは背を丸めて腹を庇っているようだった。

 ウォルターをベッドへ運んだ後、ミシガンは急いでカーラに連絡を入れた。ウォルターの家は森に近い、村の中心から離れた場所にあったが、それでもカーラはウォルターの家へすっ飛んで来た。

 ベッドに入れられたウォルターはじっとりと汗をかいていた。だのにその身体は冷えていて、握った指先の震えが寒さから来るものなのか腹の痛みから来るものなのか、ミシガンには判らなかった。か細い悲鳴を吐く喉に、後者だろうかと当たりをつけるしかない。動きやすい服に覆われた身体の腹部が、心なしか丸みを帯びているように見えた。

 「ウォルター、痛むのか? 腹か?」

 「あ、あ゙、ぅ゙、ひッ――み゙しが、ァ゙、ダメだ、ゔぁ゙、うまれ、ぅ゙……!」

 「は? うまれ、生まれる?」

 ウォルターの譫言に背筋に嫌な汗が伝った。そんな馬鹿な。お前は男体だろう。

 ミシガンは大声でカーラを呼びつける。別室でタオルや湯を用意していたカーラがバタバタと駆けてくる。

 「どうした!」

 「カーラ! ウォルターが、」

 「ッカーラ! ひ、ァ゙、も、もう、うまれる……! ぐ、ぅ゙、……ァ゙、ァ゙ア゙ア゙ッ゙!゙」

 ボロボロ涙を流しながら訴えるウォルターの勢いに押されてカーラはその下履きを取り去った。ミシガンがぎょっとする。ウォルターの下肢は臍の少し下辺りまで、艶やかで細やかな鱗に覆われていた。股座はなだらかで性器は見えない。スッと一筋、切れ込みのようなものができていた。

 「ふァ、ッあ、ア゙ア゙ア゙!゙」

 膝が立てられる。窓から差す日射しを、てらりとウォルターの鱗が照り返した。そしてカーラは通常人体では後孔として機能しているはずの孔から、何か白くてツルリとした球体が顔を覗かせているのを見た。

 「ァ――、~~~ッ!!」

 ミシガンの手を握り締めて、もう片方の手と両の爪先でシーツを握り締めて、そうしてウォルターは卵としか言いようのない何かを産み落とした。

 「――、……」

 ひゅ、ひゅ、と肩で息をするウォルターの脚の間に、5つの卵が転がっている。

 カーラもミシガンも何も言葉を失っていた。気付けばウォルターの下肢の鱗は見えなくなっていて、下腹部の変化がそのままで無ければ見間違いとして流せただろう。呆然とするミシガンの手から、するりとウォルターの手が離れていった。

 ウォルターはカーラを呼んだ。かすかにふるえる指先が、何かを求めていた。

 「カーラ……、」

 ウォルターが何を求めているのか、カーラは分かっていた。分かりたくなかったけれど、分かってしまっていた。

 とろりと糸をひく卵を、ウォルターに手渡す。

 「ああ……。ようやく会えた。俺の、」

 ――ウォルターは、俺の、何と言ったのだったか。

 その数日後、カーラがウォルターを訪ねると卵はすべて孵っていた。

 ミシガンは仕事のためにあの後不承不承と言った様子で村を発った。馬車の中で何度も村を振り返っていたことを、ウォルターたちは知る由もない。

 以前と変わらぬ様子で出迎えてくれたウォルターの足元や肩に、子蛇がまとわりついている。

 「カーラ? 今日も来てくれたのか。悪いな」

 「……元気そうで何よりだよ、ウォルター。いま良いかい?」

 「問題無い。上がってくれ」

 邪魔するよ、と上がり込むカーラに子蛇たちは威嚇したり攻撃したりすることはなかった。行儀が良い。少なくとも今は敵意を持たれていないらしいことが、むしろカーラの居心地を悪くさせた。

 ダイニングに通されたカーラは促されるままウォルターが座る席の正面へ腰を下ろす。そのテーブルにおける、カーラの定位置のようなものだ。ウォルターは紅茶を淹れてカーラに出す。ウォルター自身の分は、用意されていなかった。

 「……さて。ウォルター。話をしようじゃないか。今のあんたの状況についてだ」

 紅茶を一口含んで、カーラはそんな風に切り出した。ウォルターの肩やテーブルの上から、子蛇のくりくりとした目がカーラを見ていた。

 「あんたは、カガチに選ばれた。選ばれて、めでたく、無事番となった」

 「伴侶を貰った記憶は無いが」

 「“あんたが伴侶になった”んだよ。しっかり子供までこさえてるじゃないか」

 ウォルターがテーブルの上にいる子蛇を見る。子蛇もウォルターを見た。ごく自然な流れで、ウォルターが子蛇の頭を撫でた。心地良さそうに子蛇がウォルターの手に擦り寄った。

 「……。もっと早くに気付いてやれなかった私たちの落ち度でもある。すまない。言い訳になっちまうが、ただの昔話だと思ってたんだ、カガチ――蛇神なんてものの存在は」

 村には古い昔話があった。川の水をそのまま飲んではいけない。蛇神に魅入られ、連れていかれてしまうから。

 そんな話だ。つまり、腹を壊して最悪死んでしまうから川の水をそのまま飲むな、と言うありふれた教訓。事実今まで「蛇神に魅入られた」者はいなかった。

 蛇神に魅入られるということが、どういうことなのか詳細がわからなかったこともある。何より、細菌やウイルスと言った多くの病原が特定されている現代で、そんな非科学的なことがあるのかと信じられない気持ちがあった。

 「他の地域の古い史料にね、一応、いたんだ。今のあんたと同じような状況になった男が。……そいつは最終的に川で消息を絶った。卵から蛇を孵した後にね」

 「……無性に水辺に行きたいとか、そういう欲求は感じないな。今のところ」

 「そりゃ嬉しい報告だ。……ウォルター、何か心当たりは無いのかい? あんた以外にも川に落ちた奴はわんさといる。だが誰も卵なんて産んでないし、身体が変わった奴もいない。あんた、あそこで何をした?」

 カーラの目に鋭さが宿る。射貫くような視線に、ウォルターは「ぐ、」と気圧される。

 「何も……俺は別に、何もしていない」

 「…………そうかい」

 実際ウォルターに心当たりは無かった。昔から今まで人並みの生活をしてきたはずだ。母は早逝し父は森へ狩りに行ったきり未だ帰ってきていないけれど、カーラや恩師が世話を焼いてくれた。普通の人生を送ってきたはずだ。

 「何かあったらすぐに言うんだよ」

 カーラはカップを空けて帰っていった。

 カップを片付けながらウォルターはぼんやりと考える。カーラはどうしてあんなに気遣わしげな眼をしていたのだろう。

 それからまた数日後の、夜のことだった。

 日ごとすくすく大きくなっていく子蛇たちはその食事量も日ごと増していた。ウォルターは森へ入り野うさぎや鹿と言ったいきものを狩って与えていたが、とうとう「おなかすいた」と夜分に子蛇たちが泣き始めてしまった。備蓄分は無い。新鮮な肉はすべて子蛇たちが平らげていた。だからと言って夜の森に分け入るのは危険過ぎる。

 ふと、ウォルターは自分には腕が二本あることを思い出した。

 月明かりの下で、薪割り用の斧が振り上げられた。

 タオルで肘の少し上を縛り、きれいなシーツで傷口を覆うように包んだウォルターは、自分の腕だった肉塊をつつく子蛇たちを眺めていた。

 そんな時だった。キシリ、と床板の軋む小さな音がした。

 ウォルターが顔を上げる。ちょうど食事を終えた子蛇たちも顔を上げて、血塗れの顔で暗闇へ向かって威嚇する。眼を凝らすと、闇の中で何かが動いているのが見えた。

 足音は聞こえなかった。それは当然のことだった。ウォルターが息を呑み、子蛇たちが威嚇し続ける中、闇から這い出てきたのは、大きな蛇だった。

 月光に照らされた鱗は冷ややかで艶やかだった。黒を基調に、左右の体側には目元から伸びた白と赤の線が這っている。闇から滲み出るように現れた蛇は、頭をもたげて真直ぐにウォルターを見た。チロリと二又に裂けた舌が空気を舐める。

 蛇が再び動き出す。ウォルターの元へ向かおうとしていた。

 子蛇たちが、蛇へ向かって飛び出していく。それは外敵から親を守ろうとしているようだった。

 「待て――やめろ!」

 ウォルターが悲鳴のような声を上げた。子蛇たちが薙ぎ払われ、打ち飛ばされるのとほとんど同時だった。

 ウォルターは不自由な足で立ち上がり、壁や家具に打ち付けられて床でぐったりと萎れる子蛇たちを掬い上げて回る。それを見る蛇の目は苛立っているようだった。ウォルターを咎めるように威嚇音を出しながら、ゆっくり近付いていく。

 子蛇を回収するためにしゃがんでいた足元から、ウォルターの身体を上っていく。堪らず尻餅をついたウォルターは、そしてそのまま蛇に腹や胸を押されて倒されていく。心臓が早鐘を打っていた。

 蛇が耳元で威嚇する。直後に、ゴキャリ、と嫌な音がした。

 その音は骨肉を砕き、混ぜるような音に似ていた。

 ゴキャリ。グチャリ。ゴキゴキ。バキリ。

 どうやら身体の上の蛇から鳴っているらしい。服が、身体が、生温かい液体に濡れていく。身体にかかる蛇の重みが、腹の辺りに集まってくる。蛇のかたちが、山を成し、蛇のそれではなくなっていく。

 “変化”はとうとう顔の側で起きた。蛇の頭部が裂け、割れて、潰れた。まぶたを閉じた顔に、生温かい液体がかかった。

 「躾がなっていないぞ、ウォルター」

 耳元で声がした。人の声だった。

 くすくす。笑い声が離れていく。そっとまぶたを開けると、腹の上をひとりの男が陣取っていた。

 小さく鋭い威嚇音がした。まだ回収できていなかった子蛇の一匹が体勢を立て直し、果敢にも男へ飛び掛かるところだった。

 「待て!」

 二度目の制止は、ある意味功を奏した。

 子蛇が男の手の中で藻掻く。飛び掛かった子蛇は、男に呆気なく捕まった。無表情で子蛇を捉えた男は、おそらくそのまま握り潰す気だったのだろう。だが、ウォルターの声で留まった。

 ガラス玉のような目にウォルターが写る。男はかくりと首を傾げた。

 「待て……、待ってくれ、殺すな。ころさないでくれ」

 「……そもそもコレらは私とお前を繋ぐ灯火であり私の力の一部であり、つまり私の非常食であるわけだが――何故私から独立した意思を持っている?」

 「知らない……それは俺の子だ……。貴様は何を、なにを言っている……?」

 「……ふむ? 意識の書き換えが半端になっているな」

 手のひらに少し力を込めて、子蛇をウォルターの胸の上に落とす。小さな悲鳴を上げたウォルターに、気絶させただけだと言って、男はウォルターに自分を見るように促した。

 「……ウォルター? 私のことが分かるか?」

 「貴様……いや……お前、は、……蛇? 川の……ちがう、これは……水底のにおい……? 水底……」

 何かを思い出そうとするように目を細めるウォルターの視界を、男が片手で塞ぐ。暗くなった視界に、薄暗い川の深みをウォルターは見た。

 ごぽ、と泡を吐く音を聞く。轟々と水の流れる音を聞く。絡み付く何か。ああそうだ。そして、胎を拓かれたのだ。ウォルターは男の手の中で瞬きする。

 思い、出した。あの時素肌に触れたのは、

 「――スッラ」

 あぶくが弾けた。

 番の名が、深潭から浮かび上がる。

 「良い子だ」

 手が退けられて、満足げな男――スッラの顔が現れる。向けられる視線に照らされるように、記憶が蘇る。

 むかし、ちいさな頃、男を助けた。

 井戸のそばの木陰に倒れていたのを介抱したのだ。身体を動かしてやることはできなかったけれど、赤黒く汚れた傷口を洗って薬を塗りガーゼを当てて、巻けるところには包帯を巻いて、水と食料を与えた。

 けれど男は、数日経つと黒ずんだ血の痕と倒れた草花を残して姿を消していた。

 あの時助けた男の顔は、目の前のスッラと同じものだった。

 「どうして、」

 「お前は私の命を助けた。私がお前の命を助けるのに、それ以上の理由が必要か?」

 「だが、もうずっと昔の話だ」

 「私にとってはつい先日のことだ」

 敵意を失い和らいだ目線はあの時と変わっていなかった。

 スッラがウォルターの顔を覗き込み、血に塗れたくちびるを食もうとする、その時だった。

 小さいながらも鋭い威嚇音が聞こえて、小さくスッラの身体が揺れた。トンッ、トンッ、と胸元から音がしていた。

 「……」

 やわらかくウォルターを写していたスッラの目が剣呑な空気を帯びる。無言で身体を起こすと、やはりウォルターの胸元では子蛇たちが小さな身体で精一杯スッラを威嚇していた。おもむろにスッラが手を伸ばす。

 ウォルターは咄嗟に残った腕を、子蛇たちを隠すように動かした。スッラが、ムッとしたのが分かった。

 「……ウォルター、」

 「だ、ダメだ。やめてくれ」

 「ウォルター、そもそもコレらは私の一部だ。私が喰らって何の問題がある?」

 「喰らっ――そんな、ダメだ! こいつらは、俺の、」

 かたかた小さく震えながらも言い募るウォルターだが、スッラも子蛇たちに相当苛立っているようだった。ウォルターの腕からひょこりと頭を出して威嚇してくる子蛇たちを睨め付けながら、諭すように言う。

 「大体、コレらはお前の腕を喰らったんだぞ? 本体(わたし)の伴侶であるお前の腕を。図々しくも無遠慮に」

 「それはっ、……俺が、十分な量の食事を用意できなかったせいだ。こいつらは、悪くない」

 互いに譲らず、暫時ふたりは見つめ合った。

 「……」

 先に折れたのはスッラだった。スッラはウォルターの頑固さを知っていた。何度放っておけと言っても世話を焼きに来たあの少年が、変わっているわけがない。

 深く長い溜め息を吐く。ウォルターの肩が小さく跳ねたのを、片手で顔の上半分を覆っていたスッラは見なかった。

 「――……。……次は無いと思え」

 「……、腕が一本しかないのに腕は切れないだろう?」

 「そうだな。腕“は”切れないな」

 するりとスッラの手がウォルターの足を撫でていった。ぴくりと揺れた足に、きっとスッラは気付いただろう。

 「欠片たち。命拾いをしたな。だが次に下らんことで喚いてみろ。二度とウォルターの姿をその目で見ることは無いと思え」

 ウォルターを見る時とはまったく違う鋭さで子蛇たちを見下ろしてスッラは言った。その圧に、子蛇たちはウォルターの腕の影に小さくなって隠れた。そしてスッラは、少しだけ呆れたような眼をしながら、指の背でウォルターの頬を撫でた。

 「……ウォルター、躾はちゃんとしておけ。さもなくば私がお前を躾てやろう」

 言いながら、今度こそスッラはウォルターのくちびるを奪っていく。

 触れるだけの口付けの後、ウォルターはひょいと抱き上げられた。子蛇たちが落ちないよう胸に抱えながらスッラを見上げる。スッラは当然のように「帰るぞ」と言った。ウォルターはその言葉に、何の違和感も感じなかった。

 ぱたんと扉が閉じ、部屋には大量の血痕と細かな肉片骨片、一人分の足跡だけが残される。

 「そう言えば――どうしてこんなに遅くなったんだ? もっと早く来てくれても良かったのに」

 自分を抱えて夜道を往くスッラにウォルターはそんなことを聞いた。もう、スッラのことを当たり前の存在として受け入れている口振りだった。

 スッラはくすくす笑った。

 「お前が頑固だったからだ、ウォルター。予定よりも随分かかってしまった」

 「……?」

 「こちらの話だ。お前の寝床を作るのに少しな」

 「気を遣ってくれなくても良い。どこでだって寝る」

 ウォルターの物言いにスッラは今度こそ声を上げて笑う。あまりに熱烈だ。

 スッラはウォルターの身体が自分との生活――水の中で活動――に耐えられるようになるまで待っていたのだ。

 川に落ちたウォルターは大量の水を飲んでいた。後はもう溺れ死ぬか、陸に戻っても感染症で死ぬだけだった。それを、スッラが己の力を注ぐことで阻止したのだ。川に在って当然のもの、異物ではないもの、身体に害を為さぬもの、そんな風に水や小さな生き物たちを判じるスッラと同じような身体に、ウォルターの身体を作り替えた。作り替えているのが、あの期間だったのだ。

 身の内に力を注ぎ、それが巣食い、内側から肉体を癒して、最後に体外へ出されれば「作り替え」は成功となる。

 それは賭けでもあった。ウォルターが分け与えられた力に耐えられなければ、ウォルターは何れにしろ死んでいた。もしもウォルターがそうなった時は、スッラはウォルターを丸っと呑み込んで、腹の中に収める気でいた。

 だが予想に反して、ウォルターはむしろ強かった。スッラが直接触れるまで、その意識を譲らず、挙げ句その力の欠片に「個」を与えた。

 もはやウォルターは人として生きられない。その身も時間も、人の理の外に出た。

 元よりあの日川で死んだようなものだ。だから頃合い――否、痺れを切らしてスッラは迎えに来た。

 作り替えとは、契りでもあった。

 予想外なことはあったが、結局望むものを手に入れられた蛇の姿が夜の闇に消えていく。

 ところで、スッラは何故ウォルターが川に落ちたのか、その経緯と理由は知らなかった。

 カーラが再びウォルターの家を訪ねたのは、何もかも終わった後のことだった。

 ウォルターがスッラの手を取った翌朝の、その次の日にカーラはウォルターの家を訪れた。そこにあったのは黒ずみの飛び散る床や壁。小さな、肉らしき欠片と骨らしき欠片。屋内から外へ消えていく、一人分の足跡だけだった。

 「――ウォルター!」

 全身から血の気が引いた。

 カーラはウォルターを呼びながら家の中を隅から隅まで見て回る。勝手知ったる間取りだ。扉や棚の裏、引き出しの中まで見て――何もかもがそのままなのに、ウォルターだけがいないことを知ってしまう。

 置き手紙や書き置きなど、どこにも無かった。

 「ああ……ッ!」

 呻いて、カーラは家を飛び出した。唯一残されていたウォルターへの手がかり、何者かの足跡を追った。

 だがその足跡は、既に風や野生の動物たちにほとんどが掻き消されていた。家を出て、森へ入って数歩。カーラはその場で立ち尽くす。少し離れた場所を流れる川のせせらぎが、微かに聞こえた。

 以前ウォルターを観た医者から、今朝ようやく手紙が来た。

 まずはじめに、報告が遅くなったことを謝る文章があった。そして報告を躊躇うと言うか、結果を訝しむ文章があり、その後ようやく本題に入った。

 簡潔に言えば、ウォルターの血の成分は、人のそれとは異なっている、と言うものだった。それも日に日に相違点が増え、数値も人のそれとは解離していき、血の色自体も日の届かぬ水底のような色になっていくと。

 手紙には「逃げなさい」と綴られていた。良心のある医者だった。研究者たちに捕まり弄ばれないように、身を隠せ、と。

 だがウォルターは自ら消えた。医者は安堵することだろう。何に安堵しろと言うのか。

 ぐしゃりとカーラの手の中で医者からの手紙が潰れる。あのウォルターが何も言わず、何も片付けず、自発的に蒸発するとは考えにくかった。誰かに連れ去られたと考える方が自然だった。

 カーラは踵を返す。ウォルターの家へ戻り、状況を確認し直す必要がある。それからミシガンへ連絡を入れて、ウォルターを探す手伝いをしてもらおう。治安維持組織にも届けよう。弟のように想っているウォルターを、簡単に諦めたくはなかった。

 そうしてカーラの探し物は始まった。

 結局、川の蛇神の言い伝えやウォルターの名前が人間の世界から消えるまで――否、消えた後も、探し物が見つかることは無かったけれど、それをカーラやミシガンが知る由は無い。

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