top of page

【R18】きみに口溶け

芸能パラレルなスラウォルでバレンタイン。誰おま甘々。名前ネタ有り。21(→)ウォルな21とウォルの絡みが少し。年齢指定は添えるだけ。

芸能パラレルなスラウォルでバレンタイン。甘い。

芸能界よく分からんのでフワッとした感じ。ゆるして。


二人とも丸い。普通に仲が良いし同棲してる。

ウォルターが普通に笑う。誰だお前ら。

名前ネタ有り。捏造ファーストネームとか。

モブが少し喋ります。


21(→)ウォルな21とウォルの絡みが少し有る。


年齢指定は添えるだけ。期待しないでね……!

たまには濁点じゃない喘ぎに挑戦。剃毛在中。


諸々気を付けてね。


---


 「――大切な人へ。大切なあなたへ」

 期間限定パッケージの、期間限定チョコレート商品を手に男は微笑む。赤と黒――よく見ると至極濃い茶色だ――と白で誂えられたセットや小物は、奇しくも男のイメージカラーと同じ色合いだった。

 カットがかかる。

 男――スッラはふっと肩の力を抜いてポーズを崩す。セットや小物を荒らさないように避けながらカメラの外へ出る。スタッフたちが労いの言葉をかける。その一つ一つに相槌を打ったり返事をしたりして、スッラはスタジオの隅に設けられた休憩用の椅子に腰を下ろす。傍らのテーブルに置かれたペットボトルを取り、キャップを回す。何の変哲もないミネラルウォーターを呷って、一息。今日の仕事はこれで終わりだ。映像を確認している監督やスタッフが出来に納得できたら解散。帰宅となる。

 スッラは手持ち無沙汰に今回宣伝することとなった商品を眺める。

 これもまたありふれた――と言えば製菓会社に失礼になってしまうが――よくあるチョコレートの菓子だ。雪花とリボンとチョコレート。少しだけ大人びたパッケージデザイン。商品名や商品のアピールポイントの印字も落ち着いたもの。成人女性がターゲットなのだろう。休憩時間に摘まませてもらったが、美味しくはあった。他の商品との違いは、よく分からなかったが。強いて言えば、パッケージに綴られたアピールポイントやCMでの自身の台詞にあったように、口当たりが良いことだろうか。後を引かない甘さも、女性が自分で食べるのにも、誰かに贈るのにも都合が良いだろう。何世紀も前から続いているイベントだろうに、食への探究心は尽きないものだなんて思ってしまう。

 「お疲れ様です。撮影完了です。ありがとうございました」

 益体の無いことをぼんやり考えていると、一人のスタッフが笑顔で近寄ってきた。告げられたのは、撮影終了の宣言だった。何パターンか撮ったものの中から放映OKのものが出たらしい。今回は、元々放映予定だったものに問題が見つかったために急遽撮り直すこととなったCMの仕事と聞いているから、スッラの仕事はここまでだ。

 「こちらこそありがとうございました。お疲れ様です」

 人当たりの良い笑顔を浮かべてスッラも言う。挨拶は仕事の基本だ。

 口を付けたペットボトルを持って席を立ち、監督やスタッフにできる限り挨拶をしてからスタジオを出る。人気のない廊下は、ひやりとして足音がよく響いた。

 楽屋には土産が用意されていた。先程CMを撮った新商品や、同社の菓子の詰め合わせだ。直接会えなかった時のためだろう、丁寧に手紙が添えられている。

 特に用が無い限り、スッラは長居をしないタイプだ。今回も手早く帰り支度を整え、楽屋を出る。扉の前でマネージャと別れる際に、企業へ土産の礼を伝えて欲しいと託す。

 「仕事終了。今から帰る、と、」

 トタタ、と端末を叩いて自宅で待ってくれているであろうパートナーへメッセージを送る。家で積ん読を崩しているか映画を見ているか、あるいは撮り溜めたドラマを消化しているか――何をしているか分からないが、すぐに返事が来ることはないだろう。あれは少し、時間のゆったりとしているところがある。そこが良いところでもあるのだが。

 家の中でだけ見られる、パートナーの緩んだ姿を思い描いてスッラは口許を綻ばせる。今日があれにとって良い日になっていると良い。

 ポケットに滑り込ませた端末の重さ分、コートが少し重たくなった。

 外へ出ると日は暮れていた。空は既に暗く、街灯やビルの明かりが煌々と輝いている。街路樹にかけられたイルミネーションも、この寒さが和らぐまでは撤去されないだろう。ゆるく巻いたマフラーを白い息が撫でていく。ミリタリー風のブーツを鳴らしロングコートを翻し、片手に菓子の詰められた紙袋を提げて歩く姿は――些かアンバランスだな、なんてスッラはふと思う。何とはなしに視線を移したビルのショウ・ウィンドウに自分の姿が写っていた。

 だがスッラの意識はすぐに別のものへ移る。

 《癖になるほろ苦さ。今年は大人のひとときを》

 街頭ビジョンから聞き覚えのある声が響く。釣られるようにビルを見上げれば、そこにはやはり見覚えのある男が映っていた。数刻前の自分と同じように、チョコレート菓子を持ってそれを宣伝している。白黒でシックにまとめられた画面の構成は、奇遇にもその男がイメージカラーとしている色彩と同じだった。

 ほう、とスッラは口端を上げる。企業のロゴが出て、映像がまた別のものに切り替わる。それと同時に、スッラは街頭ビジョンから視線を外して歩き始める。足取りが、少しだけ軽やかだった。

 スッラがCM撮影をしていた、同日。

 その日ウォルターは久しぶりの完全オフだった。ドラマの撮影も終わったし、CMも収録済み。舞台は決まっているけれど、他の役者との顔合わせや台本の読み合わせ、稽古の開始はもう少し先だ。マネージャや事務所からも、そろそろゆっくり休んだ方が良いとも言われていた。だから数日の休みを取ることにしたのだ。

 そして今日、ウォルターは菓子作りをすることにした。

 読書や映画鑑賞、撮り溜めたドラマの一気見でも良かった。だが、時季が時季だったのだ。夕飯だけならまだしも――なんて気持ちはありつつ、けれど「作る」ことに決めたのは、やはり「愛」なのだろうな、とぼんやり思った。

 思い立ったが吉日。ウォルターは冷蔵庫やパントリーを確認して、材料の買い出しに出た。

 軽く整えただけの髪に眼鏡をかけて、マフラーで顔の下半分を隠す。変装なんかではなく、三寒四温の三寒部分だったからだ。明日は更に冷え込む見込み、なんて気象予報士が言っていた気がする。裾の翻るロングコートは、たまたまポールハンガーに掛かっていたのを取っただけだった。

 最寄りのスーパーは、住んでいるマンションから徒歩7分程の場所にある。過去の撮影で痛めた足を杖で補いながら――撮影時には補助具を用いて健常時と変わらない動きにしているのだ――売場を見て回る。そんなに多くを買うつもりではないので、カートは押さずにカゴだけが買い物のお供だ。

 既製品でも良い。と言うか、既製品の方が良いのだろうな、とは思う。味も見た目も間違いは無いし、仕事柄「手作り」は反射的に警戒してしまう。たぶん、同棲していなければ、以前と同じように既製品を買っていただろう。

 “同棲していなければ”。

 不意に現実――今の生活を再認識してしまい、ウォルターはクッと奥歯を噛む。キュッと眉間に皺が寄った。

 ああまったく。良い歳をして何を浮かれているんだか。

 カゴに商品を放り込む手の動きが早くなる。少しお高いチョコレート、少しお高い無塩バター、初めて手にするベリーのピューレ。……ナッツと生ハムは夕飯のサラダに使う用。綺麗に並べられたシャンパンの瓶に眼が釣られる。が、家にはワインがあることを思い出して、売場をそのまま通り過ぎる。精肉コーナーにチラと見えた人影は、いつか共演した俳優によく似ていた。

 やはり手早く買い物を済ましてウォルターは帰路に着く。耳に集まったままの熱は、店内の暖房のせいか、そうでなければ小春日和を駆け抜けていく木枯らしのせいだと思いたかった。

 「ウォルターさん?」

 マンションのホールでエレベータを待っていると、エントランスの方から声がかけられた。聞き間違いようのない呼びかけと聞き覚えのある声に、ウォルターは声の主に眼を遣る。

 「ムニンくん」

 「621って呼んでください」

 青年はへにゃりと笑ってウォルターに言った。

 ムニン改め621は同じマンションに住む同業者だ。ある作品で共演したことを切欠に仲良くなり、今でも時々食事に行ったりしている。621と言うのは、この「共演した作品」での青年の役名なのだが――ウォルターに呼ばれるこの名前をいたく気に入ったらしく、プライベートでも呼んでくれとねだっている状況なのである。

 「お出掛けの帰りですか。荷物持ちますよ」

 するりと621の手がウォルターの手から荷物を預かる。実にスマートなその所作に、ウォルターは内心眼を丸くする。

 「あ、ああ……すまない。きみも帰ってきたところか」

 「はい。エアの舞台を見に行ってました。俺は夜からラジオの収録あるんで、小休憩」

 エアもまたウォルターの同業者だ。そして621の妹でもある。時々譲れない信念――目玉焼きに何をかけるか、とか、里と山どちら派だ、とか――に基づいて喧嘩をすることもあるようだが、見ていて微笑ましい、仲の良い兄妹だ。

 「そうなのか。……これを。荷物持ちのお礼だ。フレーバーが違うから、エアと半分こするなりして食べてくれ」

 621が持っている袋の中から2種類のチョコレートを取り出して手渡す。

 「良いんですか。ありがとうございます、エアもきっと喜びます。……やっぱり、あのひとには手作りを?」

 袋から出てきたチョコレートと、ガサリと開いた袋の口と、ふわりとエレベーター内に広がる甘いにおいに621が微笑みながらウォルターに訊く。

 「ぅ……、……、上手く、できるかは分からないが、まあ、その予定だ」

 「良いな。羨ましい。……ね、ウォルターさん。俺はあなたが好きだから、もしあのひとにいじめられたり喧嘩したりしたら、俺のとこに来てください。俺もエアもあなたが好きだから、きっと守って見せますよ」

 「はは。心強いな。そうだな、その時が来たら、そうさせてもらおうかな」

 部屋の扉の前でふたりはくすくす笑い合う。

 「荷物を持ってくれてありがとう。助かった。からだに気を付けてくれ。ますますの活躍を祈っているよ」

 「ありがとうございます。ウォルターさんもからだに気を付けてください。また寒くなるらしいので」

 621がエレベータホールへ戻っていく。そう言えば階は別だった。チラと振り返った621に手を振って、ウォルターは部屋に引っ込んだ。

 このマンションには、いわゆる業界人が多い。立地が良いのだ。主要となる局の、大体中央にあたる位置に建ち、間取りや設備に伴い値段がそれなりにして、一般人が手を出しにくい。巷では「寮」なんて揶揄されたりもしている。

 腕を組んだり手を繋いだりしていない限り、同時にエントランスへ入っていく姿を見られたとて、ああ帰ってきたのか、と三流雑誌ですら受け流す。故にあの手この手でマンション内へ忍び込もうとする過激な記者も、いないわけではないのだが。

 閑話休題。

 タブレットとにらめっこしながら、ウォルターが「仕事」をやり遂げた頃には、すっかり日が落ちていた。冷蔵庫の、食材の影に「仕事の成果」を隠して、そのまま夕飯の支度に移る。

 幸いにも、少し前に出演した映画の打ち上げで貰った良い肉がある。ステーキにしてしまおう。付け合わせにサラダとコンソメスープ。ワインは赤。……ベタだろうか。

 だが悩んだところでどうにもならない。ウォルターはふうと一息吐いて、息抜きがてら端末を確認する。

 《仕事終了。今から帰る》

 パートナーから、帰路に着く旨のメッセージが届いていた。

 スッラが自宅の扉を開けると、肉の焼けるいい匂いが廊下の奥から漂ってきた。次いで、片足を庇うような特徴的な足音。

 「おかえり、スッラ。寒かっただろう」

 玄関に辿り着く前に、堪えきれないと言う風にウォルターが破顔する。

 「ただいま、ウォルター。無理をするな」

 スッラは伸ばされたウォルターの手――荷物やコートを受け取ろうとしたのだろう――をそのまま取って引き寄せ抱き寄せる。わ、と声を上げてウォルターは、しかし少し嬉しそうに肩を小さく揺らした。

 「ふふ。平気だ。一応、補助具を着けているから」

 スッラが「む」と小さく唸る。家の中でくらい、楽に過ごして欲しいものだ。ウォルターの肩と膝裏に腕を回し、横抱きに抱き上げる。わあ、とまたウォルターが驚きの声をこぼした。スッラは構わず、リビングへ続く廊下を歩き始める。

 両手の塞がったスッラの代わりに、ウォルターがドアノブへ手を伸ばして扉を開けた。テレビの前に置かれたソファの上にウォルターを下ろしても、やはりあっさり立ち上がってしまう。今度こそスッラの手からウォルターは荷物――紙袋を受け取る。マフラーを外し、コートから腕を抜くスッラの顔は少しだけ不満げだ。

 「俺が好きでやっているのだからそんな顔をしないでくれ。お前は少し、過保護だ」

 「足を痛めて困るのはお前だろう? 右腕と違って失くさずに済んだのだ、もう少し労ってやれ」

 「一理ある」

 等と言いつつ、改める気は無いのだろうな、とスッラは思う。今の自分にできることを全力で。ウォルターとはそう言う人間だ。仕事熱心なのは良いことだが、熱心すぎるのも考えものだ。

 「……チョコレート菓子ばかりだな。この企業はスナック系も出していたと思うが」

 紙袋を覗いてウォルターが言う。これで今日の仕事が何か知れただろう。

 「好きなだけ食べて良いぞ。私も適当に摘まませてもらう」

 「……事務所は今頃チョコレートだらけになっているだろうな」

 「既製品と手作りを選り分けるスタッフの姿が目に浮かぶな」

 いつぞや、“熱烈”なファンからの手作りチョコレートにどよめいた事務所を思い出す。あれはまるでホラー映画のワンシーンのようだった。

 今でこそ思い出し笑いができるが、当時はスッラやウォルターはもちろん、スタッフや同僚も引きつった顔で「ブツ」から反射的に距離を取った。実力派の若手俳優が「情熱とかそう言うものは認めますが、自分で食べられないものを他人に贈るなんてどういう思考回路してるんですかね?」と社外秘まっしぐらの発言――「まるで某役が再度降りてきたようだった」とは最近減量を検討中の、人当たりの良い同僚の言だ――をして、入所時期としてはスッラの後輩にあたる俳優が「バレンタインにはうんざりすることが多すぎる」と「ブツ」を摘まんでゴミ箱に捨てていた。彼はその時勇者となった。

 「時に、シェフ・ウォルター。今宵のディナーは? 何を作ってくれたんだ?」

 思考を切り上げてスッラが訊く。ウォルターは得意気な顔をした。

 「ステーキ。良い肉があったからな」

 「それはしっかりした「ディナー」だな。良いことを聞いた」

 「だから、スッラ。コートやマフラーを部屋へ仕舞いに行くついでに、セラーからワインを持ってきてくれないか?」

 ソファの背もたれにかけられたコートやマフラーをチラと見てウォルターが言う。もうすっかりそのまま食卓に就くつもりだったスッラは苦笑した。

 「了解した。色は? やはり赤か?」

 「そうだな。赤が良いと思う。銘柄は任せる」

 ソファに放り出していた防寒具を回収して、スッラはウォルターの頬に口付けを落とす。小さな駄々だ。ウォルターもまた小さく笑って頬への口付けを返した。

 スッラがワインボトルを片手に戻ってきたとき、食卓は準備万端に整えられていた。整えられたテーブルの向こうに、ウォルターが席に就いて待っていた。

 《癖になるほろ苦さ。今年は大人のひとときを》

 点けていたテレビからウォルターの声がした。帰宅の際にスッラが街頭ビジョンで見たものと同じCMだ。ワイングラスを傾けながらスッラがテレビに眼を遣る。それを追って、ウォルターも自身のCMを眺める。

 「食べたか? この商品」

 「一応現場で試食させてもらった。謳い文句の通り、甘さ控えめで少し苦い。甘いものが苦手な人でも食べられると思う」

 スッラの宣伝する商品とはターゲット層が違うらしい。そうか、とスッラは軽い調子で相槌を打つ。

 「そうか。お前のイメージに合っているな」

 「そうか? お前の方は……いや、コンプライアンス的にまだ聞かない方が良いか?」

 件のCMが放映されるのはもう少し先のことだ。ウォルターが口許に手を遣った。けれどスッラはクツクツ笑って「杞憂だ」と答えた。

 「実物を持ち帰っているのだし、何より発売自体はされているのだからコンプライアンスも何もないだろう」

 「……甘い、のか?」

 おずおずと、好奇心を押さえきれなくなったと言う風にウォルターが訊く。それまで琴線にかからなかった商品が、スッラが宣伝の仕事をしたからと言うだけで興味の対象になる。安易だが、可愛らしいことこの上ない反応だ。悪い気はしない。スッラは口端を上げてウォルターを見つめ返した。

 「ああ。甘い。少なくとも、苦味は感じない。後を引く甘さではないから食べやすくはあるが」

 テーブルの端に、丁寧に積まれたチョコレート菓子の中から「それ」を選び、ウォルターの前に置く。トントン、と指先がパッケージを叩いた。

 二人で「それ」を食べたって、まったく良かっただろう。今日という日で無ければ。

 じ、と工場生産の菓子を見つめるウォルターからパッケージを取り上げる。テーブル端の山に戻して、スッラはウォルターに訊く。

 「ところで――食後のデザートも期待して良いのか?」

 まるで物語を手のひらの上で転がす悪役のように笑ってスッラは言った。テーブルに置いていた腕を膝の上へ移し、椅子の背もたれに背を預ける様は泰然としている。照明の下に端正な顔が明らかになり、その瞳の光にウォルターは射貫かれる。

 「ぉ……、ぁ、ああ、その、……口に合うかは、分からない、が」

 手製の菓子を振る舞う。

 その事実に、今になって頬や耳に熱が集まり出す。べつに、他の休日にだって、時折していることなのに。

 今日と言う日が、想いを募らせる。

 スッラにとっては愛おしい、ウォルターにとっては焦れったい時間が過ぎていく。少しだけぎこちなくなった会話は、主にウォルターの緊張を表したものだった。

 その瞬間を先延ばしにするように、ウォルターは食事から片付けまでを丁寧に済ませた。

 済まして、しまった。

 スッラはそのルーツによるものか天性のものか、ジャンル問わず料理が上手い。舌も肥えている。つまり今更になってウォルターは手製の菓子を出すのを尻込みしているのだ。レシピ通りに作ったから、不味くはないだろう。スッラも、きっと不味いとは言わないだろう。だがそれでも――緊張するものはする、の、だ。

 「あっ」

 背後から伸びてきた腕が、ひょいと菓子の乗った器をさらっていった。ウォルターが勢いよく振り返る。背後でパタリと冷蔵庫の扉が閉まった。

 「遅い」

 平然とスッラは言って、器を手にテーブルへ戻っていく。その背中を、ウォルターの声と足音が追う。

 「スッラ。スッラ……、その、」

 「テリーヌショコラか。作ったのは初めてじゃないか?」

 「え。あ、ああ。だから、その、上手くできているか……。一応、俺としては、悪くない出来、だとは思うんだが、」

 器をテーブルに置いて、席に就く前にスッラの指がテリーヌをひと切れ摘まむ。テリーヌが口に運ばれる瞬間が、ウォルターにはスローモーションで見えた。

 「……ふむ? ベリーの風味? ……これで初めてか。ふむ。うまいな」

 言いながらスッラは次のひと切れをヒョイと口へ運ぶ。その反応に、ウォルターはひとまず胸を撫で下ろした。

 「良かった。及第点は貰えたようだ」

 「及第点? まさか。満点だ。大変だっただろう」

 「俺はレシピ通りに作っただけだ。何も特別なことはしていない」

 「レシピ通りに作ることができるのもまた能力だ。頑張ったな、ウォルター。素晴らしい出来だ」

 チョコレートで汚れていない方の手で、側に佇んでいたウォルターの頭を撫でる。安心したように、ふにゃりと崩れる相貌は昔から変わらない。見飽きることも、きっと無いのだろう。

 ダイニングテーブルからテレビの前のソファとローテーブルに移動して、肩を寄せ合いテリーヌショコラとワインを楽しむ。

 ゆったりとした時間が、心地良い。

 そんな時に、ふとスッラが席を立つ。手洗いだろう、とウォルターは上機嫌な頭で考えて気にしなかった。

 コトン、とテーブルに小さな箱が置かれる。ソファが沈んで、スッラがウォルターの隣に戻ってきた。自身の前に置かれた小箱に、ウォルターは小首を傾げた。

 「お前に」

 見かねてスッラが促す。

 「俺に? ……開けても?」

 「ああ」

 それでようやくウォルターは贈り物に手を伸ばした。

 小箱の中身は香水だった。長年スッラと契約を結んでいるブランドのものだ。

 「新作。と言っても、古い商品の復刻だから、完全新作ではないが」

 スッラの声を聞きながら、ウォルターは蓋を開けて香りを確かめる。ふわりと鼻をくすぐるその匂いには、覚えがあった。思わずと言った風にスッラを見る。そこには愉しそうな顔があった。

 「ああ。私が普段使いしているものの、“元ネタ”だ」

 そしてスッラはククと喉で笑う。

 「シャワーを浴びてこい、ウォルター」

 テレビの音が遠く聞こえて、スッラの声がやけに明瞭に聞こえた。

 かつて、正しくタレントたる(才能ある)スターは、眠る時の服装について問われた際に「シャネルの5番」と答えたと言う。

 つまりそれと同じだ。

 脱衣所で服を脱いでいきながら、ウォルターは息を呑む。今日はオフだと言うのに、自宅にいると言うのに、もうずっと落ち着けていない。洗面台の上に置いた小瓶が、今更生娘のような羞恥に襲われている良い歳をした男を、クスクス笑っているような気がした。

 廊下の向こうから小さく聞こえ始めたシャワーの水音を聞きながら、スッラはリビングの片付けをしていた。残ったテリーヌショコラの載った器を冷蔵庫へ仕舞い、ワイングラスを洗い、テーブルを拭く。すぐに終わる、簡単な仕事だ。

 テレビを消して、キッチンの明かりも消す。バスルームから未だシャワーの音がしているのを聞いて、スッラはトレーニングルームに併設されたシャワールームへ向かうことにした。温まったウォルターを待たせたくないと言うこともあるし、待てないと言うこともあった。ふたりの逢瀬では、よくあることだった。

 今点いているベッドルームの照明は、ベッドサイドのチェストに置かれたテーブルランプだけ。枕元を照らす、暖かみのある白い光は雰囲気が良い。けれど室内全体を照らす、天井の照明を点けながら、と言うのも、一度は試してみたいとスッラは思っている。

 扉の外に、特徴的な足音が辿り着く。

 きぃ、と蝶番を小さく鳴らしてウォルターが入ってくる。スッラはウォルターの入室と同時に歩み寄り、帰宅した時と同じようにその身体を抱え上げた。補助具を脱いだ片足が、スッラの腕の中で軽く宙を蹴った。

 「……スッラ、そんなに抱えてくれなくていい。大丈夫だ。無理はしていないから」

 ベッドの上に下ろされながら、ウォルターが少し困ったように言う。

 「そうか? だが生憎、これは私がしたくてしているのでな」

 「加減してくれ……」

 シレと事も無げに言うスッラに、ウォルターは手で顔を覆った。申し訳なさと恥ずかしさと嬉しさで頭がぐちゃぐちゃになっていた。

 クク、と小さく笑ったスッラはウォルターの手を退かす。極近い距離で見つめあい、互いの瞳に写る自分を覗く。目を、先に逸らしたのはウォルターだった。ほんのり色付いた肌は風呂上がりだからだろうか。それとも。

 「ん。ちゃんと着けられたようだな。良い子だ、ウォルター」

 触れ合うだけの口付けをしてスッラが満足げに笑う。ふわ、と鼻腔をくすぐるのは薄いシャンプーやソープの香りと、スッラの贈った香水(プロフーモ)だ。

 「っふ、ぅ……、おかしく、ないか? においが混ざってしまいそうだが、」

 「大丈夫だ。今“お前が着けていること”に意味がある」

 スッラの舌先がウォルターの耳を辿る。耳にかかる吐息が、ぞくぞくと背筋を撫で上げていく。同時に、バスローブをほどいた手が、しとりとした肌の上を滑り、ウォルターは小さく息を呑んだ。

 「……ところでウォルター。来月のお返しは貰うのか?」

 誰から、と言わなかったのは、おそらくわざとだろう。

 「ぁ、は……っ、んっ……、な、ぜ、それ、を」

 「ホールでエアが話していた。ウォルターさんから直接貰ったのズルい、一人で食べないで、等とな」

 スッラの指が、ウォルターの胸元でくるりと回った。芯を持ち始めている飾りを、指が掠めた。

 「あぅ、っ! ちが、そんなつもりは……!」

 「そうだろうとも。だが、ウォルター。口実を与えたことに変わりはないだろう?」

 「す、まな……い……、来月、は、渡され、ても、こと、わる、か、ら……、っあア!」

 「ぜひそうしてくれ」

 笑いながらスッラはウォルターの胸の飾りを指先で捕らえて押し潰す。こり、こり、と親指と人差し指の腹の間で転がしてやれば、呻き声に似た嬌声が小さくこぼれた。

 「あ、あァ……、ひッ……、ぅ、」

 指で胸をいじりながら、くちびるは首筋や鎖骨を辿りながらするすると降りていく。とくとく早鐘の収まる胸板や肋の上に、赤い痕や歯形が咲いていく。そのひとつひとつの感覚に吐息をふるわせながら、ウォルターはシーツを握り締める。

 スッラが腹を舐り、歯を立てる。肌の上を滑り、削られるような感覚。かと思えば、がぶりと噛み付かれて脚が小さく跳ねる。臍を舌で抉られ、その傍を強く吸われた。

 くちびると共に、バスローブのあわいを広げながら、手や指もウォルターの身体を下っていく。背と腹の境、脇腹、腰、腿。かたちを確かめるように、肌の温度を、触感を確かめるように、指の腹が肌の上を滑っていく。

 そして、きれいなかたちの頭が、脚の間で止まる。スッラの髪が肌に触れる感覚にすらウォルターの身体は反応を示す。

 腿の内側の、やわい肌を吸って赤を残し、緩やかに兆している半身をそっと退かして、すべらかな下腹部を吸った。チラ、と緩い弧を描く目でスッラがウォルターを見上げる。

 「今日は剃ったんだな。言えば手伝ってやったのに」

 「っ! っ……! このくらい……っ、ゃ、今日、は、特別、だから……!」

 首まで真っ赤にしてウォルターが言う。逸らされた視線がいじらしい。

 だが、そろそろと脚に伸ばされる手は、スッラの予想に無いものだ。

 「特別、だから、……っ、すぐ、使えるように、し、した、から、その……、ゴム、も、無くていい、から……っ、す、好きに、使って、くれ」

 ぐ、とウォルターの手が膝裏を支え、後孔が晒される。平生スッラが可愛がりながら解してやっている場所。けれど今日そこは、その身体の持ち主によって既に解かされていた。

 ひくついた孔から、透明な液体がこぼれる。まるで蜜壺から愛のあふれるように。

 スッラは、ウォルターの姿や言葉に、刹那呼吸を忘れた。

 「っああ……! ふ、ッ、ぁ、ひゅッ――!」

 「……使う、等と言うな。お前は物じゃない」

 「ひうっ、ひッ、ぁ、う、う……!」

 ぐぷ、じゅぶ、とスッラの熱がウォルターの隘路に潜り込み、押し入った分の液体――ローションを押し出す。普段より少し固さを感じながら、しかし抽挿には心地良いであろう締まり具合にスッラの口角が上がる。この擬似的な蜜壺を、ウォルターが自ら、それも自分のために用意したと言う事実が、腰を灼き熱をふくらませる。

 「ひゅっ……、ぁ、ひ、ぐ……、」

 挿入に、ウォルターの爪先が丸くなる。脚は肩に乗せられ、役目を失った両の手は絡め取られてシーツに縫い付けられていた。

 「あ、ああッ、かは、ァ……っ!」

 「良い子だ、ウォルター」

 ワインの程よい酒精が気分をより上向かせている。上気する身体に、纏った香りが匂い立つ。

 自分が普段使いしているものとよく似ていて、しかし普段使いしているからこそ分かる小さな差異がある。それは自分の持つ香水の邪魔をせず、むしろパズルのピースがパチリと嵌まるように引き立て合う部分だ。これに、ウォルター含めて幾人が気付くだろうか。

 スッラはウォルターを見下ろして笑う。ようやっと息の整ってきたらしいウォルターは、赤らんだ顔の上に疑問符を浮かべていた。

 「んっ、」

 合わせるだけの口付けをして、スッラは緩やかに腰を動かし始める。じゅぶ、とローションをかき混ぜ、肉壁で切っ先で気泡を押し潰す音が立つ。

 ずりゅりゅ、じゅぶ、と肉棒が肉筒を行き来する。

 「あッ! ああ! ひッ、いッ……!」

 やわらかな粘膜を、これまでに散々いじられて育ったしこりを轢き潰されて、ウォルターの声と身体がビクビクと跳ねる。

 スッラの方も、少しキツいくらいに締め付ける孔と熱く熟れた粘膜、ふくらんだしこりに熱を刺激されて欲が満ちていく。

 「っ、ふ、」

 「はッ、は、ぁ、ぅ、ッ! ふ、ぅッ、ぁ、ん……!」

 くちびるが、繰り返し重ねられる。まばたきをするように何度も呼吸を奪われる。律儀に、口付けの度にふるえるウォルターの目蓋の端から、ぽろぽろと雫が落ちていく。擦り合わせられて赤くなったくちびるが、てらてらと濡れ光っていた。

 指を絡めた手に力を込めると、ぎ、と義手の軋む音がする。いつもは硬く冷たい右腕も、この時ばかりは熱を帯びて柔くなっているような気がした。

 それで、ふと、あのCMは悪くないが――とスッラはウォルターの“手”を握りながら思う。

 悪くないが、ウォルターに手袋をさせていたのが気になった。否。あのCMに限らず、ウォルターはメディアへの出演に際してグローブを用意されることが多い。衣装も、袖の長いものが多い。言うまでもなく、義手のためだ。スッラはそれがあまり好きではなかった。義手義足、何なら義体がごく一般的な商品となっているご時世で、わざわざ隠す必要などあるだろうか。義肢含めてその役者だろう。

 スッラはふたりの熱に結露して、汗をかいたように見えるウォルターの右腕に軽く歯を立てた。かつ、と硬い音。痛みと言った感覚は、無いはずだ。けれどウォルターの指先がぴくりと跳ねた。きゅ、と握り込まれる手が愛しい。おそらく、かつりと小さく揺れたことに反応したのだろう。

 「あぅ、ぅう……! ッは、ぁ、あ……!」

 ぬぢ、ぬぢ、と音が糸を引く。この時間を味わうように、ゆったりと動かされる熱は優しげに見えて、酷くウォルターを焦らしていた。

 「ひ、ぃ、んッ、ぅ、スッラ、ぁ……!」

 堪らずスッラを呼んで、脚を肩から下ろす。ずしりと重たく感じる自分の脚を、何とか意識に繋いで相手の腰へ回した。片足の甲に片足の踵を引っかけて、ぐ、と腰に引き寄せる。広げられた股関節が、ピリリと痛んだ気がした。

 「どうした?」

 ぐずついた声に、微笑する声が訊く。涙に沈んだ視界でも、その意地の悪そうな雄(おとこ)の顔はよく見えた。それでまたキュンと胎が悦ぶのだから顔が熱くなる。

 「うう……! スッラ、もう……、ど、どうして、っ、俺、は、いいから……!」

 焦らさないでくれ、とまでは言えなかった。けれどかくかく揺れる腰は雄弁だった。

 はやく。はやく何もかも突き崩して焼き尽くして。熔けてまざりあって、おちていきたい。

 そのために羞恥を押して陰部の毛を剃って孔をほぐしてローションを仕込んだのに!

 きっと――間違いなく、スッラはそれを解っていた。

 詰まるところ、いつだって、スッラはウォルターの一枚二枚、あるいはそれ以上上手なのだ。まだ大人になる前から、そして十年単位で尾を引いた大喧嘩だって、いつだってスッラは結局ウォルターを甘やかしてきた。

 「いい、とは? “どうして”欲しいんだ?」

 ニィ、と歳を重ねてなお端正な顔が狡猾に歪む。くち、くぷ、と鳴るのはウォルターの身体の、我慢の利かないせいだった。

 「――、……!」

 「ウォルター?」

 ひとと言うのは欲張りないきものだ。それはスッラとて例外ではない。

 むしろ――「折角なのだから」といつもよりもウォルターに特別(サービス)を求めている節が見えた。愉しそうだ。

 そしてそれが分からないほど、浅い付き合いではないのが、幸か不幸か。

 「ぅ、ぅう……! ぐ……! ……ぉ、俺の、はら、の、中、スッラの……で、ぐちゃぐちゃに、して……?」

 「……」

 正直、「これ」で良かった、とスッラは思った。

 もしもウォルターがアダルトビデオさながらの、淫らな言い回しや語を口にしていたら、理性を手放している自信があった。

 このくらいの、少し拙いくらいが、ウォルターらしくて良い。これ以上は、また追々。

 「よく言えたな。良い子だ」

 言葉で褒めて、身体を撫でて、その羞恥を労ってやる。ほどけて離れた手は、けれど未だ互いの肌に触れていた。

 片や相手の腰を掴み、片や相手の背中に縋る。

 「す……、す、ら、」

 そして、スッラの手が、ベッドのスプリングを軋ませた。

 「あッ――!」

 ごちゅん、と胎に仕込まれたローションがシーツに散った。

 「んィッ! ぃぎ、ァ! はうッ! ア! あっ! ああッ!」

 ごちゅ、ぐちゅ、どちゅ。

 今度こそ、絶え間なく衝撃と快感が叩き付けられる。

 ウォルターは揺さぶられるまま、ぼろぼろ涙をこぼしながら閉じられなくなった口で喘ぐ。口端から唾液があふれていた。

 「あう! ぐ、ぅ……! ひッ! んあッ、ァアア!」

 「はッ、」

 好いところを擦られて、押し潰されて、突かれて、抉られて。身体を押さえ付ける重み、自由を容易く奪う力強さにすら熱と快楽が募る。

 対して、きゅうきゅうと締め付けられながらその肉孔で扱かれ高められて。身体に縋る四肢が、痕を残そうとするその末端が、熱を煽って止まない。

 ローションやシーツや、汗や精のにおいだけではない、場違いに洒落た香りがまざりあって鼻から脳へ抜けていく。忘れ難い、夜の匂いだ。

 「ああッ! ぅあああッ……!」

 ぐぢゅ、ばちゅ、と濡れた音が部屋に響く。切なげに寄せられる眉とふるえる胎に、スッラはウォルターの昇り詰めようとしている姿を見る。

 「イきそうか」

 熱く湿った吐息が耳に触れ、それでまたウォルターは悲鳴を上げた。

 「っあ! あ、ああッ! ぃく、も、いぐ、イってしま、あ、アアア! ゃら、ぁ、ッ!」

 「ふ、ははッ! 良いぞ。イけ。我慢しなくていい」

 「ゃ……! ァ! イッ……! ぃぎゅ、ゃあ……ッ! ぅ、ぐぅッ!」

 びぐびぐとウォルターの身体が跳ねる。胎がきゅうぅっと縮こまって貪欲になる。しかしそれを恥じて否定するように、言葉は嫌々と首を横に振る。先に一人で達するのが厭なのだろう。

 けれどスッラは、ウォルターの健気な抵抗を一蹴してしまう。

 「ハル」

 「っ!」

 「ハロルド」

 「――!」

 「イけ」

 「ッぁ――~~~!」

 熱に掠れた、愉しそうな声に“名前”を呼ばれて、呆気なく、ウォルターは喉元を晒して身悶えた。

 滅多に呼ばれないファーストネームを、スッラはこう言うときに呼ぶのだから狡い。

 「かひゅッ――、くぁ……ッ、こふッ、ァ、あああ……ッ! んぎ、ぅ、ォ……!」

 がくがくふるえる身体を押さえ付けて、スッラもまた快楽を追う。咽ぶようなウォルターの嬌声と胎が欲に優しい。

 喉元を舐り、歯を立てようとして止め、胸元に齧りつく。肩、二の腕にも赤い痕が増える。おそらく後で足や腹にも増えるのだろう。

 そして口端の唾液を舐めとり、そのまま浮き上がった舌を掬いながら口を塞ぐ。

 「んんぅ! ん、ふッ……! んぅ、む……!」

 くぐもった水音と声。

 その、中に。

 「ん、ん……、っ、んぅ(ルー)……!」

 お返し、とでも言うかのように呼ばれかけた自分の“名前”を聞いて、スッラは笑った。

 かわいいやつめ。

 硬く大きく昂った熱が、柔く熱く蕩けた胎の奥底を貫いた。

 「……は、」

 「ぁ、ぅ……、」

 しっかり余韻まで味わってからスッラは身体を起こす。眼下には、自分が押し潰していたそのままの格好でぴくぴく身体をふるわせるウォルターがいた。スッラにすがっていた四肢は力を失い、シーツの上に投げ出されている。

 にちゅ、と下腹部から音がした。無防備に肌を晒すウォルターのそこは、ウォルター自身の吐き出した白濁に塗れていた。腹中の熱を飲み下すように、あるいは引き留めるように、ひくひくとふくれては引っ込んでを繰り返している。肌に触れるだけで「っあ、」とウォルターの声が跳ねた。

 「触られずにイけたな。そろそろ出さずともイけるか?」

 「そ、な、ああっ! や、ぁ、すらっ! あ、ひィッ!」

 力無く萎れた半身含めて、スッラはウォルターの腹をいとしげに眺めていた。そして、そこにただ置いていただけの手に、ぐ、と力を込めた。

 その刺激に、ウォルターがまた啼いた。胎の動きに、甘く気を遣ったのだと知れる。ひぃひぃ喘ぐ啼き声の尾部が、恨めしげな呻き声に変わる。スッラを見る目も、拗ねた子供のそれによく似ている。

 あやすようにスッラはウォルターに口付ける。角度を変えて、触れ合うだけのもの。離れる頃にはすっかりまろくなった表情に小さく笑みがこぼれた。

 「さて。あとは風呂だ。もう少し良い子にしていてくれ」

 言いながら、スッラは繋がったままウォルターを抱き起こす。ぐぷ、とウォルターの胎の中のローションが鳴った。

 「んあ! な、なん、で、ぇ……、このまま……っ?」

 「栓をしておけば汚れないだろう?」

 「ふあっ、ぅあぁ……っ、ゃ、すっら、揺らすな、ぁぁ……!」

 首筋にすがりつく姿に庇護欲と嗜虐欲をつつかれながら、スッラは浴室へと向かう。

 湯船に湯を張り、浸かった方が良いのだろう。が、連日の仕事と心地良い疲労感からそこまでの気力は保てず、シャワーだけで処理を済ませた。とは言え、浴室暖房機能を点けていたから終始ぬくぬくとしていられた。――もう少し身体を鍛えて、体力もつけるべきだろうか。現状でさえ複数回可愛がってくるスッラがそんなことを考えているなど露知らず、ウォルターは暖かな浴室にうつらうつらとしていた。

 スッラはウォルターを横抱きに抱えてベッドルームへ戻る。腕の中のパートナーは、すぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。菓子作りにも情事にも、随分気を張っていたのだろう。何もかも、自分(スッラ)のために。それが実にこそばゆくていじらしくて愛おしい。

 そっとベッドにウォルターを横たえると、小さくむずがってシーツに身体を委ねる。それが幼気な子供にしか見えなくて、隣に寝転がったスッラはその頬を手指の甲でそっと撫でた。

 「……」

 翌朝、スッラが目を覚ますと、ウォルターがぴとりとくっついていたためにベッドから出るのが至極惜しい状況となっていた。

 しばらくウォルターの体温を享受していると、不意に空気の醒める気配がした。ウォルターが、目を覚ましたのだ。

 「……」

 けれど当のウォルターは特に何の反応もせず――

 「待て」

 さも未だ眠っていますと言わんばかりに無言で寝返りを打って、スッラに背を向けようとした。

 当然、スッラはそれを引き留めて抱き寄せる。

 「ウォルター、随分素っ気ない挨拶だな?」

 俯いた頭の、前髪の辺りに口付けを落としながらスッラは笑う。

 ウォルターが、観念したように視線を上げた。溜め息をひとつ。赤くなった耳の熱を逃がすかのようだ。

 「……香水」

 「うん?」

 「折角貰ったのに、あんな……! 普段使いなど、できるわけがないだろう……!」

 「……ああ。はは、やはりお前は憶えが良いな。贈った甲斐がある」

 「貴様っ……!」

 貰った以上、ちゃんと使うつもりであったらしいウォルターは、しかし昨夜の行為と香りが紐付いてしまい、使いどころを見失ったようだった。

 スッラはぽこぽこ怒るウォルターの腰の辺りをぽんぽん叩いて宥めようとする。

 「ならば他の香水と併せて使え。重ね付けして香りが変化すれば思い出す頻度も減るだろう」

 「……どんな組み合わせが良いか、分からない」

 「適当に見繕ってやる」

 これでウォルターに香水を使わせられる。

 だが香水の重ね付けはあまりメジャーなものではない。鼻の利く者が気付けば、面倒が起きないとも限らない。念のため、手を打っておくか、とスッラは知り合いのモデル兼俳優を思い出す。売り出し中の彼女は、慎重過ぎるきらいがあるが、確かに影響力のあるインフルエンサーだ。名前はメーテルリンクと言ったか。スッラはウォルター以外の他人に対する興味がだいぶ薄い。

 ふたりの休みは数日程のズレがあった。ウォルターの方が、少し早く休みに入ったのだ。スッラの方が休暇日数は少ないけれど、ウォルターよりも後に休みが明ける。図ったわけではないけれど、久しぶりに休みが重なった。

 斯くして休みの間中、各々好きなことをしたり二人で良いことをしたりと存分に英気を養った。休みの間にも収録されたドラマは放映されていて、世間の人々は今自分が休暇中など知らないのだろうな、と不思議な気分になったりもした。

 休み明け、スッラよりも一足先に事務所へ顔を出したウォルターに、マネージャが早速大量の紙袋や段ボール箱を積み上げる。言わずもがな、中身はほとんどがチョコレート菓子だ。

 「今年も豊作のようだな」

 ウォルターの背後からのっそりと声がした。振り返ると、バレンタインの勇者ことオキーフが、今日も今日とてコーヒーを飲んでいた。

 「一応、手作りのものは避けさせてもらった。向こうの段ボールだ」

 「選別してくれたのか。すまない、手間をかけさせてしまったな」

 「気にするな。お互い様だ」

 去年のバレンタインはウォルターも選別に参加していた。オキーフは小さく笑って、マグカップを持っていない方の手をひらひら振った。

 自分に対して送られた菓子の山を軽く確認して、ウォルターはまた別のものを探すように事務所の中を見回した。それに気付いたのは、少しだけ減量に成功したらしいホーキンスだった。

 「スッラくん宛のはここだよ。ふふ、二人ともたくさん貰ったね」

 「あ、ああ……ありがとう、ございます」

 「……ホーキンスさん、健康のためにココアじゃなくてカフェオレにするんじゃなかったんですか」

 「ぅ、お、オキーフくん、これはね、たまたま、偶然でね……!」

 年上の同僚ふたりが健康談義をし始める傍らで、ウォルターは自分宛のものではない段ボール箱の中身を覗き始める。華やかだったり愛らしいパッケージで埋まった箱に、少しだけ眉間に皺が寄る。……箱の中の匂いがずいぶん甘くて、少し胸焼けしただけである。

 当人たちから明言はされていないけれど、その距離感や互いへ向ける視線でスッラとウォルターは互いに「特別」なのだろうな、と何となく察している同僚たちはスッラ宛の荷物を検分するウォルターの背中を微笑ましく眺める。彼らはスッラもまたウォルターと同じ行動をする――している――ことを知っていた。

 そこに、時々オフレコ必至な発言をする実力派の若手俳優ペイターがひょこりと並ぶ。

 「……やっぱりスッラさんに贈りたい人はウォルターさん宛に送って、ウォルターさんに贈りたい人はスッラさん宛に送ってって、した方がそれぞれに届く確率上がりそうですねコレ」

 まあ、この光景を知らないファンの皆さんは思い至らないでしょうけど、と宣うペイターにオキーフが噎せた。

 「……いやぁ、一応宛先で振り分けてるし、どうだろうね? まあ手作業だし、紛れちゃうことも無くはないと思うけど」

 「確かにそうですね」

 ホーキンスの言葉に素直に頷く顔は真面目なものだ。この後輩は、本当に良いキャラをしている。

 そして、件の後輩の事も無げな言葉で、ホーキンスやオキーフはもちろん、ウォルターも一切の動きを停めることとなる。それは言葉通りの、匂わせだった。

 「そう言えば――ウォルターさん香水変えたんですか? なんか、どこかで嗅いだことのあるようなないようなって香りですけど」






各項Wikipediaより。


ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクス(Lucius Cornelius Sulla Felix):前138年 - 前78年。羅の政務官。つよい。ルキウス(Lucius)は「輝く」と言った意味を持つ羅語「lux」に由来するとされる。愛称であるアグノーメンのフェリクス(Felix)は「幸運」を意味する。


ムニン(Muninn):北欧神話に登場する神オーディンに付き添うワタリガラス。古ノルド語で「記憶」を意味する。対となるフギン(Huginn)は「思考」の意味を持つ。


ハル(Hal):ハロルド(Harold)の愛称、短縮形。ハロルドは古英語で「英雄的な導き手(heroic leader)」の意味を持つ。


bottom of page