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【ACⅥ】Dawn of 134.4 light years【SSS】

134.4光年の夜明け。へび座θ¹星、仮符号・別名アリア(Alya)、距離134.4±1光年(41.2±0.3 パーセク)。Wikipediaより。
習作。甘々スラウォル。事後、朝チュン描写有り。

スラウォルが寝たり起きたり話したりするだけ。

事後、朝チュン描写有り。

久しぶりに義足描写有りのウォルター。


習作です。久しぶりの書き方、むずかしい(こなみ)

ならい:谷川俊太郎『二十億光年の孤独』


後半は生存ifか拉致洗脳√か、特に決めてないです。どちらでもどうぞ。

どっちも丸いし甘い。


気を付けてね。


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 ふ、と目が覚めた。

 閉じられたカーテンの向こうはまだ薄暗く、傭兵は軽く溜め息を吐いた。

 寝台の上。けして広くはない空間で身じろぐと、身体の腹のあたりに、あたたかな何かがあたる。はて何だったかと薄暗闇に慣れてきた眼を下ろせば、胸のあたりにちいさなつむじがあった。

 (何だったか、など、今さら考えることでは無いではないか)(私がこの距離を許すものなど、他にあるか?)

 少年はまだ眠っているらしい。良いことだ。ちいさく上下する、こども特有の細くしなやかな、まろいからだ。傭兵はシーツを引き上げる。さりさりと、白波が白砂をひいた。

 それはまた、傭兵が寝台から(まだ、)降りないことを示していた。

 傭兵は少年を抱き寄せる。少年の、薄く開いたくちびるから、吐息のような声がこぼれる。けれど傭兵は、少年の目の覚めていないことを確信していた。少年は、ただ、むずがっただけだ、と。

 はたして傭兵の判断は正しい。

 まるで傭兵にからだを預けているような少年は、シーツの中でもそりと身じろいで、そして、それ(すぅすぅと穏やかな寝息)だけ。

 傭兵もまぶたを閉じる。ぬくもりを抱え込みながら。

 元より一人用の寝台上は狭い。身を寄せ合わせなければ、落ちてしまう。あるいは、壁にぴたりと背中を合わせれば。だがそうすると、少年の背が無防備になってしまう。幸いにも、触れ合っても煩わしくない季節の温度設定だ。傭兵は当然のように、遠慮なく、少年のやわいからだを自分のからだの陰に隠す。

 (……そう言えばこいつはいつの間に潜り込んだのだろう)

 傭兵の、傭兵としての矜持をそこはかとなくくすぐられながら、傭兵はぬくもりに意識を沈める。それは内緒話をしてもらえなかった子供が拗ねるようなしぐさに似ていた。

 少年のかたち(それは庇護欲)と、生きている音(それは愛)と、幸せのにおい(それは執着)が、添い寝する。


 獸。の、自覚、は、あった。

 し、<それ>で構わない、とも、思っていた。

 (四つ足のあれらと何が違う?)

 生きるために奪うこと、は摂理であり真理だから。

 (お前たちも他者から何かしらを奪って生きているではないか)

 (そこに、何の違いがある?)

 けれど少年は。

 あの少年は、それを否定した。

 否。

 正確には、ヒトも獣だと頷いた上で、それでもお前は<人>だ、と頬を撫でた。

 (見開かれる目)

 ちいさな手が。ちいさな背丈が。やわらかな声が。

 一匹の獸を人にした。

 その時、一人の人が生まれたのだ。

 (お前は人だよ。だってこんなにも――)

 (ああ、もっと。もっと呼んでくれ。触れてくれ。認めてくれ)(私と言う人間を。ここにあるのだと、証明してくれ)

 世界に色が咲いた。音が満ちた。匂いが広がった。

 とくんとくん、と鳴る、おのれの生を、心を知った。

 (お前と言う存在で)(私は私に成ったのだから)


 ふ、と目が覚めた。

 「……」

 何か、夢を見ていた気がする。

 スッラは向こう側の壁を睨み付ける。部屋はまだ薄暗かった。

 けれど結局、遠くの壁を見つめたところで夢のあぶくは割れたそのままで、スッラは溜め息を吐く。そもそも、夢なんて思い出したところで何の役にも立たないのだ。

 寝台の上で身じろぐ。ざり、とシーツの擦れる音。同時に(ん……、ぅ、)かすかな寝息の揺れる音が聞こえて、スッラはおのれの気の緩みを思い知る。

 伴侶の安眠を妨げるなど!

 ずいぶんこのぬるい生活に浸っていたのだとスッラは気付いてしまった。だが、仕方ない。この生活にはウォルターが、それも伴侶としているのだから。

 腕の中でからだを揺らしたウォルターを眺める。幸いにも、起きはしなかったらしい。スッラのからだと自分のからだの、合うところを見つけられたらしいウォルターは、ふたたび穏やかに肩や腹を上下させている。

 穏やかな顔だ。眉間のしわは薄く、薄く開いたくちびるはあどけない。良くも悪くも昔から変わらない髪や顔の前でゆるく丸まった手のひらはいとけない。

 (どうしてこの子供を下らぬ業の供物にできよう)

 昨日の夜と今日の朝が別れるまで触れていたからだには、輝かぬ星がちりばめられている。スッラが願った(ウォルター。望め。求めろ。お前の思うままに。さあ、)もの。ウォルターがねだった(だめだ、もう、これ以上は、ああ、スッラ、)もの。ようやっと、交わったもの。

 いとしさが湧き、募ったとて、仕方のないことだった。

 すり、と身を寄せ肌を寄せる。スッラの腕に頬に、ウォルターが触れる。ウォルターが、確かにそこにいる、と確かめる。

 ずれていたシーツをかぶり直す。寝台の余白は、ずいぶんとある。ごろり、ごろり、と二度は転がることができるだろう。けれど、ふたりは身を寄せあって、少しの空間(あるいは宇宙)(それはスペース!)だけを埋める。慎ましく、ささやかな幸福だ。

 ふたり分の体温にぬくまっていく空気に、まどろみを覚える。とろりと蜜のあふれるような。

 (まあ、まだ時間はあるし、な)

 薄暗い部屋の、薄暗い空気に溶け出そうとしながらスッラは思う。まだ、眠っていても良い時間だ。ウォルターが起きるまでウォルターを見ているのも良いけれど、ウォルターは目を覚ましてすぐに視線が合うと、至極驚くのだ。もちろん、かわいらしいところであるが、あんまりやると背を向けられてしまいそうだから、程度と言うのは大切だ。

 ウォルターの額にくちびるを落として、まぶたを閉じる。


 (世界は明けゆく)

 (星はまぶたを閉じて、太陽が伸びをする)(けれど月はシーツをかぶり忘れていた)


 ふ、と目が覚めた。

 カーテンの、日を遮るための厚いものは開けられていて、白くあたたかな光が、レースのカーテンを透かしていた。

 ゆらゆら床板を照らす、日だまりの端に沈みながら、ウォルターはシーツを抱き込む。と、同時に、寝台の上の広いことに気が(……いない)付いた。

 丸まりかけたからだがほどける。視線がさまよう。そろりと腕を伸ばすと、からだがきしきし痛んだ。ウォルターは、構わず寝台の上を掻いた。けれど腕には何も当たらない。すがるように眼を動かしても、やはり(いない……)もぬけの殻だ。

 ウォルターの口から吐息がこぼれる。落胆のような、寂寥のような。

 (……子供でもあるまいに。何をしているのか)

 諦めて、からだを起こそうとする。ぐ、とからだを傾けて、寝台に両手のひらをつく。力を込めれば、上体が持ち上がって、肌を隠していた帳がようやっと開けた。

 するする、とさり。

 シーツが咲いて、半端に開いた花弁になる。その中に、ウォルターは座り込む。重力が、ずしりと覆いかぶさっていた。溜め息を(……はぁ、)ひとつ吐く。深呼吸にも似ていた。

 すんと視線を落とす。腕や、腹や、脚が見えた。そこには、気だるい頭にも鮮やかな、酔い(あるいは宵)の赤。内側、外側、そこかしこ。見境は無い。星座でも結べそうな熱烈さだ。同時に、夜空に身を投げていたときの、ことが、よみがえっ、て。

 「……」

 りんごが熟れる。もうそんな歳でもないだろうに。否然し、年甲斐もないあの、あんな、姿は。

 ウォルターは(ぐぅ、)呻いて両手で顔を覆う。左手に熱が移る。けれど、血の通わない、夜を知らぬ様の右腕は、澄まし顔のヴォイドだ。

 そして星図を免れた場所は、もうひとつ。左脚。こちらも作り物だから、痕は残らない。

 これだけ残らない場所があるから、他に残すのだろう。

 外してしまえば楽だろうに、四肢として残したまま、この硬さを許して、あやしてくれることも含めて、ウォルターの胸はとくりと鳴る。

 (愛されている、のだろうか。否。分からない)(理由が、無いではないか。あれが、俺を愛する?、理由が)

 それ(分からないことばかりだ)でも、日々を、くちびるを、手を、からだを、重ねるごとに、ウォルターは少しずつ、世界に色を見始めていた。

 「……」

 両手を下ろす。とかく、起きねば。

 かちゃりと扉が開く。

 ふわと滑り込むにおいは香ばしい。パンやベーコンや玉子の焼けたにおいだ。くるりくるりとじゃれつくのはコーヒーのもの。

 他者の、ウォルターをあいしていると口付ける者の姿が、現れる。

 スッラの目が、シーツと、光、の中にぽつねんと浮かぶウォルターを写して、まぶしげに細められる。足音のないのは、その生業のせいだろうか。かすかな衣擦れの音だけを連れて、スッラはウォルターの元へ(きゅう、と見えぬバネの音)戻ってくる。

 「食べられそうか」

 するり、と、指先が額にかかる髪を撫でて、目元をくすぐり、手のひらが頬を包む。親指の腹が、夜分、ぽろぽろ落ちていった雫の名残を拭った。

 ふたりの身じろぐ度、からだの下のスプリング(春にも似た音をしている)(否。同じかもしれない)が何事か囁き合う。

 「ああ、」

 ウォルターが頷く。ひと肌の温さに、ほのかにすり寄る様はおさなげに見える。

 けれどスッラは、それをわらうことなんかはせずに、むしろ、ウォルターの一拍や仕草から、あまりに柔く繊細なその芯の機微をすくい上げる。

 「何も言わず、お前を置いていったりしない」

 スッラの手のひらに甘えていたウォルターの、まぶたがゆるりと開かれる。きらきらゆらゆら光を湛えた瞳が、スッラを写して、静かに閉じられる。

 「……気にするな」

 いつまで経っても、少年は、大人に気を遣って、気丈に振る舞った。染み付いてしまった性質なのだろう。

 けれどそれならば、スッラの性質も同じようなものだ。焦げ付いて、芯まで黒く焼けて付いてしまっている。

 かつて蛇が東の方で笑った、よりもなお優しく笑って、スッラはウォルターの、自分に対するいらぬ気遣いや杞憂をとかして無くそうとする。

 「確かに、今回は眼を離した私の落ち度か」

 「……お前は悪くないだろう。俺が、この時間まで寝ていたから」

 「遂行速度に改善の余地有りだな。いっそ寝室内に簡易キッチンを設けるか」

 「そ、そこまでしなくて良い。俺は、別にそんな、そこまで……、」

 スッラは、項垂れてしまったウォルターの頭をもたれかからせる。穏やかな、スッラの、生きている音が、ウォルターに伝わる。

 「ウォルター。お前が拒んでも、今さらお前から離れたりしないし、放してもやらない」

 凍りつき、凝り固まった、こころの奥底に、指先を手を差し込んで、やさしく無慈悲に握りつぶそうとする。

 「光(luce)。私の光(luce)。どうしてお前を手放せる? 私が、お前を無下に扱ったことが、今までにあったか? 私が私たる、私の形を照らし出す光。お前こそ、二度と私の前から消えてくれるな」

 滔々と紡がれる、熱烈な、ウォルターにはいまいち心当たりの無い言葉に、胸に預けられた頭が小さく動く。じわり、と、耳が赤らむ。ただ、何か熱烈な告白をされている(そしておそらく、これは愛の告白よりも深くて重いものだ)ことだけは、理解できた。

 「……俺は、」

 ウォルターの眼は、部屋に射す光の、向こう側を見ようとしていた。

 「俺は、お前に、何も返してやれない。与えることも、してやれない。お前の、掴めるはずの、普通の人生の、障害にしかなれない」

 スッラの手は、そのときウォルターのまぶたになった。

 「何もいらない。お前がいるなら、それで良い。私はお前が良いのだから、お前がいれば、それでいい。<普通>など、元より私の欲するものではないしな」

 スッラの手の中で、胸の中で、ウォルターはまぶたを(ここでなら、世界を見ても良い、の、かも、しれない)閉じる。きっと、ここから逃げることは、もう、できないのだろう。許されもしないのだろう。

 甘く、熱く、あまりにしつこい鎖だ。

 ウォルターの運命とは、結局、そう(縛られて、囚われてばかりだ!)(だが、その質は大きく異なっているだろう?)言うものなのかも知れない。

 スッラの胸を、ウォルターの頭が、今度は強く押した。世界を閉じた手を、そっと退ける。きゅ、と、そのまま握られた手のいとおしさは、午後の陽光よりもうつくしい。

 「……行くか。朝食を、作ってくれたのだろう?」

 「簡単なものだがな」

 名残惜しげにからだが離れる。

 クローゼットからスウェットと下着を取り出して、スッラはウォルターに渡す。

 もぞもぞと服を着る様の、それすらも愛らしくて、スッラはやはり、じぃとウォルターを見ていた。

 きしむからだを押して、こぼされる声(、ん、っ、)をよくよく聴いてから、スウェットを着終えたウォルターを、抱き上げる。

 「ぅ、わ……! や、やめろ、大丈夫、だから、歩けるから……!」

 ひと肌と、作り物が、しかし違いなく、柔く硬くスッラにすがる。それだけでも、スッラの機嫌は上向くのだ。

 北の大犬が吠えるよりも、とびきり、スッラは笑ってみせる。

 「無理をするな。痛むのだろう? 昨夜も好い夜だったものな」

 「! そ、れは、貴様、が……!」

 「ああ、そうとも。お前の好いところは知っている。悦ぶ触れ方も、すべて私が教えたからな」

 「! !!」

 「いずれ触れずとも達せるようにしてやる。楽しみにしておけ」

 「!?」

 スッラの言葉に、ウォルターが目を丸くする。信じられない(触れずに、なんて、そんなこと、あり得るのか?)ものを見る眼、だった。スッラはその眼を見つめ(ああ、気付いていないのか。既所には至っているのを)返して、口許をゆるめる。

 ダイニングまでの、ほんの少しのランデヴー。

 楽しそうな笑い声と、羞恥に駆られた文句の声。しかし、どちらも幸福の色を乗せた声。

 ようやっと訪れた、平穏とも言うべき、日常と風景。

 星の孤独が聞こえなくなって、川の流れが止まった場所。束の間、蝶のひとひらだとて、それは、確かに幸せだった。

 明けた夜に、再度の帳がかかったとて、掴んだ手があるのなら、何も言うことはない。


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