「ヘゼリヒの君よ。」
様子のおかしいスラウォルです。諸々生存ifでウォルin女性型義体、的な。ふいんきゆるゆる。
ヘゼリヒ(gezellig):単に居心地よいだけでなく、ポジティブであたたかい感情。物理的に快いという以上の「心」が快い感覚。たとえば、愛する人と共に時を過ごすような。蘭語。
様子のおかしいスラウォルです🤔
たぶん全員生存和解if軸。たぶん。
ウォルターが女性型義体入り(事故)してる。
全体的にユルい。特にスッラ。誰だお前。
諸々テキトーに捏造したり嘯いてる。好き放題。
気を付けてね。……ゆるして。
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目の前を女が歩いていた。
その姿に微かな違和感を感じたが、殺気や同業者のにおいは感じられない。何なら背後の自分にも気付いていないようだ。ゆったりと風に揺れる衣服も、荒事においては動きづらく向かぬもの。今日はこれにするか、と獲物を定める。もしも“ハズレ”であっても、妥協や処理はできる。
スッラは歩幅を少し大きくする。人混みに女を見失わないよう、接触のタイミングを図りながら後を追う。
ここ最近スッラはツイていた。「狩り」は単調なものだったが、殺しの依頼は易くて高いものが舞い込んで、気まぐれに参加した賭け事では女神に愛された。星間航行の管理機構が、太陽系外星系で起きた大事故の対応に追われているために、自分のような傭兵でもこの非武装指定惑星に降りることができた。
現にほら――目の前で件の女が柄の悪い男二人に絡まれている。
「お前がぶつかってきた」だの「骨に罅が入った」だの、聞いているこちらが一周回って驚く脅し文句を垂れている。未だ使われているのか、その文句は。女の背からは困惑と迷惑と面倒と言った感情が読み取れた。まあ、そうだろう。
「どうした? 何かあったか?」
女の背後から声をかける。3人の眼が、同時にスッラを見る。
「なっ――誰だ、手前ェは! 俺たちはこの女に用があンだよ!」
「私はコレの連れだが? コレが世話になったのなら私がぜひ話を聞こう」
威勢よく吠える男を喉奥で笑う。弱い犬ほどよく吠える。同じ犬でも相手をするなら、やはりあの犬たちが良い。実力は、まあ個体差があるが、アレらは何よりその飼い主が良い。今もどこかで元気に活動しているのだろうか。
そんなことを考えながらスッラは女の肩に手を回す。逃げられては面倒だ。チラリと見下ろした女の顔は人形のように整っていた。けれど、その目は驚きに見開かれていた。
だが、それも一瞬。ふいと顔が逸らされ、その口から溜め息がこぼれる。
「遅い。遅すぎて帰るところだった。帰るために歩いていたらこうして絡まれるし、せっかくの休日が台無しだ」
「仕事が立て込んでな。連絡をすれば良かった」
「言い訳するのは簡単だ」
「これは手厳しい」
よくあることなのか何なのか、女は慣れた風に「連れ」を演じる。スッラは適当に女に合わせながら男たちを窺う。と。
「イチャついてんじゃねええぇぇぇ!!」
男の一人が拳を振りかぶりながら突進してきた。スッラは男を鼻で笑う。
顔面を狙って拳が突き出される。それを、ぱしりと片手で受け止めてグルリと回す。いつぞや聞き齧った「柔術」とやらを実践しようとしたのだ。これで男はぐるんと宙を舞い地面に叩き付けられる――はずだった。
ボキン、と骨の折れる音がした。捻られた男の腕の骨が折れたのだ。ほとんど腕力にものを言わせて捻り上げられた腕を庇うように男の足が地面を蹴る。顔を強張らせた男はその表情のまま、グシャリと地面に転がった。その直後、スッラは掴んでいた手を離す。
一拍。
「ぅギャァアアアアアア!!!」
折れた腕を抱え込んで男が絶叫する。どうやら痛みに慣れているわけではないらしい。仲間の男が駆け寄っておろおろする。
「……はァ」
女が溜め息を吐いた。
「やり過ぎだ」
「折るつもりはなかったのだがな。折れてしまったものは仕方あるまい」
「……まあ、良い経験になったことだろう」
それだけ言い捨てて、女は男たちの脇を通り過ぎて行く。スッラも女の肩を抱いたまま男たちの脇を通る。往生際悪く足首を掴もうとした男の手を、偶然を装って蹴り飛ばした。
非武装指定惑星ではあまり揉め事を見かけない。育ちや品の良い人間が主な住人だからだ。だから道には小さな人集りができていた。物珍しさから足を止める群衆を縫うように、スッラと女はその場から離れる。
しばらく歩いて、路地の手前、雑居ビルの前で女が立ち止まった。
「先程のことは、礼を言う。だがいつまで着いてくるつもりだ?」
「ツレないな。恩人をそう邪険にすることもないだろう?」
「しつこい男は嫌われるぞ?」
スッラを横目に見上げる女が片眉を上げた。
そして、するりと懐から抜け出――そうとして、その手をスッラに掴まれる。
つんのめりバランスを失った身体を、捕まえた手を引くことで振り向かせて腰へ手を回した。驚きに丸くなっていた目が、正面からスッラを捉えて悔しげに歪む。
その目が。ある男のそれと重なって見えた。
「……離してくれ」
否。目だけではない。はじめから、違和感と言う名の既視感はあった。
――あったではないか。
ぎこちない歩き方は、普段杖を使っている者によく見る重心の動きとそれを直そうとするものだった。見知らぬ相手と咄嗟に話を合わせられる一般人がどれほどいると言うのか。それにあの時、否、今でも、この女は一人称も二人称も使っていない。まるでそれを使う“個人”を隠すかのように。だが口調は変えられない――変える自信が無かったのか“元の”まま。
むしろ自分がここまで気付かなかったのは、気付きたくなかったからだろうか。
「……」
女の腰から手を離す。掴んだ手はそのままだ。
スッラの口から深呼吸代わりの、大きな溜め息が漏れる。自由になった片手が目元を覆った。芝居がかかった仕草。
「……ハンドラー・ウォルター。とうとう女になったか……」
「事故だ」
女が即答する。直後にハッとした様子で口元を押さえていた。シラを切れば、あるいはスッラはその手を離していたかもしれない。
スッラが目元に遣っていた手を下ろす。真っ直ぐに女――ハンドラー・ウォルターを見下ろす眼は詳細を求めていた。ギリ、と片手を捕まえている手の力が強まり、ウォルターの表情が歪む。
「仮眠に使ったスリープ台が突然稼働して、意識がこの義体に入ってしまったんだ。スリープ台が旧い物だったのと、外せない……野暮用が、」
「それで、その姿でのこのこ取引にやってきたと言うわけか。ハンドラー・ウォルターともあろうものが」
「……初めて取引する相手だ。以降関わるつもりもない。小娘を寄越したと噂が広がればこの悪名により箔が付く。……問題はない」
「もし――その相手がこの義体を壊したら、お前はどうなる? 分かっていないはずがあるまい。夢と似たようなものだ。脳が「死んだ」と認識すれば元の身体に目覚めないままお前は死ぬ」
義体とは言え、触覚はあるし衝撃も感じる。痛覚それ自体が無くとも、熱や痺れは感じるだろうし――人の豊かな想像力は壊れた部位を視認して痛みを作り出すだろう。
つまり、ウォルターの現状は言うほど便利でも呑気なものではない。
「……宿はどこだ」
「……何故貴様に言う必要がある」
「送っていく」
「………………は?」
唐突なスッラの提案にウォルターが呆然とする。当のスッラはと言えば、ウォルターの肩に自身の着ていた上着を掛けていた。
「……これから取引がある。宿には行かない」
「嘘が下手だな、ハンドラー・ウォルター。その格好で「取引に行く」は無理があるぞ」
スーツでも何でもない、流行りのコーディネート。風に柔らかく広がるスカートと愛らしい履き物で何の取引をすると言うのか。“その日”が今日でないことなど、見れば分かる。
ウォルターは、当然ながら迷っているようだった。
「…………こっちだ」
だが結局、ウォルターはスッラの提案を受け入れた。数十秒の逡巡だった。先程のようなことが、既に数度あったのだろう。あるいは、知らぬ間に特定されるくらいなら、と言う妥協か。
大人しく歩き出したウォルターにスッラは寄り添う。掴んでいた手は離した。小さく軋む音までしていたのに、その痕跡は義手に何も残っていなかった。
腕を貸してやれば、それを杖代わりにウォルターの歩き方が安定する。義体の今、運動機能は健常者のそれと変わりないだろうに、長年の癖とは抜けないものらしい。
「そもそも、犬たちはどうした。単独行動など不用心にも程があるぞ」
「あいつらにはあいつらの仕事がある」
「お前の護衛よりも重要な仕事か? 与えられた犬はさぞ名誉なことだろうな」
他愛のない話をしながら街を歩いていく。
ふたりの姿は端から見れば親子か、年の離れたカップルに見えた。街を行く人々に、ごく自然に紛れるふたつの影。他人が交わす会話の内容を気にする者もいなかった。
まるで散歩でもするかのように、スッラとウォルターは道を往く。大通りを抜けて、少し人通りの少ない道へ。
目的地は細めの路地に入った場所にあった。
陽は傾きかけていた。
「取引は明日か?」
ウォルターが部屋を取っているホテルの前でスッラが訊く。
「それを訊いてどうする。邪魔でもしに来るか?」
ウォルターが挑発的に訊き返した。
スッラは笑って答える。
「いいや? お前が上手に立ち回れるか、久しぶりに観ていてやろう。“ウォルター”」
ウォルターの頬に赤みが射す――ことはなかったが、表情はかつてのそのままで分かりやすかった。
「私を連れていけ。牽制になる」
そっと一押し。付け加えてやれば、元より慎重堅実なこの男が頷くのは自然なことと言えた。ましてや、自分はともかく“子飼いたちの命が脅かされない”状況なのだ。利用できるものを利用しようとしても何らおかしくはない。
スッラの提案に再度乗ったウォルターがスッラの襟元を掴んで引き寄せる。端から見れば熱烈な姿だろう。
けれど実際には、寄せた顔――耳元で取引の予定日時を伝えているだけだ。
それは数秒で終わる時間。
必要な情報だけ渡して、ウォルターは襟元から手を離す。ふたりの間に冷たい空気が流れ込み、短くも確かに籠った熱を追いやっていく。
嘘の情報を渡し、別れた後に宿を変えることもウォルターにはできた。だが、しなかった。その程度でスッラを撒けるとは思わなかったこともある。しかし何より――結局ウォルターは愚直な男だった。
取引の当日、スッラは話を違わず姿を現した。
ウォルターがホテルを出ると、目の前の道路に、大型バイクに跨がったスッラがいた。久しぶりに見るスーツ姿に、一瞬思考が停まる。
どことなく訝しげな顔で近付いてきたウォルターにスッラはヘルメットを渡してタンデムシートを指す。互いの黒いグローブが、揃いに見えた。
「落ちるなよ」
ウォルターがシートに座り、自身の腹に腕を回したことを確認するとスッラはそれだけ言ってヘルメットのバイザーを下ろす。ウォルターの腕を軽く叩いたのは、発進する合図だった。
ふたりを乗せた大型バイクが走り出す。
――取引は上手くいった。
取引現場に現れた「ハンドラー・ウォルター」の姿のみならず、第一世代型強化人間の独立傭兵の姿に、取引相手はさぞ混乱したことだろう。あまりにもトントン拍子に事が運んだ取引だった。
取引で得たデータと、実物の入ったアタッシュケースを抱えて、ウォルターはほくほくとした様子だ。相変わらず、表情の変わりにくいくせに機微の読みやすい。
「礼を言う。報酬の支払いは振込みと手渡し、どちらが良い」
ホテルの前でバイクを降りたウォルターが訊く。上機嫌な声だ。表情も、僅かに和らいでいる。
「振込みでいい。額はこの程度」
同じくバイクを降りているスッラが紙切れに何か走り書いて渡す。
実際役には立ってくれたが、押し掛けてきて報酬額の指定をしてくるのか、と言いたげな眼をしつつ紙切れを受け取ったウォルターは、しかし紙面を見て今度は困惑の表情を浮かべた。
「……この額で良いのか? 俺は構わないが……」
そこに認められていたのは破格と言わざるを得ない金額だった。独立傭兵の支出からすれば、もはやボランティアだ。
スッラはウォルターの困惑を鼻で笑った。
「色を付けてくれるなら歓迎するが――こちらも貰った上での額であることは言っておこう」
言い終わると同時にスッラの手がウォルターの顎を捉える。寄せられる顔。珊瑚色の目が近い、と思ううちに、唇に何かが触れた。
触れるだけのキスをして、スッラはウォルターから離れていく。
不意打ちに呆然とするウォルターを見て、スッラは「ふむ」とひとつ頷いた。
「……お前はもう少し自分の状態を自覚するべきだな」
踵を返しバイクに跨がるスッラをウォルターはそのまま見送る。我に返ったのはスッラのバイクが路地を出て、完全に見えなくなってからだった。
指先でくちびるをなぞる。スッラの残した声が繰り返し再生される。
ウォルターは溜め息を吐いてホテルへ入っていく。
明日には引き揚げだ。スリープ台の点検と修理も終わっているだろう。戻れば、この義体ともお別れだ。そうなればここ数日のような面倒に巻き込まれることもなくなり、元の生活に戻ることができる。スッラも、このことはすぐに忘れるだろう。否。しばらく引き摺られるだろうか。どちらにせよ何にせよ、あれは子飼いたちと相性が死ぬほど悪い。できるだけ顔を会わせないようにするのが無難か。
そんなことを考えながらウォルターは取っている部屋の扉を開ける。こぢんまりとした一人用の部屋だ。
「……ああ、」
そのコートかけに、見覚えのある上着がかけられているのを見てウォルターは思考を切り上げる。
スッラの上着を、返しそびれていた。
ふわりと鼻をくすぐるにおいは今日のものだろうか。それとも、ずっと部屋を守っていたものだろうか。