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【ACⅥ】晨光の祝祭を待ちわびて【SSS】

ル解√生存if介護ウォル。TL内ネタ色強め。総受けではないけど大事にされてる睡眠ウォル。会話文多め。
21ウォルとスラウォルがつよめ。

お題は「エナメル」様より。ありがとうございます。

ル解√生存if介護ウォル。TL内ネタ色強めです。

ウォルターはずっと寝てる。しゃべらない。

総受けではないけど大事にされてる。

会話文多め。

オキーフさんが第二世代ってところから技研時代にウォルターと面識有りになってたり。キャラエミュ難しい。

各キャラクターがル解での戦いで一部義肢になってたり傷が残ってたりします。生きてる。

捏造と妄想もいっぱい。

21ウォルとスラウォルがつよめ。

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にせものの火が騒ぐ

 人間とは案外しぶとい生き物である。ベイラム、アーキバス、解放戦線、オーバーシアー。各勢力甚大な被害を受けつつ、死亡者自体は少なかった。身体の半分以上を義体化した者、消えない傷を負った者、動けるようになるまで一年以上かかると言い渡された者、それぞれだ。

 そして――かのハンドラー・ウォルターもまた、簡単には死ななかった。

 小康状態となったルビコンⅢ。その外れに一軒の家が立っていた。古きよきおとぎ話に出てくるような、木造の家。内部がバリアフリーかつハイテク設備になってはいるが、主な素材が木であることは確かだ。

 住んでいるのは、ルビコンの解放者である独立傭兵C4-621レイヴンと、その雇い主であるハンドラー・ウォルターだ。だが621は「ルビコンの解放者」と言う肩書きにも「レイヴン」と言う名前にも、あまり頓着していないようだった。それを、621の“交信”相手であるエアは、理解していた。

 ウォルターはあの時、燃え行くザイレムの上で死ぬはずだった。621の成長と選択を喜び、満足して逝くつもりだった。それを、621は引き留めた。自分はもう自由なのだから好きなことをするのだと言わんばかりに、既にシャットダウンした機体を引っ掴んで地上に降りた。

 そうして、今の生活を手に入れた。

 ウォルターは生きていた。生きていたけれど、それだけだった。意識は当然無くて、手足も無くて、621とエアは懸命にウォルターの世話をしようとした。

 けれど素人と実体のない存在にできることなどたかが知れていて――途方に暮れたところに姿を現したのが第一世代型強化人間の独立傭兵だった。元がどうかは知らないが、首筋から頬へ火傷らしき傷痕が這っていた。おそらく胴や腕の方から伸びてきているのだろう。

 何故スッラが、どうやって彼らの居所を知ったのかは分からない。621も、スッラの手を借りる気など無かった。借りられるとも思っていなかった。

 スッラは変わり果てたウォルターを見て眉をひそめた。621としては驚くことに、その状態を嗤ったりするようなことをしなかったのだ。

 それどころか、一先ず意識が戻るまで安静にしておけだとか、周りに置く物は最低限にしろだとか、目が覚めたときのために消化によい食べ物を用意しておけだとかのアドバイスをくれた。ウォルターの身体を拭くやり方だって教えてくれた。

 「…………礼を言う、独立傭兵スッラ」

 感謝と謝罪はひととして大事なこと――いつかウォルターが教えてくれたことに忠実に、621は言葉を絞り出した。

 「……犬に世話されるとはな、ハンドラー・ウォルター……。精々世話してやることだ、犬。お前にできるものならな」

 眠るウォルターの頬を指の背で撫でるスッラは、やはり621を見てはいなかった。けれどその後ろ姿は、スッラのことをよく知らないエアでも何かを察するような空気を纏っていた。621も、何をか言う気になれなかった。

 そうして数日内滞在したスッラは去っていった。また、来るのだろうな、と言う予感はある。

 スッラのことは嫌いだ。ウォルターの猟犬を撃破し、それでウォルターを論う、嫌な奴。だがそこにあるのが恨みやつらみでないことを、621は嗅ぎ取ってしまった。スッラの、ウォルターに対する情を、まだぼんやりとだが、察してしまった。もちろんそれも含めて嫌いだけれど――休戦くらいはしてやっても良いかと思う。

 ウォルターに対する情で、負ける気は無い。こちらにはエアもいるのだ。今にヤツより詳しく丁寧な世話を会得してやる。

 ふんす、と621は気合いを入れる。

 窓の外は晴れている。青い空が綺麗だ。朝食を摂ったら掃除と洗濯をして、それから――ウォルターが目覚めているか、様子を見に行こう。

+++

夢の残り火

 今日も今日とてウォルターは眠っている。まだ、起きている時間の方が短い。目覚めるだけマシであることは、621も十分に理解している。

 諸々の費用を稼ぐため、621は今日もACを駆る。様子を見に来てくれたカーラにウォルターと家を託して、仕事へ向かう。

 子細は知らないが、解放戦線かベイラム――否、レッドガンからの依頼だろう。レッドガンは現状ベイラムインダストリーから独立した組織として動いている気配がある。本社と連絡が取れていないのか取っていないのか、まぁ、部外者は預かり知らぬことだ。

 アーキバスからの依頼であることは無いだろう。あの一連の騒動以来、エアが依頼を持ってくることも621が依頼を選ぶことも無くなっていた。心情は察して余りある。

 621とLOADER4を見送って、カーラは静かな室内を見回す。窓から射し込む光が温かい。まだまだ生活感の薄い部屋は、がらんとしている。

 リビングの真ん中、目につくところに置かれた大きなビーズクッションの上にウォルターは寝かされていた。寝室とベッドもあるのだが、ウォルター自身へのアクセスと各設備や道具へのアクセスの兼ね合いを踏まえると、リビングに居てもらった方がメリットが多いのだ。

 すぅすぅと眠るウォルターを覗き込んで、カーラはその髪を撫でる。色素が抜けてしまっている。穏やかに閉じられた目蓋の下、瞳の色も変わってしまっていると聞いた。

 死んだと思っていた。だから、生きていると知ったときは嬉しかった。それなのに、この現実を突き付けられた時に「死んでいた方がマシだったかもしれない」なんて思ってしまった。

 好きな場所へ行ける足は無く、握ってやれる手も無く、覚めても過去や幻ばかりを見る濁った意識。自由も尊厳も意思も奪われた、ウォルターの姿。

 だが同時に、それはずっと背負い込んできた使命も奪われた姿だった。

 どちらが罪深いのだろう。

 どちらが幸福なのだろう。

 「……」

 小さな溜め息がこぼれる。いつか日常が戻る日は来るのだろうか。あの頃のように、あるいは束の間見た夢のように、気負いもしがらみもなく、新たに得た友人たちと語らう時が来るだろうか。

 奪われた手足については、義肢を用意してやればいい。リハビリの日々はつらくなるだろうが、ウォルターならばやり遂げてくれる。昔から強い子だった。

 そう。強い子だったのだ、ウォルターは。ルビコン調査技術研究所所長のナガイ教授をして「鉄のような少年」と言わしめた。それが、ここまで壊された。

 アーキバスに何をされたのか、文面としては知っている。知っているが、その苦痛や負担は計り知れない。代わってやれたら、と言えない自分をカーラは恥じた。だが621もエアもカーラを責めなかった。言葉を失い何も言えなくなったカーラを、ただ優しく抱擁してくれた。チャティが「ハンドラー・ウォルターは最後までアーキバスに抗った。そして生き延びた。ハンドラー・ウォルターの勝ちだ。強い男だな、ボス」と声をかけてくれて、とうとう泣いてしまったのを憶えている。

 生きている。カーラもウォルターも、まだ生きている。ならば笑える。きっとここがドン底で、後はもう日の当たる場所へ登っていくだけだ。雨は上がるし夜は明ける。そういうものだ。

 ゆっくりウォルターの髪を梳かしていた手を止め、くしゃくしゃと髪を乱す。

 せっかく留守を任されたのだ。掃除洗濯夕飯の準備、寝坊助の監視。できることはしておいてやろう。ウォルターの額にリップ音をひとつ落としてカーラは立ち上がる。袖を巻くって戦闘モードを起動する。カーラの二本の腕はどちらも義手になっていた。

 「さぁて……それじゃ、親愛なる弟分とビジターのために一仕事してやるかね」

 一先ずは、机に広げ積まれたままの医療書を片してやるところから始めよう。ついでに有用そうな情報やページは纏めておいてやろう。

+++

耳馴染む声が思い出になっても

 621が扉を開けると、ヴェスパー部隊のパイロットスーツを着た男が立っていた。

 621は何も言わず、顔を盛大にしかめて扉を閉じた。

 「待ってくれ! せめて話を聞いてくれ! オキーフ! 貴方もどうしてそのまま閉め出されるんだ!」

 だが直後に聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてきて、621は部屋に引っ込もうとしていた足をその場で止めた。

 「あー……。すまない、戦友。私だ。君の、ハンドラー・ウォルターについて話……と言うか、頼まれていた資料を持ってきた」

 コンコン、と扉がノックされる。バツの悪そうな声が来訪の目的を告げて、それでようやく621はそっと扉を開けた。扉の隙間に、ふたりの男が見えた。

 解放戦線のラスティとヴェスパー部隊のオキーフ。珍しい組み合わせの二人組を家に上げた621はふたりにコーヒーを出す。ウォルターがよく飲んでいたものだ。インスタントですらまだ「何とか淹れられる」程度の621であるが、それでもラスティは淹れたコーヒーを「美味い」と言ってくれた。

 一息吐いて、ラスティが「さて」と切り出す。オキーフが持ってきてくれた資料をテーブルに広げて説明を始めてくれる。

 「これはコーラルそのものについての資料。アーキバスが集めたものだが……オーバーシアー、だったか? 技研関係者であるシンダー・カーラやその仲間たちの方がより詳しくて正確な情報を持っていそうでもある。もしかしたらハンドラー・ウォルターの端末にも何かしら有益な情報があるかもしれないな。……君にこう言うことを言うのは、酷だとは分かっている。だが、その端末を覗き見ることもまた一つの手段、可能性であると言うことは把握しておいてくれ」

 「ハッキングなら任せてください。もしウォルターに怒られたら、私が「好奇心に負けた」と甘んじて叱られておきますので」

 エアがウインクするのを幻視する。

 エアは以前ウォルターの端末にアクセスして、通信履歴を覗き見たことがある。慣れっこだとでも言いたいのだろう。好奇心、ただそれだけで身内の端末をハッキングするような性格でないことは、621は知っている。つまり“そう”までして事態を好転させる情報が欲しいのだ。621と同じように。

 「わかった。ありがとう」

 621はラスティとエアに礼を言う。微かに口許が綻んでいる。ラスティとエアもまた微笑んで「どういたしまして」と答えた。

 ラスティが次の資料を手に取る。

 和らいでいた表情が、強張ったように見えた。

 「こちらは……再教育センターについての資料だ。あくまでも全体図と言うか、施設の目的や用途、各「再教育」についての案内的な資料だな……軍や政府とか言う組織への売り込み用か……? おぞましい……」

 ガサガサと資料のまとめられている紙袋を漁って、追加で幾つか引っ張り出す。

 「再教育の段階表……。こちらは各段階の工程表か。目安時間と費用……。内容の子細まであるな……この辺りは機密の筈だが……何か思うところがあるのか? オキーフ……」

 621に、今必要な資料を選り分けてくれているらしい。何やら独り言を呟きながら右へ左へ紙や紙の束を分けて置いていく。

 結局すべての資料は621の手元に残ることになっているのだが、ノイズを取り除いてくれるのはありがたい。

 「ファクトリーの資料は……似たり寄ったりだな。どれも悪趣味な「加工」方法だ。……端子の種類や配線の素材やかたちなど、人体で試すようなものであることか」

 再教育センターもファクトリーも、その全容を知る兵士は多くなく、ラスティもまたその一人であったらしい。それはおそらく、幸運なことだった。これらの施設は、兵士ではなく政治家向けの「商品」だ。際限の無い人間の欲と闇に、柳眉が眉間に皺を刻んでいた。

 「……戦友。正直なところ私は……この資料を見た今の君が悲しみ、怒るだろうことが容易に想像できる。私も、第三者である私ですら、憤りを覚えているのだから」

 最後に紙束を選り分けた資料の山の上に乗せて、ラスティは真っ直ぐに621を見る。アーキバスに洗脳され、その命令のままにウォルターが放ったWLT011に不意打ちで焼かれ、痕の残ったラスティの顔。それでもなお凛々しく美しい顔の男は、その澄んだ瞳に621を写す。

 これから621が受けるであろう衝撃を和らげるように、ふっとラスティは微笑んで見せる。

 「なあ戦友。いつかハンドラー・ウォルターがアーキバスに付けられた枷を全て振り払うことができたらその時は、君たちと協働させてもらっても良いだろうか。君をここまで惹き付けたオペレートを、私も体験してみたいんだ」

 それは希望ある未来の話だった。いつか訪れるかもしれない未来の予定。

 621は不恰好な微笑をラスティに返す。世辞でも気休めでも、ウォルターを認められて褒められたようで嬉しかった。

 「……ああ。そうしよう。ウォルターも、きっと喜ぶ」

 「私も居ますよ!」

 エアが拗ねた風に、けれど笑みを堪え切れない様子で声をあげる。そうだった、エアもサポートよろしく。621は頭の中でエアに言う。四人で仕事。きっと楽しい時間になる。

 それを掴み取るためには――。

 ふ、と軽く息を吐く。顔を引き締めたラスティが資料の山を寄越してくれる。その一番上にある紙に621は手を伸ばす。

 嘆きの時間が始まった。

+++

祈ったり願ったりする時間

 621の気配が乱れ、殺気の波が寄せたり引いたりしている頃、リビングではスッラとオキーフがコーヒーを啜っていた。ふたりとも、ソファではなく地べたに腰を下ろしている。その間に居るのは、相も変わらず昏々と眠り続けているウォルターだ。

 日差しの届かない場所から、カーテンの開けられた窓の向こうを揃って眺めている。

 「資料提供にしては随分手厚いようだが……アーキバスコーポレーションとやらはそんなに薄給なのか?」

 「恩を売ろうと思っただけだ。……いや、贖罪のつもりなのかもな」

 「ほう? それは今までの「部品」に対するものか? それとも「これ」に対するものか?」

 これ、とウォルターを指しながら、しかしスッラの手はウォルターに優しく触れていた。

 オキーフの目がスッラをチラと見て、ウォルターへと落ちる。何かを堪えるような眼に見えた。寂寥のような、後悔のような。

 フ、とオキーフが短く息を吐いた。

 「坊のためでなければこんな依頼を受けたりはしない」

 これでも長官をしているのでな、と微かに笑うオキーフをスッラは細めた目で見る。周囲の空気が、身を固くする。

 「――言っておくが、お前ほど坊の世話になったわけじゃあない。手術前後のメンタルセラピーを少しと……ルビコンを離れる時に付き添いをした程度だ」

 「……なるほど? お前も技研の遺産と言うわけか……そう言えば以前オールマインドが「アーキバスに潜伏させた賛同者が裏切った」と愚痴っていたが、そうか、お前のことだったか」

 クク、とスッラが喉で笑う。冷たい笑声だ。

 「そちらもひとのことは言えんと思うが? C1-249、スッラ」

 「異なことを言う。なぜ私が“傭兵支援システムを支援しなければならない?” 私は私の「狩り」のために支援を受けていたに過ぎない」

 「……半世紀以上の執心か。羨ましいものだ」

 「どうやら近くにいた時間が違うらしい。お前は幸いだな、長官とやら。お前はこれに捕まらずに済んだと言うわけだ。……いや。片足を捕まれる程度で済んだ、か?」

 皮肉げとも自嘲的とも取れる声言葉だった。

 オキーフの脳裏に、褪せた日々が蘇る。もうずっと昔、振り返ることなど無くなっていた記憶たち。

 明るく無機質な建物。こちらに、人ではなく動物を見るような眼を向ける白衣たち。理解させる気の無い説明。焦燥と不安を煽るばかりの準備期間。周りには粗野で哀れな“被験者”たち。

 場違いな子供。なぜ危険な手術を受けるのかと硬い表情で訊いてくる。それに対して、自分は何と答えたのだったか。

 薄暗く無機質な部屋。一定の間隔で聞こえる電子音。ぼんやりと霞む視界。身体は動かない。ガーゼと包帯に包まれているのだろう。あちこちに管が繋げられている。大きな人影に、小さな人影が混じっている。意識が途切れる。

 次に目覚めたのはお手本のような病室だった。身体に刺さる管の数は減っていた。ガーゼと包帯もある程度取れていて、僅かながら身体を動かせた。その手に、誰かが触れていた。頭をそちらへ傾ける。祈るように包帯塗れの手を握る子供の姿は、やはり場違いに見えた。

 場面は変わる。慌ただしい建物の中だ。最低限の荷物を纏めた少年が、一人で他の惑星に送り出されようとしている。自分はその傍らに立っていた。星が燃える。間に合わない。そんな悲愴な話を、他人事のように聞き流していた。「彼をよろしく頼む」壮年の男が言う。自分は淡々と頷いた。手術後しばらくの自分は、まるで人形のようだったと思う。

 「……片足ではなく片手かもな。まったく今になって効いてくるとは……因果なものだ」

 「……見て見ぬふりでもしておけば良かったものを」

 眉をひそめた声に、オキーフは苦笑する。それができたなら、きっと苦労はしなかっただろう。やはりルビコンには、うんざりすることが多すぎる。

 「そうだな。……だが、人間とはそういうものだろう。あの時自分がされたことを、返す機会があるのなら利用したくなるものだ。小さな子供に気遣われたままなど大人が廃る。そうだろう?」

+++

ぼんやりしてても未来は来るし

 「よく寝ている。G13はともかく、ウォルターもよく寝るものだ。日中も寝ていたのだろう?」

 寝室の様子を見てきたミシガンが席に就きながら言う。今や身体の半分以上を構成する義体部分は、よく馴染んでいる。

 カーラがショットグラスに透明な酒を注いで寄越した。

 「……日本酒か? また珍しいものを」

 「輸入品さ。地球産の証明書付き」

 星間交易や航行が少しずつ回復している証だった。ゆっくりと、だが確実に、ルビコンⅢはかつて――以上の活気を取り戻しつつある。

 チビりと酒を舐めて、ミシガンはもうひとりの同席者へ眼を遣った。机上に広げた書類を睨め付けているスッラだ。

 「それで? そこの独立傭兵はどうやってアーキバスの機密を手に入れたと?」

 「さてね。独自のツテでもあるんだろう。ロクでもなさそうだが」

 「ロクでなしさならお前たちも変わらんだろう、オーバーシアー」

 カーラの言葉をスッラが書類から眼を離さずに笑い飛ばした。どうにも、カーラとスッラは折り合いが悪いらしい。その原因は、まあ、察せられる。

 「よく言うよ。ウォルターもそのオーバーシアーの一員なワケなんだが?」

 「ただの子供を巻き込んでおいてぬけぬけと」

 「ウォルター自身の意志さ。いつまでも庇護すべき子供として扱う方が相手にとって良いことだとでも?」

 「刷り込みだ。お前たちのやろうとしていたことは、あいつの人生を使ってでも成さねばならなかったことか?」

 「……もう酔いが回ったのか? いい歳して酒の飲み方も知らんとは困った奴らだな」

 ピリピリと敵意を向け合い始めるふたりにミシガンが割って入る。どちらも自分より年上のはずだが、どうしてこうも元気なんだ。溜め息がこぼれかける。せっかくの貴重な日本酒が。

 「シンダー(灰かぶりの)・カーラ、と言ったか? 貴様はコーラルやコーラル中毒に関するデータを持っていないのか? 技研関係者だったのだろう?」

 「あいにくと――技研から持ち出せたデータはほとんどない。持ち出す猶予なんて無かったんだよ。データを保存していた機器も燃えちまったし……そもそも私は部署と言うか専門が違ったからね。簡単に言うなら、ナガイや“アイツ”は主に内装を開発作製してて、私は外装を作ってた。だから、悔しいがこの独立傭兵が持ってこさせたこの資料は――ありがたい」

 カーラがグラスを呷る。空になったグラスへトクトクと良い音を聞かせながら酒が注がれる。

 スッラが読み終え机上に放った紙をつまみ、据わった眼でそこに並ぶ文字を辿りながらカーラは鼻筋に皺を寄せる。

 「だが……正直ここに書いてあることは最悪としか言いようがないね。よくもまあこんな使い方を思い付いて実行したもんだと褒めてやりたいよ」

 「Cパルスによる知覚強化自体は強化人間手術の基礎根幹となった要素だがな。波形増幅など人体には耐えられまい。……骨格や内臓をカーボンやシリコン、ナノマシンに代替して“負荷に耐えられる人体”を用意するなら別だろうが」

 「笑えるね。つまりウォルターはまったく急拵えだったってわけかい」

 「再教育とやらが間に合わなかったのだろうよ。それで「加工」にも遅れが生じた。丁寧な仕事だな」

 「旧世代型の手術としては施術完了となっているわけか。だがその範囲外の施術が半端で……コーラル実験は重度かつ高濃度、と」

 ウォルターのカルテの一部が目に入り、ミシガンが顔をしかめる。文字の羅列だけで、それが再教育の名を借りた「実験」であったことが窺われる。

 「脳内コーラルの焼け付きについては中和する手段がある。アーキバスの技術にはなるが」

 「アーキバスの施設に連れて行くつもりか? そのまま回収、収容される可能性があるぞ」

 「ならば他の企業か機関を探すか? 何れにしろ「ハンドラー・ウォルター」は名が売れている。影は付きまとうだろう」

 「…………公的医療機関ならば、あるいは……」

 「――ハイハイ。今すぐにって話じゃあないさ。脳内コーラルの焼け付き中和にしても、半端な施術部分についてもね。ウォルターの体力とメンタルがもたない」

 「…………本人の意思もある」

 書類全てを手放したスッラが呻くように言ってグラスを呷った。

 つまり――どれだけ三人がここで議論しようと、その時が来るまで待つしかないのだ。ウォルターの容態が安定して、日常生活を送れる時間が十分になるまで。

 歯がゆい時間ではある。事態の好転を期待して、何かしら動いていないと落ち着かない状況だ。けれどできることと言えば身の回りの世話の手伝いであったり、多少の情報を集めたりと、細やかなことくらいだ。

 ――罰だとでも言うのだろうか。

 「……。部下の故郷には「カホウは寝て待て」と言う言葉があるらしい。俺たちは今の俺たちにできることをやっている。もう少し気長に構えても良いんじゃないか? 少なくとも、現状であいつの状態が悪化する要素は無い」

 隙あらばどんよりと影を背負うカーラとスッラに溜め息を吐きながらミシガンは言う。威嚇し合ったり黙りこくったり、忙しい奴らだ。まったく仲が良いのか悪いのか。同時に二人をここまでにさせるウォルターに空恐ろしさすら感じた。ひとタラシにも程がある。

 ミシガンはくぴりとグラスの中の酒を舐める。

 テーブルの上には相変わらず不穏で胸糞悪くなるような書類が広がっているが、過去と言えば過去のことだ。今は、ウォルターを害する悪意など近辺にはない。

 時間は流れるものだ。ひとが現在に立ち止まろうと、過去を振り返ろうと。窓の外で夜が更けていく。その後には、日が昇る。

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