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【ACⅥ】モルゲンロートは災投げの夢を見る

技研時代で節分ネタ。傭兵と少年と第2助手と教授。CP感薄めだけど傭兵と少年の距離は近い(スラ+ウォル)。後ろの方におまけ。

技研時代。何もかも捏造。


後ろの方におまけ(モブ視点・会話文)。


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 傭兵が「ラボ」を訪れたのは、日が暮れてからのことだった。

 例の如く、ラボに身を寄せている少年の様子でも見に行こうかと思ったのだ。世間一般ではそれを「ちょっかいをかける」と言う。

 代わり映えのしない、単純で簡単な――とは言え、命のやり取りをする戦場から帰還してなお寄り道のできる体力と精神はさすがと言うべきだろう。加えて、訪ねる先は後に成功率1割未満の強化人間手術を自分に施す研究者たちの巣窟。後に手術を受ける「被験者だから」という言い分で半ば顔パスをもぎ取り、そしてそれをしっかり利用――当然、部外者に許される範囲で、だが――している神経は称賛にも値すべきだ。

 名前も知らない白衣たちとすれ違いながら、傭兵は時刻を確認する。……この時間なら夕飯だろうか。これまでの少年の生活パターンを思い出しながら考える。

 食堂を覗くべきか。否。食堂を利用するのは稀だ。研究室か、研究室近くの休憩室か、それこそ居住棟の「部屋」が少年とその周囲の主な団欒の場所だ。

 いくつか予想を立てて、傭兵はまず研究室に向かうことにした。研究室――ルビコン調査技研所長、ナガイ教授の膝元。少年が、よく身を寄せている場所。もしも少年がいなくても、その行方を聞けるだろうと言う考えもあった。

 明かりに照らされた、けれどどこか薄暗さを感じる廊下を往く。すれ違う白衣たちは、大体が草臥れた服と雰囲気を纏っていた。

 廊下の長椅子でいびきをかく白衣を通り過ぎて、目的の扉に辿り着く。扉を境に、廊下の奥側は暗くなっていた。明かりが切れているのか消されているだけなのか、傭兵には知る由もない。

 扉の磨りガラスの窓からは明かりが漏れていた。人の気配はもちろん、何やら騒々しい気配が室内から感じられた。造りのせいか素材のせいか、この建物は防音性能が高い。

 あまり気は進まないが――仕方ないか、と傭兵はドアノブに手を伸ばす。その時だった。

 「気を付けた方が良い。カーラが張り切って「新作」を作ったから」

 足元から声がした。

 それは今や聞き慣れた、そして今探していた声だった。

 これ幸いと傭兵は声の方へ目を向ける。予想よりずいぶん早く見つけられた。やはり研究室が一番接触率の高い場所か。そんなことを考えていた。

 「!?」

 けれど傭兵は視界に捉えた少年の姿に身体を強張らせた。

 少年の頭が、赤いアーモンドの種子と化していた。

 「……でもスッラなら平気か。傭兵(プロ)だし」

 長椅子に腰かけ、爪先で空気を蹴りながら傭兵を見上げる赤扁桃は、その声や言い方からして確かに少年らしい。廊下の暗闇と同化して、あるいは風景の一部と頭が認識して、今まで気付かなかったようだ。

 不本意に跳ねた心臓を見ないふりをして、傭兵はドアノブから手を離して少年に訊く。

 「……何をしている」

 「セツブン。豆をまいて鬼を退けて福を招くニホンの行事だと先生が言っていた。このお面は……おまけだ。鬼の面を作ったときに出た端材で作られた」

 この研究室では、時々珍妙なイベントが催されている。それは大体、ここの頭の教授の故郷――あるいはルーツ――である「ニホン」と言う地域の文化に由来するものだった。「コタツ」に入ってぬくぬくと年越しをさせられ――したのは記憶に新しい。

 「それで? 危ないからと締め出されたのか」

 相変わらず騒々しい室内の気配を窺う。だからと言って子供を寒々とした廊下に一人放り出すのは違うだろう、と微かな苛立ちを覚える。

 「いや。そろそろスッラが来るかな、と思って」

 まあ少し危なくなってきたのもあるけど、と少年は付け足した。傭兵は思わず赤い面をジィと見下ろした。ふい、と数秒の後に少年の顔が逸らされる。

 つまり、自分のことを少年は待っていてくれたらしい。自分がラボを訪れるかどうか定かでないにも関わらず。

 「……寒いだろう。中に戻れ」

 「うん。……一応、ノックした方が良いと思う」

 気を抜けば緩みそうな口許を押さえ付けて傭兵は言う。少年はストンと椅子から降りて、扉の前に立つ。傭兵の指先は、少年にしっかり掴まれていた。

 「してもしなくても変わらんと思うが」

 「そうかもしれないが……やっぱり、礼儀としても一応、な?」

 運が良ければ安全に入室できるかもしれないし、と言いながら少年はコンコンと扉を叩く。

 「……」

 返事はなかった。

 随分エキサイトしているらしい。傭兵と少年は顔を見合わせた。傭兵は肩をすくめて、少年は眉を下げた。

 そっと扉を開ける。件の第2助手が、およそ「研究室」には似合わない得物を持っているのが見えた。そしてその周囲に転がる白衣たち。

 ばちり、と傭兵と第2助手の眼が合った。新たな獲物の登場に歓喜の笑みが浮かべられる。

 やはりここの人間はおかしい、と思いながら、傭兵は向けられる銃口から逃げるように身を屈め、滑るように室内を移動し始める。

 少年はこの展開を読んでいたかの如く、部屋に入ってすぐに扉近くの棚の影に身を寄せていた。

 決着は――早々についた。元より、戦闘技術に差のある組み合わせだった。

 「いやあ、さすがプロだねえ! あっという間に距離を詰められちまった」

 豆を射出していた銃のような何かを撫でながら第2助手が笑う。思いの外あっさりと引いたのは、曰く、豆をまく行事であって他者を倒すことが目的の行事ではないから、だとか。よく見れば転がっている白衣たちのほとんどの手には銃の形をした何かが握られていた。ともすればコンペティションのようだ。

 「ふたりとも、怪我は? してない?」

 二人の側に少年がやってくる。赤い面はズラされて、髪をくしゃりと乱していた。内側に熱がこもっていたのか、その顔はほのかに赤みを帯びていた。

 「してないよ。この通り、ピンピンしてる」

 「するわけがない」

 「そうか。良かった」

 ふたりの元へ来る前に、少年は掃除ロボットを起動したらしく、豆まみれの床を円盤状の掃除ロボットが掃いているのがチラと見えた。

 「終わったかい?」

 そこに、ひょこりと顔を出したのがこの部屋、ひいては建物の責任者である教授その人だった。

 「ええ、終わりました。今回は私の豆まき機が優勝かと」

 「さすがだね」

 「先生」

 「無事かい? ウォルター。怪我はしていないかい? ああ、スッラくん、来てくれたのか。良かったねウォルター、ずっと待っていたものな」

 何故か誇らしげな第2助手を褒めてから、とたとた寄ってきた少年を抱擁して教授はその身の無事を確認する。そして傭兵を見てやわらかく微笑んだ。

 突っ込みどころが多い――と思いつつ、突っ込んだところで無駄なのだろう、と傭兵は何も言わないでおいた。教授の最後の言葉に気を取られてタイミングを逃したとかでは、断じてない。

 「ちょうど完成したんだ、ご飯にしよう。スッラくんも食べて行ってくれ。ウォルターも喜ぶ」

 そう言って教授は研究室の奥、職員が簡単な食事を取れるよう設けられた給湯室へ3人を招いた。

 テーブルの上には山盛りの炒った豆と巻き寿司が置かれていた。

 緑茶を淹れながら教授が「座って」と促す。それぞれが思い思いの席に就く。

 食べる前に、教授が説明を始めた。

 炒った豆は年齢と同じ数を食べること。巻き寿司――恵方巻はひとり一本、切らずに食べること。食べている最中は喋らないこと。特定の方角を向いて食べること。緑茶はおかわり自由なこと。味噌汁やスープが良ければ棚からインスタントのものを取って自由に飲んで良いこと。

 「……まあ、恵方巻を食べてる間に喋らないとか特定の方角を向いてとかは気にしなくて良いよ。楽しく食べたいし、今年の「恵方」がどの方角なのか知る術が無いしね。食べやすいように切ってしまったし」

 つまり炒り豆と巻き寿司の夕飯だ。文化の形骸化と見るべきか、形や知識だけでも残っているのを幸いとするべきか。

 「さ。食べようか」

 教授が手を合わせる。少年も慣れた風に手を合わせる。第2助手は少しぎこちなく。傭兵は分かりやすく見様見真似と言った風に手を合わせた。

 「いただきます」

 皆の合掌を確認した教授が、食事の開始を宣言した。

 「スッラ、カーラ、フォーク。ウェットティッシュはここに置いておく」

 少年が思い出したようにフォークを用意してくれる。すべての席には取り皿と割り箸が出されていた。教授は慣れているだろうが、他のメンバーはまだ不慣れな身だった。

 「ああ、すまない。失念していた。フォークでも手掴みでも、食べやすい食べ方で楽しんでくれ。ウォルター、ありがとう」

 「お、俺は、箸を落としてしまったときのための、予備用にあった方が良いと思ったので……!」

 「無理せず、食べやすいようにお食べ」

 教授の言葉に少年は頬を染めた。

 かろん、かろん、と小皿に豆が転がる。いちばん皿の上の豆の数が多いのは教授だった。

 「あ、美味しい。教授、これ歳の数だけしか食べちゃダメなんですか」

 ぽり、と豆を噛んで第2助手が教授に訊く。

 「ここにあるので全部だからね。他のメンバーまで回らなくなってしまう。私のを少し分けよう」

 「良いんですか。ありがとうございます!」

 教授が第2助手の皿の上で自分の皿を傾ける。ざらざらと豆が流れて、第2助手の皿を浅く埋めた。

 「スッラ、どれが食べたい? 取ってやるぞ」

 「私は良いから、お前は自分の食べたいものを取れ」

 「ガリはいるか?」

 「なんだそれは」

 「薄く切ったショウガの甘酢漬けだ」

 一方、傭兵と少年は具材の異なる数種類の巻き寿司が盛られた皿を前に、どれを食べようかと吟味していた。

 サラダ巻きやかんぴょう巻きやネギトロ巻きにカリフォルニアロール。具材はなるべく合成でないものを買ったらしい。助手や部下たちの騒乱を無視してせっせと巻かれた寿司は、普段多忙な教授の珍しい手料理と言うわけだ。

 「ショーユはここに置いておく。使ってくれ」

 少年がてきぱきと食事のサポートをする。心なしか、声がいつもよりも弾んでいるように聞こえた。

 「カーラ、豆ばかり食べてないでエホウマキも食べてくれ。美味しいぞ、先生の手作り」

 「はいはい。それじゃオススメを頂こうかね。どれだい?」

 「どれも美味しい」

 「あっはっは! そうかい! それは迷うねえ!」

 おそらく「食卓を囲む」ことが楽しいか嬉しいのだろう。

 教授は考える。

 ラボで引き取り、できるだけ未成年後見人として接してはいるが、仕事がある以上少年に我慢させたり寂しい思いをさせてしまう時間はできてしまう。食事の時間など最たるものだ。時折ラボのメンバーと摂っているらしいけれど、きっと静かなものなのだろう。

 今回節分の行事を敢行して良かったと思う。豆まきで大人たちがこれほどエキサイトしたのは予想外だったが、食事を複数人で、それも少年と親しい者たちと囲めたのは良かった。生き生きとした少年を、久しぶりに見た気がする。

 「ウォルター、あんた食べてるかい? ほら、私たちは良いから、あんたも食べな」

 「だ、大丈夫だ。ちゃんと食べてる」

 「皿が空いているぞ、ウォルター。私が取ってやろう。お前が好きな具は……これだったか?」

 「やめろスッラ! 自分で取れる!」

 「遠慮するな」

 「あっはっは! いっぱい食べな!」

 賑やかな3人を眺めながら教授は口許を綻ばせる。同時に、やはり自分一人ではできない叶わないこともあるのだと再確認した。

 願わくば、この幸福が少年の未来にもありますように。一人の人間として、少年が生きていけますように。

 自分のような人間には過ぎた願いだとは思いながら、一人の大人として少年のために願わずにはいられなかった。

 乾いた空気に冷える技研都市の夜が、深まっていく。






傭兵と少年の観察記録(証言:傭兵と少年を見守るモブ職員)(傭兵、坊っちゃん呼び)


「こないだあの傭兵に自販機の品揃え文句言われたんだけどさあ」

「部外者が口出すことか? ほっとけ! 俺らはアレで十分だっつーの!」

「ジュース系無いのかって言われたから、そこに無いなら無いですねって言ったんよ」

「そこに無ければ無いからな」

「そしたらジト目でクソデカ溜め息吐いて外出てって、どっかでジュース買ってきたみたいだけど、それを坊っちゃんに渡してたんよね。坊っちゃんが持ってた缶コーヒー回収しながら」

「……どーしてうちの自販機ってジュース無いんだろーなぁー。あったら買うんだけどなぁー。糖分補給にもなるしぃー」

「……所長にお願いしてみるかー」


「坊っちゃんが僕らよりあの傭兵に懐いてる気がする。こないだもあの傭兵に肩車してもらってた」

「ラボ内で? 危ないから止めろ。てか休日の親子かよ」

「めっちゃ軽快に走ってってェ……止める暇無かったって言うかァ……」

「身体能力の無駄遣い」

「その前は中庭でキャッチボールしてたし、その前は使ってないテスト用ガレージでかくれんぼしてた……」

「自由過ぎるだろ、止めろ。てか休日の親子かよ」

「止めた方が良いとは思いつつ心なしか楽しそうな坊っちゃんを見ると「まあ傭兵だし何かあっても大丈夫だろ」みたいな考えが過るって言うかァ……」

「あー……まあ、確かに……いやでもなあ」

「こないだなんて所長も巻き込んでトランプしててェ……ポーカーだったかな……」

「子供に何教えてんだ傭兵に所長ォ!!」


「坊っちゃん最近料理の腕上げたよな。玉子焼きとか形も色も綺麗だし」

「分かる。泊まり込みが苦にならないって言うか最近はもう泊まり込みたくなってる」

「てか最近朝食べに行くとあの傭兵もいるの何なん? マジで宿泊施設としてラボ使ってんの?」

「まあ坊っちゃんの護衛にはなるし良いんじゃね? 知らんけど」

「……最近あの傭兵がラボ出るとき坊っちゃんに何か渡されてんの知ってるヤツいる?」

「なんか受け渡してんの見たことはあるな」

「俺知ってる。あれ坊っちゃんの手作り弁当」

「えっ」

「あっ何人かぶっ倒れた!」

「出張する所長や所長の第2助手にも渡してるぞ」

「やだ! 私も欲しい! 食べたい!! やだ!!」

「夕飯も作ってくれないかな、坊っちゃん」

「坊っちゃん頼りじゃなくて自炊しろよ。てか当番制にしろ朝飯作りも」

「それができてたら坊っちゃんがやってくれてねーんだわ」

「まるでダメな大人ども……」


「日陰で二人して寝てると思って毛布かけに行ったら傭兵は起きてて死ぬほどビビった」

「分かる」

「前に坊っちゃんがあの傭兵膝枕してるとこに出会って、近付いたら「しーっ」てやられてかわいいな~って思ったけど、じゃああの時の傭兵起きてたのかもしかして」

「せやろな、たぶん」

「逆にあの傭兵が坊っちゃん膝枕してるとこ見たことあるけど、上着までかけてて「なんなの、こいつ……」ってなった。めっちゃ気遣ってんじゃん……」

「寝てる坊っちゃん抱え込んで座ってるとこなら見たことある。知らんヤツが見たら兄弟か何かだと思うだろ、あの距離感」

「でも時々俵担ぎしてたり小脇に抱えたりしてるよな。あの傭兵にとって坊っちゃんって何なんだ?」

「知らねー! こっちが聞きてーよ」


「これね、なんだと思う? あの傭兵が坊っちゃんのために買ってきたスティックココア」

「えっ。それそうだったの?」

「休憩室にコーヒーとか緑茶しか無いからって坊っちゃんに買ったらしいよ」

「ひえ……どうしよ、わたし知らずに飲んじゃったよ……」

「まあ坊っちゃんが何も言ってないし、良いんじゃない?」

「もう飲まない……」

「そしてこっちはやっぱりあの傭兵が坊っちゃんのために買ってきた薄めて飲むタイプのジュースの原液」

「……今わたしが飲んでるヤツゥ!!」


etc.


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