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【ACⅥ】清けき聖夜のクール・ルージュ

角のある話(英)でクリスマスっぽい話。悪魔×ドラゴンな英スラウォルがイチャイチャしてる。
流血・負傷描写有り。モブの扱いが雑。

角のある話(英)

悪魔×ドラゴンな英スラウォル。


クリスマスっぽい話。イチャイチャしてる。スッラにデレるウォルター在中。

いぬが犬。蛇もいる。鳥っぽいものに変身する悪魔(スッラ)。

流血・負傷描写有り。モブの扱いが雑。


各方面に対する捏造とか妄想とか前の話(ロート・ユヴェル)に引き続き盛り盛り

気を付けてね


年齢指定パートはえっちなのが書けるようになったら書きますたぶん_(X3」∠)_


---


 最近、人間たちが、冬のある時期に煌びやかな催しをし始めた。

 今度は何があったのかと聞き耳を立ててみれば、どうやら「聖人」の誕生だか何だかを祝っているらしい。

 そんなことを、揚々とウォルターに披露してみれば、人間とよくよく関わりのあるウォルターには、知っていると一蹴された。


 「ご馳走を食べて、贈り物を交換し合う? らしい」

 「らしい、と言うのは何だ。他に何かあるのか」

 「交換し合ったり、寝ている間に枕元や飾りの側に置かれていったりするんだそうだ」

 「盗っ人の逆か? 不法侵入には変わりないが……誰かの気紛れか?」

 「さあ……」


 人間でないスッラとウォルターにはよく分からない感覚だった。

 件の「聖人」について、耳にした覚えがあるようなないような気のするスッラは、しかし「どうでもいいか」と人間に対して思考を割くことをやめる。

 問題なのは、その催しが面白いかどうかだ。

 スッラはにっこり笑って話を仕切り直す。


 「それで? 何かないのか、お前は」


 スッラの笑顔にウォルターは嫌そうな顔をした。悪魔が笑う時、ろくなことは起きないのが世の常だ。


 「何かとはなんだ」

 「欲しいものだ。食事は足りているか? 嗜好品は? 客を増やしてやろうか。それとも競争相手を減らしてやろうか。なあ、ウォルター。欲しいものはないか?」


 妙にウキウキワクワクした様子でスッラが訊く。

 悪魔が物を与えようとするのは、契約を結ばせるためであったり相手の魂を狙っているから――と言うのは有名な話だ。ギブアンドテイクの常套手段。

 しかしスッラがウォルターに対して問うそれが、必ずしもそうではないのだと言うことを、他でもないウォルターは知っていた。

 ウォルターはそこまで物欲が強くない。

 ドラゴンと言う種族は強欲だとか執着が強いとかよく言われるが、それは所詮「人間」から見た表現でしかない。もちろん、中にはそういうドラゴンもいるが、基本的には自分の住み処や餌場と言った縄張りを守り、奪われたら奪い返しているだけだ。人間と同じように。

 しかしその縄張りが広大であったり、食性が希少な植物や鉱物なんかであるために「強欲」と言われるのだろう。

 だから「ウォルター」は、人間が思い描くような欲深いドラゴンではないのだ。

 ……ウォルターが、当代の守り人をしている故郷を、人間たちに奪われてなお気にかけ何とかしようとする使命感は、ある意味人間の考えるドラゴンらしい執着なのだろうが。

 話が逸れた。

 何より、今の生活は安定していて、不自由も特にない状態だ。

 まだウォルターがころころと幼かった頃のように「あれが欲しい」「これが欲しい」と――実際には当時でも言われなかったが――何かをねだられることが久しくなっている。

 それはスッラからしたら物足りないと言うか、庇護欲とか甘やかしたい欲が発散できない状態なのだ。悪魔は伴侶を溺愛している。


 「アメジストドームとか、クリスタルドームとかはどうだ? 普通のアソートの方がいいか? ああだが、原石と加工済みどちらがいい。やはり原石か?」

 「別に……自分で買える……。お前こそ何か欲しいものはないのか」


 案の定な答えにスッラはぐでりとテーブルの上に溶けた。

 訊いてきたウォルターは小首を傾げながらポリポリと透き通った小石を食べている。似たような菓子を人間がキャアキャア言いながら眺めていたことを思い出した。


 「……ウォルター」

 「なんだ?」

 「欲しいもの」

 「……」


 可哀想なものを見る眼でウォルターに見下ろされたけれど、悪魔と言うのは欲望に忠実なものなのだから――仕方ないだろう。

 テーブルの上からスッラはにっこり笑顔を浮かべてウォルターを見上げた。

 ウォルターにはやっぱり、嫌そうと言うか、冷ややかな眼を向けられた。

 何も考えていないように見えてもその頭の中は常に回り続けている。策略、謀略、奸計。悪魔とはそういうものだ。

 欲しいものがあるのなら手に入れる。我慢節制は悪魔の美徳ではない。

 分からないのなら、教えてもらえないのなら、調べればいい。自ら知りに行けばいい。

 そんなわけでスッラは、伴侶への過ぎた愛情と多少の好奇心を胸に、ウォルターの部屋へお邪魔していた。

 見られて困るものは無いからと出入りを許されている部屋は、しかし普段はウォルターを想って物色することはしていない。ソファの上でウォルターを甘やかしたり構ってもらったりする方が有意義だからだ。

 けれど今日は違う。

 スッラは引き出しすべてを引っくり返す勢いでウォルターの部屋を見て回る。棚の本や書類にもすべて目を通して、ウォルターが欲しがっていそうな、あるいは必要としていそうな物品が無いかを探る。

 部屋の主が見れば呆れ返りそうな「探求心」だが、構うことはない。何なら、足跡を都度消しているから、スッラが部屋探しをしたことすら気付かないだろう。

 そしてスッラが見つけたのは、結局薄紅色の鉱石を抱く晶洞くらいのものだった。

 金庫に入れられていたわけでもない――もとい、入らなかったのだろう――それは、戸棚の奥深くにしまい込まれていた。

 小さな犬猫なら収まってしまいそうな洞の内側は、所々鉱石が消えている。すべて無くなれば、それこそ器や籠として使えそうだ。

 自然に欠けたとは考えにくいその姿が示すのは、それがつまりウォルターの大事なおやつとか秘蔵の肴とかそういうことだった。

 ふむふむとスッラは晶洞を元の場所に戻しながら考える。

 やはりこういうものが良いだろう。

 あって困るものではないし、ずっと同じものと言うのも飽きがくるはずだ。人間と関わるウォルターの仕事は、相手(にんげん)の予定に左右されて物の選定や購入に時間を取るのも難しそうで――そもそも購入前の味見だって儘ならないように見受けられる。

 人間たちは何故ああも宝石と言うやつが好きなのか!

 スッラは人々が抱え込んだ山々や鉱脈を、ウォルターのために惜しむ。今や多くの鉱床が人間の手によって砕かれ割られ、荒らされている。

 ……まあ、人間の欲望が肥大して腐る分には別にいい。むしろ仕事が増えて喜ばしい。ウォルターには悪いけれど。

 だからその分も含めて大事に可愛がってやりたい。人間の増長とは関わることなく在って欲しいのだ。

 そうと決まれば、どんな鉱物が良いのか調査しなければ。

 スッラはウォルターの「商品棚」からひとつずつ小石を回収して小さな袋へ入れる。これを差し入れとしてウォルターに与え、選んでもらうのだ。

 取った分の小石は、よくできた偽物を魔法で作って補充しておいた。ウォルターがつまみ食いでもしない限り、気付かれることはないだろう。

 かくしてウォルターは「本物」の宝石をいつかのようにポリポリ食べている。

 いつかと違う点があるとしたら、今回はスッラが妙にニコニコと上機嫌なところだ。

 それを訝しげに見ながら、それでもウォルターは素直にキラキラ透き通る小石を口へ運ぶ。その素直さが心配になりつつも、自分の与えるものを毒も何も疑うことなく飲み下す姿は愛しいことこの上ない。


 「美味いか?」

 「ああ」

 「何色がいい」

 「色……」


 悪魔は宝石それ自体には興味がない。

 ドラゴンもそれを知っているので特に言及することはなかった。

 ウォルターは手元に視線を落とす。

 キラキラころころと皿の上に広がる「おやつ」を眺めて、そしてある一粒に眼を留めた。


 「これ……」

 「透明なやつだな」

 「透明なやつ」

 「透明だろう」


 呆れたような声も悪魔は気にしない。

 上機嫌に「透明な石」を覚えて、適当な小石を摘まんで伴侶の口許へ差し出すと、目に入れても痛くないほど可愛い伴侶は戸惑いながらもぱくりと啄んでくれた。

 それでまた悪魔は「くふふ」と上機嫌に笑った。

 そうして数日後、ウォルターの手の上に「透明な宝石」の詰まった袋がじゃらりと乗せられたのだ。

 袋の重みと感触に目を丸くしたウォルターは、そして訝しげな表情になり、中を覗いてまた目を丸くした。

 その表情の変化が面白くて可愛くて、スッラは噴き出して肩を揺らす。


 「お前、だってこれは……、どうしたんだ、これは。……まさか!」


 スッラが人間の金をどうやって稼いでいるか知っているウォルターは顔を強張らせた。手の上の袋や宝石から、人間の血が滴り落ちているような気分だろう。

 しかしそれは杞憂というやつだ。


 「失礼だな。それは私が山から採ってきたものだ」

 「山から? お前が……?」

 「ああ。なかなか骨が折れるな、石を探すと言うのは」

 「わざわざ……」


 スッラの言葉に納得したのか、ウォルターはきゅっと袋を胸に抱く。礼を言う、とこぼれたのは小さな声だったけれど、伏せがちになった目元が仄かに色付いていることに気付いて、スッラはニッコリ笑った。

 悪魔が石探し――などするわけがない。それも、人間が言うところの宝石を、わざわざ。そもそも今や山の多くは人間に拓かれてしまっている。

 しかしスッラはウォルターに嘘を言っていない。

 けれど、真実すべてを言ってもいない。

 スッラが持ってきた宝石は、人間たちに探させたものだ。透明な宝石――ダイヤモンドとか言っただろうか――が採れると言う山へ行き、そこで石を採ることを生業としている人間たちに金を積んだ。

 人間たちはその金の出所や金を出したのが何者なのか、何も知らず考えず、降って湧いた甘露に飛び付いた。

 袋の中からひとつぶをつまみ上げて光に透かすウォルターの瞳はキラキラうつくしい。すん、と鼻を鳴らす姿にちいさないのちのぬくもりと鼓動を見て、目元だけでなく口元までゆるゆる緩んでしまう。


 「スッラ!」


 石のにおいを嗅いだウォルターは、驚いたように声を上げた。


 「どうした。何か違ったか」

 「これダイヤモンドじゃないか!」


 それがどうしたのだろう。

 スッラは首を傾げて「それが何か問題なのか」とウォルターに訊く。

 スッラの様子にウォルターは、ダイヤモンドがどういう宝石であるのかをかい摘まんで教えた。

 人間たちが全般高値を付けること、富や名声を表すために欲しがること、そしてウォルターにとっても贅沢の部類に入る嗜好品であること。


 「お、れは、あの時、水晶(クリスタル)を指した、のに、お前というやつは……!」

 「そうなのか。まあ食べられないとかそういうわけではないんだろう? ならいいじゃあないか」

 「いっ、ぅ……ま、あ、そう……なのか……?」

 「そうだろう」

 「む……。わ、かった。これは、このままありがたく受け取っておく」


 スッラがわざわざ採ってきたもの、しかも後ろ暗いこともないらしい贈り物を、ウォルターが突き返すはずもない。

 改めて、大事そうにダイヤモンドの袋を胸に抱く姿は正しく贈り物を喜ぶ少年のものだった。


 「……うん? ああ。見るか? スッラがくれたんだ。お前たちにはただの小石だな」


 概ね面白くなさそうな顔をして寄ってきた魔犬たちにウォルターは袋を見せる。魔犬たちは差し出された袋にふんふん鼻を鳴らして首を傾げた。

 ふふ、と微かな笑みを浮かべるウォルターに、魔犬たちは首や顔を擦り付ける。それが目的だろう。実際、応えるように毛皮を撫でるウォルターの手に尻尾がぶんぶん揺れていた。

 毛玉は余計だがウォルターは可愛らしい。自分が贈ったものを犬たちに自慢するウォルターは可愛い。


 「……あ」


 スッラがニコニコしながらウォルターを見ていると、不意にウォルターが顔を上げた。

 それこそ、宝石のような瞳がスッラを写す。


 「?」


 スッラは笑みを浮かべたまま首を傾げて見せた。


 「お前の欲しいもの。……だってこれはそういうことだろう? だから、」


 少し、拗ねたような顔をして、ウォルターは魔犬の一匹を抱き寄せる。照れ隠しだろう。にも関わらず、その魔犬はとろけた顔をした。

 ……まあ犬にそこまでの知性は期待できまい。

 スッラはウォルターに気付かれないよう、魔犬を見下ろし薄く笑い飛ばす。

 それからウォルターの目をしっかり見て頷いた。


 「ふむ。……とは言え、本当にお前以外「欲しいもの」が思い浮かばないないからなァ」

 「またお前はそういう……」


 ウォルターが毛皮に顔を埋める。キュンキュン鼻を鳴らす魔犬を他の魔犬たちが小突いたり足を踏んだりしていた。

 うーんとスッラは軽い声で悩んで、そして「ああ」と何か閃いたらしく手を打った。


 「満月」

 「満月?」

 「お前に負担を強いたいわけではないから作りはしないが、お前が乱れる姿は何度でも見たいからな」

 「つっ、みだっ、みっ……なん、なにを言う!!」


 スッラが言わんとすることを察したウォルターは真っ赤になって立ち上がった。ウォルターから解放された魔犬が耳と尾を垂らしてしょぽしょぽとした顔で俯く。

 多くの生き物がそうであるように、ドラゴンもまた発情期と呼ばれる時期を持つ生き物だ。

 ただしその到来は非常に稀である。

 何故ならドラゴンの発情期は番ができた次の満月の日だけだからだ。

 ドラゴンは長命な種族であり、基本的に一度番った相手と添い遂げる生態を持つ。

 つまりドラゴンの発情期は一生に一度だけと言っても良いのである。

 なお繁殖期については、人間やウサギと同じ周年繁殖動物になるので、しようと思えばいつでも子孫を作ることができる。ドラゴンの発情期は、いわば繁殖を促すブースターのようなものだ。

 そしてウォルターもまた、その「一生に一度」の発情期を経験しているひとり――一匹だ。

 ウォルターからすれば一度経験すれば十分な夜だったが、相手はそうではないらしい。

 スッラは流れるような動きでカウチソファにウォルターを座らせる。膝に乗ろうとした魔犬をひょいと退けて、半ば覆い被さるように身体を寄せた。


 「普段のお前もとても好いが、こういう特別な時期なら特別なお前を見せてくれるのも良いだろう?」


 イキイキとした目に気圧される。

 するりと脚を撫でた手にすら「これ幸い」と思い、ウォルターは眼を泳がせた。


 「なんっ……、っ、だ、大体、そもそも、できるわけがないだろう。ぉ、俺の発情期はもう終わったのだし、」


 尤もな意見であった。

 が、悪魔にかかれば生き物の生態やら何やらをねじ曲げることなど、一匹や二匹、容易いことだ。


 「大丈夫、心配するな。悪いようにはしない」


 薔薇のつぼみがふわりと花開くように、スッラの瞳が鮮やかに瞬いた。



 月が下弦に移ろう。

 ウォルターはベッドに沈んでいた。

 せっかくだからと満月に合わせてスッラが抱いたからだ。

 本物の満月が用意された二度目の発情期は、作為的なものであるにも関わらず、前回と同じかそれ以上に盛り上がった。

 かきいれ時でもある今日この頃――人間の世界で暮らすには人間の金を蓄えておかなければならないのだ――臨時休業するのも躊躇われて、変身術を覚えた魔犬たちに客の対応を任せることにした。

 階下のやり取りに耳をそばだてながら、ウォルターはもぞもぞと未だ気だるい身体をベッドに沈める。

 数時間前に、また何やら上機嫌に出掛けていくスッラを見送っていた。

 スッラが「自分の代わりに」と置いていった三匹の蛇たちを時々構いながら、ウォルターは贅沢に時間を使う。


 「――!」

 「! !!」

 「!!」


 階下がにわかに騒がしくなったのは、陽の傾いてきた頃だった。

 ガタガタ、バタン、と何かが動いたり倒れたりする音が屋敷に異常を満たしていく。

 マズい、とウォルターは直感的に思った。


 「これを持って隠れてくれ」


 蛇の一匹に、スッラから貰ったダイヤモンドの入った小袋を託す。


 「お前は階下の様子を見てきてくれ。見るだけでいい」


 もう一匹には屋敷の状況を把握させに行く。


 「お前はスッラに報せてくれ」


 最後の一匹に言伝てを頼み、ウォルターは騒々しく近付いてくる「何か」に備える。

 寝間着の上にローブを羽織り、ベッドの影に身体を隠す。

 鼻を突く鉄さびのにおいと鼓膜を揺らす粗野な足音が、好ましくない類いの人影を描いていた。

 ――スッラがどこまで遠出をしているか知らないが、早く使い魔が今の状況を報せてくれるといい。そうして、面倒事はゴメンだと帰宅を遅らせてくれればいい。

 「科学」が発達してきたとはいえ、「教会」は未だ健在だ。悪魔祓い、魔女狩り、異端審問。全盛期は過ぎたとは言え、人間はまだそのやり方を忘れていない。

 スッラが遅れを取るとは思わないけれど、スッラにも人間にも傷付いては欲しくなかった。

 バタン、バタン。ガタリ。

 部屋の扉が順に開けられる音がする。

 時折ガサゴソと鳴るのは、物色される室内の音だ。

 音はどんどん近付いてくる。

 音が近付いてくると共に、部屋を出ていれば良かったかとか、窓から逃げられたのではないかとか、後悔にも似た考えが過る。

 ああけれど――きっとこれで良かったのだ。ウォルターは意識を塗り潰すように拳を握る。

 変身していて動きにくくなっている上に「人間に害を加えるな」との指示を守り動けなくなっただろう魔犬たちを、これ以上危険に晒すことはできない。

 だからこれでいい。

 第一の目的は、生き延びることだ。

 そしてとうとう、バタン! と大きな音を立てて、ウォルターのいる部屋の扉が開けられた。


 「……」


 ガサゴソと棚や引き出しの漁られる音。

 ガチャガチャジャラジャラと鳴るのは「商品」たちだろう。

 生きていくために集めたものを、無関係の他者に突然奪われる歯痒さ。ぎり、と鳴ったのが拳か牙か、判らなかった。


 「!」


 ふと顔を上げると、見知らぬ男と眼があった。

 少し値の張る絨毯と緊張で接近に気付けなかったらしい。

 澱んだ光がギラギラ濡れる目が、ウォルターを見下ろしていた。

 男の片手には大きな旅行鞄が提げられている。

 そしてもう片方の手には――黒光りのする鉄と火薬のにおいに、ウォルターの喉がヒュウと鳴った。

 破裂音。


 「ぐあッ……!」


 衝撃に跳ねた脚が真っ赤に熱くなりウォルターは呻く。

 脚を押さえる手のひらが、ぐずぐずと濡れていくのを感じる。

 異物が身体に潜り込み毒する感覚に、呼吸が浅くなる。


 「大人しくしてりゃ命までは取らねえ……」


 虚ろにも思える目で男が言った。

 嘘だ、とウォルターは思った。

 男はたぶん、撤退する時にでもウォルターを殺すつもりだ。

 何故ならウォルターに顔を見られているし声も聞かれている。

 いま殺さないのは、金庫なんかに辿り着いたとき、開けさせるためだろう。


 「ぅぐ……ぐうッ……ぅうう……ッ!」


 傷口を押さえて身体を丸くするウォルターを置いて、男は部屋の物色を再開する。

 棚や引き出しから、男の旅行鞄へ「商品」が放り込まれていく。

 ――これだからこの身体は嫌なんだ!

 脚を焼く痛みと濡れていく手に目を潤ませながらウォルターは内心悪態を吐く。

 殻や鱗のない人間の身体はこんなにも柔らかくて脆い。

 「ぐうぅ」と牙の隙間からこぼれる呻き声を、床に額を擦り付けて押し潰す。

 そうして、なんとか男の動向を追おうとする。

 なんとかもたげた上体で、ベッド越しに男を見ることができた。

 ああ。床も棚もめちゃくちゃだ。

 未だ引き出しを漁る男の鞄は歪に膨らんでいた。そして男の横顔は、厭らしい表情に歪んでいた。

 腹立たしいことこの上ない。

 が、あれだけの宝石を手に入れれば、他の家や店に押し入ることもないだろう。

 そもそもウォルターだって、このまま男を見逃すつもりはない。


 「……、」


 意識を鞄の中の宝石に集中する。

 溶かして、結んで、尖らせて――つぷりと鋭い棘を持った石に、内側から鞄に穴を開けさせる。男の動きと共に揺れる鞄から、ポロポロ道しるべが落ちていく仕掛けだ。

 人は人の法で裁かれるべき、と、ウォルターが冷静だったのは、その辺りまでだった。


 「――それは!」


 低い位置の棚に、雑貨の影に隠すようにひっそりと置かれていた晶洞が、男の手で引きずり出される。


 「待て! それは、それはダメだ!」


 「大物」を手にして満足げな男にウォルターは叫んでいた。

 ずりずりと絨毯に赤い線を描きながら男の元へ這う。

 伸ばした手もまた赤く、薄汚れたズボンを掴んだ。


 「それはダメだ、持っていくな、それだけは……っ」


 怪我人とは思えない握力で足を掴まれて男は眉を寄せる。

 だから、やめろとか放せとか、そういう意図をもって男は足を振った。ウォルターの手を、男の足が蹴り飛ばす。

 当然、ウォルターはバランスを崩して床に伏せった。

 這いつくばるような姿勢。それでも、男を見上げる眼は強かった。

 圧倒的不利な状況にあるウォルターに睨め付けられて、男は「なんだその眼は」と不快感を露にする。


 「ぅぐあッ!」


 ガシャン、と叩き付ける勢いで抱えていた「大物」をウォルターの腕――義手の上に下ろす。

 重量と勢いに耐えかねて義手は砕け、その衝撃にウォルターは呻いた。

 しかし身体に響く衝撃よりも、その意識は、パラパラと欠片をこぼしその身に罅を走らせた晶洞へと、すぐに向けられた。


 「ぁ、」


 洞からこぼれ落ちた欠片を、ふるえる指先が集めようとする。

 欠片を握り締め、腕と身体すべてで抱え込もうとする。

 どこから見ても「財産を守ろうとする住人」となったウォルターの様子に、この晶洞にはそれだけの価値があるのだと男は考えた。


 「ッあ!」


 追い縋るウォルターを振り払って、男は晶洞と鞄を抱えて部屋から出ていく。

 ウォルターが仕掛けた細工は想定通りに動いた。

 ポロポロと鞄から光の粒がこぼれ落ちていく。

 床板を踏み鳴らして玄関――否、裏口か――へ向かう男の後を、ウォルターは這いずりながら追う。

 けれど当然、追い付くことなど不可能に思われた。

 廊下から、ちらと商談に使う部屋が見えた。

 縛られて動けない何人かの客と、同じように拘束された使用人――人間に化けた魔犬たちが一先ずは無事らしいことを確認して、ウォルターは小さく息を吐く。

 だが件の男の方は、すでに裏口へと辿り着いていた。

 古びた、年季の入ったドアノブを、男の手が掴む。


 「――ギャッ!」


 男の悲鳴が聞こえた。

 同時に、肉の焼けるようなにおいが、微かに鼻を突いた。

 棚や椅子を支えに立ち上がり、壁に寄りかかりながら進むウォルターはそして、裏口の扉の前で手を押さえて立っている男の背中を捉える。

 どうやら手のひらが焼けたらしい。

 しかし何故――。


 「“お前はここから出られない”」


 歌うような声がした。

 男が「誰だ!」と叫びながら振り返る。青白い顔のウォルターと眼が合う。こいつじゃない。

 次にコツリと静かな、しかしわざとらしい足音がした。

 ふわりと広がるのは紅茶のにおい。


 「茶のひとつも出さなくて悪かった。いま淹れたから、改めて、ゆっくりしていくといい」


 そして呑気にも嘲笑にも聞こえる声と湯気の立つティーカップ共に、台所からスッラが現れた。


 「はは。酷い様だなァ、ウォルター」


 行儀悪くもハンドルに指を突っ込んでいるスッラは男を一瞥もせずウォルターへ歩み寄る。

 砕けた義手と足跡を残す赤く染まった脚に鼻筋へ皺が寄る。

 見開かれて微かに丸くなった、おそらく無意識の安堵が滲む目に眉を寄せる。

 子供にするように片手で頬を包めば、どうして、と小さく唇が動いた。


 「遅くなった。すぐに戻るつもりだったのだが」

 「それは、べつに、かまわない……むしろどうして、戻ってきたんだ」

 「戻るに決まっている。伴侶の危機だぞ」

 「無視すんじゃねえ! てめぇは誰だって言ってんだよ!!」


 置いてきぼりになっていた男が叫ぶ。

 ぶるぶる震える手で、ふたりに銃を向けていた。


 「こうなりゃ家ン中の人間皆殺しにしていってやる……! そうすりゃ他のドアや窓から出られンだろ……!」

 「人間皆殺し? まあ好きにしろ。私には関係のないことだ」

 「いいわけあるか! ダメだそんなこと、無関係の人間を巻き込むなど……!」

 「……だそうだ。殺してはいけないらしい。やめておけ」

 「ッザケやがってぇぇぇええ!」


 絶叫と、再度の銃声。


 「痛むだろう。ほら腰かけろ」


 しかし複数響いた銃声の、そのどれもがふたりに届くことはなかった。

 呆然とする男の目の前には、コウモリのそれに似た――否、教会が伝える「悪魔」が持つ翼そのものが広げられていた。

 膜を持った翼の背にぶつかり、ひしゃげた弾丸がころりと床に落ちる。

 当のスッラは背後の何もかもを気に留めない。

 するすると寄ってきた一匹の蛇から咥えていた袋を受け取り、頭部をひと撫でする。それを合図に、蛇は人の背丈を優に越える大蛇へと変じた。

 比較的細い尾の先でウォルターの身体を巻き取り、巻いたとぐろの上へ乗せる。さながら大きなソファに身を投げ出すような格好だ。ついでとばかりに蛇は解いた尾を脚に巻き付けて傷を押さえる。

 大きな蛇の身体を辿りウォルターの元へやってきたのは屋内の状況把握を任せていた蛇だ。客や犬たちの状態のみならず、各部屋の状況まで探ってくれていたらしい。

 魔犬の一匹が殴られはしたが、命に別状はなく、客たちもまた無事だとの知らせを受け、ウォルターは今度こそ「良かった」とこぼした。


 「受けたのは一発か。先程が二発。となると、多くてもあと三発は残っているか」


 スッラがウォルターの脚へ目を向けながらどこか愉しそうに言う。

 ヒトの玩具で、遊ぶ気も無いくせに。


 「なんだてめえ……何なんだよッ……!」


 翼だけでなく、その頭部にも人ならざるモノの証――左右非対称な角を見て男は声を震わせる。

 「うん?」と振り向いた顔は笑っていた。

 視界が翳る。


 「何だっていいだろう。お前にはもう関係のないことなのだから」


 ――ぱくんっ。


 「さてウォルター。脚を見せてみろ。それとも医者に行くか?」


 大きく変じた三匹目の蛇に丸呑みされた男を放って、スッラは赤黒くなったウォルターの脚に触れる。羽を乗せるような、優しい触れ方だった。

 医者に行くかとは言うが、診てくれる医者がいないことくらい分かっている。

 意味のない問いかけだ。

 ウォルターは何か言いたげな顔をしつつも「頼む」と答えた。

 スッラが穏やかに微笑んで頷く。主の意図を汲んだ使い魔は、音もなくバスルームへ向かった。


 「さて」


 スッラは腰に手を当てて溜め息をひとつ吐く。カチャリとチェストの上に置かれたティーカップがふわりと姿を消した。

 コツコツと靴を鳴らして人間の気配が固まっている部屋へ向かう。

 通りすぎる部屋はどこも物が散乱していて、荒れていた。

 だがスッラはそのどこにも足を止めず、目的の部屋に着くと、壁をコンコンと叩き、ひょこりと顔を出した。

 「ひっ」と言う怯えた声は客のものだった。

 それ以外――スッラへ静かに視線を向けてくる使用人たちは魔犬たちが化けているものだ。


 「ひとまず仕事をしろ。人間の対応をして、帰らせろ」


 言いながら指を一振すれば、客たちはバタバタと意識を失い倒れ込む。

 同時に、ブツリと切れた拘束に手足を擦りながらヒトの姿をした魔犬たちが立ち上がる。


 「人間たちには「押し入って来た男は速やかに使用人たちが追い返した」という記憶を与えた。意識改変もかけたから問題ないとは思うが……せめて床は片付けた方が良いだろうな」


 恨みすら籠っていそうな視線を鼻で笑ってスッラは部屋をあとにする。

 向かう先はバスルームだ。

 手持ち無沙汰に絨毯の血痕を、文字通り消しながらスッラは廊下を往く。ついでに目についた部屋も片付けておいた。


 「ウォルター? 入るぞ」


 バスルームの扉を開け、使い魔と共にウォルターが収まるバスタブを覗き込む。

 勢いは落ちていると言えど、ウォルターの脚からはまだ赤色が流れ出ている。

 覗き込むスッラを見上げる目は子供のようだ。

 するりと頬を撫でてやれば、ウォルターは目蓋を閉じてふるえる息を吐き出した。


 「しばらくは安静にな。腕も用意しなければ」

 「……今は休みたくない」

 「……まったく商売熱心なことだ」

 「跳んだり跳ねたり、しなければいいんだろう」

 「ちゃんと大人しくしているか、見ていてやろう」

 「なっ……っ!」


 スッラが指を一振する。

 直後、家が歪むような気配がした。

 ウォルターの移動を最低限にするために部屋を入れ替えたのだろうことは想像できた。

 また勝手に! と不満げな眼をする家主は、やはり幼く見える。

 「お前のためだ」とくすくす笑うスッラはそれからウォルターの脚へ手を翳す。

 ぴりりと触れた魔力に息を呑んだウォルターのくちびるに、そっとおのれのそれを押し付ける。宝石の瞳は、まぶたが落ちる直前、翳ってすらなおうつくしかった。

 はぷ、ちゅむ、とこぼれ始める水音に、眉間の皺は意味を変えていく。


 「っは……、ん、ッ、ふ、っぅ……!」


 それでも、くちくちと「血肉」を押し退けながら引き抜かれる鉛弾の存在感は――指の先ほどの大きさだというのに――大きい。

 必死にすがりついてくる身体に応えながらあやしながら、スッラはウォルターを穿った弾丸を取り出す。


 「っう、ぅう……、」


 ウォルターにとっては数分とも思える時間が過ぎた頃、ふっと脚を苛んでいた異物感が消えた。

 ぼんやりとまぶたを開けば視界は滲んでいて、その向こう側にぼやけたスッラが見えた。

 赤く潤んだくちびるを数度ついばんで、目元にも口付ける。

 今度はじんじん熱さと痛みを思い出し始めた傷口に眼を遣れば、スッラの手がその上に被せられていて「大元」を見ることは叶わなくなっていた。


 「モノが少し潜っていた。今回くらいの損傷なら後を引くこともないだろうが、やはり大人しくしているに越したことはない、とだけ言っておく」

 「っ……そう、か、」


 吻を押し付けてくる使い魔を、反射的に撫でてやりつつウォルターは小さく頷く。

 熱を帯びた部分からじわりと広がっていくあたたかさは、間違いなく優しさだった。

 ついでとばかりに湯浴みもして、来た時――運び込まれた時――と同じように使い魔に運ばれる。階段は登らず、そのまま廊下の奥へ向かう艶やかな鱗に「やはり」と入れ替えられた部屋を思った。


 「ああ。ここも片付けなくてはな」


 キィ、と部屋の扉を開けたスッラが中を見て言う。何でもないような声だった。

 そして腕を一振り。

 カタカタと、片付けるにしては小さな音がして、止んだ。


 「着替えを出してこよう」


 扉を大きく開け、勝手知ったる様子でスッラは部屋を進む。

 バスローブに包まれたままベッドに下ろされたウォルターは、室内が「元に戻っている」のをさらりと確認する。

 ベッドも整えられた直後のそれだ。

 けれど綺麗なベッドに身体を預けながら、ウォルターはある棚の一ヶ所を気にしていた。


 「これでいいか。ほらウォルター、着られるか」


 着替えを腕に広げながらスッラが戻ってくる。

 流れるようにバスローブを剥かれ、ゆったりとした寝間着を着せられ、ウォルターはあれよあれよとベッドに寝かされた。使い魔が頬に吻を押し付けたのだってごく自然な流れに思われた。


 「スッラ、」


 すっかり寝かし付けられそうになっているウォルターは慌ててシーツ越しに身体を撫でる手を呼び止める。

 「うん?」と小首を傾げるスッラに「それどころではない」とウォルターは身体を起こす。


 「あいつは……あの男は」


 スッラは穏やかに口許を緩めてウォルターを見つめていた。

 するすると音もなく、スッラの背後に件の男を呑んだ使い魔が現れる。


 「知り合いだったか?」

 「まったく」

 「では何か気になることでも?」

 「石……ピンクアメジストの、ジオード……」


 それでスッラはウォルターが気にしているものを、ようやく知ったのだ。

 ピンクアメジストもジオードも、スッラには馴染みのない言葉だった。が、ピンクと言う語に、かろうじて意識が引っ掛かる。

 男が抱えていた晶洞。少し前にウォルターの部屋で見た晶洞。それらは同一のもので、また薄紅色の鉱石を内包していた。

 細かな粒に対してなら「たち」なんかと複数形を用いるだろうし――「あれか」と思い当たったのだ。

 スッラは「ふむ」と頷いて使い魔へ眼を遣る。

 主からの指示を受けた使い魔はこくりと頷いて、かぱりと大きな口を開いた。


 「少し溶けているな」

 「こ、殺すな、ダメだ」


 暗闇を覗き込んだスッラが微かに笑う。ウォルターは慌てた。

 人間は人間の法をもって裁かれるべし――とウォルターは日頃口を酸っぱくして言う。自分たちとは価値観も善悪も違うのだし、何より心身の構造や強度が違う。自分たちと人間では罪と罰が「相応」になり得ない。とか何とか。

 だからスッラはここ数世紀人間を「悪魔的な」やり方で殺していないし、魔犬たちも人間を殺していない。

 しかし今回は、踏み込まれ過ぎた。

 人間でなくとも己が領分を侵されれば怒るだろう。

 だと言うのに――。


 「そいつは人間だろう? なら、ダメだ。奪ったものを返してもらって、自警団か警察に引き渡す」


 この家主は真面目すぎるほどに郷に入って郷に従うのだから。


 「……そうだな、“まだ”人間だ。……ハァ。では適当なところへ放り出しておくか。ジオードとはこれか?」


 スッラが暗闇へ突っ込んだ腕を引き抜いて、まずは鞄を床へ放る。その衝撃で口が開き、詰められた宝石がキラキラと喜びの声を上げた。

 そして次にウォルターが気にしていた晶洞が帰還した。

 スッラから手渡されたウォルターは、片腕ながら精一杯身体を使って晶洞を抱え込む。入った罅にそっと指を添わせれば、洞内の宝石よりも少し濃い紅色が罅を塞いだ。

 「大切」を体現してみせる姿に、スッラは苦笑する。


 「そんなに価値のあるものなのか? それは。私のやったダイヤモンドとやらよりも」

 「ある。だがダイヤモンドだからとかこの大きさだからとか、物質的な話ではない」


 いそいそと枕元に晶洞を置いて、ようやく身体を休ませる体勢に入ったウォルターの眼が郷愁を帯びる。

 晶洞のセッティングを手伝ったスッラを、上目遣いで見上げた。


 「おぼえていないのか」


 元より期待はしていなかったけれど、いざ現実を突きつけられればやはり悲しいような。そんな眼だ。


 「……」


 スッラは記憶のページをパラパラと辿る。

 正直なところ、心当たりと言えるものはある。

 けれどそれは数百世紀は前のことだ。

 ――まだウォルターが幼かった頃、あれと同じような岩の塊を与えたことがある。


 「…………まさか」

 「……」

 「何年前だ。何年前のことだと思っているんだ。食べきっていると思うだろう、普通」

 「……すこしずつ、たべているから」


 同じようなもの、似たようなもの、ではないのだと、ウォルターの言葉で理解する。


 「何故」

 「お前が、……はじめて、くれた、から」


 ベッドに腰かけていたスッラはシーツにくぐもったウォルターの声に目を丸くした。

 スッラがくれたから。

 “それ”がこんな怪我をしてまで取り戻そうとした理由だった。

 あのウォルターが「執着」した理由だった。


 「……寝る!」


 主の機嫌を映してか、グイグイ身体を寄せてくる使い魔たちを、今回は全て無視してウォルターはシーツを引き上げる。

 ぽかんと一瞬間の抜けた顔を晒した当の悪魔は、ドラゴンの発した言葉の意味を理解すると、それはもうニコニコと満面の笑みを浮かべて愛しの伴侶へ手を伸ばした。

 のと同時に、仕事を終えた魔犬たちが部屋に飛び込んできた。

 瞬時に獣の姿へと戻った魔犬たちはするりするりと悪魔とドラゴンの間に滑り込む。ズデン! と仲間に振り落とされて一歩出遅れたのは例の男に殴られたと言う魔犬だろう。

 各々が主の側に陣取ろうとベッドの上で牽制し合い――ウォルターの枕元で丸まろうとした一頭の魔犬の頭に鋭い鉤爪が食い込んだ。

 キャイン! と高い鳴き声を上げてベッドから当の魔犬が転げ落ちる。

 代わりに一羽の梟――に似た羽毛の塊――がウォルターの枕元に降り立った。

 前傾姿勢でぶわりと翼を広げて魔犬たちを威嚇する。

 半円状に広がる翼や空気を含んだ羽毛、魔犬たちを睥睨する瞳の色はそれぞれ人間姿の悪魔の髪や目と同じものだ。

 開いた嘴から蛇の威嚇音を出しながら、梟擬きはシーツの上をあちらへこちらへ移動して魔犬たちを散らす。

 「それ」がその鉤爪で自分たちの目や鼻を潰すことに躊躇いがないことを知っている魔犬たちは唸ったり牙を剥いたりしつつも気圧される。「いきもの」としての格や魔力量、力量差もまた魔犬たちが尾を股に挟む理由だった。

 そうしてソレは一通り魔犬たちをウォルターから離れさせ、悠々と枕元に羽を落ち着ける。

 主と魔犬たちが争っている間に三匹の蛇たちは既に各々場所を確保していた。腕の側、腰の側、腹の上。

 魔犬たちはしょぽ……と耳や尾を下げて空いている「良さそうなスペース」に身体を押し込む。

 羽毛と毛玉で埋まったベッドの上では、柔らかな温もりに囲まれたウォルターが穏やかな顔で眠っていた。

 翌朝――魔犬たちのためにウォルターがプレゼントを用意していたと知れ、ちょっとした騒ぎになることは、まだ誰も知らない。


(今回の贈り物:ブローチ、バングル、アンクレット、バレッタ、イヤーカフ)

(素材:プラチナ、ドラゴンの甲殻、鱗、牙、爪)



R Times ××××.××.×6 ××××××号

記事より一部抜粋

(前略)

 ――地区××番地の路地にて保護された男は通行人A夫人の証言により××日に××地区の××通りにあるウォルト・ジュエリーに押し入った強盗犯であることが判明した。

 警察は男を再逮捕する方向で捜査を進めており、当時ウォルト・ジュエリーに来店していた客たちをはじめウォルト・ジュエリーのオーナー、ウォルター氏や従業員から詳細を聞くため該当者の協力を募っている。

 関係者への取材によると、男は保護された当時酩酊状態にあり駆け付けた警官に声をかけられると激昂し、取り押さえられると錯乱状態となったという。男は「蛇に丸飲みにされる」「悪魔が来る。悪魔が自分を狙っている」「あそこの宝石は呪われている」等と非現実的な言葉を現在も繰り返しており、心神喪失が疑われている。しかし当時ウォルト・ジュエリーにいた客は「男は心神喪失等しておらず、我々を脅して銃も冷静に扱っていた」と証言しているため事件を起こしてから発見されるまでの間に薬物の使用があったのか等、真相の究明が待たれる。

 もし仮に男が心神喪失として罪に問われなかった場合、市井への不安は避けようがない。それらについて、我々は幸運にも該当地区の管轄署で署長を勤めるミシガン署長に話を聞くことができた。

(後略)

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