top of page

【ACⅥ】最北の楽園

寒くなると冬眠するスッラと許容するウォルター。技研時代(傭兵+少年)からの生存ifスラウォル。甘。被害者のCCおじ。

寒くなると冬眠するスッラとどんなスッラも許容するウォルター


技研時代(傭兵+少年)からの生存ifスラウォル。甘い。

いい夫婦と言うよりお母さんになった気がする。ウォルターママァ…


スッラがよく寝るしあんまり動かないし喋らないしチラッと無精髭

料理のできる少年

何も悪くないのにあてられるCCおじ(ごめんね……)


そんな感じ

気を付けてね


---


 キュ、とオールドスタイルな蛇口をひねって水を止める。焜炉の火も止めれば、台所には静けさが降る。グリルからは焼けた魚の香ばしいにおいがしている。

 跳ねた水も拭いたし、端切れもまとめて三角コーナーに入れた。先程鳴った炊飯器はちゃんと中を耕したし、保温に切り替えた。パンのストックも十分。冷蔵庫内の食料も保つだろう。

 食器も、見た感じでは乾いているし数もあるから全員に行き渡るだろう。

 「うん」

 ひとつ頷いて、ウォルター少年は脱いだエプロンを軽く畳んで椅子の背に掛けた。

 壁にかけられた時計は6時30分を指していた。

 朝ごはんを用意し終えた少年は、次の仕事に取りかかる。

 ドアの前に立てばセンサーが反応して自動で開く。先に首だけ廊下に出して、左右を確認する。

 人が来ていないことが確認できると、少年は廊下へ一歩踏み出した。

 廊下は薄暗い。

 窓からの外光に浮かび上がる廊下は寒々としていた。人の姿も気配もない道は果てしなく見えた。

 けれど少年は、もうすぐここにちらほらと人影の現れ始めることを知っている。

 だから構わず歩き始めた。

 キュ、キュ、とリノリウムによく似た床が鳴る。

 無機質で冷たい、平坦な道を行けば、左右の壁にある扉は小さく、並ぶ間隔も狭まっていく。

 少年が立ち止まったのは、そんな扉のひとつだった。朝食を作っていた部屋の出入り口と比べると、半分ほどに思われた。

 センサードアが基本設備となっている施設の中で、その小さな扉はアナクロなレバーハンドルだった。懐古主義とか、そういうわけではない。単に、安上がりだからだ。つまり、この部屋――周囲も含めてだ――は、大して重要な部屋ではない。

 この一画に設けられた部屋たちは仮眠室だ。ここの職員たちが、仮初にでも、身体を休めるための場所。

 すべての部屋を見て回ったことはないけれど、造りは大体同じだろう。

 下駄箱を置くのも躊躇われる小さな玄関。そこから伸びる、細い廊下。

 廊下の両側にある扉は手洗いや浴室だ。加えて生活スペースのある奥の部屋には簡素で小さいながらキッチンもある。

 テレビは無くて、ベッドも一人用で、ローテーブルやクッションなんかも無くて、でもコンセントはあるから端末や機械を使う分には問題なくて。

 本当に、泊まるだけ、眠るためだけの部屋。

 少年はそれを知っていた。

 扉を少し曲げた指の背で叩けば、コンコンと音が鳴る。木製の、薄い板。申し訳程度につけられた鍵が、一先ずは利用者を守る意思があると示していた。

 つまり、普通に考えるなら、この部屋にいるのは職員と言うことになる。普通に考えるなら。

 だが、少年は、知っている。この部屋を。この部屋の利用者――住人が、「そう」ではないことを。

 ……ところで部屋の中から返事はない。物音すら聞こえない。

 少年は小さく息を吐いた。

 まあ、今さら反応があるとは思っていない。

 ――コンコン。

 ゆるく拳を握って、先程よりも強めに扉を叩く。

 「……スッラ? 入るぞ?」

 少年は扉越しに声をかける。遠慮がちな声は、中に届いているか疑わしいものだったけれど、少年からその心配は見られない。

 部屋の中にいる人物は、自分に危害を加えない。けれど、別の不安というか緊張はある、と言った風だ。

 少年はズボンのポケットから鍵を取り出す。この部屋の利用者――スッラから、半ば押し付けられるかたちで手に入れたスペアキーだった。

 鍵穴に鍵を入れて回せば、カチャン、と鍵の開く音と感触がする。扉を押せば、キィ、と蝶番の軋む、やはりアナクロな音がした。

 少年は細い廊下を進む。奥の方から、白い光が射している。

 廊下の突き当たり。これもまた薄っぺらな扉に、磨りガラスが嵌め込まれている。廊下を照らす光は、このガラスから射していた。

 少年はもう一度、念のため、扉をノックする。

 そうすれば、今度こそ部屋の中から反応――獣の唸り声のような声が、微かに聞こえた。

 「スッラ、入るぞ」

 少年はやはり静かに扉を開き、なるべく物音を立てないように部屋へ入った。

 部屋の中は、やはり物が無い。

 チラリと通り過ぎるキッチンも使われているのか分からない。しかし小さな冷蔵庫がその役目を果たしていることは知っている。飲料水のペットボトルが詰め込まれているのだ。空になったペットボトルは、施設内の回収箱に放り込まれている。

 頼りないテーブルとイスの置かれたダイニングを通り、リビング兼寝室へ。

 窓を覆うカーテンは開けっ放しだった。硝子の向こうには高層ビルの立ち並ぶ都市が見える。

 街を照らす光が何なのか、実のところ少年は知らない。昼夜と呼べる時間の経過はあるけれど、それだって本当に星が回って起きていることなのか定かでない。

 「朝日」によく似た光が窓から差し込んでいる。

 部屋の奥にベッドは置かれていた。仮眠室だと言うのに、部屋の片隅に追いやられるように。

 壁につけられたベッドの上には山ができている。ゆっくり上下する稜線に少年は小さく息を吐く。

 ベッドに腰を下ろすと、マットレスが沈んだ。

 「スッラ、朝だぞ」

 肩に手を置きながら、少年は三度その名前を呼ぶ。小さく揺らせば、扉の前で聞いたあの唸り声が、目の前から微かに聞こえた。

 ごそりとシーツが擦れて、ベッドに横たわる稜線が、丸まろうとする。

 「スッラ……」

 少年が呆れたように言った。

 スッラとはルビコン星系やその周辺の星系で活動している独立傭兵だ。まだ若いが、その活動圏では名が知られている。

 けれど戦場に咲き乱れる名前も栄誉も、ある時期にはその火勢を弱める。

 それが今の、冷え込んでくる時期だった。

 スッラと言う傭兵は、寒さを苦手としているらしい。少年がそれに気付いたのは、少し前のことだ。

 環境調整機器と、温湿度耐性テストのために「季節」が設けられている街は、ちょうど「秋」から「冬」へ「季節」を移していた。昼夜が冷え込んでくると、件の傭兵は――半ば強引に――借りているこの部屋からあまり出てこなくなった。

 大人たちはそれぞれの仕事もあり、構わなかった。傭兵の変化に気付いてすらいなかったかもしれない。

 けれどささやかながら交流のあった少年は心配した。だから訊いてみたのだった。

 そして、詰まるところ傭兵のそれは冬眠だった。

 恒温動物である人間が冬眠とはおかしな話だけれど、行動としてそう言い表すのが適切だろう。スッラは、寒くなるとよく寝る生態を持っていた。

 放っておいたところで問題は無いのだ。最低限の生命維持はちゃんとしている。

 だがそれでも傭兵の部屋を少年が訪ねるのは訳があった。

 他でもない、傭兵からの依頼だからだ。

 朝食が食べたいと。少年の作った朝食が食べたいから、作った日は起こしてくれ、と。

 だと言うのに。

 やはり寒い日の傭兵の反応は芳しくなかった。

 「起きないのか? 後で……昼にでも食べるか? 量の保証はできないが」

 くぐもった唸り声が返ってくる。と同時に、腰の辺りに巻きついてくる布の感触。

 傭兵が、少年を抱き込もうとしていた。

 「こら。朝ごはん食べるんだろう? お前が言ったんじゃないか……」

 「……たべる……もうすこし……」

 「もう少しじゃない。前、そう言って結局起きなかったのは誰だ?」

 少年の言葉に「ゔー」と、不満とも悔恨ともつかない声が上がる。

 シーツから覗く傭兵の頭を少年が撫でる。もっと撫でろと言わんばかりに大きな身体が更に縮こまる。

 ぽすぽすと傭兵の頭を軽く叩きながら少年はその名前を呼ぶ。けれど悲しいかな、やはり傭兵が起き出す気配は無い。

 それどころか、ごそごそと長い腕や脚が動いて少年をベッドの上、ひいてはシーツの中へ引き摺り込もうとしている。

 「……スッラ? スッラ!」

 少年が気付いたときには手遅れだった。

 成人男性の体躯と現役傭兵の手腕で、少年がシーツの中へ引きずり込まれていく。傭兵には容易いことだ。

 少年の声がシーツの下、部屋の奥底に消えていく。

 後に残ったのは、白い光に照らされる、寒々とした部屋だけ。



 コールドコールは目の前の光景に驚きの表情を浮かべていた。――否、これは呆れていると言うべきか。

 「……現段階での情報は以上だ。当日までにはもう少し詰めておこう」

 「ああ……」

 背後に大きなくっつき虫を引っ付けながら、何事もないように振る舞う男に気の抜けた声が出る。

 「どうかしたか?」

 まるで背後のことなど気にしていない表情と声だ。

 コールドコールは「それ」と男――ハンドラー・ウォルターの背後を指差す。ウォルターはちらりと視線を横へ遣りながら、やっぱり何でもない風に「ああ」と言った。

 「気にするな」

 そうは言われても、それはどう見ても人間で、ここにいてこんなことをしている以上一般人ではなくて、何なら見覚えがあるような気がしてしまって。

 「ほらスッラ、眠いなら部屋に居ればいいだろう。戻っていろ」

 ハンドラー・ウォルターが呼んだその名前は、案の定、コールドコールがこんな惑星に来ることになった理由を持ってきた独立傭兵のものだった。

 現実なのか……。

 コールドコールは遠い目をする。

 「部屋に帰れ」という言葉に対して、くぐもった唸り声が否を返す。不自然に張っていた上着の裾が緩んだと思えば、長い腕が薄い腹を抱えた。仕草ばかり幼くて、それをする図体の大きさが口端を引きつらせる。

 まさに大蛇よろしくスッラに巻き付かれたウォルターが溜め息を吐く。隠すこともなく、眉間に皺が寄っていた。

 今は立ち止まっているから良いものの、このまま移動するとなると杖を使うウォルターは動きにくいことこの上ないだろう。

 「良ければ荷運びくらいはするが」

 提案してしまったのは、こんな状況になる引き金を引いた自覚があるからかそれともウォルターを少なからず好ましく――もちろん同業者とか雇い主としてだ――思うようになっていたからか。

 自分にも、良心とか親切心とかそんなものがあったとは。

 少々の自嘲を胸の中で浮かべながらコールドコールはウォルターの返事を待った。

 ウォルターは、少し困ったような顔をした。

 「気遣いはありがたいが……ああ。こら、やめろスッラ」

 言いながら、ウォルターの腕が動く。

 動きを追えば、その腰元から銃口が向けられていた。ウォルターはそれに手のひらを被せて下げさせようとする。

 その銃口は、間違いなくスッラが向けているものだ。

 「悪いな。ちゃんと言っておく」

 「……」

 そんな気楽な雰囲気、状況じゃあないだろう。と言おうとして、コールドコールはその場に一切の殺気が無いことに気が付いた。

 背筋を冷たい汗が滑り落ちていく。

 一切の殺気無く他者に銃口を向ける男と、それを気にした風もなく宥めようとする男。

 ああやはり、こんな惑星、来るものではなかった。

 殺気の一欠片もないということは、相手に気取られないということだし、相手を殺すに何の感慨も無いと言うことだ。それができる人間は、多くない。

 ひく、とコールドコールの口許が引きつったのを見たのだろうか、ウォルターが、とうとう申し訳なさそうな顔をした。

 「反射のようなものだ。判断が鈍る分、短絡的になるらしい」

 「理性ではなく反射や本能で動くようになると」

 「そうらしい」

 なんてやり取りをしている間にも、スッラはウォルターをぎゅうぎゅう抱え込んでいる。

 よくもまあ部屋から出てきたものだ。思うに、ここまでの状態になるなら、部屋はおろかベッドからすら出ない生態でもおかしくないだろうに。

 「……俺も、別に寝ていればいいと言ったんだがな?」

 出てきたところで何もないし、と常の男が聞けばこめかみに青筋を浮かべそうなことを言う。

 そしてそれに対して、やはり抗議の声――不明瞭な唸り声が上がる。

 ウォルターがまた溜め息を吐く。

 「半世紀ほど前は部屋で大人しくしていたんだ。だが先日様子を見に行ったら起き出してきて……もちろんいつの間にか潜り込んでいたんだ。それで……こうなっている」

 くっつき虫がずっと離れないから、仕方なく仮眠室をそのまま貸しているのだとウォルターは言った。

 コールドコールはもう、何と言ったら良いのか、何とも言えない顔をする。

 だってこんな、傭兵にあるまじき言動は何だ。

 半世紀前から? 独立傭兵スッラとハンドラー・ウォルターの因縁は、特にこのルビコン星系周辺では有名だし、どちらかを調べれば必ず出てくる情報だ。それが、こんな。

 たしかに、ふたりがただならぬ仲だと言うのは、見ていて分かる。嫌でも分からざるを得なかった。それすら信じがたいことだったが。

 だがここまでとは――否むしろ逆にここまでだからこそのあのじゃれ方だったのか。

 「……これから他にどこか行くのか?」

 コールドコールは訊く。自分ならごめんだなと双方の姿について思いながら。

 「仕事に行くが」

 「……機密とか、良いのか」

 「書類は支障の無いものを片付ける。交渉や会議の類いは無いし、オペレートする分には問題ない」

 「そうか……」

 どうやら第一世代強化人間の醜態は容赦なく晒されるらしい。悪名高いハンドラーの珍妙な姿は――当人は気にしていないらしいから、ノーダメージか。

 呻くように声を漏らしたコールドコールに小首を傾げつつ、ウォルターは話は終わりだと言わんばかりに続ける。

 「では、何かあったら連絡してくれ」

 コールドコールはひとつ頷いて答えた。ウォルターもそれ以上何も言わなかった。

 のそのそと通り過ぎていく背中を、何となく振り返ると、少し草臥れたように見えるスウェットの後ろ姿があった。

 「……スッラ、ちくちくする。やめろ。……なに? 剃れ? お前な……ああもう分かった分かった。時間ができたら剃ってやるからやめてくれ。……おい! 噛むな!」

 おまけにこんな声まで聞こえてきてげんなりしてしまう。

 歩きにくいと言う類いの文句が聞こえて来ないことに気付いて、更にげんなりしてしまう。

 あの格好でいながら、あの男は杖を用いているハンドラー・ウォルターの歩行を邪魔していないと言うことだ。

 それ以外にも、外出する気ゼロの格好だ、とか、意思疎通できるのか、とか、色々思うところはある。けれど何より、あれが今現在この惑星で主力の一角を成しているとは思いたくな……思いにくかった。

 どこかの企業戦士が「この惑星(ルビコンⅢ)にはうんざりすることが多すぎる」と言っていた。コールドコールもそうだと思った。

 猟犬たちがあれを見て荒れることは想像に容易い。だがこれ以上関わる気力は持てなかった。どうにでもなればいい。

 半世紀前からの付き合いで、最近ようやく落ち着いて話せるようになったらしい。ならば精々末長く爆発すればいいのだ。

 コールドコールは苦笑しながら大きく息を吐く。

 これから何度あんな姿を見ることになるのだろう。まさか慣れてしまうだろうか。まったくこちらは独り身だと言うのに。

 冷え込んできたばかりだが――雪解けがもう待ち遠しかった。

 

bottom of page