top of page

【ACⅥ】微笑むアリア

アリア(Alya):へび座Θ星。アラビア語で「羊の太った尻尾」の意味を持つ。
アリア(Aria):叙情的、旋律的な特徴の強い独唱曲。オペラ、オラトリオ、カンタータなどの中に含まれるものを指す。広義に、そのような独唱曲を想起させる曲を指す。
Wikipediaより
日スラウォルのとこに英ニキがログインしたり英スラウォルのとこに日ニキがログインしたりする話。CPはスラウォル(日/英)のみ。生存if。

「誰が居ようと居まいと私が私であることに変わりはないが、お前(ウォルター)が居なければ他人を愛することは無かっただろうな」

みたいなイメージは持ってます_(:3」∠)_


日スラウォルのとこに英ニキがログインしたり英スラウォルのとこに日ニキがログインしたりする話


CPはスラウォル(日/英)のみ。スッラはスッラを威嚇する。ガルガルバチバチ


軸は生存if。

容姿について少し触れてる。

生存ifスッラ(共通)→ウォチポ戦での傷痕有り。髪短くなってる(画稿(5)手前の長髪をデフォとして)

英ウォルター→スカーフェイス(個人的イメージのため)

みたいな。コーラルとか旧世代型についても捏造色々。


気を付けてね。


---


 するすると脱がされたバスローブと下着は「とさり」と軽い音を立てて床へずり落ちた。

 ウォルターの眼がそれを追おうとして、歯列を割って入ってきた舌にまぶたを閉じる。ちゅくちゅく、くちゅり、と絡まる舌に「ん、ん、」と吐息が鼻にかかる。

 その間にスッラの手はウォルターの身体を辿っていた。

 指先が、腰から這い上がり背を辿り脇腹から腹へ回り胸に触れる。その度にウォルターは吐息とまぶたをふるわせる。

 にんまり目を細めるスッラは、そうしてゆっくりとウォルターをベッドに横たえる。スッラの口づけに、必死に応えようとしてかなわず翻弄されている赤い顔が可愛らしい。

 はふ、はふ、と小さく喘ぎながらスッラを見上げる瞳はゆらゆら沈んできらきら光る。

 薄く開けた水底から眩しそうに自分を見上げる瞳を、スッラはきれいだなあかわいいなあと見下ろす。額に触れるだけの口づけをしてもウォルターは身体をふるわせてまぶたを閉じた。

 愛らしいなあ。

 スッラはくちびるでウォルターをたどる。額、まぶた、目元、頬、鼻先。小さな海の滲む肌はしっとりとしていた。

 ゆるやかに弧を描くくちびるが、部屋の灯りを照り返すくちびるを、もう何度目か、食む。

 「は、は――、ぁ、ぅう……す、すっら、」

 そんな風にじゃれながら、ゆっくり夜を進めていた。

 薄らしっとり汗ばんだ肌を辿り、上擦った呼吸を数え、数日まとめてもぎ取った休みに深く深く潜って耽ようとする。

 ウォルターはもう「溶けた」としか言いようのない声で目の前の男の名前を呼ぶ。縋る指先は、まだ着たままの服に引っ掛かっているだけだ。

 スッラはおのれの舌で唇を湿らせる。まるで捕食者の舌舐りだった。

 そしてそれは何ら間違いではない。

 今一度くちびるをくちびるに押し付けて、擦り合わせて、食んで、噛みついて、舌を差し入れる。

 ちゅるちゅると音を十分響かせた後、離れれば「はう」と熱く湿った吐息が天井へ昇る。そしてそれは首筋へ鎖骨へと下っていくくちびるに「はあぁ、」と続けてふるえた。

 何度繰り返しても、何度辿っても、それはスッラを焼いて焦がした。

 ぶすぶすと焦げ付いた黒はそう易々と剥がれるものではない。と言うのに、ウォルターの指先は、ふるえ、湿った指先は、ぽろぽろと容易く焦げ臭い塊を拾い上げるのだからおそろしい。

 さも大切なもののように、拾い上げたそれを胸に抱く。受け入れる。スッラの、人間の、醜悪とも表せる執着を、感情を、ウォルターは丁寧に抱き締めるのだ。妬けるほどに。

 くく、と喉から漏れたわらいは、何に対してだっただろうか。

 熱を、塗り広げるように、スッラの指がようやくウォルターの下肢に触れる。するり、と撫でた肌の上に、熱と、汗が広げられる。

 ひくん、と跳ねる脚は、ふるふると瞬く瞳は、その先を期待していた。

 スッラが、ウォルターの表情を読み間違うわけがない。

 今まさに喰われていると言うのに、こちらを許し、委ねる無防備な愛し子を見下ろして、まだ着たままでいたバスローブに手を掛ける。

 肩が、温んだ空気に触れた。

 ところで――カタン、と部屋の隅で物音がした。

 物音だけではない。第三者の気配が現れた。

 だが、スッラが眉をひそめたのは、その気配に奇妙なものを感じたからでもあった。

 「……? スッラ……?」

 ウォルターが、どこか不安そうに声を上げる。その目には、剣呑さを纏う傭兵の顔が写っている。

 「離れるな」

 上体を起こしたスッラを追って起き上がろうとしていたウォルターの背を支える。

 そうしてスッラは身体を起こしたウォルターに、脱いだばかりの自身のバスローブを羽織らせる。ウォルターは「気配」に気付いていないようだった。

 それもそうだろう。その「気配」は隠れるのが上手い。最初の「気付き」以降、スッラだって薄煙を辿るように追っている。

 何より、おそらく、その「気配」はウォルターだからこそ気付きにくい。

 スッラは鼻筋に皺を寄せた。

 ああくそ。動くな。私には分かるぞ。

 視線を巡らせる。

 異常は無い――否。

 通り過ぎた一点に戻る。

 と、そこには。

 「ああ。構うな。続けろ。オタノシミだろう?」

 スッラによく似た男が笑っていた。

 グルル、とはさすがに音にしなかったけれど、スッラは微かに牙を剥いた。まったく、獣の威嚇だ。

 「っ!?」

 スッラの視線を追って、スッラが警戒を向けた理由を目にしたウォルターは息を呑む。

 きゅうとバスローブが握り締められる。肩が小さく揺れた。瞳も、大きく丸くなっていることだろう。無理もない。

 対する闖入者の方も、人を喰ったような振る舞いを見せつつ、動揺はしているらしかった。

 上げられた片眉と口角。それらはスッラが状況に対して思うところがある際によく見せる機微だ。

 なんだこれは。

 なんだこの状況は。

 その場にいる誰もが同じことを考えた。

 よく似た別人なんてものではないことは、スッラが一番分かっていた。

 そも、声が違う。

 スッラとは違い、その声は、ともすれば青年程のものにも聞こえる。気だるげな、斜に構えたローティーンのような。

 その声もあってかコーラルの影響もあり老化が顕れにくい旧世代型とは言え、その外見もスッラより若く見える。見えてしまう。

 だが言ってしまえば「その程度」なのだ。

 その他は、まったくスッラそのものだ。

 焼けたのを整えた頭髪も、コーラル色の双眸も、呼吸のタイミング、笑い方、重心の動かし方、手指の動かし方、気配、雰囲気、そして何より、ウォルターを見る眼。

 きっと、この「二人の」スッラが入れ替わったとて、気付く者は多くないだろう。

 スッラは珍しく――こう言う状況だからこそだろう――苦虫を噛み潰したような顔をする。多少の差はあれど、相手も、同じような顔をしていた。

 ウォルターはと言えば、警戒はしつつ、好奇心を覗かせ始めていた。

 「す……スッラが増えた……!」

 傭兵の張り詰めた糸をたわませるのは、いつも少年だ。

 スッラの後ろから顔を覗かせて、決して間違ってはいないけれど、表すには随分気の抜けた言い方をしたウォルターに、その場の空気が生ぬるくなる。

 チラ、と向けられた視線に「な、なんだ」と怯む様もまた幼い。

 どちらからともなく、溜め息がこぼれた。

 「何なんだふたりして」

 緊張が霧散した場でウォルターが頬をふくらませ――てはいないが、そう見える声を上げる。

 スッラはウォルターに「あのな、」と子供に言い聞かせるような傭兵らしからぬ声を――かけるのは間々あることだった。今回も、と言うだけだ。

 「あのな、ウォルター。こいつが何なのか理解しているのか? 理解できていたとして、こいつに気を許す理由にはならないぞ?」

 「わ、わかっている! 子供扱いするな! 俺だってスッラに増えられたら困るんだ。……そこのスッラも、俺の猟犬たちには近付くな。手出しは一切許さん」

 「それは犬共次第だろう」

 「ならば犬共をしつけろ、ウォルター。犬共がこちらに寄ってこなければ私もわざわざ相手はしない」

 どちらの味方なのか分からないことを言うスッラにウォルターは頭突きをする。頭をぐりぐり肩に押し付けるも、少しもぶれない体幹が憎らしい。

 すっかり緩んでしまった場に、ふたり目のスッラは「はは」と小さく笑いながらベッドに歩み寄る。

 相手の動きに、スッラとて警戒はする。けれど、そのウォルターを写す目が、どうしたって「無害」に見えてしまって、背後の押さえきれない好奇心の気配もあって、最初ほどの剣呑さは持てなかった。

 「可愛らしいな。やはり――ウォルターは可愛らしい」

 ふたり目は容易くベッドに乗り上げてきた。

 スッラを挟んで、もうひとりのスッラとウォルターは見つめ合う。

 そっと伸ばされ、触れた指先に、ウォルターは反射的に首をすくめた。けれど、拒否はしなかった。

 傭兵に似つかわしくない、慎重な指先がウォルターの頬に触れ、ゆっくりと頬を包む。それを成した時のスッラの顔は、安堵に似たものだった。……成り行きを見守っている方のスッラは、面白くなさそうだったけれど。

 くふ、とさも愛おしそうな笑みがこぼれる。

 「随分「私」に慣れているな」

 「まるで「慣れていない」ウォルターを知っているような口振りだ」

 とうとうペシリとスッラの手を叩き落としてスッラが言う。

 「そうだな。私のウォルターは、少しシャイだ」

 やはりこのスッラにも「ウォルター」がいるらしい。

 これ見よがしに叩き落とされた手を擦りながら、どこかのスッラは目を細める。ウォルターのことを考えているのだと、手に取るように分かった。

 「私とて不本意だ。逢瀬の日だと言うのに……まったくこの状況が夢でも幻でもないとはな」

 スッラの言葉に、ウォルターは己を隠そうとする肩からひょこりと顔を覗かせる。

 このスッラも、そしてウォルターも、きっと自分たちと「同じ」だと思ったからだ。

 九死に一生を得て、なおも「ウォルター」を諦めなかった姿。

 未だ信じられない執着の果て。

 ウォルターがそうしたと言っても過言ではないのに、ウォルターを責めるどころか抱き締める傷だらけの身体。

 愛と呼ぶにはあまりに重い感情。

 それでもなお、我が身すべてを許してしまった自分。

 「スッラ」から「ウォルター」はきっと逃れられないのだ。あるいは、心のどこかで逃げるのを諦めているのだ。

 そしてそれは、おそらく悪いことではない。

 「スッラ」

 スッラの肩越しに顔を出しながら、ウォルターは落胆を滲ませる男を呼んだ。

 「ん?」

 男は微笑を浮かべながら小首を傾げる。大人が幼い子供に言葉を促す仕草だ。

 男の戯れを流して、ウォルターは腕を伸ばして自分の側へ呼ぶ。スッラが露骨に顔をしかめたけれど、ウォルターの考えを、否定しようとはしなかった。

 スッラに睨まれながら、スッラはウォルターへ再度近付く。

 手の届く場所まで来たら、今度は、スッラの頬にウォルターの手が触れた。

 先ほど自分がされたように、手のひらで相手の頬を撫でる。

 スッラの目が、一瞬、丸くなった。

 そしてフッと閉じられた。

 くふくふ笑っているのはこそばゆさからか面映ゆさからか、それともウォルターへの想いからか。

 「お前は……お前も、「ウォルター」を諦めなかったんだな」

 「あいつを叱ってやれるのは私くらいだからな」

 「叱る? スッラが俺を叱ったことがあったか?」

 「犬を殺したり仕事の邪魔をしてやっただろう」

 「それは叱るとは言わない」

 「そうか?」

 「……大体、お前に叱られる道理など無いと思うが?」

 「子供が危ないことをしたら叱るのは大人の務めだろう? それなのにお前の友人たちとやらときたら」

 「……つまりお前は子供に手を出しているわけだ」

 「フフ。その「子供」がお前だからだ、ウォルター」

 ウォルターだから構うのだ。

 それは以前スッラも同じようなことを言っていた。

 ウォルターだから。ウォルターのため。

 どうしてスッラがそこまで自分を気にかけるのか、ウォルターは未だに分からない。納得ができない。だってスッラにウォルターは何もしていないのだから。

 在りし日の技研都市で出会って、交流して、それだけだ。友人と言える間柄にはなっていただろうが、別に特別なことではないだろう。実際、スッラだって当時そこまでウォルターを気に入っているようには見えなかった。

 「……」

 納得できない、と分かりやすい顔にスッラは笑う。穏やかな笑みだった。

 「いい。お前はただ、私がお前を愛していると言うことを知っていれば、それでいい」

 「……俺のために無茶や無理はしなくていい」

 「していない。私は私のしたいことをしているだけだ」

 もう何度目とも分からないやり取りだ。

 そして今回も同じ帰結。

 けれど、まったく同じ――とはならないようだった。

 ク、クク、とスッラが肩を揺らす。好きにさせていたウォルターの手を取って、指先、甲に口付ける。

 スッラとて、そのやり取りには覚えがある。

 だが「いつも」と少し違って、今日はいつもより少し穏やかだ。それはきっと――。

 「調子に乗るな」

 しびれを切らしたらしいスッラが唸り声をあげる。

 スッラだって、自分が相手の立場なら同じことをしただろう。

 しかし今はその立場ではないから。

 「だがな、ウォルター。私に「お前」は、少し穏やかすぎる」

 スッラの言葉に、スッラもウォルターも小首を傾げる。

 ふたりの様子に、そうさせた張本人は悪戯な笑みを浮かべる。邪気の無い、見てくれ相応の表情だった。

 「私のウォルターは、もっと刺激的で、その分、より可愛らしい」

 握った手を離さないままそんなことを宣う相手に、スッラが「は?」と片眉を跳ね上げたことは言うまでもない。


 ――なんてこともあった気がするなァ。

 スッラは未だに夢だったのか幻だったのか判断しかねている記憶を振り返りながら、そんなことを思った。有り体に言えば現実逃避だ。ついでにやはりアレはあの記憶は現実だったらしい。そんな馬鹿な。

 「うーん」と警戒とも困惑ともつかない声を出すスッラ――とその背後にしまわれたウォルター――の前には、スッラによく似た男がいる。

 「……スッラが増えた……」

 聞き覚えのあるセリフだ、とふたりのスッラは思った。思ってしまった。

 「増えるのか貴様」

 「増えるわけないだろう」

 「増えて欲しかったのか?」

 スッラに対してウォルターが時々――まあまあの頻度で浮かべる「嫌そうな顔」を5倍ほど濃縮した表情は、しかし確かに「ウォルター」のそれだ。

 それが果たしてどちらのスッラのどのセリフに対してのものなのかは両者共に判りかねた。あるいは全てに対してだろう。

 険しい表情、険しい声。しかしながら幼さを感じるのはきっとそれらが「ウォルター」のものだからだ。威嚇する子犬や、警戒する子供のように思えてしまう。

 そう。ウォルターだ。目の前に居るのはあの少年だ。声や容姿が多少違うと言えど、ウォルターに違いない。

 それは分かる。スッラには本能とかそう言う部分で理解できるのだ。

 が、目の前に居るウォルターは、今ここにはいないウォルターよりもやんちゃであるらしい。

 スッラが一歩を踏み出す。

 と、ウォルターは一歩どころか出来得る限り距離を取った。スッラと自分の間に入っていたスッラの背中すら置き去りにして。

 いつも使っているロフストランドクラッチではない、シンプルな一本杖を手に、背を壁に預けている。

 小さく口笛を吹いたのは、部屋に元から居た方のスッラだ。

 「随分――自衛の意識が強いな。良いことだ」

 「ウォルタァ。何故私からも距離を取る? むしろ傍に居た方が良いだろう?」

 「何を白々しい。どうせ貴様の仕込みだろう。騙されんぞ」

 「こんなもの何をどう仕込むと言うんだ」

 こんなもの、と言われたスッラは鼻を鳴らした。

 こちらだって、誰に頼まれたとしてもこんなことはしない。スッラはウォルターを守ったり可愛がったりはしてもいじめはしない――当のウォルターが聞けば鬼の形相になりそうだが実際そう思っているのだから仕方ない――のだ。

 ましてや逢瀬の日、瞬間に、同じ顔と言えど「3人目」を招くなんて、するはずがない。それもウォルターの了承を得ず!

 少しだけ機嫌を傾けて、スッラは杖の石突きをこちらへ向けて威嚇しているウォルターへ身体を向ける。

 結局ふたりのスッラにじりじり迫られるかたちとなったウォルターは「寄るな!」と唸った。ぷるぷる震える子犬の耳と尾が見えるようだった。

 「やめろ! 触るな! ゃっ……、す、スッラ!」

 「暴れるな。ほら上を羽織れ、風邪を引く。大丈夫、大丈夫だ。私がいる」

 「おま、貴様がいるから身の危険を……っ!」

 「そんなにいじめられているのか? こんなに怯えて……「私の」ウォルターではないといえ、腹立たしいな。こちらへこい」

 「触れるな」

 「く、くるなっ……!」

 決して向けていた「だけ」ではない杖の石突きを、いとも簡単に逸らされて接近を許してしまう。

 剥かれ、放られたバスローブを肩にかけられる時に肩が揺れたのは不可抗力だろう。頬へ伸ばされたスッラの手がスッラに叩き落とされた時に目蓋が閉じたのも、反射的なものだ。

 しかしスッラにそれは怯えとか震えに見えた。スッラへの、ウォルターの反応と相まってのことだ。

 「「私の」ウォルターはシャイなだけだ。構わないでもらおう」

 威嚇の表情を浮かべたスッラが、バスローブに隠されたウォルターの肩を抱いてわらう。「ゔー」と唸られつつも、噛まれたり引っ掻かれたりしていないのは、やはりスッラの言う通りだからなのか、あるいは。

 睨み合いにスッラは「ふん」と鼻を鳴らす。

 何にせよ、ウォルターを傷付けることは本意ではない。

 「退き」を見せたスッラに、ウォルターは微かに反応した。のにスッラが気付けたのは、正面からウォルターを見ていたからだ。

 「実力行使……しないのか」

 「ウォルター?」

 刹那目を丸くしたウォルターはそう訊いた。何を言い出すのかと、その肩を抱いているスッラが首を傾げて顔を見る。ウォルターの視線は、正面に向いたままだった。

 「してもいいが、無事では済まんだろうよ。それでも良ければ――私はお前を奪ってやるが」

 「っ、そ、れは……、」

 スッラが傷付けばウォルターは「自分のせいで」と傷付く。つまりスッラはウォルターのためにこの場での荒事を回避したのだ。

 それを咀嚼したウォルターは、ぱちりとひとつ瞬きした。

 よく知るスッラならば、きっと強硬手段に出ていた――と思う。

 「ウォルター? 私を何だと思っているんだお前は」

 心なしか口元を引きつらせたスッラが言う。ウォルターの考えそうなことくらい、手に取るように分かる。

 だからウォルターも深くは言及しない。スッラはこう言う生きものなのだ、と認識、もとい諦めの境地に達している。それが。

 「……優しいんだな」

 「ウォルタァ」

 少年のような声がぽつりと落ちる。追い縋るように被さるのは、呆れのような、焦ったような声だ。

 クツクツとスッラの喉が鳴る。

 「私はいつでも優しいじゃあないか。そこの私は違うのか?」

 「……い、意地が悪い」

 「だが好きだろう? その後に甘やかされるのも含めて」

 「なっ……、っ! やめろ!」

 スッラの手が、するりとウォルターの脚を撫で上げたのが、バスローブの影にチラリと見えた。

 そしてスッラの手を払おうとしたウォルターの手は、しっかと掴まれた。

 「元気で何より」

 スッラが嬉しそうに言う。捕まえた手の甲にくちびるを寄せて微笑んでいた。だがその眼には嗜虐的な光が見え隠れしている。

 なるほど需要と供給。

 スッラはそんなことをぼんやりと思った。

 ――まあ、まったく「上手くいっていない」とは端から思っていない。何故なら「スッラとウォルター」だからだ。どんな立場だろうと関係だろうと、「私たち」が上手くいかないわけがない。

 スッラには確信があった。

 だから結局、目の前のスッラが「自分」とは違う程度ながらウォルターを可愛がり、愛していることは解っているのだ。ただその「違い」が、少しばかり気になると言う話で。

 「……お前は、随分無茶をするらしい」

 ふたりがじゃれているのを良いことに、スッラはするりとウォルターへ手を伸ばした。

 先程は叩き落とされた手は、今回は目的の場所へ辿り着く。ウォルターの肌に残る痕の由縁を、スッラは知らない。

 「……誰のせいでもない。後悔は無い。これは俺のものだ」

 ウォルターらしい答えだった。真っ直ぐに見つめてくる眼はよく知るものだ。

 「お前だって、……お前も、」

 そして伏せられる眼も、スッラのよく見知ったものだ。

 「お前も、「俺」のために……ウォッチポイントで、」

 スッラの手に、微かに擦り寄る頬が確かにあった。

 「私がしたいからした。それだけだ」

 「……やはり同じことを言うんだな」

 「呆れたか?」

 「少し。……「スッラ」は変わらないのだな、と。物好きだ」

 その物言いに、思わず「ふは、」とスッラは噴き出した。いつものウォルターよりも生意気な言葉選びは、しかし「少年」らしくて可愛らしい。拗ねたような表情も相俟って、なるほどこれはいじめたくもなろう。

 なんてことを考えていると――。

 「随分素直じゃないか、ウォルター。そんなに「そのスッラ」は好みか?」

 ウォルターにとっては後が恐ろしい気配がしているが、こちらには関係の無いことだ。

 スッラは自分と同じ顔――分かりやすく不機嫌な表情をしている――を鼻で笑う。

 「両手に花か。悪くない」

 「私からウォルターを拐う気か? 許すとでも?」

 「ウォルター次第だ」

 「そもそもお前にも「ウォルター」がいるのだろう。ウォルターを弄ぶのはやめてもらおう」

 「何を言っているんだふたりして」

 スッラが本格的に牙を剥こうとする直前、困惑をありありと乗せた声が割って入った。

 先程までのおさなさはどこへやら、ウォルターが不思議な生き物を見る眼でふたりを見ている。

 「俺はここで果たすべき仕事がある。どこに行くつもりもない」

 はっきりと言い切るのは流石だ。

 そして「どこに行くつもりもない」と言うことは「このままスッラの眼の届く範囲にいる」と言うことである。しかし、それは「スッラの側に居続ける」と言うことではなかった。ウォルターはウォルター自身――と言うより償いのために「ここ」に留まるのだ。

 相も変わらず頑固な献身である。

 スッラは苦笑して、今度はわしゃわしゃとウォルターの頭を撫でた。

 「何をする!」

 わ、とウォルターは首をすくめて、むくれた。

 「やはり「ウォルター」だな、と思っただけだ。――そうだな、私にお前が会いに来るのではなくて、私がお前に会いに行くのが「私たち」だものな」

 「別に俺に構うことなんてないだろう。構ってくれなくても良いんだぞ、別に」

 「そう言うな。私が会いたいと思うのはお前だけだ。会いたいやつに会いに行って何が悪いんだ?」

 「……奇特なやつめ」

 くつくつ笑うスッラに、ウォルターは「ほんとうに、」と続けた。

 「ほんとうに、奇特なやつ……俺のせいで死にかけて、それなのにこんな、……ばかだ」

 「使命とやらのために人生を擲つ男ほどではないがな」

 そして抱擁を――しようとして、それは「スッラ」に奪われた。

 我慢の限界に来たのか痺れを切らしたのか何なのか、スッラが割って入ったのだ。スッラの手をペイと退けてウォルターをぎゅうぎゅう抱き締める。

 それを見るスッラは、さもありなん、とでも言っているかのような顔だ。息を吐き出すと肩が下がった。

 「ウォルター、私はな、お前を愛している」

 ありふれた感情を吐露する声はくぐもっている。

 「お前を愛しているのは私だ。私がお前の「スッラ」だ。他の誰でもない」

 分かりやすい独占欲、嫉妬だ。相手が「スッラ」でなければ、こうはならないだろう。

 気持ちは分かる。杞憂だと解ってはいても、仕方ないのだ。

 「なっ……んだ、いきなり。鬱陶しいぞ」

 しかしスッラの思考を、当のウォルターは理解していない――ここに至るまでの半世紀で諦めた節があるようだ――から、素気無くベリリと引き剥がそうとする。だがほんのりと赤くなった耳や頬に、満更でもないと言うのが見て取れた。

 それに気付かないスッラではない。くふくふ、と笑って触れるだけの口付けをこれ見よがしに数度繰り返す。

 「……おまえも、こちらのスッラのように多少落ち着きを持ってくれたらな」

 そして微かな溜め息と共にこぼされた言葉は、スッラに火を点けるのに十分だった。

 くふふ、とたのしそうにスッラがわらう。

 あーあー、と呆れたように口角を上げて、スッラはウォルターを見つめ返す。疑問符を浮かべた顔が幼い。

 「素直であることは美徳だな?」

 「? なんだいきなり」

 「私は構わないが、続けるのか? 途中だったのだろう?」

 「見る分には構わない。参加しようとは思うなよ」

 「な、何の話をしている」

 スッラの会話にウォルターが狼狽を見せる。雲行きが怪しくなってきたことを察したらしい。

 「まあ、私は「客」であるらしいしな。お前よりも、落ち着いているようであるし」

 「言っていろ」

 だが「雲」を呼んだのは他でもないウォルターだ。

 気付けばこの妙な状況になる前にいた場所へ連れ戻されていた。杖は壁際に取り残されている。届かない。

 ああ。

 バスローブに指がかかる。

 バスローブを羽織らせたものと同じ指だ。

 ウォルターの唇が、はく、とふるえた。待て、まさか、とぽろぽろ落ちていく言葉たちは、降りかかる少し先の未来を知っていた。


 運命は、今日も笑っている。


© Copyright
bottom of page