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【ACⅥ】ビター/スイート/ハニィデュー

芸能パラレルなスラウォル。去年の話(きみに口溶け)と同じ軸。一瞬ドルフレが薄ら。

芸能パラレルなスラウォル。

去年の話(きみに口溶け)と同じ軸。

芸能界わかんね~知らね~_(:3」∠)_

同棲してるしどっちも(割と)普通の人間。


ニキに片想いするモブ♀在住。

ニキ、モテると思ってるけど同時に本命(ウォル)に対するアプローチの仕方が知られたらドン引かれるんだろうなとも思ってる。そして本人は歯牙にもかけない(元から気にしてないし!)。


一瞬ドルフレが薄ら。


気を付けてね。


–-


【スクープ!】人気実力派俳優S氏、若手女優との密会!!

(前略)

 ――ついに我々はS氏の「春」を捉えたのである!

 S氏は前述した通り、伊達男ながら熱愛報道の無いクリーンなイメージの俳優であった。しかし氏も男である。生物的欲求はあるはずで、芸能界と言う煌びやかな世界では相手も様々選べるはずである。浮いた話がまったくないなど信じられるわけがない。表に出ていないだけである。

 そう睨んだ我々は、地道な聞き込みや張り込みといった取材を重ねた。雨の日も雪の日も、日照りの時だって努力を怠らなかった。

 しかし現実は詰まらないものだった。来る日も来る日もS氏は現場と寮、時々仕事仲間と思われる人々と店へ行くくらいで、良く言えばストイックな日々を繰り返すばかりだったのである。

 あるいは寮内で何か……。と我々も考えなかったことはないが、それだって同業者間の飲み会やらに過ぎないと、彼らのSNSが雄弁に語った。潜入捜査を期待した読者には申し訳ないが、かの寮の設備を甘く見ることなかれ。我々とて命は惜しいのである。

 時間にして、少なくとも半年は費やしただろうか。忍耐は美徳、努力は報われるとは正にこのことだ。

 この日、S氏は高級レストランや星付きのホテルが立ち並ぶ区画を訪れ、某レストランへ入店した。芸能人御用達と有名なレストランだ。S氏が入店した後、ちらほらと芸能人たちが入店していくのを我々は確かに見ていた。

 そしてレストランから出てきたS氏は――写真に写る若手女優A氏と連れ立っていたのである!

 ふたりは仲睦まじげに寄り添い、夜の町へ消えていく……のを見送るだけの我々ではない。日々の仕事で鍛えられた尾行能力でもってふたりの後を追わせてもらった。

 果たして行き先はホテルであった。

 我々は確信せざるを得なかった。これはスクープである。我々は過去数十年に渡りスクープと言えるスクープを見せてこなかった――いや、スクープがなかったのだろう。ストイックだと言う話もよく聞くS氏は実際遊んで来なかったのだ。だからこれは初めてのスクープでありS氏の初めての「春」だ。

 しかし相手は若手女優。歳の差はいかほどか。あるいは歳の差など障害ではないと言うだろうか。歳の割に若いとは言え、S氏とA氏は親子ほども年が離れている。特にA氏の両親は思うところもあろう。

 果たしてふたりがふたりだけの愛を掴むのか、それとも外堀を埋めて周囲からの祝福を得るのか、我々はこれからもS氏、そしてA氏の動向を追っていきたい。

 さてS氏と言えば有名なのはW氏との因縁であるが……

(後略)


 「――事実無根!」

 ゴシップ誌を握り潰したのは件のS氏ことスッラだ。ごち、と鳴ったのはテーブルと額がぶつかった音。声をくぐもらせながら「三流誌め」と憤る姿は珍しい。

 「ウォルター、これは真っ赤な嘘だ。虚構だ。一から百まで真実ではない。どの写真も、周りにはスタッフがいる。密会ではない。ホテルだって相手が泊まっているという場所に届けただけだ。断じて関係など持っていない。そもそもロビーまでしか入っていないのだから!」

 「そうか」

 「本当だ! 私はお前がいいんだ。他の誰でもない!」

 「そうか。分かったから、テーブルを拭かせてくれ。サラダはもうできているんだ」

 当時の状況を洗いざらい吐こうとするスッラを制して、ウォルターは夕食の準備を進めようとする。返事が素っ気なく感じるのは、それだけが理由ではないだろうけれど。

 往なされ促され、スッラは不承不承と言った様子で身体を起こして雑誌を持ち上げた。背もたれに肘をつき、膝の上に雑誌を乗せて行儀悪くも捲り始める。雑誌には、スッラの他にも熱愛だの癒着だの、同業者たちのゴシップがぎゅうぎゅう詰め込まれていた。

 「読んでイラつくくらいなら読まなければいいだろう。ちょうど明日古紙回収の日だぞ」

 行を追う度、段落が変わる度、ふんすふんすと鼻息荒く眉間に皺を寄せるスッラに穏やかな声がかけられる。コトン、と静かに置かれた器には瑞々しいサラダが盛り付けられていた。

 「それに、事務所から否定の声明は出すんだろう? 何をそんなに気にしているんだ」

 エプロンの紐を揺らしてキッチンへ戻っていくウォルターの歩みはゆったりとしている。それは不自由な足をかばってのことであるけれど、悠然とした自然な所作に見えるのは努力の賜物だ。料理の手伝いは、もちろん申し出ている。けれどいつものように「大丈夫だ」と一蹴されていた。

 「明日にでも声明は出る予定だ。何なら「今日中」かもしれないしな。だが遅い。と言うか、どうしてこんなに燃えてるんだ。こんな三流ゴシップ誌の記事で!」

 スッラのいかにも「解せない」「ありえない」と言った声と表情に、ウォルターは思わず苦笑してしまった。やはり、相当ご立腹のようだ。

 ウォルターとて、今回の件は知っている。事務所のスタッフが話していたのだ。SNSで話題になっていた。

 伊達男、ついに身を固めるか。とうとう熱愛発覚。驚異の歳の差恋愛。等々。

 振る舞いやイメージに反して、ゴシップどころか浮いた話のひとつも無かったスッラのそれは、世間の良い暇潰しになるようだった。語を変え文句を変え、スッラの「熱愛」は拡散されていった。そして何も知らない人間たちは好き勝手ファンをやめたり擁護したり批判したりした。よくある話だ。

 だから、まあ「その部分」についてはどうでもいい。スッラがここまで不満を募らせているのは他の部分についてであった。

 それは他でもない、スッラとの熱愛を報道された相手側――A氏についてだ。

 あろうことかA氏は報道を否定しなかった。どころか、まだ煙すら立っていない段階でスッラとの関係を「におわせ」るような投稿をしたのだ。何ならそれが、ここまで燃えている原因だと言っても良いだろう。

 新人だか若手だか知らないが、何なんだこいつ。

 スッラが青筋を立てたのは言うまでもない。事務所への報告の際に、いわゆる共演NG対象リストに入れるようにも言った。「におわせ」はおそらく女優の独断だろう。今頃きっとマネージャや事務所からこってり絞られている……と思いたい。

 そして更に間の悪いことがあった。

 スッラはウォルターの着けているエプロンを何とも言えない顔で見る。

 それは某結婚情報誌の付録だった。

 丈夫な素材で作られたシンプルなデザインのそれは、実用的なポケットも付いていて老若男女誰でも使えると巷で評判の品だ。

 それをウォルターが着けている。つまりその結婚情報誌は、ふたりの住み処にもあるということだ。

 そして他でもない、雑誌を買ってきたのはスッラで、その現場を見も知らない通行人Aにネットで「報告」されていた。

 否。正確には「某結婚情報誌らしき分厚い雑誌を購入して書店から出てきたスッラ」の報告だが――実際それを購入した場面であるし、同日に件の雑誌記事が出た。

 案の定ネットは沸いた。

 スッラはただウォルターが新しいエプロンが欲しいと言っていたから! ついでに雑誌の特集も新婚旅行についてだったから! バカンスの参考にしようかと思って!

 テーブルの隅に寄せられた分厚い雑誌に、じとぉ……とした視線を向けてしまう。夕飯作りに取りかかるまでウォルターが読んでいたのだ。薪のひとつであるというのに、何でもない顔をして!

 手元の雑誌はメシャリと皺くちゃになっている。

 どうせテレビに取り上げられるのも時間の問題だろう。こんな祭り、メディアが放っておくはずがない。想像するだけでうんざりして、スッラはテレビのリモコンを取った。中身なんてない、賑やかなだけのワイドショーがドラマの再放送に切り替わる。

 「だが、意外だな。もっと気にしないかと思っていた」

 メインディッシュ――鮭のムニエルをテーブルへ並べてエプロンを解きながらウォルターが言う。椅子の背に、軽くながら綺麗に畳んだエプロンをかけて腰を下ろす。

 「ただ記事が出ただけなら気にする必要もあるまい。だがあの女――」

 「言わせておけば良い、とは言わないのか」

 椅子に座り直したスッラが用意されていたワインのボトルを傾ける。グラスに透き通った白が注がれていく。

 「その雑誌はお前のために買ったものだ。あの女のためではない」

 「そんなにか」

 スッラの入れたグラスを持ったウォルターの顔は、驚きと呆れと、少しの喜色が混じったものだった。

 「当然だ」

 スッラもまたグラスを持つ。不満げな顔の裏では、ウォルターに対する「可愛らしい」「愛しい」が音を立てて弾けていた。

 キン、と高い音がしてグラスのふちがぶつかる。ディナーの時間だ。

 「お前こそ随分冷静だな。やはり信頼か」

 サラダをつつきながらスッラが言う。声に乗せられた期待は本心だろう。

 答えるウォルターは、ムニエルの付け合わせの野菜をつついていた。

 「と言うよりも、さすが伊達男だな、と」

 「はあ?」

 「心配するな。もしもいつかお前が本気になれる相手と出会ったら、俺はちゃんと消えるから」

 「何を言っているんだお前は」

 「お前は良い男だ、と」

 淡々と、穏やかな声で紡がれる言葉はスッラの胸をざっくり引っ掻いた。ありありと不満をかたち作る顔に、ウォルターは困ったように微笑むだけ。

 「――あのな、ウォルター。私はな、今さらお前以外を選ぶつもりなどないんだ。何度も言っているだろう」

 「わかっている。だから、もしもの話だ」

 その「もしも」が「無い話」だと言うのに――話は平行線だ。こんなところで頑固を発揮しなくてもいいだろうに!

 しかしスッラの幸せのためなら身を引こうと言うのは、それだけスッラのことを想っているからだ――少なくともウォルターとはそういう人間なのだ――と思えば、強くは叱れない。ただもどかしさと歯がゆさが募っていく。

 「……美味い」

 だからスッラはその時でき得る限りウォルターを褒める。その献身に報いるために、諦念を一時でも忘れさせるために。

 「そうか? 鮭の産地とバターを奮発した甲斐があったな」

 ふ、と小さく息で微笑うウォルターは相変わらず穏やかだ。だが、今はそれでいい。バゲットをパリパリと割りながらスッラは思う。ふかふかな内側に歯を立てれば、小麦の香りがふわりと舞った。

 片付けはスッラがした。動いていれば多少気が紛れるからとウォルターから仕事を貰い受けたのだ。そして当のウォルターはと言えば、また分厚い雑誌を読んでいる。どこか良い旅行先は載っているだろうか。

 明日も仕事だ。

 スッラは日の昇らぬ時間から家を出た。エントランスを抜ければ、すぐに人の気配がする。道の植え込みの隙間から、鈍く灯りを照り返すレンズがチラリと見えた。

 その全てを無視してスッラは往く。静けさの満ちる街に、規則的な足音が響く。

 声明文は深夜のうちに出ていた。事務所のSNSアカウントとホームページにそれぞれ同じもの。社長が徹夜したのだ。もとい、スッラがどやした成果だ。事務所設立前からの付き合いであるスッラに、「彼女」は強く出られないところがある。……スッラ以外の「社員」に対しても、どことなく手綱を握れていない節があるが。

 件の若手女優の側からは、まだ何の言葉もない。「ただいま事実関係を調査しております」と、それだけだ。

 SNSやネットニュースにざっと目を通してスッラは鼻を鳴らす。近くにいたスタッフの肩が小さく跳ねて、怯えたような眼がチラリと向けられた。

 直後、監督から名前を呼ばれスッラは立ち上がる。不機嫌など微塵も感じさせない、「普通の」声と顔で返事をして煌びやかなライトの中へ向かう。仕事に支障を出すつもりなど、毛頭無い。

 「……」

 が、打てる手はすべて打つのが人と言うものだろう。

 「ウォルター、少しいいか」

 「ああ……少し待ってくれ」

 広告用の撮影を済ませた次の現場はドラマの撮影だ。レギュラーではない。ゲスト出演だ。しかしウォルターが準レギュラーとして出演している。そしてあの若手女優もまた。

 撮影の合間、スッラはウォルターに声をかけた。

 ふたりが同棲していることは公表していないし、何なら一時期不仲説まであった――実際十年単位の「大喧嘩」はしていた――ふたりは、端から見れば単なる同業者だ。

 台本を片手に声をかけてきたスッラに、ウォルターは頷く。誰が見ても「ゲストが準レギュラーに教えを乞うている」風景だろう。

 セットの中では、若手女優や他の共演者たちがシーンを作っている。

 スッラに呼ばれたウォルターはとことことその側に寄る。ロフストランドクラッチもまたドラマのために誂えられた小道具だった。

 「どうした。何かあったか」

 スッラと同じように――あるいは、スッラが持っているからだろう――台本を手に、ウォルターは真面目な顔で訊く。家でのやわらかさなど微塵もない、仕事人の顔だ。

 スッラとて仕事に対する姿勢は真面目なものだ。誠実は美徳であるし、日頃の振る舞いと言うものはいざと言うときの保険になる。

 「ここのシーンなのだが、」

 「……そこか。ああ、そうだな、そこは……」

 スタジオの片隅に、役者がふたり。

 それはまあ、よくある光景だ。だから周りも気に留めていない。数人、若手女優の関係者と思われる人間がチラチラと窺う視線を飛ばしてきたが、律儀に構うスッラではない。

 距離もある。声は聞こえていないだろう。

 「……番宣で、トーク番組に出ると聞いたが」

 いくつか場面ごとのすり合わせをしたスッラは、先程よりも少しだけウォルターに顔を寄せて、少し先のスケジュールのことを聞いた。

 「ああ。レギュラーメンバーは他の仕事があってな……ちょうどスケジュールが空いていた俺が行くことになった」

 声量を落としたスッラにつられて、ウォルターもまた声をひそめて答える。スッラがウォルターのスケジュールを知っていることなど、今さら疑問には思わない。

 「断われ」

 「無茶言うな。いきなりどうした」

 「あの女とお前が並ぶなど看過できん」

 「無茶を言うな」

 「……そうか、あの女を外させて私が行けばいいのか」

 「パワハラでは?」

 スッラの反応は汚いものや危ないものから子供を守る大人にも思われた。あれは危険なものだから近付いたり触れたりしたらダメだ。そんなような。ウォルターは歴とした成人男性だけれども。

 それほどスッラの逆鱗に触れ地雷を踏み抜き神経を逆撫でしたらしい。むしろ芸術的ですらある。

 スッラとて人の好き嫌いが無いわけではないが、ここまで露骨と言うか分かりやすい行動を見せるのは稀だ。やはりウォルターも関わる、プライベートな部分に踏み込まれたからだろう。

 「作為に気付かなければただの「偶然」だ」

 事も無げに言うスッラにウォルターは「うわぁ」と眉をひそめた。

 スッラの「作為」が狡猾で効果的であることはウォルターもよく知っている。件の「大喧嘩」中、何度も仕掛けられたからだ。目的を達するためなら、スッラは当時ウォルターが所属していた事務所を潰しかけたりフリーのカメラマンやスタジオを潰しかけたりした。倒産廃業の危機にはもちろんゾッとしたが、それがスッラの仕業だと知ったときは背筋が凍ったものだ。故にウォルターは当時の事務所や当時共に仕事をしたフリーのカメラマンやスタジオを、今でもささやかながら支援している。

 早速端末を取り出してどこかへ連絡を取り始めるスッラを、ウォルターは止めることができなかった。撮影の番が回ってきたのだ。

 撮影の合間、少し気になって視線を飛ばせば、スッラは面白いくらい分かりやすかった。

 誰に対してもそつなく人当たりよく対応し、特に女性スタッフに対する気遣いはさすがと言えよう。しかしあの若手女優に対しては、冷めていた。

 無視をするとか口調や言葉が変わるとか、露骨なものではない。けれど、分かるのだ。周囲と比べて温度差がある、と。それは会話の優先度が下げられていたり、スキンシップを避けられたり、対応や反応が誰かや何かのついでだったりするところだ。

 それにスタッフたちは気付いていただろう。しかし彼らもまたSNSでのことを知っていたから――何をか言うことは無かった。誰だって、蛇が出るとわかっている藪をつつきたくはない。

 果たして「番宣」はスッラとウォルターのふたりで赴くこととなった。元々出演する予定だった若手女優は今頃ランウェイの上だろう。与えられた舞台をそうと気付かず歩く姿はどんなものだろうか。

 「……と言うことは、共演は久しぶりになるんですかね? どうでした、相手の印象は。どこか変わってるなーとか、ありましたか?」

 「そうですね……ウォルターさんは良い意味で変わりありませんでしたね。仕事に対する熱意とか姿勢とか。役や演技についての質問や疑問にも丁寧なアドバイスをくれましたし」

 「アドバイス! ……お二人と言えば一時期不仲説がありましたよね? 今こうして共演されているのと、アドバイスまでやり取りされているってことは、もしかしてあの不仲説ってデマだったりしますか!?」

 「はは。ああ、ありましたね、そんな説も。ふふ、どうしますかウォルターさん。言っちゃいますか」

 「ぜひぜひ! 言っちゃってください、お二人とも!」

 「ええ……」

 ふたりが番宣として出演したトーク番組は無事収録を終えた。内容、出演者共に関係者からの感触も良い。

 放映後の反響も上々だ。ゲストと司会のやり取りはもちろん、ゲスト同士のやり取りも終始和気藹々としていた。当初のゲストから変更があったことを、当の代打ゲストが改めて詫びたことも良かっただろう。

 熱愛報道をキッパリ否定してから、SNS上で沈黙――熱愛の相手とされているアカウントやその周囲に対してもだ!――している俳優が、地上波でまるで何事も無かったかのように振る舞う。しかも人当たり良く紳士的に。話題を振られても物腰柔らかく、しかしSNS同様ハッキリと否定して。

 ――ゲストと準レギュで番宣草

 ――相方と司会に気圧されるウォ草

 ――やっぱ否定するんだな。となるとマジで誤報では?

 ――あの記事から続報無いし、どうなってんだ

 ――てかあの女優て大ファンとか何かのインタビューで言ってたよな? 妄想いきすぎちゃった?

 ――スッラの表情ウォルター見る時だけ柔らかすぎて草

 ――だから最初から言ってんじゃん! あの写真の外側は他のスタッフらしきひとたちもいっぱい居たって!!

 ――ウォルターくんかわいいねさすが推し

 SNSではリアルタイムから賑わった。いくつかの語もトレンドに入り、部外者たちはまたそれぞれ好き勝手に盛り上がった。

 「……意外と叩かれていないな」

 「叩かれる理由が無いからな」

 「以前同じようなスキャンダルをすっぱ抜かれた俳優は「クズ」だの「脳みそ下半身」だの散々言われていただろう?」

 「日頃の行いだ」

 「……まあ、そう、だな……?」

 得意気に答えるスッラに、ウォルターは小首を傾げる。確かにスッラは「イメージ」に反して派手に遊ぶことはあまりない。当人曰く「ウォルターがいるから」らしいが、ウォルターは話し半分に聞いていた。実際「そう」であるのに。

 「しばらく一緒に仕事をしてくれ。対策の一貫として」

 肩に腕を回して引き寄せながらスッラが言った。目元に落とされるリップ音に目を細めながら、ウォルターは疑問符を浮かべる。

 「一緒に……って、調整次第だろう。俺に言ったところで……」

 「調整はさせるから問題ない。問題なのは、お前が良いと言ってくれるかどうかだけだ」

 「……社長を使うのか。あまりこき使ってやるな」

 「ふん。それこそ日頃の行いだな。それで? どうなんだ?」

 「はあ……。まあ、俺はべつに構わないが……」

 実際に社長と遣り取りしてスケジュール調整をするのはそれぞれの専属AIマネージャだが――ふたりには慣れたことだ。エンタングルがHALの分まで張り切ることだろう。

 かくしてスッラとウォルターは同じ現場に入る頻度が増えた。スッラの隣を狙っているらしいあの若手女優よりもずっと。

 ちなみに件の相手側事務所からは交際を否定する声明がようやく出された。しかし当の若手女優は諦めていないらしいのが面倒な話だ。それを健気と見るか否かは人それぞれだ。だが少なくとも――何とも思っていない人間から執着や好意を向けられることは、気持ちの良いことではない。

 そしてここまで来れば大衆も「これは熱愛ではないな」と冷静になってくるものだ。……ネット上はともかく、ワイドショーなんかでは熱愛でないことを残念がる声が聞かれるのが解せないが。

 スッラが若手女優に靡かない、眼中に無いことをひとびとはまた好き勝手に讃えたり非難したり、いよいよ若手女優に同情する声も聞こえてきたりした。

 仕事の方も上手く行っていた。スッラが若手女優と共演するはずだった場所は、すべてウォルターとの共演に置き換わっていた。とは言え、数はそこまで多くない上、期間も長期的だ。よく共演しているなあ、と首をかしげる視聴者は少ないだろう。仕事の無くなった若手女優にはモデルの仕事を回してやった。そも、出身がそちらなのだ、構うことはあるまい。

 トーク番組をはじめとして、以前よりも見られるようになった共演と、トーク番組の内容にふたりの雪解けも広く知られるようになり、むしろ揃って姿を見せると喜ばれることも多くなっていた。

 スッラは今回放送されたドラマの反応を眺めて満足そうに微笑む。ウォルターとは、被疑者と刑事と言う役の間柄だった。

 危機迫ったリアルな演技だった。真犯人から刑事を守るアクションが格好良かった。被疑者が負傷したときに本気で心配した刑事かわいかった。ふたりとも息ぴったりだった。レギュラー入りして欲しい。エトセトラ、エトセトラ。

 若手女優など居らずとも、なにも不自由することはないのだ。

 「機嫌が良さそうだな。……あまり良くない類いの顔だが」

 湯気の立つマグを手にしたウォルターが隣に腰を下ろす。静かにソファが沈んだ。

 「人聞きの悪いことを言ってくれる」

 スッラはいじっていた端末をローテーブルに置いて笑った。ウォルターが持ってきてくれたマグのひとつを取り、口を付ける。ウォルターが淹れた自分好みの味に、口許が自然に綻ぶ。

 「今回の仕事も上手くいったな、と世間の反応を見ていただけだ」

 「勉強熱心なことだ」

 「先日のドラマの方は接点が少なかったからな。その点、今回は良い」

 「視聴者はキャスト変更など知らないだろうしな。まあ、受け入れられているなら、いいか」

 スッラがここまで上機嫌なのは相手がウォルターだったからに他ならない。あの若手女優や、他の俳優であったなら、ここまで視聴者の反応や評価を気にすることは無かっただろう。

 まるで世間に見せつけているよう、とも思える仕事振りは、間違いではない。外堀を埋めているようだと言ったのは、ウォルターの姉貴分だったか。

 事実、今や「スッラはウォルターを可愛がっている」と言う認識は、程度や信憑の差はあれど世間に広まっている。また保護者面してる、だとか、また隣にいる、だとか、茶化されつつも言われるようになっていた。

 だからもう、関係を公表したって良いのではないかと思ってすらいる。このご時世、珍しいことではない。別事務所のトップとその秘書が良い例だ。

 「ドルマヤン氏とフレディ氏は二週間ほど休みを取るそうだ。取材やらを兼ねた旅行に行くとか」

 ウォルターがちょうどその名前を口にする。

 何故一介のタレントがそれを知っているのかと言えば、社長が「好機ですよ! トップ不在のうちに我々がやつらの分の仕事を得るのです!」とか何とか張り切っていたからだ。居合わせた――もとい集められた他の所属タレントは「勝手にやってろ」「ドルマヤンの不在に夢を見るのは止めておけ」等と冷ややかな反応であったが。

 「私たちも行くか? 旅行」

 スッラが言う。例に漏れず社長の思惑など知ったことかと言う考えを隠しもしない。

 「まあ、そのうちなら。……シーズンが変わるだろうから、その雑誌はあまり参考に出来ないかもな」

 ウォルターもその提案を否定しなかった。

 張り切っている社長が仕事を増やそうとしていることを、我関せずと流している。

 琴線に触れるプランが載っていたのか、雑誌を見る目は少し寂しそうなのが可愛らしい。

 「まったくの無駄にはならんだろう」

 希望は? と訊きながら雑誌を開くスッラに、ウォルターは小さく、嬉しそうに笑った。

 顔を寄せ合って雑誌を覗き込む姿は、実に穏やかなものだった。

 そんなことをしながらふたりは日々を過ごした。

 撮影、稽古、打ち合わせ。家に帰れない日もあれば、顔を見れない日もあった。そんな時には文明の恩恵が身に染みた。ポツポツと送り合うメッセージ。時々通話。テレビ通話は時間はもちろん、仕事場所の関係であまりできなかったけれど。

 多忙であった。

 だから「今日」と言う日がどういう日であるのか、しっかり忘れていたのだ。――関連した仕事をこなした日が、それなりに前だったこともあって。

 「あ、」

 と、ウォルターは通りかかった洋菓子店の前で声をこぼした。足早に通り過ぎるはずだった道で急停止した足は、今にも一歩を踏み出しそうだ。

 ――ハッピーバレンタイン。

 店の前に出された立て看板には、そんな文字が踊っていた。

 ウォルターの目が丸くなる。

 失念していた。買って――否、今日は帰れるか分からないと言っていたから、買っても無駄になるのではないか。そも、相手が覚えてい……なければいないで、ただのデザートとして出せばいい、か。いやいや、相手が帰ってこなければ、自分で食べてしまえばいい。

 今から物を用意するなら、もう買うしかない。何を作るにしても時間も気力も足りないだろう。

 十数秒、ウォルターは逡巡した。

 「――ただいま」

 「おかえり、スッラ」

 スッラが家に帰り着いたのは日付を跨いだ頃だった。

 なるべく静かにドアを開けて、控えめに帰宅を告げたと言うのに、出迎えの声があってスッラは微かに驚きの表情を浮かべた。

 そして、こんな時間にも関わらずスッラの帰りを迎えてくれたウォルターを気遣って、少しだけ叱った。

 「まだ起きていたのか? 明日も仕事だろう。私に構わず寝てしまえ」

 「あいにく、俺も少し前に帰ってきたところだ。だから別に、お前こそ気にしないでくれ」

 む、と少し唇を尖らせたのを、スッラは見逃さなかった。だから、愛し子があまり機嫌を傾けてくれないよう、すぐに切り替える。

 「そうか。それは悪かった。今日も疲れただろう」

 「それはお前もだろう。……腹は減ってないか? シャワーを浴びて、もう寝るか?」

 ウォルターの目が、微かに泳いだ。声も、いつもより気弱だ。言い方にも少しの躊躇いと言うか、緊張が見える。何より――腹が減っているか訊く割に、夜食や肴をとっていた気配はない。

 これはつまり、何か食べさせたくて用意したものがあるのだ。

 深夜、仕事帰りとは思えない速度で頭を回転させたスッラはそう結論を出した。

 ふ、と口許をゆるめて、スッラはウォルターをリビングへエスコートする。

 「小腹が空いたな。簡単なもので良いが……何かあるか?」

 スッラがソファに上着や荷物を置く間に、ウォルターは「ああ」とキッチンへ向かった。

 がちゃ、と冷蔵庫が開く音がする。

 「何か飲むか」

 冷蔵庫に入っていたもの。となると、冷えているものか。

 「温かいものはあるか?」

 「問題ない」

 ウォルターの声に安堵が乗る。合っているらしい。

 カチャカチャ、とぽぽ、と温かな音がすると同時に、ふわりと紅茶のにおいが広がった。

 スッラは鞄から「土産」をするりと取り出して席に就く。

 ややあって、盆を手にしたウォルターが、キッチンから出てきた。

 ことり、かちゃり、とケーキ皿とソーサーが置かれる。ケーキ皿の上には、黒く艶やかなチョコレートケーキが乗っていた。

 「……」

 スッラの前に「チョコレート」ケーキを置いたウォルターは、そして逃げるように盆をキッチンへ返しに行った。食べ終えてから、一緒に片付けたっていいものを。

 ふ、とスッラの唇がゆるむ。テーブル端に置かれた「土産」にウォルターは気付いていないらしい。

 だからたぶん、どこかで購入した急拵えなのだろう。帰宅途中に今日が何の日であるのか思い出して、慌てて。

 それが後ろめたくて気恥ずかしくて――ほら、席についても眼が合わない。

 「ハッピーバレンタイン?」

 スッラは「土産」をウォルターの前に差し出してやる。

 透明なセロファンに包まれた一輪の真っ赤なバラ。

 スッラの声とセロファンの擦れる微かな音に釣られたウォルターは、差し出されたものを見て目を丸くする。そして、くしゃりと表情を崩した。

 「……俺に? いいのか?」

 「お前以外に渡す相手がいると?」

 「居……、いや、なんでもない。ありがとう」

 ここで水を差すほどウォルターも無粋な人間ではない。

 滲んだ諦念を微笑に変えて、スッラからの一輪を受け取る。セロファンを覗き込んで、ふふ、とウォルターは笑声をこぼす。

 「食事は後日な」

 「食事? この一輪で十分だ」

 そつなくケーキを食べながらスッラが言う。

 驚いて顔を上げたウォルターの前に、一口分のケーキが差し出されていた。

 ぱちり、と器用にも片目蓋が閉じられる。これは譲らないな、とわかってしまったウォルターは「む……」と言いつつ、ぱくりとお裾分けを受け入れた。酒精のあるチョコレートコーティングの下、しっとりとしたスポンジからも濃厚なチョコレートが広がっていく。

 「美味い」

 思わず、と言った風に瞬き、子供のように丸くなった瞳に「そうだな」とスッラは笑って同意を示す。

 「まあ、良いだろう、別に。食事くらい」

 「お前の「~くらい」は恐ろしいんだ。この前もそう言って完全会員予約制の高級レストランに連れて行かれた」

 「美味かっただろう?」

 「美味くないわけがないだろう!」

 ウォルターとて高級レストランとか高級料亭とか、利用しないことはない。仕事に必要なこともあるからだ。

 しかしスッラは――気軽に使いすぎだと思うのだ。ファミリーレストランに行くような気軽さでウォルターを誘うし連れて行く。正直未だにファミリーレストランに行くのか高級レストランに行くのか、着いてみないと分からない。

 むすー、と溜め息を吐いて、じっとりとスッラを見る。にこやかな顔が恨めしい。

 「――それで? この後は? 食べていいのか?」

 「は……? ……! なっ、そっ――、」

 にんまりとしたスッラの声と問いに、明日も仕事だろうばか! とウォルターの、珍しい大声が夜に響いた。


 「三流誌め!!」

 「本当にどこにでもいるんだな」

 そして、ふたりして「土産」を購入した際の姿を件の雑誌にすっぱ抜かれ、やはり好き勝手書かれていたことを――甘やかな夜に浸っていたふたりはまだ知らなかったのだ。


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