掌編をいくつか連ねてアルバムみたいにする試作。スラウォル。すこし不思議だったり変わっていたりする手のひらサイズで血が出たり角があったりifの世界だったり。
掌編をいくつか連ねてアルバムみたいにする試作
じょじゅつとりっくとか何かしらギミック仕込めたらたのしいんでしょうね(そんな技量はなかった)
すこし不思議だったり変わっていたりする手のひらサイズのスラウォルいつつ
……ハロウィーン風味なのはそういうこと、というかやってみたかったこと(そのn)だからです
血が出たり角があったりifの世界だったり
気を付けてね
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死人が生き返るわけないだろう。友人たちとやらが人形遊びでもしていたか?
魂だ何だと言う話は知らん。現代科学で説明のつかない事象や現象に遭遇したことがないとは言わないが、私たちがまだ知らないだけで歴とした「よくあること」である可能性もあるだろう。説明できないもの、理解できないものが怖いのだろう、単純に。タネや仕掛けがあると安心したいのだ。
お前もそうだろう? 私がお前の邪魔をする理由を欲している。だから考えた。考えて、納得した。私がお前の邪魔をするのは私が旧世代型の強化人間で、お前が旧世代型の強化人間手術を生み出した技研の生き残りだから、と。私はそんなこと一言も言っていないのにな?
まあ、つまり、だ。
いくら技研産の強化人間と言えど死ねばそれまでだ。生命活動の継続と停止は普通の人間と変わりない。
だからそれはただの人形だ。お前の犬はみんな私が殺した。そうだろう? だから迎える必要などない。触れなくてもいい。声をかけることも聞くこともしなくていい。それはお前の犬ではないのだから。
ほら、ウォルター。良い子だから。こちらへ来い。あちらを見るな。お前はまたそうやって……。変わらないのがお前らしい。構わん。何度でも手を引いてやろう。
見るな。聞くな。気のせいだ。誰もいない。また無理をしているのだろう? 疲れが出ているだけだ。仮眠室へ行くぞ。この通路の先だ。振り向くな。見ても何もありはしない。それよりも早く眠った方がいい。
行くぞ。
まったく、お前は相変わらず犬に甘い。もういないのだから良いだろう。今お前の目の前にいる相手に意識を向けろ。そうだ。私だ。今お前の目の前にいるのは私だ。良い子だ、ウォルター。ベッドに入れ。大丈夫だ。手を繋いでいてやる。良い夢を、ウォルター。夢の中でならば幸せになれるか? 否、ここでだってお前は幸せになれる。なって良いのだから。
おやすみ、ウォルター。つらいことは何もかも忘れて眠ると良い。そうすればお前は――犬どもの幻影に付きまとわれることもなくなるだろう。
(じゃあ「お前」は何なんだ? 黒焦げた影よ)
(ああ)(あ)
(熟れたくだものの、つぶれる音、が、)
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ハンドラー・ウォルターが死んでいる。
殺風景な場所で、ウォルターが死んでいる。
その身体の下には血が広がっている。広くて、すこし、厚みがある。たくさん血が出ている。太い血管が傷付いたのだろう。ピクリとも動かず、何も言わない。
どんな顔をしているのか。どんな状態なのか。うつ伏せになっているから分からない。
引っくり返そうとは、思わなかった。
スッラはその場から動かずに、ウォルター――の死体を眺めていた。
「お前のせいで死んだな」
ニヤニヤ、とでも音の付きそうな声がした。
スッラの視線が下に向く。声は足元に転がる死体から聞こえてきた。
「お前のせいで死んだんだ」
スッラは凪いだ眼で死体を見下ろしている。
と、死体の頭部が動いて、ぬらりと生気のない眼球がスッラを見上げた。白目の部分が、赤黒く侵されていた。
ふは、ぁはは、と死体はわらった。死体の顎が動く度、身体のふるえる度に、ぬち、ぬちゃ、と血とも肉ともつかないものが地面に捏ね回される音がした。
「お前が殺したんだ」
何も言わないスッラを、死体はあざわらう。
「お前が俺の猟犬を殺したから」
「お前が俺の邪魔をしたから」
「お前が俺を拐ったりなんてしたから」
「お前が俺を蔑ろに扱ったから」
「お前は俺を愛しているなんて嘯くが」
「お前は俺を殺すんだ」
「同じように」
「お前が、俺を殺すから、と猟犬たちを殺すように」
「お前は俺を殺すんだ」
けたけた、と死体はわらう。肩の辺りがふるえて、くちゃくちゃとねばついた音が小さくした。
「お前は俺を幸せにできない」
「お前は俺を傷付ける」
「お前が俺を傷付けるんだ」
「お前は俺を苦しめるだけだ」
スッラの鼻筋には皺が寄っている。当然だ。愉快なものではないだろう。それでも動かないのは、思うところがあるのかそれとも単に動けないのか。
スッラを責める死体は愉しそうに「くひくひ」と笑って、べちゃりとひっくり返った。焼けたような潰れたような、切られたような、ひどい状態だった。胸の辺りなんて、白い骨が砕けてポッカリと穴が空いている。肉色が翳って、ぬめった粘膜が覗いていた。
「お前は俺を救えない」
損壊のひどい死体はごぼごぼ血を溢れさせながらまたわらう。それどころか、とわらい続ける。
「お前も俺を殺すじゃあないか」
スッラの、ひととしてのやわらかなところを握り潰そうとする。
「……」
けれど、スッラを真の意味で殺せるのはウォルターだけだ。
そしてそれを知っているのは、スッラだけだ。
「それで――」
大きく息を吐いてスッラは口を開いた。平坦な声だ。視線も表情も纏う空気も平坦なままで、見下ろされる眼球は見開かれる。驚いているのだろう。
「それで? お前は何だ?」
「否、何でもいい。どうでもいい」
「言いたいことはそれだけか?」
スッラの反応に、死体の輪郭がぼやりと滲んだ。困惑しているのだろう。
揺らいだ輪郭を見ているだろうに、スッラはそんなことはどうでも良いとばかりに訊く。ザワザワと、周りの空気がざわめいた――ような気がした。
「お前はウォルターじゃあない」
くち、じゃり、と靴底が赤黒いものを踏み広げる。
スッラが死体の頭側に立つ。逆さまに見下ろす顔は愉しそうな呆れたような表情を浮かべている。
目の前の光景にも、投げ掛けられた言葉にも、微塵も動じていない。
「違う」
「俺は」
ほとんど姿の見えない口唇がわななく。
「俺は、お前のせいで死んだ、」
それが命乞いであることは明白だった。
しかしそんなもの、スッラには何の意味もない。
クツクツと喉を震わせるのは嘲笑だ。
スッラは片足を持ち上げる。
スッラの意図を察してか、死体は目を剥いて「待て」「やめろ」と対話を試みた。手足は動かない。動かせないのだろうか。なんにせよ――それはどうでも良いことだ。
「お前はウォルターじゃない」
再度の言葉と、ふふふ、と言う笑い声。
パラ、と靴底から死体の顔へ落ちていった。
「ヒッ――」
「私が、ウォルターを殺すわけないだろう」
「まっ」
ぐちゃっ。
+++
男曰く。
そういうイベントだと割り切って楽しめば良い。息抜きだ。今さら深い意味など無いのだから深く考えなくても良い。
男曰く。
形骸化しているとは言え起源はある。意味はある。無意味とすることはし難い。何より、傷を抉るようなことをしたくない。
これらは――ある日のあるカップルの、双方の言い分である。一人をスッラ、一人をウォルターと言った。
その日はある特別な夜で、特に恋人たちの間では普段しないような格好をしたり衣装を着たりして過ごすことがポピュラーだった。
だからふたりもそうしてみようと思ったのだ。ふたりは、付き合い自体は長いけれど、こういう関係になったのは割と最近だった。恋人らしく、と言うわけではないけれど、仕事が一区切りついたらしいところでスッラはウォルターを休ませることにした。時季と休みのタイミングがたまたま被ったのは、運命的にも思えた。
そんな経緯もあって、スッラはいくつか「衣装」を用意してみたのだ。……正確には、どこからか話を聞きつけたウォルターの姉貴分から押し付けられた、のだが。
正直に言えば、どちらでもいい。どんな格好をしていようが、ウォルターはウォルターだ。だが確かに、ウォルターが持っている衣服はバリエーションに乏しい。故に少し、興味が湧いた。
と言うことでスッラはウォルターの前に「衣装」を並べてみたのだが、驚くべきことにウォルターは怒りも恥じらいもせず、例のごとくと言うべきか表情を曇らせたのだった。
言い分を、聞くだけ聞いてみれば、やはりもうなんと言うか、気にしすぎと言うかいっそよくもまあそこまで考えるものだと感心してしまう程だった。
呆れの感情は、もちろん湧いたけれどそれ以上に、そこまで考えられるのはやはりそれほど相手のことを考えているからだと知っているからスッラはやれやれと言いながらウォルターの頭を撫でたのだ。
しかしてそれとこれとは話が別だ。
スッラだってニンゲンだ。欲はある。今までだって、趣向を変えた夜をウォルターに用意して、過ごしたこともある。せっかくのタイミングなのだから、このイベントだって楽しみたい。普通の恋人らしいことをしてやりたい。なんて考えくらい、少なからずある。
そんなわけで言いくるめの時間だった。
「――だからな、ウォルター。べつに意味などないんだ。どの衣装にもモチーフにも、今さら仮装する者の背景など、誰も考えない。何より、私以外の誰も見ない。そして見る唯一である私が、気にしないと言っているんだ、お前は何をそんなに恐れるんだ? あるいはな、どうしてもと言うなら、その罪の意識ごと私に差し出せばいい。何なら、私がお前に適当な罰を与えてやる。例えば吸血鬼なら生きるためとは言えヒトを無差別に殺して回った報いだとか、化け猫ならヒトを騙して利用して死なせた報いだとか、医療者なら何も知らないヒトを好き勝手弄くり回した報いだとか。な? お前は罰を受けるんだ。話を聞きながら自分がしてきたことだと思っただろう? それでいい。今は、それでいい。私は本気になんてしていないからな。そういうプレイだと思っておく。だから、な? 利害の一致と言う奴だ。それならば納得できるか? 必死? ふふ、そうかもしれないな。私はな、ウォルター。何時だってお前の幸せを願っているんだ。過去からも亡霊からも守ってやりたい。だから死者の日なんてものにお前を囚われたくないんだ。今日という日が死者のためのものではなく、私と楽しむための日だと思ってもらわなくては。今日だけではない。お前が悲しむための理由を見出だすすべての日を、焼き尽くしてやりたい。だから、ウォルター、これはその一歩だ。何もすべて無かったことにしろとは言わない。そればかりを見詰めて、抱え続けて欲しくないと言う話だ。わかるだろう? ウォルター。私の唯一。私のいとし子。私のぬくもり。ベッドの上で私にお前を罰させてくれ?」
果たしてその答えと結果は、当人たちのみぞ知る――であった。
+++
「ウォルター!」
「ハル!」
「よく来たな。すまない、つかれただろう? ゆっくりしていってくれ。……大したもてなしもできないんだが」
「大丈夫だ。押しかけたのはこちらだからな。むしろあやまるのはこちらの方だ」
「気にしないでくれ。今回もしごとか?」
「ああ。今回は、スッラの仕入れ?についてきたんだ。こちらのとくさんひんは、向こうではとてもめずらしいから」
「そちらのしょうひんが、こちらで高くとりひきされるのとおなじだな」
「そういえば、今日は何かあるのか? 村で、家の前に何かおかれていた」
「家の前? それは、こういう……白い紙のかけられた箱のようなものか?」
「ああ、そういうものだった」
「そうか、もうそんな時季だったか。あのな、今日はお月見どろぼうの日なんだ」
「おつきみどろぼう……?」
「かんたんに言えば、今日……中秋の名月の日だけは子どもたちは月の使者で、お月見のおそなえものをとっていい日だな。お月見どろぼうにおそなえものをとられた家には福が来るらしい」
「ふぅん? ハロウィーンみたいだな」
「ハロウィーン? そちらでも似たようなことをするのか?」
「ああ。秋と冬のさかいの頃に、俺たちのようなものに化けた子どもたちが「イタズラかごちそうか」と言って家々をまわるんだ。化けるのは、その日はあの世とこの世のさかいがあいまいになるから、連れていかれないようにするためらしい。においでわかるのにな」
「そうなのか。ふしぎだな、とてもはなれているのに、似たようなことをしているなんて」
「似ているか?」
「似ていないか?」
「……まあ、どちらでもいいか。俺たちにはかんけいのないことだ」
「……ウォルターは、ごちそうもらわないのか?」
「え? ああ。そうだな。そもそも俺はそういうものを食べないからな。お前は食べるのか?」
「食べるぞ。お前は食べないのか」
「食べないな……俺が食べるのは石のたぐいだな」
「そうなのか。ええと、それなら……」
「……いや、べつに……そんな、気をつかわないでくれ」
「だってお団子とか食べられないんだろう?」
「あ……。す、すまない、持ってきてくれていたんだな」
「……ん。あった。こっちなら大丈夫だろう? 蛋白石に水晶。他にもあるけど、このふたつはお団子に似てるだろう?」
「……! す、すごいな……! い、いいのか?」
「もちろん。このあたりの山や川でとれたんだ。ぜひためしてくれ」
「……! ! あ、ありがとう、ためさせてもらう……!」
(私の子龍/竜がかわいすぎて浄化される)
+++
「なあスッラ。思うんだが、やはり私は一度帰るべきだと思う」
低く深く、声変わりを終えて随分経った喉がふるえてそんなことを言った。
スッラがウォルターを引き取ったのは大体半世紀前のことだ。アイビスの火と言う大災害が起きる――起こされる直前にルビコンⅢから逃がされようとされていたところを「保護」したのだ。これ以上この大人たちに関わらせてはいけないと技研の人間たちから引き離し、スッラはウォルターをパートナーとして育てた。
しかしどう頑張ったところで情報を遮断しきることはできない。加えてウォルターは好奇心旺盛だった。戦場に出られないからとまだ幼さを残す年頃に仕込んだのはスッラに間違いないけれど、はじめてウォルターが故郷(ルビコンⅢ)について口にした時は口端が少し引きつった。
が、スッラの教育が良かったのかウォルターの物分かりが良すぎたのか、ウォルターは話題には挙げても里帰りがしたいまで言うことはなかった。
それが。
「まずは理由を聞かせてもらおう」
どうして。今になって。
スッラは厚い雲の溜まり始めた胸中を見せないよう、ウォルターが取ってきた仕事を確認する時に近い声で訊いた。ウォルターは素直に「うん」と頷いてから口を開いた。
そしてウォルターの話をまとめると、だ。
つまり――ルビコンⅢの特産品とも言うべき、そして全ての因果の始まりとも言うべき物質であるコーラルが、観測可能なまでに量を回復させているらしい。だから燃やしに行くべきだと。燃やせばルビコンⅢからコーラルが、今以上に流出することはない。コーラルがルビコンⅢ「の」ものであり続ける。そうすれば、コーラルやルビコンⅢの神秘性目当てに星系に迷い込んでくる「獲物」に困ることはない。
「もちろん、燃やしつつ脱出もする」
そのための算段も、ウォルターは語った。
オーバーシアーと呼ばれる勢力を利用するのだと。なんなら、と途中まで協力をして適当なところで外れさせてもらえばいい、なんて。
ルビコン星系をスッラが狩り場のひとつとしていることを、ウォルターはもちろん知っている。狩人としては、狩り場はいくつあってもいい。だからウォルターはルビコンⅢを焼いて狩り場を守ろうとしているのだ。
ルビコン調査技研での日々は、確かに懐かしく楽しいものだ。ナガイ教授も彼の第2助手の女性も、ウォルターに良くしてくれた。けれど今となっては人生の半分以上の時間で傍に居て守って生かしてくれたのは、この独立傭兵の男なのだ。
「まあ前段階としてここにあるPCAの要塞を落とさないとルビコン入りが難しいんだが……何人か買っても良いだろうか」
「まだ私は合意していないが?」
「合意するしないは別として、買うのはいいだろう?」
まるで玩具をねだる子供のようだ。スッラは苦笑を浮かべて見せる。
「私だけでは不満か?」
「不満はないが、お前一人しかいないからな。こなせる仕事量はどうしても限界がある」
「人使いの荒い発言だ」
「傭兵には何かと金がかかるからな。仕方ないだろう?」
確かに金は大事だ。巷の噂では踏み倒し続けた結果、複数企業から懸賞金をかけられている傭兵がいると聞く。被害総額はどれほどやら。
それに、複数人に対するオペレートの経験も、ウォルターに積ませてやっても良いだろう。いつか企業のACやらMTやらと協働することになったとき、おそらく役に立つ。
「仕方ない――いつもの闇医者に連絡しろ」
スッラの言葉にウォルターは嬉しそうな顔をする。ぎこちなさの残る、少し不器用な笑みはスッラにだけ許されたものだ。他の、仕事場で見せる綺麗なものはスッラの真似をしているだけだ。
「では、私は届き次第調整に入る。邪魔はしないでくれよ、センパイ」
“普通”の感覚で言えばマトモではない人生、種類のニンゲンである自分が選び(さらい)、そしてそれを許容した少年。気付けば一人称まで真似ていた少年。かわいくないわけがない。
けれどきっと、少年が笑顔を見せてくれずとも一人称を真似てくれずとも、傍に居らずとも――その生存と幸福を願い求めるのだろうなとスッラは思う。そしてウォルターはどんなかたち、理由であれ、故郷に帰ろうとするのだろう。たぶんそれがスッラと言う人間の輪郭であり、ウォルターと言う人間の輪郭だ。
だから「自分」は幸運なのだ。スッラは考える。
ウォルターの出した里帰りの計画は、ともすれば命を落としかねないものだ。しかしウォルターは「生きて帰る」前提で話した。スッラを見る瞳に暗澹とした翳りはなく、強い意志――生存とか希望とか――が確かに灯っていた。
生きることをウォルターは望んでいる。
スッラと共に生きることを、ウォルターが望んでいる。
それが刷り込みによるものでも依存によるものでも、構わなかった。
「スッラ」にとって「ウォルター」の生存は大きな意義を持つからだ。そこに自分(スッラ)の存在が食い込んでいるなんて、歓喜と優越を覚えずにどうすると言うのだ。
ウォルターはもう「善は急げ」とばかりにご機嫌な様子で闇医者に連絡を取り始めている。それを眺めながらスッラは存在するかも定かでない、もしもの世界に手を振った。きっと自分は、どの世界のスッラよりも幸運で、だからどの世界のスッラよりも上手くやる――なんて。