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【R18】騰蛇の鱗

生存ifスラウォル。技研時代とか第1世代についてとか何もかも捏造(妄想)。濡れ場は添えるだけ。

生存ifスラウォル

技研時代とか第1世代についてとか何もかも捏造(妄想)。


容姿について少し触れてる。

濡れ場は添えるだけ。


気を付けてね


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 ……唸り声が聞こえる。何かが倒れる音。何かが落ちる音。何かが壊れる音。慌ただしく布が擦れ合う音。それから、叫んでいるような声と、平坦な声と――とにかく、あまり良い感情を持っていない声が飛び交っている。

 壁に嵌め込まれたガラスの向こうでは、ガーゼと包帯に包まれた人影が、理性の無い獣のように暴れていた。

 バタンバタンと忙しなく扉が開閉する。その度に室内の喧騒が漏れ聞こえた。

 ウォルターはガラス越しに室内を見つめる。

 ウォルターは、ガラスの向こうにいる獣を知っていた。

 獣の動く度、その肢体に巻き付けられた包帯はほどけてガーゼは剥がれ落ちる。自らむしり取っている場面すらあった。白い屑糸と共に、赤い水滴が飛ぶ。

 ガラスの向こうにいるのは、コーラルを用いる強化手術を受けた強化人間だ。その成功率は1割程しかないけれど、部屋の中の「彼」は、その1割を掴み取ったのだ。――否。まだ、分からない。成功か失敗かを決めるのは研究者たちだ。被験者の生死ではない。だから、例え手術を生き延びたとて、“使いもの”にならなければ“破棄”される。

 バン! とガラスが叩かれる。ウォルターの肩が跳ねる。茫と視界に入れているだけとなっていたガラスの向こうから、赤い五指と赤い瞳が迫っていた。

 その赤は明るく鮮やかだった。コーラルの色だ。けれどどこか澱んだように見えるのは、その目が髪や包帯の下からウォルターを見ていたからだろうか。指や手のひらの赤が血であることは言わずとも察せられた。

 ガラスの向こうの「彼」は、ガラスに手をついてウォルターを凝視していた。何を、誰を見ているのか、実際のところは分からないけれど、赤い瞳にはウォルターが写っていた。血混じりの涎を垂らす口許には鋭い犬歯(きば)が見えた。

 ああ――正しく、人の形をした獣だ。

 ウォルターは数秒の間、目を見開いていた。突然の音や色彩に驚いての反応だろう。

 先に眼を逸らしたのは向こうだった。フッと顔を逸らして、ガラス板に赤い手形を残してその場から離れる。直後、刺股やバスタオルを手にした職員たちが雪崩れ込む。「彼」を取り押さえようとして失敗したことは明らかだった。再び室内が騒がしくなる。

 数秒の間、見つめた顔に赤い斑点が浮かんでいるのをウォルターは見ていた。

 それは第1世代の特徴だった。コーラルの使用量が多い第1世代の強化人間たちは、体内のそれが表出しやすい。特に体温が上がったり血液の流量が増える興奮状態や高揚状態の時だ。その場所が必ずしも血管に沿っているわけでないことは不思議であるが――そばかすや痣のように現れる。そして「彼」の場合は、まるで鱗のように現れていた。

 ウォルターは瞬きをする。ぱちりと、切り替わるように我に返る。ただ風景を写していただけの目が、周囲を見始める。

 室内はまだ大捕物の様相だった。押さえ込もうとして躱されて、押さえ込まれて振り払う。機器のためにスタンガンの類いは使用が認められていないけれど、このままでは「やむを得ず」として持ち出されかねない、とウォルターは思った。だからウォルターは、少年は、慌てて扉へ駆け寄った。

 扉の閉まる前にするりと室内へ入り込む。あっ、と、小さな人影を見とめた大人から声が上がった。

 「スッラ!」

 少年はその名前を呼んだ。周りの大人の目が一斉に少年へ向けられる。その中には、コーラル色の目も、当然あった。

 大人たちの意識と視線が少年へ行き、動きが止まった一瞬のうちに「獣」はその包囲から抜け出していた。

 「スッラ……ァ、っぐ!」

 人の間を縫うように、そして滑るように部屋を駆けた「獣」が、少年を床へ押し倒す。馬乗りになられ、首もとを押さえ付けられて少年の顔が歪む。

 「ま、待って、」

 大人たちが慌てて「獣」を引き剥がそうとする。強化人間の膂力からすれば子供の細首など枯れ枝が如く容易く折ってしまえるものだ。けれど少年は大人たちに「待って」と言った。大人たちは、この少年が何をするのだろう、という興味もあって介入を留まる。

 少年は赤い目を見上げた。ギラギラとした目に見下ろされて、少年は小さく息を呑む。ぱたた、と顔に生温かいものが降った。

 スッラ、と少年はくちびるの動きだけで呼ぶ。その声を聞いているのか理解しているのか、「獣」は自分を呼ぶ少年の顔をジィと見下ろしている。はらりと、包帯の端がひとつほどけた。

 はらはらと包帯がほどけて垂れる。赤く染まったガーゼが、ぽたりと落ちた。

 少年が腕を動かす。顔の上に落ちたガーゼを退けようとしたのだろう。けれど「獣」はそれを許さなかった。視線を逸らさないまま、少年の腕を床に縫い止める。「獣」は片手で少年の首もとを押さえ、片手で少年の片腕を押さえた。

 二本の腕をしっかりと使う「獣」へ、少年は手を伸ばす。それを退ける手段は、今の「獣」にはない。あるいは少年の上から退いたり、少年の意識を奪ったり、噛みついたりすれば、叶うだろう。

 だが「獣」は何もしなかった。ただジッと少年を見ていた。この生き物の息の根が手中にある今、もはや脅威ではないとか、敵ではないとか判じていたのだろうか。

 静かに、しかし僅かにも視線を逸らさない「獣」の頬に、少年の手が触れた。指先から、そっと頬を撫でる。

 少しだけ熱い、けれど確かに「人」肌の体温。

 少年は、ふ、と小さく息を吐く。安堵、しているように見えた。

 「ぉ、かえ、り……、すっ、ら、」

 それから、一言だけ、目の前にいるものにだけ聞こえるくらいの声で呟いて、目蓋を閉じた。暗くなる視界の中、最後に見えたのは、コーラル色の鱗とまぁるい瞳だった。





 ……夢、を、見ていた。気がする。

 不意に視界が明るくなって、ウォルターは自分が意識を失っていた――そして醒めた――ことを知る。

 「ぅ……? っ! ぁ、はッ、ァ……!」

 そして、今自分がどこでなにをしているのかも、思い出した。

 どのくらい、意識を失っていただろう。数十秒か、数分か――数時間、ほどは無い、と思いたい。

 下半身から這い上がる、痺れるような熱に身体が跳ねる。全身が強ばって、熱く火照って、汗が滑り落ちていく。ぬぢぬぢ、ぐちゅり、と鳴る水音がどこからしているのか、ぼんやりとした頭では追いきれなかったけれど、下半身が特に濡れていて不自由なことは何とか分かった。

 「ンッ、ゔ……、は、ぁ、ぐ……!」

 もぞりとシーツに額を擦り付けると、口許が糸を引くのが分かった。

 何とか身体を起こそうとシーツを手繰るも、ビリビリと髄を鞭打つ快感に身体は縮こまるばかりで言うことを聞いてくれない。ほとんど後ろの男に支えられているような状態の下肢がピクピクと跳ねる。

 それを、笑ったわけではないのだろうけれど、はは、と掠れた笑い声が背中に降ってきた。

 「は、は――お目覚めか、ウォルター」

 体温と吐息が近付いて、背後にいる男が上体を倒したのだと知る。それでまた胎の中の熱が擦れて、ウォルターの喉から切なげな音がこぼれた。

 「ぁ、ァ……、ん、ぅッ……!」

 竦められる首筋に歯が立てられる。促すように熱い舌が肌をなぞる。従わずとも歯は立てられただろう。だがウォルターは、ウォルターだから、恐る恐ると言った風に首を伸ばした。その素直な反応にまた「はは」と笑う声がおちる。そして、何不自由なく、がぶりとウォルターの首は噛まれた。

 「うぁ、ァ、あ……ッ、」

 ずるずると身体が崩れ落ちていき、ふたりは寝そべる体勢になる。逃げるように抜けた熱は、伏せた時にまた挿しこまれた。

 「ん、ぅ、ゔ……!」

 シーツを握り締める手とびくびく跳ねる身体は熱と牙の双方に反応したものだ。

 牙――牙だ。犬歯が、しっかりと首を捉えている。ぎちゅ、と食い込む痛みに、身体がふるえる。その、ふるえを褒めるように、あやすように、牙は離れてその痕を熱く濡れた舌がべろりと撫でる。そんなことを、繰り返し。ハ、ハ、とこぼれる呼気がどちらのものなのか、判りはしなかった。

 触れ合う脚や重なる腹と腰が、ひどく熱い。ぱたぱたと肌を叩く雫も、触れた場所から蒸発していきそうだ。頭や耳、首や肩に触れる髪も、湿っている気がする。

 ザリ、と頭の側でシーツの擦れる音がした。ぼやける眼を向ければ、背後から手が伸びてきていて、シーツを握り締めるウォルターの手に重なろうとしていた。

 薄い傷痕と、旧い手術の痕と、這うような火傷痕と、赤い鱗、が――。

 見え、て。

 「ぁ――、」

 ウォルターはもぞもぞと身体を揺らした。

 それは重たい身体を引きずって逃げようとするような。

 けれど実際には、ウォルターは逃げようとなどしていなかった。

 幼げな声をこぼしながら身体を転がそうとして、それに気付いた相手は理性的にその手伝いをした。

 ころり、と仰向けになったウォルターは、まず汗に塗れた胸を大きく上下させた。ぁふ、と湿った吐息がひとつ。目蓋が閉じられて、ちょうどこめかみの側を流れ落ちていった汗が涙のように見えた。

 微かに開かれ、呼吸を整えているくちびるに、くちびるが重ねられる。はじめはウォルターの様子を窺うように控えめに。軽く触れ合った数度の後、かぷりと食われた。ウォルターは拒まなかった。

 かぷ、ちゅむ、と音のする度ウォルターの睫毛がふるえる。目蓋は開かない。時折切なそうに寄せられる眉は、仰向けになるために退いていった熱が再度胎に納められたときにいちばん深く眉間に皺を刻んだ。

 ゆる、ゆる、と熱く硬い楔がはらわたの中を擦る。狂おしいその感覚に慣れた――慣れてしまった――身体ははしたなくも性懲りなく悦んだ。

 触れられずとも、出さずとも達せるようになってしまった身体は、きっと罰なのだ。こうして愛でられることも、因果応報というやつなのだ。そうしたのが、旧世代型の強化人間なのだから。

 ああ違う。ほんとうは、本当は違うのだ。わかっている。「そう」思えば楽だから。「そう」思いたいのだ。

 「ん、ふ……っ、ぅ、ん……む、」

 びくりとウォルターの身体が強ばって、また快楽の海に沈んだことを知らせる。息継ぎのために、絡んでいた舌がほどかれる。乙女がされるように、頭の両側でシーツに縫い止められていた手、が、くたりと力を失う。

 覆い被さっていた身体が上体を起こして、明るさを得た視界にウォルターは目を細める。視界は滲んでいた。

 手はほどかれると思ったけれど、くてりと弛緩した手はそのまま伸ばされて連れていかれた。指先、手の甲に口付けのされる感触がして、それから髪や頬に触れる感覚がした。手の甲が包まれていて、手のひらは頬に当てられている。幼い仕草だと思ったけれど、たぶんひとのことを言えない顔をしているのだろうなとも思った。

 気怠い身体を叱咤して、ウォルターは自ら頬を撫でてやる。肌が熱いのか冷たいのか、もう分からなかった。

 クク、と相手の喉のふるえるのが伝わる。指先を掴まれて、それから、ぎしりと寝台の軋む音と衣擦れの音。視界が翳る。

 ぱちぱちとウォルターは瞬きしていた。視界をきれいにするために。そうしたら、翳った視界に、くちびるの触れ合う感覚で、またふつりと目蓋を閉じることになった。くちびると舌が、今度は軽く、触れ合った。

 その後、口付けられたのは目元だった。ちゅ、と目尻を吸われ、舐められて、ああまた気を遣われたのだと知る。

 少し、不満を滲ませながら目蓋を開けば、ぎらぎらにこにこと愉しそうな顔があった。まったく「狩人」と言うに相応しい顔を見てしまえば、楽しんでいるのならいいか、なんて諦念にも似た許容で身体はまた少しやわくなる。

 そしてそこには、やはりあの「赤い鱗」があった。

 それはウォルターが忘れてはいけない、許されてはいけない所業の証だ。目の前に突き付けられる、罪の証拠。だけれど――いまのウォルターは、「それ」を前にして、安堵と悦びのようなものを感じてしまうようになっていた。

 良くないこと、だとは思う。わかっている。けれど、だって、「それ」は。

 それは、その持ち主が真実興奮や高揚しているという、これ以上ない証明で。だからウォルターはちゃんと使ってもらえているということで。その役に立てていると言うことで。

 うれしい、のだ。

 自分が、この「鱗」を引き出せたと言うことが。

 それに今は、ほら、あの時とは違って痛そうでも苦しそうでもない。

 それがウォルターは嬉しいのだ。

 「……ん、ふ、」

 不格好にウォルターの唇が歪む。眩しそうに目が細められる。それが笑おうとした表情だと、男は知っていた。

 捕まれた手と、投げ出されていた手がぎこちなく動いて男の頬を包んだ。

 「ぉ、おかぇ、り……、す、っら、」

 そして、辿々しく紡がれた言葉は微睡んでいた。けれど男は、スッラは構わなかった。

 くすくす笑って、ウォルターを覗き込む。とろけた顔は、“年相応の少年のもの”だ。

 「ああ。ただいま、ウォルター」

 そしてスッラは、あの時返せなかった言葉を今度こそ返した。

 半世紀越しの返事だった。

 それを聞いてウォルターは、ひどく嬉しそうな顔をした。



 スッラは行為の最中のウォルターの色が好きだ。

 たぶんそれをウォルターは知らない。だってウォルターには見えないだろうから。

 第1世代特有の、コーラルの表出現象は身体全体に現れる――濃さや密度は部位や個人によるが――から自分でも把握できる。けれど身体の一部、それも眼を向けられない場所の変化なんて自力で気付ける方が稀有だ。

 だから例えば、最中に首や頬がどれほど色付いていたりするのか、周囲の熱さも相俟ってウォルターは気付いていないだろう。

 そんな変化の中でスッラは、ウォルターの瞳の色が好きだった。

 ウォルターの虹彩はありふれた色をしている。少し薄い。それが血流量の多くなる興奮状態や高揚状態下では変化を見せるのだ。生きている血が差して、赤みを帯びるのだ。

 スッラはそれが堪らなく好きだった。

 だってウォルターが興奮しているのだ! 口や理性で何と言おうと身体は正直だ。(なんて陳腐な言い方だろう! しかし実際そうなのだから仕方ない。)あのウォルターが、“生き物らしく”欲求を満たそうとしている。いのちを剥き出しにしている。それが堪らなく愉快で愛おしくて、それを暴いたのが己の手であることも含めて、狂おしいのだ。

 「はは、は、」

 意識の外で笑声がこぼれる。薄暗い部屋の中、微かな明かりを拾ってウォルターの瞳はキラキラ光る。普段見られる、静かで厳かな灯火ではない、幼くて艶かしい光。その奥底に沈んでいるのが、ウォルターの理性が血(いのち)に侵された色なのだから背骨が灼ける。

 ズクズク重たくなる腰に、急かされるようにスッラはウォルターのくちびるを食む。その口唇もまた真っ赤に濡れていて、やっぱり閉じられた目蓋も血管が分かりやすくてすぐ側の眦が赤くなっている。

 キスを覚えたばかりのティーンのようにとろけた舌を貪って、その後スッラは鼻先の触れ合う距離でウォルターを待った。

 そうして、ゆっくりと開かれる目蓋の奥には、仄かに赤みを帯びた瞳があって、愉しそうな自分(スッラ)の顔が写っていた。

 「っ、」

 スッラとの近さにウォルターが頭を引こうとして枕に阻まれる。愛らしい一挙一動にスッラは低く笑う。それでムッとした表情を浮かべるのもまた可愛らしい。

 スッラはウォルターを愛している。そのままのウォルターはもちろん、時折見せる幼い姿も大人になってしまった姿も愛している。特に閨の中で見られる姿は――普段正しく鉄の如く「お堅い」男の、身も心も熱に溶けた姿を見ることも作ることも、好きなのだ。


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