生存ifスラウォル。イチャイチャ甘々。ウォルのメンタル弱め。濡れ場は添えるだけ。
疲れちゃって家出するウォル
生存ifスラウォル。イチャイチャ甘々。
ウォルのメンタル弱め(僕ァね、目一杯可愛がられたり甘やかされたりするウォルが見たいんだヨ)
容姿について少し触れてる。名前ネタも少し。
濡れ場は添えるだけ。
打つのに時間かかったおかげか散文チック。
諸々捏造と妄想ウヘヘ
気を付けてね。
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動体検知カメラが作動してモニターが起動する。
ここを含めたすべての隠れ家は、誰にも場所を教えていない。ただひとりの共有者を除いて。
だから、何か野生動物か迷子かと思った。ナイフや銃のメンテナンスの手は停めず、モニターの方を見る。と、そこには見覚えのある姿が映っていて――画面端を移動していた人影はすぐにカメラの死角に入ってしまった。けれどその姿をスッラが見間違えるはずがなかった。
会う約束は、していない。連絡も、来ていない。更に言えば、直近で休日があるとも聞いていない。ならば、何故。
さすがに何事かとメンテナンスを中断して玄関へ向かう。
そしてスッラは玄関の扉を開ける。そうすれば、やはりそこにはウォルターが立っていた。
ウォルターの手には合鍵が握られていた。目が微かに丸くなっている。
けれどそれも一瞬。直後にはもう、むっすりと口を引き結んだ仏頂面が表れていた。しかしそれがスッラに対するものではないと、その付き合いの長さからスッラは即座に理解した。
それは理解したが、ウォルターが今目の前にいると言う事実は理解しきれなかった。見つめ合う目が、微かに丸くなる。独立傭兵にしては珍しい表情と言えるだろう。
「……」
そんなスッラの反応が気に食わないのか何なのか、ウォルターは眉間の皺を更に深くして唇を尖らせて見せた。本人に自覚があるのかは分からないが、子供らしい反応だ。スッラはつい、ふ、と微笑ってしまう。本当にこの少年は可愛らしいことをする。
――結果として、スッラに扉を開けてもらったウォルターは、微かに驚きの表情を浮かべる先客を押し退けて上がり込んでいく。ガロガロと転がるキャリーケースと、それを引く背中は心なしか小さく見えた。
一拍の後、スッラはようやくウォルターの後を追うために戸締まりをした。
そうしてウォルターの背中を追うと、その後ろ姿はまっすぐに寝室へ向かっていた。
一言も、溜め息の一つもこぼされずに寝室の扉は開かれた。
スッラが後ろを着いてきていることを察しているのだろうか、ウォルターは開けた寝室の扉をそのままにした。それからベッドの傍にキャリーケースを置いて――荷解きも着替えも何もせずに!――シーツの中に潜り込んでしまう。こんもりとふくらんだかたちは身体を丸めたかたちだ。
ああこれは――。
しかし良い傾向だと言えよう。
逃げること、休むこと。人間が、防衛反応としても持っているそれをしようとしているのだ。
ベッドの縁に腰かけてスッラはシーツ越しにウォルターを撫でる。呼吸のしやすいように少しシーツを下げてやって、指先で頬を撫でて、髪や頭を撫でる。服が皺になるだとか腹は減っていないかだとか、野暮なことは訊かなかった。
スッラの指先にウォルターはむずがった。けれど拒否はしなかった。眉間の皺はやはり深く険しいものだったけれど、自分に触れる指先を振り払ったりしようとは、しなかった。
やがてウォルターから発せられていた剣呑な空気が引いていき、すぅ、と静かな寝息が聞こえてくる。どうやら本当にそのまま眠ってしまったらしい。
翌日、スッラが目覚めると、同じベッドの上にはウォルターがいた。起きている時よりは少し薄いけれど、やはり眉間に皺を寄せたまま、寝息だけは穏やかに眠っている。
その姿を見て、夢ではなかったのだな、とスッラは昨日を振り返った。それからウォルターを起こさないよう、指先だけでその前髪と額を撫でてベッドを出る。
スッラがそんな風にベッドを出てしばらくの後、ようやくウォルターは覚醒する。
とは言え、温まったシーツの中は柔らかくて優しくて、外に出難い。殻に隠りたがるような仕草でウォルターは枕に顔を擦り付けてシーツを顔まで引き上げる。
そんなところで、かちゃりと扉の開く静かな音がした。
扉を開けた人間は、しようと思えば物音ひとつ立てずそうすることができるはずだ。けれどそうしなかったのは、たぶん、ウォルターに対する優しさだった。
実際その音で人の訪れたことを知ったウォルターはささやかながらこころの準備ができた。
きしり、とベッドのスプリングが軋んでマットレスが沈む。さらりと前髪を流す指先が額を撫でていって、ウォルターは亀のように首を竦めた。
「簡単なものだが食事を作った。食べられそうなら食べろ」
「……なにもしたくない」
ウォルターの声は掠れていた。寝起きだからというのもあるだろうし、昨日の様子からして何時間も喉を使っていないのだろうとも考えられた。
「そうか」
スッラは追及しようとしなかった。ただ一言頷いて、ウォルターの目元や頬を甲で撫でていた手指を翻して目蓋とする。ウォルターの視界が、人肌の闇に覆われる。
「冷蔵庫に入れておくから、食べたくなったら食べろ。片付けも何もしなくていい。何も。ここにはお前のすべきことやしなければならないことは何もない。好きに過ごせ」
「ぅ……、」
視界を覆う闇が一層暗さを増しているのが、睡魔によるものだとウォルターは遅まきながら気付く。
何か――なにか、こたえなければ。
そうは思うのだけど、舌も目蓋も重たくなって、もう小さな唸り声しか発せられない。スッラの声も温もりもウォルターを眠りへ誘った。それは静かで穏やかな泥の中に引きずり込まれるような。
「……」
手のひらの中で睫毛のふるえる気配が大人しくなったのを確認したスッラは、そっとウォルターの目元を覆っていた手を退かす。そこには幾分穏やかになった表情があった。
幼子のような額に口付けをひとつ落として、スッラは仕事へ向かう。
帰ってきてからも、その姿があることを、スッラは期待していなかった。自分が帰宅するまでには、どこか別の場所か隠れ家に移っているだろう、と。
けれど現実は、幸運の女神は、いつものようにスッラに微笑んでいた。
スッラが帰宅すると、冷蔵庫から作り置いていた「朝食」は消えていて、代わりに、皿に盛り付けられた「食事」が置かれていた。内容は周りにある保存食なのだろうが、丁寧な盛り付けは用意した者の気遣いを感じさせるに十分だ。
そして何とはなしにキッチンの棚を開けてみれば、様々な缶詰やレトルト食品が詰め込まれていた。
思わず笑みがこぼれる。これらはたぶん、あのキャリーケースから出てきた物だろう。いよいよ雲隠れすることに対するウォルターの本気度が知らされる。と、同時に、その雲隠れ先をここに定めたという事実が突き付けられる。
ここで良いのか。お前は。
くつくつ、とスッラの喉が鳴る。やはり姿の見えない――けれどこの屋根の下に間違いなくいるらしいウォルターへの愛しさがふくらんでいく。
食事とその片付けを終えると、スッラはウォルターの様子を見に行こうと寝室へ足を向けた。そこにいる、と言う確信は無かったけれど、いるならばそこだろう、と言う予感があった。
果たしてウォルターは予想通り寝室にいた。
キャリーケースの位置が動いていて、ハンガーには上着がかけられている。しっかりここを使う準備を整えていたらしい。
仕事に行く前にそうしたようにベッドに腰かけてシーツの山を覗き込むと、意外なことにウォルターと眼が合った。
「……おかえり」
視線はすぐに逸らされたけれど、掠れた声がもそもそとスッラの帰宅を受け入れた。それは予想外のことだったが、悪い気はしなかった。
スッラは口許を緩めて頷く。
「ああ。ただいま、ウォルター。良い子にしていたようだな」
おかえり、も、ただいま、も、もう関わることのない言葉だと思っていた。けれど半世紀を経て、やはりこの少年に言って言われるのは、悪い気がしないし幸福とすら感じる。
スッラはウォルターの頭をそっと撫でた。
対してウォルターは、うぅ、と小さく唸って、恥じ入るように身体を丸めた。
「……俺、は、良い子なんかじゃ、ない」
そしてポツポツと、懺悔するように事の経緯を話し始めたのだ。
「俺は悪い奴だ……いくら取り繕ったところで本質は変わらない。為すべきこと為せず、挙句放り出して逃げ出す卑怯者だ……」
ウォルター曰く、二週間ほど家出をする……しているらしい。猟犬たち含め、ルビコン復興の関係者から身を隠しているのだと。
そんな話を聞いて、もちろんスッラは愉快に思った。
が。
「あの少年が無断外泊とはな。クク、良いことだ」
「……ちゃんと休暇の届けは出してある。組織なのだから当然だろう。引き継ぎも、簡単にだがしたし、探すなとも伝えておいた」
「…………」
相変わらず重々しく深刻そうにウォルターが語る内容はやはり「良い子」だった。
スッラの表情が苦笑に変わる。手続きも引き継ぎもしているなら何も悪くないではないか。
しかしウォルターからすれば、終わっていない仕事から――二週間だけと言えど――離れることは、自身を許し難いのだろう。例えそれが、自分が自分のために動いた防衛反応だとしても。
だからスッラは自身が幸運であることを噛み締める。スッラがこの隠れ家にいたこと。ウォルターがこの隠れ家を選んだこと。少なくとも十数日間、ウォルターを手元で甘やかしてやれること。
そもそもウォルターは、今に至るまで人一倍無理をしてばかりなのだ。
スッラは手早くウォルターを甘やかす算段を立てていく。良い機会なのだ。ウォルターを存分に甘やかす。この機会を利用しないと言う選択肢は無い。
くしゃりと髪をかき混ぜ頭を撫でると、逃げるように首が竦められる。
「疲れただろう。ゆっくりしていけ」
「うぅ……ぅ゙ー……」
疲れた、と言う語に、ウォルターは否定を返さなかった。
偶々か必然かは判らない。判らないから、スッラは、ウォルターは意図して否定しなかったのだと取った。いずれにしろ、その判断は間違っていないだろう。
結局その日もウォルターが寝室から出てくることはなかった。だがそれはウォルターが「ここにいる」と言う何よりの証拠であった。
風呂に入っていくつかのデータや装備を確認した後、スッラはベッドに入った。ウォルターを抱え込むようにして寝転んでも、ウォルターは拒否も抵抗もしなかった。その日は、そのままくっついて寝た。スッラが外に出ている間にシャワーを浴びて、着替えたのだろう。ウォルターからは石鹸の匂いがして、抱え込んだ身体は薄くて柔らかい衣服に包まれていた。
幸いと言うべきか、翌日以降スッラは仕事を入れていなかったし、ウォルターが休暇中である以上、ルビコンⅢに関する仕事も新しく取ることはなかった。
スッラは目が覚めてからこちら、シーツに包まったウォルターを抱えて、ベッドの上で怠惰に過ごしている。ウォルターはそんな時間の使い方に何も言わなかった。
「……邪魔じゃないのか、俺は」
事実としてスッラの居る隠れ家に上がり込んだ立場のウォルターはそんなことを訊いた。きっと今まで気にしていたのだろう。
端末をいじっていたスッラは「ふ、」と笑った。
「何故。ここはお前の持ち家でもあるだろう」
「……怒らないのか」
「何に対して怒ると言うんだ」
「……だらしないとか情けないとか、」
叱られたくはないけれど叱られるべきである――みたいな空気を滲ませるウォルターを笑い飛ばしてやる。
自責よりも他人に責められる方が「自分が悪い」と理解も実感もしやすい。それに慣れ過ぎたウォルターは、現状が落ち着かないのだろう。難儀なものだ。「その環境」から距離を取りたくてここまで来たのだろうに。
スッラは端末を放り出してウォルターを抱え込む腕に力を込める。
「お前はよくやっている。お前がしなくても良いことまでな」
こめかみの辺りにくちびるを押し付けてくすくす笑う。
本当に、この少年は自分に対しても融通を利かせられないのだから。
もぞもぞと胸元に頭が押し付けられる。ほとんど同時に、そろりと背中へ腕が回されてシャツが掴まれた。
「……、……あまやかすな……」
言っていることとやっていることが反対だ。だがスッラにはどちらがウォルターが望んでいることなのか、手に取るように分かる。
「大人しく甘やかされろ」
随分素直に、そして人間らしくなってきた少年は、以前にも増して可愛らしい。
ウォルターが落ち着くと、ようやくふたりはベッドを降りた。子供のように手を繋いで、のそのそとリビングへ向かう。
スッラはダイニングテーブルにウォルターをつかせて、ごそごそ棚を漁る。食事の用意――と共に、食料の確認だ。ウォルターは行儀悪くテーブルに頭を預けていた。
適当に缶詰やレトルト食品をピックアップしつつ、ふむ、と内心スッラは顎へ手をやり考える。
自分は元々ここに長居するつもりは無かったから、仕事帰りに都度必要な物を買って片付けていた。当然、備蓄はない。ウォルターが持ち込んだ食料も、一人分のようだ。無理もない。隠れ家はルビコンⅢ内にいくつかある。何の連絡も無しに二人が同じ隠れ家を選ぶなど、どうして予想できよう。
――買いに行く必要がある、か。あまりウォルターの側を離れてやりたくないから、まとめ買いだな。
スッラの中に、ウォルターを積極的に外に出すと言う選択肢は浮かばなかった。
けれどまあ、今すぐでなくてもいい。先のことはその時に。今は今が大切だ。
成人男性二人分、にしてはやや少ないような気もするが、食料を取り出してスッラは立ち上がる。
食器は最低限だが、二人で同時に食事をできる枚数はある。腐るものでもないから、そのまま置いてあるのだ。カキョ、ペリ、と封を切った缶詰やパウチの中身を皿に出していく。そしてスッラは、ウォルターが用意したあの皿が、随分丁寧なものだったことを知る。……意外とまとまらないな、これ。なんて。
結局「腹に入れば同じだろう」とある程度でキリをつけてスッラは皿をテーブルへ置いた。コトン、コトン、と軽く固い音に、ウォルターが顔を上げる。覇気の無い顔だ。
スッラはフォークやスプーンもテーブルへ置いてやりながら、「悪い」と目を伏せるウォルターを鼻で笑う。
「元はお前の持ってきたものだ。遠慮など必要あるまい」
静かな食卓だった。カチャ、コツ、と食器の触れ合う音ばかりが響く。
「どこか行きたい場所やしたいこと、欲しいものはあるか?」
口を開いたのは、やはりスッラだった。皿の上は既に――「傭兵」の、普段の食事速度からすれば随分ゆっくりだが――空きかけている。緩慢に視線を上げたウォルターの皿の上は、まだ幾分残っている。食事すら後ろめたいのだろう。
「……俺、は、……ない。が、お前、が、行きたいところや、したいことがある、なら、俺に構わず、好きに動けば、いい」
そう言ってから、逃げるように含んだスプーンの上には、指の先ほどの量しか物が乗っていなかった。食べ物よりもスプーンを味わっているようだ。
スッラはウォルターが隠し事の下手なことを知っていた。分かりやすいのだ、この少年は。
そうでなくとも、息抜きにいつもとは違う風景を見たり歩いたりしたいと思うのは自然なことだろう。
だが、まだ外に出る必要はないから、スッラは頭の中の予定表に「外出はまだ」とメモをつける。やはり買い出しの時にウォルターを連れて行くか。なに。ずっと側に入れば良いのだ。そうすれば、ここで一緒に過ごしているのと変わらない。
「わかった」
あっさりと頷いて、それからスッラは問いを重ねる。ウォルターと、一瞬眼が合った。
「ちなみに、お前は「探すな」と言い置いてきたと言ったが、奴らはお前がルビコンⅢ(ここ)から出ていないことを知っているのか?」
二週間もあれば今のご時世、星外旅行を楽しむことは造作もない。ウォルターもキャリーケースを引いていたし、そう考えても何らおかしくはない――と言うか、状況証拠としてそう考えるはずだ。
「……「俺」は、ハンドラー・ウォルターは、星外旅行中だ」
やはり表向きはそうらしい。聞けば、実際宇宙港まで足を伸ばしていたとか。そこであらかじめ雇っておいた、背格好の近い男に、自分の代わりに星外旅行へ行ってもらったと言う。
こんなことに影武者を使うのか……と言う考えと、余程人目から隠れたかったのか、と言う憐憫に似た何かが頭を埋める。そして、これもあって「外」に出たがらないのか、と。この隠れ家を出て行かなかったことも頷ける。(……いや多少は私の存在もあると思うのだが?)(スッラの「自信」は、殊ウォルターに関することなら外れたことの方が少ないのだ。)
星外にいるはずのウォルターが実は星内に留まっていた、など、あの犬どもに知られれば鬱陶しいだろうからな。
優越感にすらならない理解をしながら、スッラは「そうか」とまた頷いた。
そんな情報の共有もあって、ふたりは「家」で過ごした。
日が傾くまでベッドの上にごろごろして、ベッドから出てものそのそだらだらと食事や入浴をした。
数日ぶりに髭を剃るウォルターの、しょりしょりと言うカミソリの音も、心なしか間延びして聞こえる。睡眠時間だけはしっかり取った顔に隈はない。けれど反対に、そのおかげで未だふやふやと目蓋は重たげだ。
「っ、」
だから案の定、ウォルターは肌を切ってしまった。一瞬眉をひそめて、しかしぼんやりと醒めきらないのは浴室がほこほこと温かいからか。
仄かな血の匂いとどこか投げ槍な溜め息を拾っても、浴槽に身を沈めたスッラはそちらを一瞥するだけだった。
普段よりもたっぷりと時間をかけて髭を剃り終えて身体を流すと、ウォルターは湯船に手を掛けた。爪先から沈んでいく水槽はひどくぬるい。なるほどこれならずっと浸かっていられる、と自分よりも先に身を沈めていた男が出てこなかった理由を察する。
スッラと向かい合うように腰を下ろそうとして、しかし傲慢にも身を投げ出したままの男はスペースを空けてくれる気配がない。どころか、どうかしたかと言わんばかりの顔で見上げてくる。
何が楽しくてこんなことを――と思いつつ、行動で反発を表す気力は無くて、ウォルターはぐでりと浴槽へ身体を投げ出した。触れ合う肌は、ひんやりとしていた。
くふくふ満足そうに笑っているスッラに不承不承身体を預けたウォルターは後頭部を擦り付けてやる。
「風邪を引くぞ」
「だからお前を待っていたんだ」
背後から身体を抱え込む長い腕はやはりひやりとしていて爬虫類を思わせた。体温が奪われていく。溶け出していく。このまま眠ってしまうのも、良いかもしれない。ああしかし――。
「……」
上機嫌に首筋や耳の裏なんかを囓ってくる男は、眠らせてはくれないのだろうな。
「っは――、ぁ、あ……、ん、ッ、んぁっ……!」
怠惰に過ごす中でセックスもした。
「ふあっ、ぁ、う……! ひぃッ――、ァッ!」
ごく普通のセックスだ。変わったことなんてどこにもない。ただ、モノが無かったから、少しだけウォルターは――無自覚に――わがままを言った。
たぶん、それもあったのだろう。
準備から片付けまで、ゆっくり丁寧にした。……ゆっくり丁寧、の部分が、いつもよりも「ゆっくり丁寧」だったことは、ふたりの時間がいつもよりゆっくりと流れていたことが大きい。
スッラはウォルターが言った通りウォルターを好きにした。
つまりとろとろのくてくてになるまで甘やかして蕩けさせた。だって楽しいから。
ウォルターはそれを気遣われているとか考えているところがあるらしいけれど、実際はそんな優しいものじゃない。
否、何割か……少し……ちょっと、どこかの指の先くらいはそれもあるけれど。
けれどスッラは、鉄のように頑固で気丈なウォルターが身も蓋もなく快楽に溺れて喘ぐのを見るのが、自分がウォルターをそうするのが楽しくてしているのだ。趣味と実益を兼ねるとかなんとか、そういうやつ。
「ゃだ、いやだ、すっら……、おれっ、おれだけ、ッ、きもちいいの、っ、やだぁ……!」
“使って”いいから。簡単には壊れないから。平気だから。
ウォルターは必死にそんなことを訴える。ぐずぐずにぬかるんだ孔が、聞き分けのない子供のようにひくひくふるえて心地好い。
ばかだなぁ。気持ちよくないならお前の孔がこんなに拡がってるわけないだろう。はは。お前が好きにしろと言ったんだ、せいぜい溺れていろ。だいじょうぶ。私だってちゃんときもちいい。
「ぅ、あ、あ、ァ、ゃめ、や……、っ、も、ぅ、ひっ! ひ、ィ、ぁああアァあッ!!」
スッラは反った顎に歯を立てて、薄く張っていたかさぶたを破ってしまう。またひどい快楽の嵐にもみくちゃにされているウォルターは気付いていないようだった。あるいは、それすら快感に変換されていたのだろう。
薄く血の滲む傷口にスッラはかぶりつく。じゅるり、とやわらかな血肉を舐めて吸われる感覚に、ウォルターの身体はまたひくりと波打った。
そうして、やってしまった、と頭を抱えるのはいつもウォルターの仕事だった。良い歳して何を言っているんだ。しているんだ。子供みたいにねだってぐずって。はしたないことこの上ない!
ベッドの上にできたシーツの山を眺めながらスッラは白湯を啜る。インスタントでいいからコーヒーも欲しいな。なんて呑気なことを考えながら。んんん……と呻きながらぷるぷるふるえるシーツ山にマグの陰で口角を上げる。
スッラは何も気にしていない。ゴム無しで良いから、と言われたときは――ウォルターのために――諌めようとしたけれど、やっぱり頑固なウォルターは譲らなくて、だから「同意の上だし」とゴム無しで楽しませてもらった。(潤滑「油」は簡単に用意できた。……食事の残滓だ。缶詰の底に残っていたやつ。腹の減る匂いがした。ウォルターは今日も美味かった。)それに後始末もしっかりしたから、大丈夫だろうとは思っている。
結局、ゴムがあろうとなかろうと、スッラには関係ないのだ。ウォルターとセックスができる。その結果を手に入れることができれば。
ウォルターを、このまま放っておいても良いけれど――。
「買い物に行くか」
「!」
スッラの言葉に、ウォルターの全てがピタリと停まった。
次に自分が何を言うのか、神経を向けられているのがスッラには分かる。それが天敵を警戒する小動物のように思えて、クツクツと喉が鳴った。
「食料や、日用品。そろそろ足りなくなってくる頃だろう」
「ぁ……、あ、ああ……」
「明後日か、明々後日辺りに行くつもりだが」
「……そうか。気、を……付けて、くれ」
もそそ、と衣擦れの音がする。くぐもった声に、またシーツの中に隠れたのだと分かりやすい。
「お前も行くのだが?」
「!?」
ばさりとシーツを捲ってやれば、スッラの奇襲に硬直したウォルターがいた。からだを丸めた姿が可愛らしい。
一拍置いて、ぱくぱく何か言いたげに唇が動く。けれど文句やら「だが」「しかし」やらが出る前にスッラは先手を打つ。電光石火電撃戦。いくさに置いて速度――先手――とは大事なものだ。
「ウォルター、仕事の時間だ」
必要な物のリストアップ。ミッション開始だ。
途中から好奇心が前に出てきて、隠れ家の探索になっていた。
そんな中で出てきたキャップは、今のふたりにとって至極都合の良い掘り出し物だった。
他の洗濯物と一緒に洗って乾燥をかけたキャップを、スッラはウォルターに被せてやる。不満そうと言うよりも不安そうな顔が、硬いつばの陰に隠れて消える。未だ、外に出ること――知り合いに見つかって良いと思えるまで落ち着けていないのだ。
「……」
ウォルターの髪色も虹彩も、どちらかと言えば「普通」だ。キャップで翳れば顔含めて隠れるだろうし、今は顎に傷がある。服装もパーカー――部屋着の一着だったのだが――で、普段のウォルターとは趣が違う。目的地も「本部」や街区からは少し離れた場所であるし、擦れ違う程度ではウォルターと気付かれまい。
スッラの方は、これもまた隠れ家の中から発掘したブルゾンを羽織ってサングラス――普段ACを「足」として使っている時に掛けたり掛けなかったりしている――を掛けていた。まあ、こちらもパッと見たくらいではスッラだとは気付かないだろう。
「……」
「?」
けれどウォルターはやっぱり不安なようだった。
スッラを椅子に座らせると、その髪をいつもとは違うスタイルに整え始めた。
結局出掛けるためにいつもとは違う格好(オシャレ)をしたようなかたちになってしまった。
サイドは軽く編み込まれ、そしてその反対側に火傷痕を隠すように寄せられた髪を指先で遊びながらスッラは上機嫌だ。ウォルターが手ずから整えた髪。髪止めが古びた発掘品だとて、機嫌が上向かない理由がない。スッラはウォルターに歩幅を合わせながら、店への道を往く。
そこはアイビスの火以前からあるスーパーマーケットだった。もちろん、昔と今ではオーナーが違う。けれどルビコニアン相手に商売をしていたのは、昔も今も変わらない。
少し前まではルビコン解放戦線相手にだけ商売をしていた――と言うか、実質ルビコン解放戦線しか客がいなかった――が、復興と共に通常営業を再開し始めたのだ。
人の多いところからは少し離れているし、客足が戻るのはもう少し先になるだろうけれど、こういう店が戻りつつあるのは色々な意味で喜ばしい。
ちらりと周囲へ視線を飛ばした限り、見覚えのある顔は無い。ウォルターは小さく息を吐いた。
「念のために名前は変えるか。名前でなくとも、兄と呼んでくれてもいいが」
「……この歳まで一緒に買い物する兄弟と言うのもどうなんだ」
「いいんじゃないか? 別に。仲良きことは美しきかな、だろう?」
そんな軽口を叩いてから、スッラは「必要があれば「シュラス」を使え」と言った。
それは所謂、別地域での「スッラ」の読み方だった。ウォルターは「なるほど」と頷いた。確かに、これなら名前を呼んでもそれが誰を指しているか分からないだろう。少なくとも、ふたりが知る中に、当の地域に明るい者はいない。
「分かった。では俺のことも必要なら適当に呼んでくれ。ヴァルテルとか」
まるで潜入任務だ。
ふたりは店に入ってから、一先ずそれぞれ必要なものを集めよう、と別行動をとることにした。
スッラとしては、もちろん傍にいてやりたかったが、大の男がふたり連れ立っていれば目立つことを理解していた。まだそれぞれ一人で動いた方が「自然」に見える。
それに、複数方面から攻めた方が早く終わるだろう。
「……」
スーパーマーケットに入ってすぐの通路で、早速不安に駆られているウォルターの頭を、ぽすりとキャップ越しに撫でてやった。
最盛期に比べれば、品数も量も少ないものだろう。だが「生活」に困らない程度に「買い物」ができるのは、それだけルビコニアンたちが生き残っていた――あるいは、どこかの人間たちが密航してきた――からだろう。スッラは洗面用品とか衛生用品とか、日用品をポイポイとカゴへ放り込んでいく。
ウォルターには食料品の入手を任せていた。
だってたぶん、「日用品」を任せたら夜のお供が予定よりも少なくなるだろうから。それはそれで良いこと(たとえば先日のように可愛らしいわがままを見られるだとか!)もあるのだけれど、棚を前に赤みを帯びるであろうウォルターの肌を誰かに見せる義理など無いのだ。
生鮮食品はそもそもあまり並んでいなかった。野菜は小ぶりだし肉は割高、魚も小さなものが数種類。けれど――ミールワームは、養育場が再建されたためだろう、質の良いものが十分な量並べられていた。
スッラは、いわゆるミールワーム料理に慣れているわけではない。傭兵をしていればそれより見目や素材が強烈な「食べ物」を口にすることもある。
だが、それでも、ピィピィキィキィ鳴くミールワームを、眉間にこれでもかと皺を寄せながら捌いていくウォルターの姿は、やめておけ、と言いたくなるものだった。(それでも「シオカラ」まで作って、捨てる部分を最低限にしたのは、実に少年らしい行動だ。)
何故ウォルターがミールワームを買ったのかと言えば、おそらく料理を振る舞いたかったのだろう。感謝とか詫びとか、そういうものとして。今のルビコンで、考えうる最も「もてなし」になるだろう料理で。
スッラは別に感謝も詫びも要らない。したいことをしているだけだからだ。むしろ自分のためにウォルターが料理の腕を振るうなど役得でしかない。この少年は本当にやさしい。
「美味い。料理の腕も上げたか」
料理に手を付けずにスッラを窺っていたウォルターへそう言ってやれば、素っ気なく「そうか、よかった」と言い、分かりやすく安堵を滲ませる。その姿は半世紀と少し前から変わらない。
腹も棚も満たされたこともあって、その日の夜は案の定セックスをした。いつもより0.02mm厚い隔たりが、妙にもどかしく感じた。
だからと言うわけではないだろうが、翌朝スッラは朝食を少し焦がしてしまった。ひとつのフライパンの上で、ふたり分のベーコンが仲良く焦げている。
焦げた部分は切り落とすか――なんて考えていると、衣擦れと杖が床をつく音がした。
まな板の上に手が伸びてくる。それがたとえ義手だったとしても、スッラは変わらず「おい」と引き留めようとしただろう。
「危ないからやめろ」
至極真っ当に咎めるスッラを、「良い子」の手は無視した。まな板の上から、切り落とされたベーコンの焦げた部分を拐っていく。
「苦いだろう。無理に食わなくて良い」
「……お前が、俺のために用意してくれたものだろう? それに、このくらいなら「失敗」にはならない。捨てずに皿に乗せてくれ」
脂の付いた指先を洗いながらウォルターはなんでもない風に言う。
スッラは包丁を手放してウォルターを抱え込んだ。(手を洗っていないから実質片手でなのだけれど。)小首を傾げてスッラを窺うことで晒された首筋をかぷりと食む。小さく息を呑む気配がした。
「……?」
スッラが黙って、軽く噛んだり、舐めたり、吸ったりするのを、ウォルターは好きにさせた。
最初こそ疑問符を浮かべていたけれど、早々に考えるのをやめたらしい。
「……スッラ、その……、今回のこと、なんだが……、ぁ、ありが、とう。感謝、して、いる」
ああたぶん、この幸福のために小さな失敗があったのだろう。やはりスッラは幸運な男だった。半世紀前から、出会った時から変わらず、普通とか幸せとかからは程遠い|傭兵《いきもの》に、ウォルターは「幸せ」をもたらしてくれる。
「……感謝するならお前の幸運に感謝しろ。私は好きにしているだけだ」
すべては巡り合わせだ。幸も不幸も善も悪も。
だからこの状況は、間違いなくウォルターが手繰り寄せた「幸運」だ。禍福は糾える縄。逃げ出したくなるほどの暗闇には、安寧の温もりと静けさがあった。それだけの話だ。
「ん……。感謝、する」
「……」
だから感謝の言葉など要らないと――等とスッラは思いつつ、随分素直な姿を見せるウォルターの頭を撫でる。ここに来た時よりも、その様子は格段に落ち着いている。張っていた気を緩めているのだろう。
まだしばらくはこのまま、ウォルターが楽なようにいれば良い、と今度はくちびるを重ねにいきながら思った。
そして願わくは――自分だけがこの姿を知り、守れば良い、と。
その日の朝食は、少し冷めていたけれど、コーヒーは熱いものを淹れたから、詰まるところちょうど良いものだった。
メモ
シュラス:希語(古希語?)で「スッラ」にあたる。「彼はギリシア人に対して、物を書いたり事務を取り扱うさいには、エパフロディトス(アフロディテの恩恵に浴したもの)と称した。われわれの所の戦勝記念碑には「レウキオス・コルネリオス・シュラス・エパフロディトス」と記されている。(プルタルコス『英雄伝』)」
ヴァルテル:Walterの独語読み(のはず)。