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【ACⅥ】Sweet Swing Swallow【SSS】

ニキがこんなヘマするわけないだろ!!!!! それはそれとしてウォル守るためにバーサクしたり無双したりするニキは見たいし強すぎて敵に不気味がられるニキは見たい。みたいな話。
昔の話。流血・負傷描写有り。スラ+ウォルっぽいスラ(→)ウォル。

書きたいとこだけ雰囲気で。


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 活動に支障が出る可能性があるな、と、スッラはただそれだけを懸念した。

 簡素な椅子に括り付けられたスッラは、いわゆる暴力と呼ばれるものを振るわれていた。とは言え、お粗末なものだ。玄人気取りの素人ほど滑稽なものはない。スッラの前や周りに立つ黒服たちはわざと音を立ててナイフや鉈を触るけれど、それこそ毛玉の威嚇じみた振る舞いだ。

 流血しているから何だと言うのか。欠損しているから何だと言うのか。義肢義体が一般流通している時代に、そんなものは大したハンディキャップにはならない。それを、この黒服たちは理解しているのだろうか。

 ましてや何よりスッラは独立傭兵を生業として長く、加えて強化人間だ。それも、旧世代型の。痛みに耐える――逸らすことなど容易い。

 殴られて、唇の切れた口から大きな溜め息を吐きながら、ずり、と椅子の上を僅かに滑る。椅子にはクッションも何も敷かれていないから、座り心地が至極悪いのだ。

 だが、スッラのその行動を見て、何を勘違いしたのか、黒服が薄ら笑いを浮かべる。

 「さっさと吐いちまえば良いものを。あんな若造より金払いの良い雇用主なんていくらでもいるだろ」

 子守りなんて独立傭兵の仕事じゃあない。黒服はそんなことを言う。

 確かに、今スッラを雇っているのは“青年”だ。だが歳は問題ではない。何なら独立傭兵の中には金さえ積まれればどんな依頼でも受ける奴だっている。世間知らずのボンボンに傅きさえするだろう。だから、そう。雇い主の年齢など問題ではないのだ。

 スッラは笑う。黒服が、ソードブレイカーを手に椅子の前に立つ。それを見上げて、スッラはせせら笑う。

 「生憎、私は雇い主を“選べる”傭兵なのでな」

 ずぶりと、短剣が肩を貫いた。

 鋸刃が肉を抉り骨を挽く。執拗なまでに神経に触れ、引き裂いていく凶器は、常人ならば叫び声を上げさせ意志を挫くものだろう。

 けれどスッラは、独立傭兵として生きて長い男は、黒服の予想に反して、笑みを浮かべたそのまま、平然としていた。赤く濡れていく肩など気にも留めず、真っ直ぐに黒服を見ていた。

 短剣を手にする黒服含め、その場に居る黒服たちは鼻白む。理解できないものを見る目だった。

 そしてスッラは、その視線を受け止めて、心地好さ気に目を細める。口元に飛んでいた赤い飛沫を、ちろりと赤い舌先が掬う。

 その、様に。無意識にだろう。黒服たちが、僅かに足を退く。

 そも、はじめからこの男はおかしかった。捕まった時も、殴られ刺され絞められている時も、不敵(いや)な笑みをずっと浮かべていた。

 いっそ殺せたなら良かった。のらりくらりと益体の無い話ばかり吐く口も、奥底に得たいの知れない冷たい光を覗かせる目も、この独立傭兵そのものは、もはや不気味な何かでしかない。

 薬は耐性があるのか効きが悪く、試しに聞いた雇い主の名前は、同名の別人と思しき人間の情報をツラツラと並べられた。淀み無さすぎて、用意された台本でも読んでいるかのようだった。こうなると、挙げられた「ウォルター」と言う人物が実在しているかも怪しく思える。あの青年が、人体実験も厭わない研究狂いの狂人で強化人間の生みの親で惑星ひとつを灰にしたなど、あり得るわけがない。

 歯を抜こうとした仲間は手指を食われた。言葉通り食われたのだ! 器具を近付けたところを、蛇が首を伸ばして獲物を喰らうがごとく噛み付かれて、ぶぢりぶぢりと皮膚が肉が神経が。そして、仲間の悲鳴に紛れてごりごりぐちゃぐちゃと咀嚼音が。

 一人だけではない。把握しているだけで三人がやられた。頭を押さえても軽々と振り払われた時は恐怖でしかなかった。その間もずっとこの独立傭兵はニヤニヤと笑っていた。その姿はまるで大人しくして“やっている”とでも言わんばかりのものだった。

 そうして黒服たちはスッラに手を伸ばすのをやめた。単純な暴力に訴えるのみとなった。対するスッラは、そんな黒服たちを、やはり愉しそうに見ていた。

 「ご、強情な奴らだぜまったく……! あのガキも、傭兵一人や二人切り捨てられねえで裏社会を歩こうなんざ、舐め腐ってやがる」

 「良かったなぁ、傭兵。お前の雇い主は、まだお前を生かしてくれてるってこった」

 つまり雇い主である彼(か)の青年は情報を吐いていないらしい。拠点に押し入られて捕まってから数日経っていると思うが、よく耐えている。合流したら褒めてやっても良いだろう。まあ、あれは良くも悪くも我慢強い。

 「そろそろ身体の端から削っていっても良い頃だろ。喋ってくれないんじゃあ仕方ねえ」

 だが黒服の言葉に、スッラは浮わつきかけた意識を鎮める。

 そうだ。自分(スッラ)はおまけだ。黒服たち(こいつら)が求めているのは青年についての情報だ。信憑性や量を求めるなら、雇われた傭兵よりも本人に訊く。関係によっては、傭兵と雇い主は互いに互いの事情や背景などほとんど知らないことだってある。だから自分(スッラ)への暴力は、ついでのようなものなのだ。

 「かわいそうになぁ。まだ若いのに、面白半分にこの世界に来たばっかりに」

 スッラが目を細める。その纏う温度が下がったことに気付いた黒服は居なかった。

 「あんたもツイてないよな。あんなのに雇われたばっかりに――」

 喋っていた黒服が、部屋の隅に吹っ飛んでいった。

 「!?」

 「なっ……!?」

 「ひ、ヒィッ……!」

 室内がざわめく。壁にぶつかって倒れ込む仲間を追わなかった目が、化物を見た。

 椅子から立ち上がるスッラを見て、誰かが悲鳴を上げた。

 腕の縄を引き千切り、足の縄を肩から抜いた短剣で断ち切って、目の前に立っていた黒服を殴り飛ばしたスッラは室内をぐるりと見回す。恐怖と敵意の視線が、自分に集まっていた。

 「口の利き方に気を付けろ。“私は雇い主を選ぶ傭兵だ”。」

 “あれ”のことを、何も知らぬくせに。胸中でスッラは吐き捨てる。“あれ”が何れ程の覚悟で此処に居るのか、お前たちこそ知らぬだろう。

 疾走。

 油断していた黒服たちへの蹂躙はあっという間だった。相手が動けないと思っていた油断。相手が動いたことに対する驚愕。相手の気迫に圧された怯み。何もかもが後手にさせた。

 一人、また一人と冷たい床に倒れていく。

 自身の、あるいは黒服の血を舞わせながらスッラは暴れた。殴り付けて蹴り飛ばして踏み砕いて噛み千切って抉り貫いた。手も足も顔も血塗れになった。

 「……で? “私の”雇い主はどこにいる?」

 「ひ……、ひいっ! ひ、ぃぎッ……!」

 スッラはしゃがみこんで黒服の一人に訊く。青年の居場所を聞き出すために加減して転がしておいた黒服だ。

 「……」

 だがスッラは溜め息を吐く。黒服はヒィヒィと喘ぐばかりで理性ある言葉のひとつも聞かせてくれないのだ。

 仕方がないので黒服の指先から爪を一つ取る。

 「ひぃギャアアアアア!!」

 「さっさと答えろ。“ハンドラー・ウォルターはどこにいる?”」

 「ひッ、ひぐっ……! ぅぎッ、ぃ゙い゙ぎッ……!」

 「……」

 「――ッァ゙ア゙ギャァァアアアアア!!」

 スッラはまた溜め息を吐いて、黒服の爪をもう一つ取った。埒が明かない。自力で探す方が早そうだ。黒服の手の甲に刃のいくつか欠けたソードブレイカーを突き刺して立ち上がる。この程度で騒ぐな、三下め。

 薄暗い廊下に足音が響く。

 耳をそばだてながら歩くことしばらく。扉の向こうから話し声と鈍い音のする部屋に辿り着く。

 アナログな丸いドアノブをそっと回せば、扉はあっさりと道を開けた。これは好都合と、スッラはそのまま揚々と入室する。小さな吊り電球の下に、椅子に括り付けられた雇い主である青年(ハンドラー・ウォルター)がいた。

 再演。

 こちらの部屋の黒服たちも一様に転がしたスッラは一つ息を吐く。両手の指先からは、真っ赤な自他の血が滴り落ちていた。

 ウォルターへ目を遣る。椅子に括り付けられた、ボロボロの姿。軽く見た感じでは、自分と大差ない“質問”をされていたのだろう。

 スッラは俯いていたウォルターの顎を掬い、虚ろになった目の前でぱちぱちと指を鳴らす。

 「……」

 反応は無い。これは落ちて(シャットダウンして)いるな、とスッラは口角を下げる。少し遊び過ぎたかもしれない。

 手を翳し、目蓋を下ろす。そして縄をほどいてウォルターを抱き上げる。腕に乗せた足の片方が、酷く熱を持っていた。

 増援が来る前に廃墟を出る。幸いにも車両がいくつか停まっていたから頂戴した。現在地は、襲撃された拠点があるグリッドと、同じグリッド上のようだった。頭の中でグリッドの地図を広げながら、一先ず医者に行くか、とスッラはアクセルを踏み込む。

 数日後。

 ウォルターが目を覚ますと、青白い蛍光灯が自分を見下ろしていた。身体を起こそうとするとあちらこちらに痛みが走って呻き声が漏れた。

 「お目覚めか、ハンドラー・ウォルター」

 「スッラ……?」

 ひょこりと覗き込んできた顔に目が丸くなる。ガーゼや包帯が、その顔を隠している。

 「水でも飲むか?」

 スッラの手が、起き上がりたがっていたウォルターの身体を支えてヘッドボードに背を預けさせる。そうしてスッラの顔以外も視界に入れたウォルターは、腕や肩の辺りにも見える包帯や漂う消毒液なんかのにおいに顔をしかめた。ああそうだ。そうだった。スッラは自分のせいで。

 ズイと目の前にペットボトルが現れる。スッラが差し出していた。

 苦い顔をしながらウォルターは差し出されたペットボトルを受け取る。蓋は既に弛められていた。ペットボトルを渡したスッラはベッドの傍に椅子を寄せて腰を下ろす。

 「……すまない」

 ちびりと水を飲んだウォルターが呻くように言った。

 「俺がもっと強ければ……俺が雇わなければ、お前は、」

 「私は自分で選んでお前に雇われた。そこは勘違いするな」

 「だが、」

 「ウォルター。ハンドラーなら自責よりも他にすべきことがあるんじゃないか? お前が私に助けられたと思っているなら、なおさら」

 面白くなさそうにスッラが鼻を鳴らす。拗ねた子供のような声と言葉に、ウォルターの目が丸くなる。まばたきに、ぱちりと音のした気がした。

 「あ……え、と……怪我、は……してるな……大丈夫、とは言えないな……あ。痛みは、まだ、痛むか?」

 「……」

 スッラにジトリとした眼を向けられて、ウォルターはたじろぐ。相手(スッラ)が何を求めているのか、分からない。

 「……謝罪よりも感謝を喜ぶ奴もいる。ハンドラーなら褒めることも仕事だ。懐柔しろ。手懐けろ」

 溜め息を吐きながらスッラが項垂れる。片手が、額を支えるように当てられていた。

 スッラの言葉にウォルターはハッとする。

 「か、感謝する。スッラ、ありがとう」

 「……気が抜けたら傷が痛んできた気がするな」

 「そ、そんな……医者は、痛み止めはあるか? 俺に何か、できることは……」

 怪我の痛みなど、今さらあるわけがなかった。

 この診療所にウォルターを運び込み、処置が無事に終わったと知れた時点で、神経の鎮静を感じ取った管理デバイスがコーラルの体内循環量を基準値内に調整し、それまで意識の外に追いやられていた痛覚が戻ってきた。そしてスッラ自身も処置を受けたのだ。元より傭兵を生業としていて荒事には慣れている。ウォルターが目覚めるまでに痛みは引いていた。

 だがしかし。

 さてウォルターはどうしてくれるだろう、と様子を窺う。この“少年”は見ていて面白いのだ、昔から。

 「……そうだ、」

 何かを思い付いたらしい。

 さり、と衣擦れの音がした。

 「スッラ、来てくれ。……こんなことしかしてやれなくて悪いが」

 スッラは顔を上げる。目の前には、ベッドの上で両腕を広げるウォルターがいた。

 「……ハグには鎮痛効果や気分の高揚、幸福感と言った効果がある。だから、」

 「懐かしいな。昔、私が血塗れでラボのガレージへ戻ってきた時に、お前は泣きながら抱き付いてきた」

 「そっ、な、あれは……! 普通、驚くだろう。あんな、一目で返り血だなんて分からないだろう……!」

 笑いながら、スッラはベッドに乗り上げる。ウォルターの目が、微かに丸くなる。それを、見ない振りをして腕が回される。驚きは、確かにあった。けれど拒む理由は無い。広げていた腕を閉じて、昔から変わらない、広い背中を抱き締める。やはり、シャツの下には包帯やガーゼがある。ウォルターの指先に、力が籠る。だがそれ以上に、ウォルターの背に回された腕に籠められた力が強かった。

 「……お前の、足だが。……悪かった」

 首元に埋められ、くぐもった声が聞こえた。

 「歩行はできるが補助は必要になると。義足に替えるなら、費用は私が出す」

 はじめて聞く声だった。いつもの、不敵で泰然としたものではない声。消沈し、覇気のない萎れた声。

 ぐるる、と獣のような唸り声を聞きながら、ウォルターは穏やかに目蓋を閉じる。両足にかかる重み、締め付けられる胴、首筋や耳を湿らせる吐息、消毒液に紛れる鉄のにおい。

 「いい。問題ない。大丈夫だ。お前の稼いだ金だ、お前のために使ってくれ」

 今回の補填もしないとな。気の立った獣を宥めるように背中を擦りながら、そんなこともウォルターは考える。雇い主を守りきれなかった傭兵を責める気配など、微塵も無い。

 「……」

 「……す、スッラ? 少し苦しいのだが、」

 そして診療所を営む闇医者が病室を訪れた時には――傭兵が雇い主を抱え込んで眠る姿がベッドの上にあった。

 後日、義足に替えないのならせめてとスッラがウォルターに杖を贈る姿が見られたとか見られなかったとかは、また別の話。


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