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【ACⅥ】Punish, Vanish, Finish

「幕が下りれば宴の時間」

地獄に落ちるハンドラー・ウォルターの話
※深刻な話ではないしグロとかもない。軽い。
スラウォル有。ハウンズの捏造(口調)有。

地獄に落ちるハンドラー・ウォルターの話

※深刻な話ではないしグロとかもない。軽い。


みんなで仲良くあの世でワチャワチャするだけ。

主にスッラとカーラとミシガンとハウンズ。

みんなウォルが好き。

ハウンズは口調の捏造注意。

スラウォル有り。

モブが一瞬しゃべる。


たぶんル解√

気を付けてね


---


 まぶたを開くと闇の中だった。

 真っ暗闇の中に、ウォルターはぽつんと立っていた。

 何の感慨もない。足も腕もないからウォルターは動けない。

 自分は死んだのだろうとウォルターは思った。いつ死んだのかは分からないけれど、自分はアーキバスの施設に収容されていたはずだから、こんなところにいるわけがないのだ。

 闇は穏やかだった。けれどウォルターが意識を持って思考し始めるとその表情を変えた。

 はじめに光があらわれた。

 それは遠くに見え、徐々に大きく溢れていった。

 点だった光は穴となり、光の粒をぽろぽろこぼし、やがて水があふれて滝のようになった。

 こぼれた光は海原となり草原となり、ウォルターの下に広がった。

 暖かかった。

 否。熱かった。

 パチパチと跳ねる光の粒は正しく火の粉だった。

 そう思えば、はじめから、この光は火のようであった。最初は小さな種火。次に火の粉を舞わせながら大きくなり、そうして伸び伸びと手足を広げる炎へ。まったく火の育つそのままではないか。

 ウォルターは「そうか」と頷いた。

 これが最後か。この闇で、この炎で、何もかも燃やし尽くされることが自分の最後か、と。

 肌を嘗める炎は眩く熱い。燃え尽きるまでには相当な苦痛があるだろう。

 星を燃やそうとした人間に、数多の命を奪ってきた人間に、相応しい罰だ。

 ――立っていると言う感覚は無かったけれど、立っていると言う意識はあった。だからウォルターはまぶたを閉じて身体から力を抜こうと思った。眩い光の海に、倒れ込もうとした。

 音もなく、光の粒が爆ぜていた。

 まぶたを閉じる。まぶたを閉じても、その向こう側は明るかった。

 力を抜く。だらりと腕の下がった気がした。ウォルターは見えなかったけれど、ウォルターの身体に腕が戻っていた。光の這う両腕は眩く熱かった。

 爪先が地面を押した。硬くも柔らかくもなく、実存するのかすら判らない地面。ぐらりと身体が傾いて、ウォルターは燃え盛る光の中へ倒れ込む、はずだった。

 地面に身体が叩きつけられる瞬間は来なかった。代わりに、落ちていく感覚があった。

 真っ逆さまに落ちていく。

 闇の中を、光の糸を切れ端を引き連れてウォルターは落ちていく。

 前髪が額をくすぐる。

 落下している感覚にウォルターはひとり納得していた。

 だってそうだろう。ウォルターは悪人だ。悪人が死んだら地獄へ行く。地獄とは、おちる場所だ。

 だから、これは正しい。

 実際ウォルターには声が聞こえていた。

 落ちるにつれて聞こえてきたのだ。まぶたを閉じていても声の主たちが見えた。

 それらの多くは吠えるような呻き声を上げていた。意味は無く、感情ばかりの声だ。しかし中には明確にウォルターを責める声もあった。

 お前のせいだ。お前が悪い。お前が殺した。お前が死なせた。お前はもっと苦しむべきだ。お前は許されてはいけない。許されない。許さない。

 ああそうだ。そうだろうとも。そうしてくれ!

 「声」に対してウォルターは反論も否定もしなかった。

 だって「声」は正しいから。間違っていないから。ウォルターは悪人で、罪人で、永遠罰せられるべきだから。

 落ち続ける中で、ウォルターは何もかも受け入れていた。

 やがて「声」たちは手を伸ばし始める。その手でウォルターを引き裂いて焼こうとする。けれど落ちていくウォルターは捉えられない。追うばかりでなく、横や下方から現れるようになっても「声」の腕は端の方がかするばかりだった。ウォルターには赤々とした熱線ばかりが増えていく。

 そして、ようやく闇が拓けて、地獄が見えてくる。

 増した熱気と光にウォルターは薄くまぶたを開けた。下方には凄惨な風景が広がっていて、周囲には相変わらず「声」があった。

 そんな中で、またウォルターに向かって伸びてくる腕があった。

 その腕は、他の、今までの腕とは違い、ウォルターを捉えた。

 腕を掴む力は強い。引き寄せられる力も、強い。そして引っ張られる方向が、真下ではなさそうだということに気付いて、ウォルターは「声」に耳を澄ませるように閉じていたまぶたをゆっくりと開いた。

 目の前に、誰かの胸元があった。

 そして下降は速度を緩め、また垂直ではなくなっていた。

 触れる腕は害さず、傷付けもしない。つまり誰かに抱えられているのだと、そうして思い至る。

 なんだこれは、とウォルターはまばたきする。

 驚きと困惑の目が、自分を抱える「誰か」を見上げた。

 瞬間、ヒュ、と喉が鳴った。

 だってそこには、見上げた先には、自分が殺したはずの独立傭兵の顔が。

 「――ああウォルター。お目覚めか?」

 いまだ追い縋ってくる「声」や「腕」を振り払うために不機嫌そうだった顔は、ウォルターと眼が合うや愉しそうに口許を歪めた。

 どうして、と問おうとして、ウォルターの唇は音もなく開閉するだけしかできなかった。

 そんな様子を見て傭兵は、独立傭兵スッラは、隠すことなく喉をククと鳴らした。

 「私は私がやりたいようにやる。どこであろうとな」

 「ど……!?」

 スッラの言葉に、ウォルターは改めて周囲へ視線を遣る。

 正直なところ、夢だと思っていた。走馬灯のような。

 ウォルターは「あの世」と呼ばれる世界を信じていなかった。堕ちるなら「そう」だろうとは思っていたけれど、「そこ」が実在しているとは思っていなかった。観測も実証もされていなかったから。

 だがこれは、この現実味のない風景は。それなのに意識は明瞭で、感覚は確かだった。

 ならばやはりここは――。

 「地獄へようこそ? ハンドラー・ウォルター」

 そこ(底)だった。

 「!?」

 今度こそウォルターは息を呑む。ははは! と高らかな笑い声が地獄の空に響いた。それはまったく地獄に相応しいものだった。

 「ところで――」

 呵々と笑っていたスッラがふと声を落とす。一転、落ち着いたものとなった声音にウォルターは「なんだ」と訊く。

 「誂え向きとは言え、さすがにおっかけが多すぎるぞ」

 「っ、」

 それは間違いなく「声」や「腕」のことだった。

 スッラの声に遮られて少し遠ざかっていたけれど、ウォルターを責める声は確かにある。

 ウォルターは熱の這う両腕を突っ張ろうとした。

 「な、らば離せ。離せばいいだろう。これは俺が受けるべき責めで、貴様には関係のないモノだ」

 スッラは鼻で笑った。離れようとするウォルターを抱え込んで、腕の力が強くなる。

 「まあ、そうだな。だが9割は幻だ。こいつらは罪人の自責やら後悔やらの念が見せる虚像だが……お前は相変わらずらしいから干渉してくるのだろうな」

 スッラの服や腕や足を掴んでくる「腕」を振り払う仕草には重さがあった。

 それを見てウォルターはなおさら「離せ」と言い募った。泣きそうな顔に見えた。

 「こんなところでまで俺に構うな、構う理由などないだろう!」

 「遅いぞ独立傭兵! RaDの頭目がお待ちかねだ!」

 ウォルターが叫ぶのとほとんど同時に、これもまた聞き覚えのある声が飛んできた。

 視界の端に黒い影が通る。

 それはふたりの後ろへついたようだった。風が吹き荒れて「声」たちが悲鳴のようなものを上げてその音量をわずかに落とす。吹き飛ばされたのだろう。

 ひょいとスッラの影から顔を出せば、そこにはやはりミシガンがいた。

 ミシガンが何かを後方へ投げると、投げられた物が爆発して「声」が減る。手榴弾が、地獄にあるのか――と思って、ミシガンの言葉を思い出す。

 ――RaDの頭目がお待ちかね。

 それは、彼らがここにいるなら、きっと、間違いなく、彼女なのだろう。

 「レッドガン総長とやらは使い走りもこなすのか。便利なものだ」

 爆風を追い風にしてスッラが笑う。どんな邂逅を遂げたのか分からないが、接触はあるらしい。……あまり穏やかとは言えなさそうだが。

 「ミシガン、お前も……こちらなのか……カーラも」

 「こちらに来ない奴の方が少ないだろう。おかげで代わり映えがせん」

 「今のルビコンⅢにいる人間の多くは密航者の系譜だろう。そうでなくとも星外企業やらを相手にしているだろうし――まあ、上に行ける人間は極僅かだろうな」

 ふたりの言葉にウォルターは唇を引き結んだ。だってそれは、多くの人間がここに来ている、もしくは来ると言うものだったから。

 「お前がいようがいまいが「ここ」は罪人で溢れる。思い上がるな、ハンドラー・ウォルター。お前の罪など所詮人が犯せる程度のものだ。お前は人間なのだから」

 スッラがそんなことを囁いた時、ミシガンが呆れたような顔をしていたことを、俯いていたウォルターは知らない。

 ごそりと腕が動く気配がした。

 そして同時に、何かが宙に白線を描いた。それを、スッラは腕を伸ばして掴んだ。

 するすると腕――手首を回して掴んだものを巻き付ける。どうやらそれは白い糸のようだった。

 光をやわらかく照り返すそれは絹糸にも見える。

 手首に巻き付けた糸を、スッラは軽く引く。何を――とウォルターは思う。大の男二人分を支えられるとは思えなかった。

 けれど、ウォルターの予想に反して、糸は勢いよくふたりを引っ張り始めた。

 ハッとしてミシガンを振り返る。

 ミシガンは、僅かに離されながらも目視できる距離でふたりの後ろをついてきていた。


 引き上げられるのではなく引き寄せられると言った方がいい調子で辿り着いたのは崖の上だった。

 落ちているのだから重力はあるだろうし、水中ともまた異なる感覚なのが妙だ。いまだに足元が浮いているような気のするウォルターは不可思議に囚われていた。

 極自然にスッラに支えられているウォルター――正確にはそのふたり――を見てまたミシガンは呆れ顔を作る。

 「声」たちはもう見えなかった。

 ミシガンが、ふたりに追い付いて崖の砂利を踏んだのとほぼ同時だった。

 ザザッと勢いよく砂利の蹴散らされる音がした。

 スッラがそこはかとなく嫌そうな顔をする。

 「ウォルター!」

 その声は懐かしくて頼もしくて、やはり覚えのあるものだった。

 「カーラ、」

 ウォルターはその名前を呼ぶ。怒られるのを怖がる子供のように、声が少しふるえていた。それに気付いたらしいスッラが、ウォルターを支える腕に力を込める。もはや抱いている状態だ。

 「カーラ、俺は、」

 「よく頑張った――!」

 がばりと覆い被さったのは、声と身体の双方だった。

 引き留めようとして、しかし当人の身体を慮ったのか微かに退いた手はその顔と同じく不満げだ。目の前で披露される固い抱擁に、スッラは鼻を鳴らす。

 「ほんとうに、よくやった。お疲れさん」

 カーラの後方にゆったりと落ちる白い糸の束が見える。やはり糸を投げ、引いてくれたのはカーラらしい。

 「っ……、ちがう、だめだ、カーラ、俺は、おれ……!」

 なにもできなかった、と少年は目の前の肩に顔を埋めた。光を脱ぎ落とした両腕が背中をさまよって、結局服を握り締める。

 「あんたは帰ってきた。そして最後まで“あんたがすべき”仕事をした。十分じゃないか」

 カーラの腕がウォルターの頭を優しく撫でる。

 そうして、気丈な少年が終ぞ聞かせることのなかった嗚咽が、くぐもりながらあふれ始めた。

 今さらお前たちがどの口で――とスッラはふたりを視界に納めながら眉をひそめる。ほんとうに、何時であっても何処であってもこの友人たちとやらはいけ好かない。

 物言いたげな独立傭兵と、初めて見る旧友とその知り合いの姿に、傍の石の上に腰を降ろしていたミシガンは溜め息を吐く。

 「……」

 どれだけ経ったのかは分からない。

 しばらくして、カーラがウォルターの背中を叩いた。

 「――さ、それじゃ行こうか。皆待ってるよ」

 「……?」

 「と言うか、早く行かないとやりすぎちまうかもね、あいつらは」

 カーラの言葉にウォルターは首を傾げるばかりだ。誰のことを、何のことを言っているのか見当がつかないのだろう。

 まあ、来たばかりなのだから当然と言えば当然なのだろうが――。

 「言っただろう。上に行ける人間は極僅かだと」

 縋るような眼を向けられたスッラはほとんど答えになっているヒントを出してやる。

 それでも疑問符を浮かべたままのウォルターは、連れてこられた先の光景を前に目を丸くした。

 崖に沿うように歩くと、やがて見える景色も変わっていった。地獄に相応しい、凄惨でおどろおどろしいものだ。だがその中に、よくよく見ると様子のおかしいものがあった。

 本来罪人を責め立て苛む立場であるはずの悪魔たちが、罪人に追い立てられているのだ。

 悪魔を囲む罪人たちの動きは組織的だった。ひとりが追い立て、数名が周囲を囲み、またひとりが周りの影から奇襲を仕掛ける。その連携に悪魔たちは一人また一人と地面に伸びていく。手にした矛も味方であるはずの地獄の炎や雷も、追跡者たちは軽やかに避けてしまう。

 その様子はまるで狩りだった。

 そしてその狩りの仕方を、ウォルターは知っていた。

 「ぎゃーっ! ヤメロッ! あのふざけた建物も我々に対する狼藉も……うわっ! わ゙ーっ!」

 断末魔を上げながら、またひとり悪魔が伸される。

 きゅう……と地に伏せる姿には哀愁すらあった。地獄の悪魔も仕事をしていただけだろうに、哀れなことだ。

 そして、エリアの悪魔があらかた倒されたためか、その場所は他と比べて幾分穏やかな――否、穏やかどころではない。何やら地獄らしくない建物や看板が建てられている。

 なんだこれは、どういう状況なんだ、とウォルターは戸惑う。

 カーラはウォルターの困惑を察しているのか否か、慣れた風にその建物の方へと導いていく。

 「なんだこれは……」

 建物に辿り着いて、ウォルターはやはり呆然と呟いた。

 建物は立派で、看板には「地獄温泉」とか何とか書かれていた。まるで観光地のようだ。当然、悪魔たちの反応からして無許可であるらしい。許可を得られるとも思えない所業だが。

 そして悪魔たちを「狩って」いたものたちが、そこへ帰ってくる。

 それもまた当然の再会だった。

 「お待ちしておりました、ハンドラー・ウォルター」

 「いえ、こちらにくると確信していたわけではないのですが……」

 「あなたとの再会を喜ぶ我々をお許しください……!」

 「不自由はさせません。全ての責め苦からお守りいたします」

 その4人を、ウォルターは知っている。

 「……なぜ、」

 「シンダー・カーラとの再会で、その……遠からずあなたも……」

 617たちはカーラと面識がある。ルビコン入り前以来ではあるが、地獄で再会した彼女たちはここまでの経緯を共有していたらしい。

 だがウォルターが訊きたいのは別のことだった。

 なぜ地獄(ここ)に617たちもいるのかと言うことだ。

 スッラやミシガンはもう半目になっていたけれど、ウォルターは真面目だった。

 「お前たちは、何もしていないのに」

 「いいえハンドラー・ウォルター。我々は多くの命を奪いました」

 「俺がそうしろと命じたからだ」

 「従ったのは我々です」

 「お前たちは俺に従わざるを得なかった」

 「だとしても意思はありました。その上で、我々はあなたに従うことを選んだ」

 「どうしてもと仰るなら、我々をあなたの共犯者とお考えください。我々が「道具」ではなく「ひと」であるならば、それが自然でしょう? そして共犯者とは罪の共有者です」

 猟犬が、微笑みながらハンドラーに語る。

 カーラが立ち尽くすウォルターの背を叩いた。

 「諦めな。私もあんたもこいつらも、もうみんな同じ釜の罪人さ」

 「諦めてください。こうしてここにいることが事実で、逃げ場もありません」

 カーラも617たちも何故だかニコニコしていて、ウォルターは何も言えなくなってしまった。

 そんな感動的な再会を終えれば、忠実な猟犬たちはハンドラーを件の建物へ案内する。

 建物の中は、観光地でも見られるような、温泉施設そのものと言った内装だ。ちらほらと人影もある。

 呆然とするウォルターの脇を、ふらふらと傷だらけの人影が通り抜けて建物の奥へ消えていった。利用は自由らしい。

 「……ここは誰が?」

 「我々が来たときには建設に着手されていました。誰の主導かは分かりません」

 「悪魔たちが邪魔をしていてあまり進んでいなかったようです。我々はシンダー・カーラとの合流からあなたの到着を予想し、悪魔の撃退をしていただけです」

 ハウンズの報告を聞いてウォルターはチラリと背後を見る。

 「レッドガンは関係無いぞ」

 「建設技能持ちの傭兵など聞いたことがないな」

 つまり完成したのは最近のことらしい。

 けれどウォルターには建物の造りや雰囲気に覚えがあった。カーラも、きっとそうだろう。

 予想通り、果たして仕掛人たちはロビーにいた。

 ロビーの隅にいくつかのテーブルを寄せ合って、額を付き合わせている人影がいくつか。彼らの多くは、白衣を纏っていた。

 「……カーラ、」

 何も言わなかったのは、知っていた――気付いていたからだろう。

 それに、こんな場所で温泉なんて発想をするのは常人にはない思考だ。

 「せん、せい……?」

 テーブルの側には知った顔が並んでいた。その中で、恩師と言うべき男の顔を見つけて、ウォルターは目を丸くした。カーラが、その背中を押した。

 「……で? あんたのとこはどうなってんだい」

 テーブルへ歩いていくウォルターを眺めながらカーラが腕を組む。

 答えるのはミシガンだ。

 「概ね予定通りだ。道中ちらほら山登りの手助けもしているらしいが、遅延はない」

 「地獄がその意義を失うな」

 「最初に「力こそ全て」と言ったのは向こうだ。ならば問題あるまい」

 レッドガンは今現在、罪を清算した罪人たちが「天国」あるいは「来世」へ至るために昇る山を整備していた。歩きやすくなるよう、道を均して固めるのだ。

 ごく一部と言えど、制圧され作り替えられていく「地獄」をスッラは笑う。スッラとて大人しくしているつもりはなかったけれど。

 カーラも楽しそうに「そうかい」と笑った。

 3人の視線は、白衣たちに擦られる背中や俯きがちに頷く丸い後頭部に向けられたままだ。

 「そうかい、そりゃ良い。善行は積めば積むだけ良いモンだ」

 皮肉とも取れる台詞だった。

 あの世もこの世も地獄と形容するに大差はない。人の欲望が渦巻く分、あの世(現世)の方がおぞましく救いがないとさえ言える。加えて地獄で罪人を扱う悪魔たちが猟犬たち(ハウンズ)に追いかけ回されたことで責め苦の威力や内容もやや軟化している。

 ウォルターはそんな「地獄」にどんな顔をするだろう。

 また己を責めるだろうか。それとも、ようやく仕方ないと諦めるだろうか。

 何にせよ、ウォルターは己の罪のために地獄巡りをしたがるだろう。

 それはたぶん、辛く、苦しく、愉快なものになる。何故ならいまだウォルターに懐いている猟犬たちがいる。最たる友人であるカーラは同行するか分からないけれど、どこにいても気にかけてくれるはずだ。ルビコン入りして、連絡をとる度にそうしてくれたように。

 スッラも定かでないけれど――たとえ同行せずとも、同じように地獄を見て回り、その都度痕跡を残したりちょっかいを出したりしてくるのだろう。ミシガンはきっと別行動だ。レッドガンがいるから。

 そしてここは、ウォルターが納得するまで、旅を終えるまで、彼の帰る場所になるのだろう。

 数奇な物語とは閉じた幕の向こう側でもまた数奇だった。その場にいる誰もが己の歩んだ生を悲劇だとは思わなかったからだろうか――そこには喜劇とすら言える物語が綴られ始めていた。


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