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【ACⅥ】鬼言抄龍語

きごんしょうりゅうがたり
鬼×龍なスラウォル になる前の鬼+子龍(スラ+子ウォル)。和風ファンタジーパラレル。昔々の話。前日譚とかプロローグ的な。
流血・死亡描写があります。グロくはないはず。

角のある話

鬼×龍なスラウォル になる前の鬼+子龍(スラ+子ウォル)。和風ファンタジーパラレル。

昔々の話。前日譚とかプロローグ的な。

CP要素薄いけどスラ→ウォルの愛や執着はあります。


流血・死亡描写があります。グロくはないはず。グロ描写とまではいかない程度です。


鬼や龍や信仰なんかについての設定や解釈は個人的なものです。

以前読みかじったり聞きかじったものを朧気に継ぎ接ぎ。

山村についてもただの妄想です。なんちゃってオールドニッポン。


気を付けてね。


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 そうだな――たまには昔話でもしてやろう。昔々の、お前が生まれるずっと前の話だ。昔話と言っても別に教訓があるわけでも思想があるわけでもない。ただ昔にあった出来事だと言うだけだ。

 あれはまだ、この辺りが山の中にあって、隣の村とも二山ほど離れていた頃のことだ。



 昔々、霧深い山の中に小さな村があった。人々は山や川からささやかな恵みを貰ってささやかに暮らしていた。

 山の中の村には、時々旅の一座や修行僧や迷い人なんかが訪れた。村人たちは、けして豊かとは言えない備蓄から、それでも来訪者たちをもてなすに十分な食料を出して世話していた。小さな村は、そういう村だった。

 ある日そんな村に一人の狩人が現れた。狩人は依頼を受けながら各地を回っている旅の狩人で、その村には偶然辿り着いたのだった。

 狩人は村に数日の間だけ滞在するつもりだった。数日村に身を置いて、村の周りで懸賞金の出ている種類の獣を狩ったり、村人に話を聞いて依頼として獣を狩ったりして、そして去る予定だった。狩人は大体そんな風に旅をしていた。

 けれど今回は何やら様子が違った。数日の予定だった滞在が、既に二十日を越えて一ヶ月になろうとしていた。

 理由は一人の子供だった。村で一番幼く、唯一と言って差し支えないその子供と、狩人は親しくなっていた。

 はじめは、好奇心から子供の方が近付いて来た。当初は大して相手にしていなかった狩人も、次第にその子供の存在に慣れていった。

 周囲がそれぞれの仕事に励んでいる間、同年代の遊び相手も居らず一人で時間を潰す姿を何度も目にしたからだろう。時間があれば村の外の話をしてやったり、子供の話を聞いたりした。村の極近い場所で野草や小動物の捕り方を教えたりもした。

 狩人は子供の扱いなんて知らなかったけれど、子供は年の割に大人しく他人の手をあまり煩わせない子供だったし、何より大袈裟な子供扱いをされないことが嬉しいようだった。


 その夜は、ふたりで蛍を見に行くことになっていた。

 夜に家を抜け出すことはもちろん危険だ。だからふたりだけの秘密の約束だった。

 狩人が翌日の狩りの支度を整えて、待ち合わせの場所に訪れると、そこには少年が――少年の死体があった。

 少年――だったもの――は無惨な肉塊となっていた。何か鋭いもので切り裂かれ、引き千切られたような、しなやかで柔らかかった身体。闇夜に黒く、そして薄く湯気を立てる血潮は、確かに少年の生命だった。

 狩人は惨状を前に呆然とした。何故。どうして。そんなことばかりが頭を廻った。

 どれだけそうしていただろう。

 やがて村の方からザワザワと松明の明かりが暗闇へ分け入ってきた。それはいくつかに分かれ、集まり、そしてその中の一塊が、とうとう狩人を照らし出した。

 松明の明かりは、少年を探しに来た村の大人たちだった。

 そんな大人たちが見つけたのは、少年が着ていた着物と何かの血肉が混ざりあったおぞましい物体。その前に立ち尽くす、余所者の狩人だった。

 冷静に考えれば、狩人が犯人でないことなどすぐに分かった。狩人は護身用として鉈を腰に提げていたけれどそれはまったく綺麗なままであったし、着物も人を殺した後にしては綺麗すぎた。何より、狩人には少年を殺す利点も動機もない。

 それでも、他の村の例に漏れず迷信的で信心深い村の人間たちは、狩人をその場で少年殺しの犯人として縄をかけた。

 狩人は知らぬことだったが、少年は神への供物――になる予定の人間だった。少年自身知らなかっただろう。数年に一度、村で愛情をもって丁寧に育てた無垢な身体を文字通り切り分けて、山と川に捧げるのだ。

 だから少年は、村人たちの与り知らぬところで与り知らぬ間に死んではいけない存在だった。

 つまり狩人に対する裁判なんかは無かった。狩人は少年を殺したから、少年の代わりに村のために死んでもらう。処遇は端から決まっていた。

 今でこそ巫女だ何だと選りすぐられるが、昔はそこまでしていなかった。少年のように、多少の供物選びはあるけれど、それができないならできないで何かしらを捧げてしまえ、と言うことがほとんどだった。老人でも石女でも、罪人でも良い。何も無いよりはマシ。そもそも大体どんぐりの背比べ。そんな時代で、そんな場所が多かった。

 少年はそんな村の精一杯の神への献上品だった。人の多くない村で、ようやく生まれた供物に不足の無い存在。供物としても人としても、少年は村で大切にされていた。

 それが、たまたま村に辿り着いただけの余所者に。余所者に懐いたから。余所者がいなければ。

 山の入り口、簡素な鳥居の前に狩人は引きずり出された。

 狩りの途中。山や森の中。獣に引き裂かれ食われて死ぬのだと思っていた。首を落とされるのならば、それよりも痛みや苦しみは少なかろう。

 朝日の昇ってくる時分。村人の振り上げた「御神刀」が白く煌めいた。

 ごとんっ。

 狩人の頭が転がった。

 その時に、狩人は笑っていたとか何事か呟いていたとか、見たり聞いたりした村人がいたと言うけれど、実際どうだったかなど分からない。

 ただ、切り落とされた狩人の頭が、ころころと転がって山の藪の中へと消えていったのは、村人全員が見ていた。

 それから村人たちは狩人の身体をまた幾つかに分けて山と川へそれぞれ捧げた。少年で行われるはずだったことだ。

 村人たちは、なんとか供物を捧げられた、とその安堵に包まれながら日常へ戻っていった。


 村の周りの様子がおかしくなったのは、数ヶ月程が経ってからだった。

 山へ薪や山菜を取りに行った村人が、鬼を見た、鬼が出た、と言うようになった。もちろんはじめは熊か何かを見間違えたのだろうと誰も信じなかった。けれど次第にその人数は増え、山の獣たちも何かに怯えるように神経質になっていった。

 そして、とうとう村の人間が消え始める頃には、みんな山に「鬼」がいると信じるようになっていた。

 村の人間が消えるのは、今までにもあったことだ。山で迷ったり獣に襲われたり、度々あったことだ。けれど山に鬼がいることになってからは、人間が消えることに敏感になって、それは鬼のせいだと言われることがほとんどになった。

 人々は鬼を恐れた。はっきりと姿を見た者はいないのに。恐ろしいこと、不可思議なことはすべて鬼の仕業になった。

 何より人々が恐れたのは、姿を消した人間が見つかった時、その死に方――もとい殺され方が、いつか村を訪れ村で村の人間たちに殺された狩人が獣たちを狩っていたそのやり方とよく似ていたことだ。もちろん、人間以外がそうやって殺されているのにも、人々は遭遇していた。

 「鬼」が「あの狩人」だと人々が噂するようになるまで、大してかからなかった。

 人々は鬼に狩られないよう、息を潜めるようにして暮らすようになった。下手に刺激しなければ大丈夫なはずだ。山の神、川の神が守ってくれる。だって――自分たちはちゃんと「供物」を捧げたのだから。


 やがて人は増え、山や森は拓かれていった。その村も例外ではなかった。外から持ち込まれた医療や技術で、かつて人里離れた、と表されていた村々は誕生や合流を繰り返して「人里」になっていった。

 そして、かつて山の中を静かに通っていた小さな川は度重なる荒天での増水にその川幅と水量を増していた。人々はその変化を、川に龍神様が宿ったからだと考えた。生きるために欠くことのできない水を大量に、かつ綺麗なものを与えてくれる川と龍神を、人々は崇め奉った。祠を作り、社を造り、鳥居を立てて、末永い恩恵を願った。

 けれどそこに龍神様なんて居なかった。当然だ。人間が勝手に「居る」と思っているだけなのだから。

 人間が人間に恩恵を与える「龍神」を求めたのは、未だ人を喰らうあの山を恐れたからでもあっただろう。人間に友好的な神様がいて、その神様が守ってくれると思いたかったのだろう。龍と言うのは昔から吉兆の証、人に恵みをもたらす存在、河や雨と言った水の象徴として語られていた。

 それからしばらくして人々の願いが天に通じたのか、人々の信仰がかたちになったのか分からないけれど、造られてからこちらずっと空っぽだった祠に、本当に龍が生まれ、そして宿った。

 そんな頃にはあの山は禁域にも近い扱いをされるようになっていた。鬼がいるから入ってはいけない。鬼がいるから近付いてはいけない。もはや鬼を見たと言う人間もいないのに、その恐ろしさだけが連綿と語り継がれていた。

 山に分け入ったり近付く人間はいなかった。山に行く危険を侵さずとも、商人から買ったりや街へ行った方が安全で便利だからだ。人の手の入らなくなった山は、いっそう鬱蒼と霧を深めていた。

 「龍」は人前に姿を現さなかった。否。正確には、人々は「龍」に気付かなかった。目に見えぬもの、姿を現さぬものだと考えていたから、例え目の前にいたとしても“気付かなかった”のだ。奉られるものとはそういうものだ。

 だが人々はそんな龍に、自分たちに水の恵みを与え、生かしてくれているはずの神様――「善き龍」に、更なる人の守護と繁栄を願った。その中には当然、病や災いや「鬼」からの守護も含まれていた。

 噂を聞きつけ「鬼退治」に来た人間は誰も成果を出せなかったからだ。鬼に出会すことのなかった者。獣に食われた者。道に迷ったのか逃げ出したのか、山から帰って来なかった者。そんな人間ばかりだったからだ。


 結局――鬼(おに)と言うのは「陰(おん)」、つまり「陰(かげ)」から生まれる存在だ。普遍にして不変。「陰」を恐れ、「陰」と判じる人間がいる限り「鬼」もまた存在し続ける。鬼は人であり、人は鬼になり得る。

 その山の鬼が人々の恐怖心なのか件の狩人の成の果てなのかは分からない。けれど、やはり「それ」は「鬼」なのだろう。


 ところで龍とは――先程も言った通り――水や天を司るとされる、吉兆として語られることの多い存在だ。奉り機嫌をとって恩恵に預かろうと言う考えも、無くはないのだろうが、まあ大体はその姿や力に畏怖し憧れ仰ぐ。

 水を降らせ、流し、巡らせる。人間のみならず、生き物の営みに不可欠な「水」を操る存在。



 ――特にお前は他の龍にはあまりない力を持っている。気付いていたか?

 お前は降らせ、流し、巡らせるだけでなく、その逆の力も持っている。そうとも。龍が水を留め、塞き止め、隔てることはよくあることではない。

 お前は留めることもできるのだ。水だけではない。何かを、誰かを。



 「龍」が生まれてからしばらくが経った。山や森は相変わらず霧を纏っていたけれど、「鬼」の恐怖は人々から薄れつつあった。人々が山や森に近寄ることが少なくなったのだ。道が整えられ町との繋がりができ、山や森に近寄らずとも良くなったからだ。人々は「鬼」だけでなく、草木や獣たちのことも忘れていった。山や森で「狩られた」何かを見ることも無くなっていった。

 「鬼」は昔話となり伝承となっていった。今や龍と同じ、姿や形の無い「話」になったのだ。



 私もお前もここにいる? そうだな。だが人間からしたら実在するかどうか分からない……どちらかと言えば実在しないはずの存在になる。

 だからと言って人間の前で正体を明かそうなど思うなよ。特にお前は正体がバレたらどんな目に遭うか分からない。八つ裂きにされて殺されることは無いだろうが、小さな社に閉じ込められて毎日角やら鱗やらを少しずつ削られることになるだろうからな。ついでにあそこに雨を降らして欲しいだのあそこの水を干上がらせて欲しいだの、くだらん願いを延々聞かされるだろう。人間などそんなものだ。

 うん? ……ああ、そうだな。確かに私は鬼だな。く、ふふ。そうだな。あの山や森の辺りをねぐらにしているな。ははは! それは、さて――どうだろうな? 人間が居るところには死体が在る。一昔前などその辺に死体が転がっていた。どこで誰が死んでいてもおかしくはない。それに人間が言うところの「見えぬもの」どもは何時でも何処にでもいる。人間が鬼になることもあれば、鬼として生まれてくるものもいる……お前が龍として生まれたようにな。

 全て昔の話だ。気にするな。話半分に聞いておけばいい。少なくとも龍のお前には関係の無い話だ。

 ハル。龍の子。忘れるな。お前は留めることもできる。何かを、誰かを、留めることもできるのだ。それを忘れるな。

 ……別に留めることや止めることは悪いことではない。確かに止まり、溜まった水気は澱んで腐り腐らせることもあるが――特に人間たちは溜めた水で生命を繋いでいるだろう。川の淀みに身を隠し生き延びる魚もいる。鳥や獣は身を清める。悪いことばかりではない。だからお前の好きなようにやればいい。それもまたお前の力なのだから。

 呼ばれ、留められることを望むものもいるのだ。




 鬼と龍の子がそんな話をしていると、山の中から獣の遠吠えが聞こえた。あまり遠くない距離にいるらしい。

 ゆらりと鬼が立ち上がった。傍らに控えていた蛇の一匹が姿を変じて刀となる。それを鬼に差し出しながら、龍の子は不安そうな眼をする。

 「心配するな。すぐに戻る」

 鬼の手が、龍の子の、たてがみと同じ色の髪をくしゃりと撫でる。

 鬼が獣に負けるわけがない。けれど、それでも鬼が怪我でもしやしないかと、まだ幼い龍の子は心配なのだ。手負いや繁殖期や子連れや冬に眠らなかった獣は危険度が増す。人間が獣に襲われる様を見たことのある龍の子は、龍でありながら獣は恐ろしいものだと認識していた。

 「……どうしてお前はそんなに獣を殺すんだ? 同じ山や森に住む同胞だろう?」

 それに、鬼が特に肉食の獣たちを獲物とすることも、心配で不思議だった。

 「己が領分を弁える獣ばかりなら良いのだがな。お前も以前社を荒らされて困っただろう?」

 そして、前に言わなかったか? と鬼は少し首を傾げて、それからニィと口角を上げて見せた。

 「それに、私はな――イヌやらクマやら、肉を引き裂いて血をぶちまけていくようなケダモノが、昔から嫌いなんだ」

 まるで狩人のような眼をして鬼は獣の声のした方へ駆けていく。その背中を、守役として残された鬼の眷属の蛇二匹に侍られながら龍の子は見送る――ことしかできなかった。








メモ

名前について:ハル→和風でも通じそうな名前がこれしか思い浮かばなかった

「水を留める、隔てる」について:「水(water)」を止める、もしくは隔てると「ウォルター(Walter)」になるので(Walterの“l”を隔てるものと見る)

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