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【ACⅥ】隻眼のフォルトゥナ

生存ifスラウォル。甘め。流血・負傷・隻眼描写有り。何もかも捏造と妄想。

生存ifスラウォル。甘め

流血・負傷・隻眼描写有り


何もかも捏造と妄想


いぬもエアチャンもウォルターが好き


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 ルビコンⅢが解放されてからこちら、コーラルの利権闘争の様子を窺っていた企業や傭兵たちがおしかけてきている。正式で面倒な手続きを経て正面から入ってくる企業や傭兵にはいい迷惑だろう。

 密航者、不法入星者の対処は言わずもがな、ルビコンⅢ内に留まっている戦力たちだった。ルビコンⅢを解放した張本人である独立傭兵レイヴン、連絡途絶を理由に本社から独立状態にあるレッドガン部隊、そして密航済みの独立傭兵各位だ。ヴェスパー部隊はルビコンⅢの防衛に消極的で、本社や自分たちの利になる場合のみ動いてくれる。

 独立傭兵たちがルビコンⅢに与するのは、単(ひとえ)に都度雇われるからだった。継続的な契約をすれば良いものを、と考える者もいる。だが、防衛戦の度に声をかけてくる雇い主は独立傭兵たちの手“綱”を握り続ける気が無い故にいちいち律儀に傭兵を雇っているようだった。

 そのやり方は、まったく素人めいている。相場よりもやや高い報酬。防衛場所によってはヘリでの送迎があり、簡易的ではあるがブリーフィングとデブリーフィングがあり、戦闘中はオペレータがつくこともある。継続雇用と遜色無い扱いだ。独立傭兵にとって、都合が良すぎる。

 だがそれをしているのがルビコンⅢを燃やそうとしていた人間だと言うのだから奇妙なものだ。あるいは罪滅ぼしのつもりなのだろうか。ルビコンⅢにいる独立傭兵たちは少なからずハンドラー・ウォルターと言う男を気にするようになっていた。

 ルビコンⅢに与する戦力の中には、ルビコンⅢに縁(ゆかり)のある者もいる。もっと言えば、ルビコンⅢを故郷に持つハンドラー・ウォルター個人に縁がある者たちだ。彼ら彼女らは、ルビコンⅢのためと言うよりもハンドラー・ウォルターのために動いているような気配すらあった。

 さて。ところで最近の密入星者たちは腕利きが集まっているように思われた。少し前、にわかにそれらの姿が見え始めた頃はレッドガンや解放戦線のMTでも対応できる程度のレベルだった。それが、最近は独立傭兵や各勢力のAC乗りが駆り出されることになっている。それだけルビコンⅢの価値が知られていると言うことなのだろうが――いい迷惑だ。惑星封鎖機構との交渉や折衷もまだ仮段階であると言うのに、これでまた全面封鎖――まではさすがにしないだろうが――なんてことになったらどうしてくれるのだろう。しかし悲しいかな、内部の事情など外部の人間たちが知るわけがない。


 警告音がうるさい。カメラが片方潰されて、残された方に負荷がかかっている。運動機能も低下していて、さっさと片を付けないとジリ貧で押し負ける。近頃はアリーナで言うところのB帯以上の傭兵や企業が多い気がする。とは言え、地の利や装備の利は未だこちら(ルビコン)側にある。が――伏兵とは猪口才な。

 敵のドローンの接収鹵獲を諦めて、スッラはその胴部を撃ち抜いて爆散させた。今日も楽な仕事だと思っていたのに、とんだ誤算だ。高高度のグリッド上、遮るものの少ない戦場で四方から飛んでくる攻撃を捌きながら機を窺う。

 ドローンの数は半分ほど減らした。本体も、ダメージを蓄積させられている。だがこちらも無傷ではない。

 機体の損傷は当然として、潰された分の視界をカバーするために遺された片目を酷使して感覚器官がオーバーヒート寸前なのだ。頭と眼がジクジク熱を持っている。毛細血管は既に切れているらしく、目元や鼻の辺りが濡れているのを感じる。度重なる衝撃にACと有線接続している頸部周辺も熱を帯びているしグラついている気がする。戻ったら調整が――否、戻れるだろうか。

 らしくない考えが頭を過る。

 独立傭兵である以上、スッラもまた闘争に歓びや愉しさを少なからず見出す類いの人間だった。強敵と相対すれば胸が踊るし、戦いの中で散ることを受け入れている。

 そしてそれが今なのではないか、とふと思ったのだ。

 元よりウォッチポイント・デルタで失っていたはずの命だ。十分楽しんだではないか、と。目の前の敵を狩って、殺して、それでいいではないか。先のことなど――。

 今が愉しければ、それで良い。

 本当に?

 データの負荷にバチリと目の前で火花が散った。流血が鬱陶しい。苛立ちをそのままにドローンを蹴り飛ばす。本体にぶち当たった。

 後先の事など考えず、ただその時の闘争に勝利だけすれば良い。

 本当に? 後の事など、関係無い?

 スッラは獣ではなかった。スッラは狩人だった。それは他の独立傭兵とは一線を画す異名だった。何故か。スッラが戦闘において“生きて勝つ”ことを前提として動いているからだった。何故か。

 ――死なないで、スッラ。

 遠い昔に交わした約束があるから。ただの獣だったただの傭兵を、人にして、人として接し、人として案じてくれた少年が、この生を願ってくれたから。

 「は、ははっ……!」

 スッラは死なないのだ。少年が、少年として最期を迎えるまで。

 ――……無事に戻れ。待っている。

 スッラは死なない。“スッラの”帰りを待っているひとがいるのだから!

 「身の程を知らぬ、小物風情が。私を墜とせると思うなよ」

 アサルトブーストを全開に本体へ肉薄する。残っているドローンにはプラズマミサイルを放った。完全に破壊できずとも、多少停められれば良い。

 スッラの接近を見て相手は後ろに下がる。急な加速に怯んだのか警戒したのか、後退は素早く遠かった。だが、そんな動き、歴戦の傭兵には利用するものの一部でしかない。アサルトブーストの開放と共に放っていた爆導索が、後退した相手のすぐ傍で炸裂する。

 そして損傷の目立つ機体は、僅かな時間、衝撃に固まった機体をアサルトブーストの勢いのままに蹴り飛ばした。

 堪らず吹っ飛んでいく機体へ、大型のバズーカが向けられる。直撃補正に優れるその得物は、衝撃値を稼ぐのにも直接攻撃として叩き込むのにも有効だ。

 爆炎。そして――駄目押しのもう一発は、クールダウンの必要のない蹴りで。

 ぐしゃり、とコアパーツの潰れる音がした。

 元よりこちらとは距離を取りつつ、主にドローンに攻撃をさせる戦い方の軽量機だった。ドローンの操作にかまけて“相手”への反応に遅れたのだろう。だがその辺りの真実などどうでもいい。もう終わったことだ。

 主機を喪い動きの鈍った子機たちを手早く片付けて、スッラはエンタングルを停める。損傷した脚部が機重を支えきれず、片膝をつく体勢になった。

 身体への負荷が思い出したようにやってくる。目と脳が熱い。背骨もだ。手足が軋んでいるし、腹や背も中身が定位置からズレている気がする。痛みがそこまで無いのは体内のコーラルが管理デバイスを介して多分になっているからだろう。しかし感覚自体は消えていないから――不快過ぎてむしろ生きていることを実感する。

 生き延びはした。ならば帰らなければ。敵性反応が消えたことは、もう知れているだろう。ルビコンⅢ防衛のために設けられた「本部」へ、各地の戦闘データはリアルタイムで送信され、衛星情報とリンクして出力されるようになっている。今のルビコンⅢでハンドラー・ウォルター(ルビコン防衛陣営)の依頼を受けると、オペレータや僚機が居らずとも迎えが来るのは、このシステムの恩恵でもある。

 だから、ほら、迎えのヘリの音がもう聞こえるではないか。

 

 ヘリのガレージに収容されたエンタングルは、やはり中破以上の損傷具合だった。外的なものよりも、ケーブル内部の破損や断線が深刻だった。敵ドローンの攻撃特性だろう。

 スタッフに支えられながらスッラがコアパーツの外へ出ると、下方の足場にウォルターがいるのが見えた。まるで子供のような顔をして、スッラを見上げていた。

 ウォルターは今日は星外企業との交渉があって、そうでなくとも他の戦場でオペレートをしていたはずで、それがどうしてここにいるのだろう。焼け潰れた視界が都合の良い幻でも映しているのだろうか。

 けれど幻だとしても、スッラは彼の少年がいるなら、ましてや泣き出してしまいそうな顔をしているなら、少年の元へ行かないわけにいかないのだ。

 運ばれてきた担架を押し退けて、意識を保っているのが不思議な状態の身体を引き摺るように動かして、スッラはウォルターの元へ行く。幼い顔が、泣きそうに歪んでいる。

 お前はいつもそうだ。誰かのために傷付くし悼む。ばかだな。私はこうしていきているのに。なにをかなしむことがある。ほら、へいきだ。なにもない。だいじょうぶ。わたしはいきている。かえってきた。

 血の付いた手が伸ばされる。ヘルメットの中に覗く表情は穏やかなものだ。まるで夢でも見ているかのような。

 そしてその顔を認めた男は、ウォルターは、伸ばされた手を、杖を放り出して掴みに行った。手の届く場所まで杖をついて歩いて近付いて、そしてようやっと降りてきた男の手に応えたのだ。

 手が触れ合った瞬間、緊張の糸が切れたのかスッラの身体がくずおれる。同時に杖を手放したウォルターもくずおれた。上背のある成人男性の身体など、ウォルターに支えきれるわけがなかった。だが周囲にひとがいたことで、ふたりが団子になって伸びてしまう、なんてことはならなかった。双方が数名のスタッフに支えられて、事なきを得る。

 だがこれからすべきことはまだ山積している。

 ようやく大人しくなったスッラは担架に乗せられ、医療機関へと搬送されていく。その時のことだ。

 ヘルメットを外し、負傷の具合を確認した医療スタッフがウォルターに言った。

 熱に焼けたことに加えて衝撃で機体に叩き付けられでもしたのか破裂してしまっていて、片目が駄目になっている。摘出するしかないが、今すぐに移植できる義眼は無いから、しばらく片目で過ごしてもらうことになるだろう。

 と。

 担架の上のスッラを見たウォルターは、目元を赤くしながらもしっかりとした顔でその医療スタッフを見据えて口を開いた。


 スッラが目を覚ますと、目の前には白くて清潔感のある天井が広がっていた。無機質な電子音と点滴、チューブ。簡素な棚や小さなテレビは、医療機関の病室でよく見るものだ。窓から見える空は少し灼けていて、それはルビコンⅢらしい風景だと言える。

 どうやら無事生き延びられたらしい。

 手足の感覚はある。包帯やギプスに固められて窮屈だ。そして――まばたきをひとつ――目の方も、予想に反して無事だったらしい。医療の進歩とは恐ろしいものだ。肉の焼けるにおいがして、それで少し腹の虫が鳴いたと言うのに。

 まあ、良い。生きているなら、あの少年の言葉を違えていないなら、良い。

 中身を定位置に戻してもらったらしい腹の底から息をひとつ吐くと同時に、部屋の扉が開く音がした。

 特徴的な音と間隔の歩幅は、間違うはずもないウォルターのものだ。けれど開いた扉の側に立つその姿を見て、スッラは大きく目を見開いた。

 「な……ん、なぜ……、お前、その目、は、なぜ……、どうした……?」

 ウォルターの片目を、眼帯が覆っていた。

 何故。前線に出ていないはずの人間が何故負傷する? 何故。何があった。

 困惑を見せるスッラを余所に、ウォルターは平然とそのベッドの側へやってきた。

 「具合は。……と言っても目覚めたばかりで把握し難いか」

 安っぽいパイプ椅子に腰かける姿は満足そうでもある。それでスッラはウォルターのしたことを察したのだ。

 ウォルターの、やりそうなことではあった。けれど、それを自分に対してするとは思わなかった。思わなかったけれど――最近のウォルターの“献身”具合を思えばやりかねない。

 ああそうだ。以前にも増して他者に己を捧げようとする少年を、見ていてやらなくてはならない。今度こそ自分の人生を生きさせなければならない。スッラはウォルターを遺して死んでいる場合ではないのだ。

 ずりずりと身体を起こしたスッラは溜め息を吐く。

 「……義眼を待てば良かったものを」

 「義眼ができるまでの間と、義眼を装着した後と、視野に違いが出るだろう? お前たち独立傭兵にとって視覚は重要なはずだ」

 「だからと言って自分の目を寄越すとは……随分羽振りが良い」

 「雇った傭兵が必要とするものを用意するのがハンドラーの仕事だ」

 「……」

 しかし済んでしまったことはもうどうにもならない。スッラは改めて両目でウォルターを捉える。ウォルターが、隻眼で見つめ返してきた。

 「動作は良好らしいな。人体移植にあたって拒否反応を抑える処置をルビコンで行うのは初めてだったが、上手くいって良かった」

 技術としては確立され普及しているものだ。だがルビコンⅢでは、その施術ができる設備が失われていた。それが、最近ようやく整えられたのだ。

 「お前の目は? 手配はしたか?」

 「ああ。数ヵ月後には星外から届く。ちゃんと視神経を通すものだ」

 「そうか」

 とりあえず、ウォルターの眼窩はきちんと埋まるらしい。その事実を聞いてスッラはようやくウォルターから眼を逸らした。首を前に向けて、ぼんやりと白い壁を眺める。

 そんなスッラに、数秒置いてからウォルターが口を開く。

 「今回の、お前が倒した傭兵だが……今回の防衛戦で最も情報が少なく、実際に最も厄介な戦闘スタイルの相手だった。カーラがドローンや機体の解析をしてくれているが、正直お前が相手取ってくれなければ被害はもっと広がっただろう。……独立傭兵スッラ。その技量と活躍に感謝する」

 それはスッラを雇ったハンドラーとしての言葉だった。律儀な男だ。

 「私が生きていて良かったか?」

 「ああ。お前は貴重な戦力だからな」

 ウォルターの言葉に、くふくふ、と笑い声がこぼされる。訝しげな顔に、スッラは重ねて訊いてやる。訊きたいのは、そう言うことではないのだと。

 「お前は? “お前個人”は、私が生きていて良かったか?」

 その一言で。

 スッラは容易くハンドラー・ウォルターをウォルターにする。

 ウォルターの顔が、微かに歪んだ。

 「俺、は……、……。ああ。お前が、生きていて良かった。帰ってきてくれて、良かっ、た」

 ああ。

 変わらない。やはり、ウォルターはウォルターだ。いつ命を落としてもおかしくない、傭兵と言う生き物に「死なないで」と純粋な好意で無茶振りしてきたあの頃から、何も変わっていない。傭兵に、死への忌避感を持たせ、生きる理由を与える、おそろしいこども。それは呪いであり呪(まじな)いであり、祝福だ。スッラをスッラたらしめる、愛しい楔。

 スッラは腕を伸ばしてウォルターの頭を撫で、頬を包む。再び顔をそちらへ向けてやれば、ウォルターは何かを堪えるように俯きがちになっていた。

 「帰ってくるとも。お前が待っているのだから」

 スッラの言葉に、返ってくる言葉はなかったけれど、戸惑いながらも小さな首肯がひとつ、返された。

 きっとウォルターは憶えていないのだろう。ウォルターにとっては普通の、何気ない日常だったのだろうから。あるいは、“契約”としてスッラがあの言葉を受け取ったとは思っていないのだろう。けれど、別に良い。極論を言ってしまえば、これはスッラが勝手に己に課しているだけなのだから。スッラは稀に見る幸運な人間であったけれど、そんなスッラにとってウォルターはフォルトゥナだった。

 スッラの手が、そっとウォルターの顔を上げさせる。素直に上げられた顔は、迷子のようだった。

 そしてウォルターはこちら側に身を乗り出してくる怪我人を見る。止める暇もなく顔同士が近付いて――左右で色の違う目に、自分の驚いた顔が写った。

 二度、三度とくちびるをついばまれ、ウォルターは目蓋を閉じる。その直後に、薄く開いたくちびると歯列の隙間から、ぬるりと舌が挿し込まれた。

 「んっ……、ふ、ぅ、」

 鼻にかかった声がもれる。こんなことをしている場合ではないのに。なのに、ああ、スッラが生きているのだと、その体温や触覚が実感させる。心地好かった。

 静かな病室に小さな水音が響く。開けられた窓から入る風は少し冷たいけれど、日射しは穏やかなものだった。


 スッラが退院した後、顔を会わせた621に「クソヘビがウォルターの目をとった!」とギャン泣きされたり殴られたり、ウォルターが他の猟犬や変異波形に「普通の人生を送る人になるから自分の目を使ってください」と泣かれたり「コーラル結晶の義眼なんてどうでしょう。義体でない私を見られるようになりますよ、たぶん」と迫られたりするのは――また別の話。


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