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【ACⅥ】過ぎ去りし日々にも君の愛

生存if。付き合ってると思ってるニキと付き合ってると思ってないウォル(※身体の関係はある) がくっつくのに周りを巻き込みつつモダモダワチャワチャする話。英スラウォル。ゆるふわ甘め。
薄っすらキンシャル(一瞬)

生存if

付き合ってると思ってるニキと付き合ってると思ってないウォル(※身体の関係はある)

がくっつくのに周りを巻き込みつつモダモダワチャワチャする話。英スラウォル。

ゆるふわ甘め。


なんか投げっぱなしになった感あるのは否めない……むずかしい……。

考えれば考えるほど「ウォルが誰かの手を取ることなんてなくね?」ってなるけどおれはスラウォル好きだし一番可能性ある(※生存ifに限る)(実質ない可能性じゃん)と思ってるからニキの手取ってもらうね……。


ジュンブラ(女装)初夜(※初夜ではない)はそのうち回収すると思います。たぶん。


全方位捏造&妄想&キャラエミュ難しい選手権大会エントリー中。

気を付けてね。


薄っすらキンシャル(一瞬)


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 最初に、スッラが自分の見知らぬ女性と話しているのを見かけたとき、ウォルターは特に何も思わなかった。スッラとウォルターは身体を重ねる関係ではあるけれど、それだけだからだ。付き合っていなければ、友人と言う間柄でもない。奇縁とか腐れ縁とか、加害者と被害者とかそんなものだ。他人の交友関係に口を出すのはあまり良いことではないだろう。

 次にスッラがその女性とできたばかりのカフェでお茶をしているのを見かけたとき、ウォルターはやっぱり特に何も思わなかった。ガラス越しに見たスッラが穏やかな顔をしていても、穏やかに笑っていても、ベッドの中でウォルターが女性について訊くことはなかった。とうとう、この男にも春が来たのかと他人事のように思っていた。

 最後に、スッラが服屋――特にドレスの類いを取り扱う店で、純白の花嫁衣装を前に真剣な眼をしているのを見たとき、予想は確信に変わった。

 思えばここのところ身体を重ねる頻度が落ちている気がするし、仕事で顔を会わせることも少ない気がする。……後者については、傭兵業では別におかしくはないというか、わざわざ顔を会わせる方が珍しいのだけれど。

 そもそも、別に付き合っていないのだからスッラの身辺について自分が何か言う権利なんて無いとウォルターは思っているし、言う必要も無いと思っている。お互い、もういい歳なのだから。スッラはようやく「普通の」幸せを手に入れられるだろうし、夜も愛する相手と過ごすことができる。良いことではないか。

 ――だいたい、何故あの男は今まで自分に構っていたのだろう。

 「なんでって、そりゃあんたが好きだからじゃないのかい」

 カーラは驚いたように目を丸くした。対するウォルターは目を細めた。

 「好き? それこそ理解しかねる。好かれる理由も好く理由も無いだろう」

 ルビコンⅢの復興に当たって各方面から出た書類をカーラとウォルターは捌いていた。サイン、署名、押印、スタンプ。単調な仕事の繰り返しだ。時々提出用の箱に放られた書類が「再検討を推奨する」とチャティから突き返されている。ふたりは書面など大して見ていないのだ。

 「は? あんたそれ……本気で……? ええ……」

 カーラが困惑の声を上げる。紙に付けられたままのペン先からジワァとインクが広がっている。

 「そもそも、奴の目的がコーラルの利権なのか技研への復讐なのか、俺は知らない。知らないが、どちらにせよ俺に近付く理由なんてそのくらいじゃないか?」

 「それで、セックスするってのかい? 好きでもない相手と?」

 「店や女を探したり買ったりするのが手間なんだろう。まあ、あいつも一応技研の|遺産《ひがいしゃ》だからな……俺がしてやれることはしてやらないと」

 カーラが素早く手を動かして書類にサインする。インク溜まりは、まあ、このくらいなら大丈夫だろう。たぶん。

 「だから、セックスと言うより性処理だ。女性に対する練習台にされている気もするが、それは別にいい。俺をどう扱おうがあいつの勝手だ」

 ウォルターはベッドで女性にされるように「優しく」扱われているらしい。日頃から見ることのできる、スッラのウォルターに対する好意から想像は易い。が、ウォルターには伝わっていないようだ。逆にすごい。と言うか、わざと好意として受け取らないようにしているのではないかと思うほどだ。

 けれどその考えは、半分くらいは合っているのだろうとカーラは思った。この少年は、自分は生きている限り責められ続けるべきだ、みたいに考えている節があって――それはまあ、仕方ないと言うかそれだけのことをしてきたし、させてきてしまったのだけど――他者からの「愛」に対して無意識に懐疑的で消極的だ。ましてや散々自分の邪魔をしていた旧世代型強化人間が相手なのだ、思考がプラスにならなくても仕方はないだろう。ここはまあ、ヤツの自業自得でもあるが。

 そんなことをぼーっと考えるカーラの前で、ウォルターがふと遠い目をした。

 「あいつが結婚したら、あいつは俺の前に現れなくなるのだろうか」

 アレがあんた以外と結婚するようなタマかい! とか、百万歩譲ってあんた以外の誰かと結婚したとして、傭兵稼業を引退するわけないだろあいつが! とか、カーラは喉元まで出かかった言葉をなんとか飲み下す。その代償として、ングゥ、と変な音が喉から出たしスタンプの位置が少しズレてしまったが。

 もう呆れるばかりのカーラの前には、不思議そうな顔をした|不思議な生き物《ウォルター》がいた。たぶん、この少年は自分がどんな顔をして傭兵の話をしていたのか知らないだろう。

 ウォルターは無意識に他者からの愛を拒絶するけれど、同時に飢えてもいた。そしてスッラがウォルターに受け取られずとも愛を注ぎ続けていることは、ウォルターにとって良いことであるのを、悔しいけれどカーラは知っている。スッラは、ウォルターを「ひと」に戻してくれ得る存在なのだ。

 カーラはティーカップに口をつける。中身は蛍光カラーのエナジードリンクだ。

 「……まあ、結婚するって本人から直接聞いたわけじゃないんだろ? 杞憂だと思うがね、そんなこと」

 「杞ゆ……そんな、俺は別にあいつのことなんて、」

 ムッとウォルターの眉が寄せられる。

 けれど、すぐに何かに気付いたらしく、眉のひそめられ方が変わった。不機嫌なものから、訝しげなものへ、その表情が変わる。

 「……そう言えばスッラに抱かれていることを何故知っている?」

 「酔ったあんたが報告してくれるんだよ。いつ抱かれた、とか、いつ抱かれる、とか。しっかり報連相のできる弟分を持って私は嬉しいよ」


 復興中のルビコンⅢは、それなりに「外」との遣り取りや繋がりができ始めている。星外との連絡や航行も、再整備されているのだ。

 しかし、その正面玄関を通ろうとせずにルビコンⅢへ上がり込もうとする輩も少なからずいる。惑星封鎖されていた惑星と正式に繋がりを持つと言うのは、なかなか面倒な手続きが必要なのだ。

 そんな不届き者たちを叩き出すのも、ウォルターたちの仕事だった。内政は現地人である解放戦線――今現在は少し名前が変わっている――に任せて、対外的な交渉や調整を、彼らのサポートとして請け負っているのだ。

 星を焼こうとしていたウォルターたちを「協力ではなく利用である」「大罪人への終わりなき罰である」「搾取し、享受し、それを糧とするのだ」等と周囲を丸め込み引き入れたミドル・フラットウェルには、思惑は多々あれど、感謝すべきなのだろう。

 ――確かに、元解放戦線よりかは心得があると言えるか。自負、とまではいかないが、ウォルターは今のルビコンⅢ防衛における主戦力となりつつある傭兵各位の扱いについて思う。

 本社から独立気味のレッドガンは建築やインフラの整備にも人員を貸し出しているし、解放戦線上層部は今後のためにもまつりごとを担わなければならない。そうなると防衛における「主戦力」と言えるのは未だルビコンⅢに居座っている独立傭兵たちとなるのだ。

 数こそあまり多くはないが、惑星封鎖機構を掻い潜り密航を果たした実力者たち。九死に一生を得たと言うのに何故だかウォルターを追ってルビコンⅢにやって来てしまった猟犬たちも含めて、彼らに対してウォルターはオペレートやブリーフィング、ミッションの提示や各種処理を行っている。

 「――では、確かに請け負った」

 「隣のエリアはキングが担当する。片が付き次第応援に向かってもらう予定だ。逆も然り」

 「了解した。……ハンドラー・ウォルターから仕事を受けることもだが、あのブランチと実質的な「同僚」になるとはな……人生なにが起こるか分からんものだ」

 「それはこちらの台詞だ。俺は「企業」ではないが、仕事を受けて良かったのか?」

 「仕方あるまい。今のルビコンで最も利になる仕事が――ハンドラー・ウォルター、お前の仕事なのだから」

 そう言って、「殺し屋」コールドコールは少し草臥れたように笑った。

 コールドコールは企業の暗部を担う、いわゆる粛清代行を生業とする傭兵だ。だが今のルビコンにはその「企業」がいない。

 今のレッドガンはベイラムと切り離して考えた方が良いだろうし、どちらかと言えばベイラムよりレッドガンに恩を売っておいた方が良い気配がしている。アーキバスは静観していると言うか、大人しい。独立傭兵レイヴンが何かしたのだろうか。ちらほらルビコンに進駐し始めた企業たちは、そもそもあのしち面倒くさい手続きをクリアしてきただけあって優等生ばかりだ。今のところは。

 そんなこんなでコールドコールは久方ぶりとも思える傭兵業に身を投じている。

 そして現状、ルビコンⅢで傭兵が取るべき仕事は実質一択しかない。ルビコン防衛戦線、あるいはハンドラー・ウォルターが出す依頼だ。時々指名の依頼が来ることもあるけれど、基本的に公示される仕事を、ルビコンⅢの狂騒を生き延びた傭兵たちは仲良く取り合っていた。

 「人手が足りていないだけだ」

 だから傭兵を雇うし金を積むのだとウォルターは言った。それにしたって待遇の良いことは自覚がないのだろうか。あるいは、これがハンドラー・ウォルターのやり方なのか。だとしたら、傭兵が「猟犬」になることも頷ける。コールドコールは小さく背筋を震わせた。こういう世界(裏社会)で、純粋無垢な善性ほど恐ろしいものはない。

 「そうか。……だが良かったのか? 「旦那様」に頼まなくても」

 コールドコールはハンドラー・ウォルターの「恐ろしさ」を垣間見てしまったことから意識を反らすようにそんなことを言った。そこに少々の揶揄があったことも、また事実だ。

 「だ……、……誤解だ。お前は勘違いをしている。奴は距離感のおかしいところがあるだろう」

 ウォルターは案の定顔をしかめた。コールドコールの言う「旦那様」が誰を指すのか聞かなかった辺り、その人物がそれなりに近しい者であることを認めているようだ。……自覚があるかは分からないが。

 そして同時に、その人物は誰にでも同じように振る舞っていると思っている程度に、自らの特殊性に自覚が無いようだった。

 コールドコールはウォルターの答えに薄く笑ったまま数秒停まる。

 「……なるほど?」

 ややあって、何とかそれだけを絞り出す。

 たぶん、その「おかしい距離感」は自分の考えるものと真逆なのだろうなと思った。

 件の人物の、自分(コールドコール)が思う距離感は「遠い」だ。もちろん、独立傭兵と言う生き物で、距離の近い者の方が稀ではあるが。物理的な距離は普通と言えるが、心理的なものは遥かに遠く隔たっている。踏み入れさせない、近付けさせない、覗かせない。もちろん、それはコールドコールとて同じことだ。馴れ合う理由がない。

 だがウォルターの言う距離は、ルビコン内で時折見かけるふたりの姿は――やめておこう。これからキングと言う実質妻帯者と協働するのだ。虚しさが過る。

 「それに」

 コールドコールが軽く現実逃避をしていると、至極真面目な声が聞こえてきた。話はまだ続いていたらしい。

 「奴にだって仕事があるだろう。現にこの仕事には名乗りを上げていないのだし」

 ここ最近のハンドラー・ウォルターの仕事は、基本的に応募制になっている。オペレートや配置のために雇った傭兵を把握しておきたいのだろう。

 コールドコールは「ふむ」と顎に手を遣った。

 確か、この仕事は三日程前から公示されていた。そして四日程前にルビコンⅢを発つ件の独立傭兵の姿をコールドコールは見ていた。ルビコンⅢの外で仕事でもするのだろうと思った。四日程前のルビコンⅢは、実に穏やかだった。とすると、何事もなければ、その傭兵は今日か明日には帰ってきてもおかしくない。

 ――あの男にも“運の悪い時”があるのか。

 そう思うと、少しだけ愉快な気分になった。密航前、あの独立傭兵から「金を返さない馬鹿」の仕事を押し付――受け取ってからこちら、その「金を返さない馬鹿」の目付役(殺すより生かして利用した方が金になるとハンドラー・ウォルターに言われたのだ。……その他にも色々あって、殺さずにいる。)にされたり、独立傭兵レイヴンとイグアス坊やの小競り合いに巻き込まれたり、それこそあの独立傭兵とハンドラー・ウォルターの惚気やら痴話喧嘩やらに巻き込まれたりしているのだ。多少、そういう他人の不幸――不幸と言えるのかすら分からないささやかなものであるし!――を愉しんだとて、罰は当たるまい。

 それに、どうやらあの独立傭兵の動向を、ハンドラー・ウォルターは把握していないと言うか、特に気に留めていないらしい。向こうは逐一気にかけているようなのに。

 これはつまり――まさか、もしかして、あの独立傭兵とハンドラー・ウォルターの間には、認識や意識の相違と言うヤツがあるのではないだろうか。

 否、もちろん、現状だけで判じるのは早計だろう。

 だが、直感というヤツが囁くのだ。何か面白いことが起きている、と!

 「……まあ、そういうこともある、か」

 「?」

 「身体には気を付けると良い。それと……いや、これはやめておこう。お前には「番犬」がいることだしな」

 クツクツと笑ってコールドコールは仕事に向かうことにする。ハンドラー・ウォルターは話が見えていないようで、訝しげな顔をしていた。その顔が、あの独立傭兵の感情や真意を正しく知ったときにどうなるのか見てみたいのは山々だが――その気は無くとも馬に蹴られるのは御免だから、風の便りでも待つことにする。まあ、この様子では|理解さ《わから》せられるのも時間の問題だろうが。


 コールドコールがハンドラー・ウォルターの仕事をこなしてからしばらく。やはり、相変わらずスッラとウォルターは顔を会わせていなかった。タイミングとか巡り合わせとか、そういうものなのだろう。そんな時期もある。

 とは思いつつ、以前はほとんど毎日のように会っていたのがパタリと止むと、それはそれで違和感のようなものになる。今回は「偶然」なのではなくて、「当然」なのではないだろうか――なんて。やはり、春が来たのだろうか。あの男に。

 良いことではないか。誰かを好きになって、一緒になる。素晴らしく幸福で「普通の」人生だ。きっと傭兵業も引退するのだろう。金はあるだろうから、余生は穏やかに過ごせることだろう。ルビコンからは離れるに違いない。ここは、そういう穏やかな暮らしをするには、まだ少し荒れている。そして柔らかいベッドの上で愛する人に看取られる。

 あの男にできるなら、621たちにもできるだろう。ああ――なんだ、良い報せじゃあないか。普通の暮らし。普通の人生。普通の幸福。自分が旧世代型の傭兵たちに与えてやるべき、返してやるべきもの。

 まあそもそも自分はあの男の何でもないし。気にしたところで――気にすることもないか。あの男が、スッラが今まで自分に絡んできていたのは技研の関係者だからで商売敵だからで、後は気紛れだろう。

 これからはこちらに来ることもなくなるだろう。そうなると、お相手のためにも、こちらも接触を控えるべきだろう。愛する者の命を脅かす仕事を持ってくる存在など疎ましいだけだ。

 そしてスッラの前に姿を現すのを、ウォルターは止めた。

 とは言え、本来傭兵と雇い主は通信でブリーフィングやら交渉やらをするものなので、普通の姿に戻っただけと言える。通信を音声のみに切り替えて、今まで以上に忙しく星内外を駆け回り拠点を留守がちにした。

 別にスッラを無理に避けているわけではない。通信だって映像通信よりも音声のみの方が省エネだし、交渉や調整もしなくてはいけない仕事だ。たまたま、偶然、タイミングだ。丁度いいと言えば丁度いいけれど。仕事なのだから仕方ない。

 そして――スッラとウォルターが接触しなくなってから、一ヶ月と数日が経とうとしていた。

 「答えろ。ウォルターはどこにいる」

 ルビコンⅢに戻って来てからと言うもの、スッラはウォルターと会えずにいる。タイミング、と言うヤツもあるのだろうが、それにしたって“偶然”が重なりすぎていると思う。もちろん、ウォルターが多忙な身であることは承知している。しかしこうも接触が持てないのは異常だ。以前は拠点やら本部やらに足を伸ばせば七割程度の確率で顔を会わせることができた。通信だって映像を伴ったものだった。それなのに。それなのに!

 避けられているとしか思えなかった。

 確かにスッラは今回ルビコンⅢの外で仕事をしたが、傭兵にはよくあることではないか。ウォルターに何も言わなかったのも、ウォルターもそれをよく知っているはずだからであるし、すぐに戻るつもりだったからだ。その数日の間にウォルターが「仕事」を用意して、他の傭兵たちが受けていたのはまったくの予想外と言うか、想定外だった。やはり小康状態と言うのはまだ続かないらしい。

 鼻筋に皺を寄せてスッラは牙を剥く。威嚇する獣の風情だ。半世紀前も含めて初めて見る「傭兵」の様相に、しかしカーラは平然としていた。

 「どの勢力にも与する独立傭兵に言えるわけないだろう」

 大きな机に広げた書類を捲ったり放り投げたりしながら、スッラの方を見もしないで言う。

 「大体、会えないのが何だって言うんだい。仕事の話なら通信で十分だろう」

 「今まで会っていたのが今では会えなくなっているから訊いているんだ。それも月単位で。おかしいだろう」

 スッラの手元でミシリと音がした。指先の力だけで、硬い机の天板に罅が入れられたのだ。音のした方だけチラと見て、カーラは至極嫌そうな顔をした。

 溜め息をひとつ。

 「大体――あんた、ウォルターの何なんだい」

 じっとりとスッラを睨めつける。ようやくカーラはその視界に闖入者を入れた。そいつは随分機嫌の悪そうな顔をしていた。隈もある。相当ウォルターに飢えているらしい。内心カーラは少し驚いた。これは重症だ。

 だが、それとこれとは別だ。

 何せスッラとウォルターは互いに対する熱量に大分差がある。そしてそれはたぶん、スッラに原因があるとカーラは見ていた。

 「保護者のつもりかい? いいや、彼氏気取りかね。あんたのその態度は」

 「――は?」

 乾いた声が落ちた。

 スッラが机から手を離し、上体を起こす。自然、座っているカーラを見下ろすかたちになる。

 場の温度が下がるのが分かった。忙しなく動き回っていたスタッフたちは皆いつの間にか部屋の外へ出て、ガラスの壁越しに執務室の中の様子をチラチラと見守っている。仕事から戻ってきたハウンズたちもスタッフたちのトーテムポールに加わっていた。

 スッラがかくりと首を傾ける。カーラを写す目は作り物めいていて、ひどく冷たい印象を与えた。

 だが、カーラはそれに怯むことなく視線を返す。

 「生憎私はウォルターから「好い人ができた」とかそう言う話を聞いたことはない」

 「はっ。お前こそあいつの保護者のつもりか? そんなこといちいち報告して相談するような歳でもあるまい」

 「そうかも知れないね。でも――あんたの性処理に付き合ってるって話は聞いてるよ」

 「せ――は? せい……しょり……? 処理……? は? 私の? ウォルターが? 処理??」

 一瞬、否、数秒の間、スッラはカーラの言葉を理解できなかったらしい。目が丸くなって、それから困惑気味に眉根が寄せられる。ぼろぼろと、まとまらない言葉がこぼれ落ちていく。

 ああほらやっぱり――。カーラは思った。

 「違うのかい? “あの子”は女性に対する練習台になっている、と言ってたが」

 「そんなわけないだろう」

 「へえ? ならどうしてあの子はそう言ったんだろうね?」

 「なん……、それは、」

 「あんた(スッラ)は技研の被害者だから、自分にしてやれることはしてやらないと――とも言ってたかね」

 「馬鹿な」

 それは、どこか愕然としたような声だった。絶望にも近い表情を浮かべた第一世代強化人間を、ルビコン調査技研所長の第2助手は鼻で笑い飛ばす。

 「あんた、好きだとか愛してるだとか、それこそ付き合ってくれとか、ウォルターにちゃんと告白したのかい?」

 その時の傭兵の顔ときたら!

 「当たり前だろう。当ぜ………………告白?」

 「してもいないのにどうして自分があの子の「大切」になっていると思ったんだい。自信過剰もここまで来ると哀れだね」

 「馬鹿な」

 二度目。とうとう片手で顔の半分を隠して俯きがちになった。けれどガラスの向こうで「やっぱりクソ野郎じゃん」と毒づいた――読唇術はしっかり上達しているようだ――619の眼前にボールペンを投げて突き立てる元気はあるらしい。地獄耳か。防弾ガラスにスタッフの誰かが忘れていったボールペンが刺さる。619は一拍遅れて尻餅をついた。

 「そんな、そんなはず……「愛している」も「好きだ」も「かわいい」も「愛しい」も、あれほど言っているのに……?」

 「いつ」

 「セックス中」

 顔を覆っていない方の手が、手首でボールペンを投げたそのままのかたちで停まっている。カーラの問いに淀みなく答える声は平然としていて、しかし眼の方は机の上に落ちたままどこを見ているか分からない。返事は反射的なものだろう。

 ――えっいやだって、だってセックスしてるじゃん……? セックスしてるしセックスの時そういう「甘い」言葉言ってるし、ウォルターも感じてるじゃん……? 仕事の時だって直接会ってたし仕事じゃなくても会いに行ってたじゃん……? えっ……?

 そんなことを考えているのだろう。スッラの思考と目がぐるぐるし始めるのがカーラには察せられた。

 まあ、分からないでもない。普通、あれだけちょっかいをかけられて、あまつさえベッドの中で睦言を囁かれれば「そう」言う関係だと思ったり意識したりするはずだ。だが――。

 だが、相手がウォルターだからなあ。

 告白をしていないと言うスッラもスッラだが、ウォルターもウォルターだ。自他の感情に疎すぎる。

 「セックス中ねえ……まあリップサービスとしては普通かねえ」

 ギ、と指の隙間から鋭い眼がカーラを射貫いた。狩人の眼だ。

 「だって、そう言うことだろ? ウォルターからしたら」

 スッラはもうカーラを一瞥もせずに部屋を飛び出していった。ウォルターに会いに行くのだろう。どこにいるのかも知らないで。


 更に数日後。

 「ウォルター!!」

 「!?」

 声が頭上から聞こえて、ウォルターはギョッとした。直後にズダン! と何かが降ってきたこともある。整備途中のグリッドの内部、剥き出しの鉄骨や配管に囲まれた薄暗闇が小さく揺れた。

 そんな、馬鹿な。この男はどこから現れた――? ウォルターは目を見開いて声の主、謎の落下物を見る。

 それ、もとい、そいつはゆらりと立ち上がる。まるで幽鬼のようだった。

 「見つけた。ウォルター、ああ……ようやく追い付いた」

 コツ、コツ、と歩み寄ってくるその姿にウォルターは気圧されるように後退る。けれど距離はあっという間に詰められて、頬に手が添えられた。

 「す……スッラ……?」

 指先は冷えていた。ひやりとする。爪が少し肌に掠って、それは、たぶん初めてのことだった。

 ウォルターの声は微かにふるえていた。目の前の男が何を考えているのか、何を欲しているのか、何故ここにいるのか何故自分を呼ぶのか、何もかも理解できてないのだ。

 「ウォルター……」

 酷い顔だ。久しぶりに見たスッラの顔に、ウォルターは苦い顔をする。目の下に隈を作って、ようやく口角を上げている顔なんて、初めて見た。スッラと言う男はいつだって不敵で泰然として悠然としている男だ。

 それが、こんなに憔悴している。

 自分に触れた時からその表情や空気が和らいだことには気付かず、ウォルターはされるがまま身体を強張らせた。頬に触れていた手が頭の後ろに回って、もう片方の手が背中に回って、身体を引き寄せられても、抵抗しなかった。

 それは抱擁だった。けれどこんなにも穏やかな、本当に触れ合う“だけ”の「抱かれる」は、初めて――否。技研都市にいた頃以来だろうか。あれは確か、都市を狙う勢力が「外」から来た時だった。技研の知識や技術を狙う輩がバスキュラープラント伝いにワラワラと溢れてきて、技研側も無人機や防衛兵器を起動して、そして、その中に紛れて暴れる一機のACがいて、その後、何もかも終わった後――。

 「会いたかった」

 ほとんど吐息のように囁かれた言葉は、しかしウォルターを大きく揺さぶった。

 ――何故? 俺に? どうして会いたいと? 会って、そしてどうして仕事の話をするわけでもなくこんなことを?

 「な……、ぜ、」

 疑問は口からポロリとこぼれ落ちていた。声は掠れていた。今さら、ベッドの上でもないのに、こんなに、優しく触れられる理由が分からなかった。

 「――……。私のことを、どう思っている? ……いや、違うな。どう思われていても関係ない。私は、まずお前に、言わなければならないことがある」

 耳元で掠れた、しかし穏やかな声が囁く。言い聞かせるように、染み込ませるように。

 「私は、お前を、愛している」

 は、とウォルターの呼吸が大きく跳ねた。訳が分からなかった。

 混乱と困惑のままにスッラから離れようとする。けれどそれは背中に回されていた手が許してくれなかった。

 抱擁がキツくなる。もう片方の手が、頭のかたちを確かめるように髪を撫でていた。

 「セックスをして、じゃれ合って、背と命を預けて、私はお前を自分の伴侶だと思っていたが、お前はそうではなかったんだな」

 恨み言のような言葉にウォルターは息を呑んだ。また自分は他者を傷付けたと思ったのだ。当の「他者」がウォルターを恨んでいないことなど、声と表情からすぐに分かるだろうに。

 「っ、俺は、」

 「……悪かった。だから今ここで言わせてくれ」

 今度こそ温もりが離れていく。そして強くうつくしい、意志の光を宿す瞳が、真正面からウォルターを写した。

 「技研も使命も関係ない。私の伴侶になってくれ、ウォルター。そしてお前がお前として迎える最期を看取らせてくれ」

 互いにいつもと変わらぬ服装で、片方は目の下に隈をこさえて、薄暗いグリッドの片隅で言ったり言われたりするようなことじゃない。けれど二人には関係なかった。

 「おれは……、俺、は……、」

 ウォルターの顔がくしゃりと歪む。泣き出してしまいそうな顔だ。しかし涙はあふれない。

 「……分からない。どうすべきなのか、どうしたらいいのか、どうしたいのか……分からない。お前は俺を散々邪魔して、拠点も戦力も叩き潰して、それなのにそれは俺のためで、そのせいで死にかけて、生き延びたのにまだ俺に関わって、仕事も受けて、俺を抱いて、こうして愛している等と嘯いて――……俺は、俺がお前をどう思っているのか、思うべきなのか、分からない……!」

 「ああ」

 スッラは困ったように微笑んだ。嘯くなんて言われたのは心外だが、ウォルターの拙い吐露が切実で、その不器用さと馬鹿正直さが堪らなく愛おしい。一人になんてしてやれないと思った。

 「それに、お前には、もう大切な人がいる」

 ……うん?

 「子供を作れる、柔らかな身体を持った、あの女性の方が、お前のためには良いから、俺は身を引くべきなんだ。いや違う。こんな、告白の練習にまで、俺を使うな」

 「ちょっと待て」

 スッラはウォルターを止める。何かおかしい。

 スッラにはもう大切な人がいる? 誰のことだそれ。

 あの女性? いや知らんが……。誰のことだ。

 告白の練習? 伴侶になってくれと言った時にお前の名前を呼んだはずだが!?

 「ウォルターお前……何か勘違いをしていないか」

 「していない。俺は見たんだ。お前が女性と楽しそうにお茶してるところも、ウェディングドレスを吟味しているところも」

 ああうん。なるほど。

 そこでようやくスッラは心当たりを思い出した。あの日もあの時も見られていたのか。その意外さに、微かに目が丸くなる。

 「お前はどうやら誤解をしているらしい。アレはそう言うのではない」

 「……。……は? いや、だが、」

 「ただの同業者だ。パートナーもいる。少し……そう、話をしていただけだ」

 「話……?」

 そして「実際に見た方が早い」と言われて、ウォルターはある場所に連れて行かれた。幸か不幸か、その日の仕事はスッラが現れる前に終わってしまっていたのだ。

 連れて来られたのは、古びた洋館風の建物を修繕した、スッラの隠れ家のひとつだった。

 リビングと思われる部屋に通されたウォルターは、そこに白いトルソーが置かれているのを見る。それは、純白のドレスを纏っていた。

 トルソーの前までスッラに手を引かれる。そして間近でドレスを見たとき、それが女性が着るにしては幾分大きいサイズであることにウォルターは気付いた。まさか、とスッラを見る。スッラはこくりと頷いた。

 「お前のために用意した」

 ジューンブライド、と言うモノが、かつて地球にはあったらしい。夏の始まりの頃、雨の多くなる頃に生涯を誓うと、幸せに添い遂げられるのだとか何だとか。

 由来は定かでなく、確証もない話だ。けれど願掛けや験担ぎを好む、傭兵と言う生き物が好む類いの話ではあった。

 件の同業者――女傭兵から聞いたのだと言う。新たにルビコンⅢへやって来た星外企業の護衛として付いてきて、せっかくだからと復興の進んできた街で大荷物の買い物をしているのを気紛れに助けて、その礼として茶を飲んだ時に。

 ウォルターは絶句した。そんなことがあるものか。目の前にある。我が身に降りかかるようなことではない。降りかかっている!

 否。そんなことより「俺のために用意した」ってなんだ。着るのか。俺が。これを。サイズ的にそうなんだろうが。え。正気か? どうして俺に着せようと思った? えっ怖い。それでなんで満足そうな顔してるんだこいつ。確かにちょっと前まで真面目な雰囲気だったが。もう台無しになってるだろう。自分が何をしているのか分かっているのか? いい歳した男に女装させようとしてるんだぞ? そんな顔してる場合か? 何考えてるんだ? 分からん。怖……。

 ウォルターの顔が赤くなって、口がはくはくと開閉するだけとなったのは怒りだろうか。それとも羞恥だろうか。

 だがスッラはそんなこと関係なく、もう一度ウォルターに問いかける。

 「私の伴侶になってくれ」

 スッラは、ウォルターと再会したときに「なぜ避けていたのか」「なぜ会おうとしなかったのか」といった「なぜ」を問い質せたはずだった。けれどそれをしなかったのはウォルターのためだっただろうし、それ以上にウォルターの顔が見られたことに安堵し歓喜したからだろう。

 「お前を愛している」

 噛み締めるような言葉が何よりの証左だ。

 ああ――そんな、そんな“幸せ”そうな顔で、優しげな顔でそんな言葉を吐かないでくれ。

 「償い」としてスッラの言葉に頷くのは簡単だ。何なら頷いても良いと思っている。だがウォルターは――聡い子であったから――「償い」として頷いてはダメなのだと理解もしていた。

 決めなければならなかった。

 選ばなければならなかった。

 けれど“どちら”を選んでも、スッラが逃がしてくれないだろうことは想像ができた。

 「……幸せにはなれない」

 「私が幸せにする」

 「許されたいわけじゃない」

 「私はお前のすべてを許す」

 「俺は悪人だ」

 「奇遇だな。私もだ」

 「俺は――俺は、」

 「私はな、ウォルター。お前がいい。お前が生きていればいい。と、思っていたんだがな、それだけではダメだと気付いてしまった。傍に置いて、溺れるほど愛して、甘やかして、私でお前を埋めたいのだと。お前が最期にその目に映すものになりたいのだと、気付いてしまった」

 それはひどく傲慢で、しかしとても「傭兵」らしい欲望だった。そして間違いなく一押しとなった。欲望と感情が真実込められた言葉と言うものは、いつだって人を動かすものだ。

 「……。……正直、まだ、分からない。分からない、が、お前は――お前の手なら取っても良いんじゃないかと、絆されかけている自分がいることを、否定できない。のが、厭になる」

 「絆されてしまえばいい」

 スッラの手が、ぎゅっと握り締められたウォルターの拳をほどきにかかる。

 「私はお前の背負ったものを一緒に背負うこともやぶさかではないし、“自分のため”に殺した奴らの血で手も汚れている。私とお前。似合いではないか?」

 どれだけ迷っても逃げようとしてもスッラはウォルターを諦めなかった。ウォッチポイント・デルタで、最後までウォルターを諦めなかったように。ウォルターも往生際の悪い方だが、相手も同じくらい往生際が悪いようだった。

 ならば、そうか。悔しいけれど、お似合い、なのだろうか。それだともう、伴侶とかパートナーとか言うよりも共犯者のようだが。

 「…………ドレスは着ないぞ」

 「お前は着る。優しいからな」

 だが、最後にそれを“選んだ”のはウォルターだ。それは否定させない。根負けしたとか絆されたとかでも、結局選んだのはウォルターだ。

 その時はじめてウォルターは隣にある肩へ頭を擦り付けた。ぐり、と目元を肩にあてて、泣き顔を隠す子供のような仕草。はは、とスッラが小さく笑う。幸せそうな音だった。繋いだ手に、双方が力を込める。これからは一人と一人でない、二人の日々が重なっていくのだ。


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