「お前に喰われる夢を見た」
生存ifスラウォル。夢の話で欠損・解体・カニバ描写有り。リリカル電波気味。
「お前に喰われる夢を見た」
生存ifスラウォル。くっついてる。
夢の話で欠損・解体・カニバ描写有り。リリカル電波気味。
後半はイチャイチャ甘め。
---
目を覚ますと、そこは西洋風の部屋の中だった。
椅子に座っていた。
けれど動くことはできなくて、座っていると言うよりも置かれていると言った方が適切に思われた。
人の気配はなかった。見える範囲だけでも豪奢な場所で、いわゆる使用人とか召使いとか呼ばれる人々がいてもおかしくはなさそうなのに。
そもそも――ここは誰の何なのだろう。
どれだけそうしていたか分からない。
不意にキィ、と扉の開く音(ほんとうに音は鳴っただろうか、)がした。
ようやく時計の針が進む、と思った。(時計の針が進んだとして、時間が進むとは限らないけれど。)(そもそもその部屋に時計は無かった。だからたぶん、カチコチ言っていたのは心臓だ。)
眼が、音のした方へ向く。
音は、決して大きなものではなかったけれど、静かな部屋にはよく響いた。コツコツと硬い靴の音も、衣擦れの、小さな音も聞こえた。
足音は一人分だったけれど、部屋に入ってきたのは二人であることを遅まきながら知る。正面の椅子の傍に、人影がふたつ。ひとつは見知った男の姿形をしていた。
やはり小さな音をさせて椅子が引かれる。男――スッラは当然のようにテーブルの前に立ち、席についた。
さらさら、さらさらさら、と白砂の流れるように人影の数が増す。それらはわかりやすく、使用人や召使いの装いをしていた。
ほとんど音もなく使用人たちは場を整えていった。
スッラの前に並べられていく皿やカトラリー、ナプキン、フィンガーボール。見たことのない、と言うより見るとは思っていなかった組み合わせだった。
そして――スッラの前に置かれた皿の上が空であることには、特に何も思わなかった。
空である理由を、知っていたから。
使用人たちが傍に来る。
ようやくか、と思った。
使用人たちはまず、片腕に手を添えた。他の使用人たちは胴を押さえるように手を添える。そうして、片腕に触れた使用人が力を込める。
パキン、と音がした。
腕が外れる。
痛みは無かった。が、腕の外れる衝撃はあった。それから、身体の、少し軽くなる感覚。
使用人は腕を抱えて(まるで宝物でも持ち運ぶように恭しく)離れていく。誰も口を利かない。仕草や素振りも、何もない。
腕はスッラの元へ運ばれた。
上等な料理を出すように、その身体の横から腕を皿の上へ乗せた。調理も何もされていない、そのままの腕。その光景は、場に少しの可笑しさを添える。
スッラがカトラリーを手に取る。
極自然な所作で、フォークが肉を押さえ、ナイフが肉を切った。その時、小さく濡れた音がした。パキリと取り外された腕は、しかし歴とした「肉」であるようだった。
スィ、とナイフとフォークが腕を切り分けていく。ひとくち分の塊が切り出される度、スッラはそれを口に運んだ。
やはり可笑しなことに、腕は服ごと食べられていた。服まで食べられるらしい。この分だと皿も食べられるのではないだろうか。
ス、と腕がナイフで開かれる。さすがは傭兵。筋肉の流れとか繊維の向きとか、人の身体の造りをよく知っている。飛びも跳ねもしない汚れは、皿の上にトロリと溢れてソースのようだった。
肉の部分を食べ終えると、スッラはグラスに口をつけた。
そしてカトラリーを持ち直すことなく、手を、皿の上にポツネンと鎮座している骨に手を伸ばした。
パリ、ポリ、と音が鳴る。
カリ、コリ、と骨が削れていく。
消えていく。
白く乾いた硬物が消えていく。
その所作は粗野でなく、また卑しくもなく、骨を食べていると言うのに品を感じさせすらした。
最後の一欠片まで腹に納めて、スッラは舌で唇をなぞった。満足そうな顔をしていた。
また目が覚める。
時間がどれだけ経ったのか分からない。
やはりそこは椅子の上で、片腕は無くなったそのままだった。
今回もスッラは腕を食べていた。
当然だ。使用人たちは残っていた腕を持っていったのだから。
スッラは前回と同じ食事に、文句や不満のひとつも言わなかった。前回よりも慣れた手付きで、皿の上を汚すことなく、綺麗に食事をしていた。
その振る舞いは、ホストとしても快かった。(何故そう感じたのかは分からないけれど。)(スッラはゲストで、自分はホストなのだろうか。)
その次は脚だった。
腕を外すのと同じように脚がひとつ取り外される。
けれど身体を支える部位である脚は腕よりも重く大きく、胴体との接続部分も広くてしっかりとしているから、使用人たちは腕を取り外す時よりも少し時間をかけた。
そして、やはり、腕と同じように、取り外された脚はそのままスッラの前の皿に載せられた。当然ながら皿からはみ出てしまっている。レストランどころか、飲食店ではあり得ないことだ。
それでも――スッラは平然と脚を切り分けて食べ始めた。
少しずつ、少しずつ小さくなっていく皿の上に、安堵を感じた。
その場に言葉は無かった。
誰も口を開かなかった。
ただスッラの操るカトラリーが時折立てる小さな音と、微かな衣擦れの音と、二人分の呼吸だけがあった。
静かな時間だった。
自分は、どんな味をしているのだろう――と思わないこともない。
別に食べてくれとも食べて欲しいとも、積極的には思っていない(ただ「そう」なることが自然だと思うから「そう」しているだけなのだ。)けれど、どうせなら食べるに苦の無いようあって欲しかった。
……視線は合わない。スッラはひたすら皿の上を見ていた。次の切り出し方を探るように、食事を網膜に焼き付けるように、それが何ものにも奪われないように。
今日も順調に小さくなっていく皿の上に、美味いかどうかは分からないけれど、やはり食べられない味ではないのだろう、と思った。
脚が無くなると、使用人たちは頭を胴から取り外した。
ひとりが頭を両手で抱え、引きながら回して、引き抜くというか取り外すというか――つまり分離させた。模型とか機械を分解するときにパーツを分けていく感覚が近いだろう。
頭はテーブルの上に置かれた。
背後で音がする。視界の端に使用人たちや椅子が映った。片付けてくれたのだ。
また別の使用人たちはトルソを運んでいた。
大皿の上に、人間の胴体が横たえられる。
それは、食事と言うよりも手術とか解剖とか言った方が良いように思われた。
腕や脚の時も、まあ、食事と言うには些か華がないと言うか素っ気ない風景であったけれど。
スッラの握るナイフがメスに見える。
仰向けに寝かされた胴の中央を刃先が走る。胸が、腹が、開かれる。その中身は、見えなかった。
スッラは、その中で各部位を切り分けているようだった。さながら器と化した胴体の中からカトラリーが口許へ運ばれる。
――やはり、案の定、胴を食べ終えるまでには、今までで最も時間がかかった。
腕、脚、胴と、部位を移る度に食事時間は延びていた。食事、こと、部位が大きくなっているのだから当然と言えば当然だ。
ひたすら食事を続ける(しかし一心不乱とか見苦しさとか、がっついているように見えないのは余裕のある所作のせいだろう)スッラを、他に見るものもないから、その時も見ていた。
スッラが最後に飲み下したのは、背骨の一欠片だった。
その時はいつもと少し違った。
いつも――これまで正面の席に座っていたスッラが、背後に立ったのだ。
靴底と床の触れ合う、空気のふるえが、ほんとうにちいさく聞こえた。
次いで、微かな衣擦れの音が、小波のように寄ってきて、そして去っていった。サリ、と椅子の引かれる音。
視界の両端から、手が伸びてくる。先ほど並べられたカトラリーの一組が、持ち上げられた。
最後のパーツだ。最後の食事。言うまでもない。
「俺は美味かったか?」
だから訊いた。
顎を外され舌を喰われ、言葉を発せなくなる前に。
今までとて、何も話せなかったわけでなはい。話さなかっただけだ。“その時”ではなかったから。
ふ、とスッラが笑った気配がした。
「当然」
最後にスッラが食べたのは、俺の眼球だった。
「――と言う、お前に喰われる夢を見た」
そんな夢の話をされて、スッラはどこか不満そうに眉をひそめた。
「……。……それで? 心身の調子はどうなんだ? 変わったことや不調は無かったのか?」
「無い。もちろん今もな。ただの夢だろう」
眠気覚ましのコーヒーを啜りながらウォルターは答える。パラパラと机に広げられた書類に目を通しては選り分けていく。
「だいたい、何故すべて終わってから言うんだ。もっと早い段階で言っても良かっただろう」
机に軽く腰掛けながらスッラも湯気を立てるマグに口をつける。スッラの座布団になっている書類が何枚かあるのを見て、ウォルターの眉が少し跳ねた。
これ見よがしな溜め息は、過保護にも思えるスッラの言葉に対するものでもあった。
「たかが夢に大袈裟だ。具合が悪かったわけでも無いのだし、現実に影響が出ることもない。どうせならオチまで追うのは当然だろう」
夢とは脳が記憶を整理する際に映す映像だとか、未来の暗示だとか、その時の体調の暗示だとか言われている。ウォルターは、育った環境が環境であるせいか、どれかと言えば「記憶の整理映像」と言う見解を支持していた。だから別に、自分が喰われる夢をそのまま見続けたとして、現実で自分がどうにかなるとは思っていなかったのだ。
「どうだかな。お前がその夢を見ていたと言う時期に忙しくしていたのは事実だろう」
一方でスッラは験担ぎやジンクスを好む傭兵(もちろん面白半分程度の者や、全く信じていない者もいる)の一人だ。普段夢の話などしないウォルターが、それも内容が内容な夢の話をするなど、気にするなと言う方が難しかった。
しかしその他にも「理由」があるような気配(におい)を、スッラは嗅ぎ取っていた。
「それに……お前、もしかして「口外したら続きを見られなくなるのでは?」と思ったか?」
「……まさか。なぜ俺がそんなことを」
クク、とスッラの喉が鳴る。ウォルターの目が、微かに丸くなった。
「お前が喰われたがっているから、か? 無意識とやらで」
「そんな、まさか」
「何にせよ、自覚があるとは思っていない」
ウォルターは自他の感情に疎い。疎いと言うより、気付かないふりをしようとするとか、見て見ぬふりをする、だろうか。生来の責任感の強さとオーバーシアーとしての活動に育まれた防衛機能のひとつだろう。
けれどスッラは「他人」だし、ウォルターをずっと気にかけていたから、ウォルターがどういうときにどんな感情を持つのか、何となく想像することができる。
「現実(こちら)でも、喰ってやろうか」
スッラはウォルターを覗き込む。丸くなったウォルターの目に顔が写る。翳った瞳は瞳孔が開いていた。
たぶん、ウォルターは疲れているのだ。今も。だから、夢の話をしたのは甘えのサインだ。
証拠に、スッラの言葉を理解したウォルターはグッと息を呑んで眼を逸らした。
「だ、ダメだ。困る。仕事に支障が……」
「徹夜を続けるのと、どちらが仕事に支障を来すだろうな?」
逃げを打ったのを良いことに、スッラは差し出された耳元でクスクス笑ってやる。ぅ、とこぼれた声は悩ましい。
「ウォルター?」
ダメ押し。
使命を果たすまでの猶予を得て、張っていた気が多少緩み、スッラとの距離が「昔」に戻りつつある(そして関係は当時よりも深まっている!)上、徹夜を続けていたウォルターに、その誘惑を撥ね付けることは難しかった。
指摘され、気付かされれば、疲労感や休息欲はエサを待つ雛鳥が如く主張を始める。随分堪え性が無くなってしまったらしい。(スッラ曰く「普通」らしいのだけれど。)
「ぐ……ぅ……、も、もう、少し……したら、区切り、が、つく……から……」
スッラから逃げるようにウォルターは首を竦めて呻いた。
「分かった。良い子だ」
目元にキスをひとつして、スッラは立ち上がる。ついでに頭をひと撫で。
「シャワーを浴びてくる」
そう言って、仕事帰りだった(報告をしに来ていたのだ)スッラは部屋から出ていく。わかった、と言うウォルターの消え入りそうな返事を、強化人間の耳はしっかり拾っていた。
きっとウォルターは甘いだろう。きっと甘いし、しっかり甘やかしてやらなくては。
鼻歌すら歌い出しそうな様子でスッラは無機質な廊下を往く。
もちろん、無理をさせるつもりはない。
ああけれど――夢ではテーブルの上に乗り現実ではベッドの上に乗るとは! どちらのウォルターも「美味」であろうことは想像に難くない。まあ、現実(こちら)では行儀悪くも手掴みとなってしまうことは、ご了承いただくとしよう。