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【R18】Hari to Syura in the miniature garden【SSS】

ル解√からの生存隠居ifな21ウォル。21がウォルター以外を捨ててる。少し特殊?部類なので注意書きに目を通した方がいいと思った(こなみ)


お題は「エナメル」様から。ありがとうございます。

ル解√からの生存隠居ifな21ウォル。

21がウォルター以外を捨ててる。病み気味かも。

辺境の星の片隅でひっそりふたりで暮らしてる。


21は再手術と更新手術して普通に生活できるし喋れる。家事動作や一般教養や情緒等は勉強中。口調がいまいち安定してないのは書き手の中でキャラクターが確立してないからです。

ウォルは諸々の治療中。ファクトリーで達磨に加工されたので自力で動くには義肢が必要。時々残存コーラルの影響や再教育、加工のフラッシュバックで意識が過去に戻ったりしてバグる。

その他捏造やら妄想やら色々盛り盛り。

年齢指定部分はぬるめ。もといお飾り。

気を付けてね。

難産でした。

---

花に埋もれて夢を見たい

 泣きそうな顔で――否、泣きながら腰を振る元子飼いの男を、元飼い主の男は見上げていた。

 「う゛ぅ゛……!」

 男が呻く。ぶるりと身体が震えて、ぬかるんだ肉壺の中へ欲を吐き出した。達する瞬間に抱え込んだちいさな身体が、その欲の熱さに身悶える。

 「――はっ、ぁ、」

 余韻を消化すると、男は腕中の身体をベッドへ下ろし、また揺さぶり始めた。ぐちゅ、ぐちゅ、と今までに散々吐き出していた欲望が今夜は耳障りに鳴く。

 ちいさな身体がふるえている。縋る手もなく、堪える足もなく、自分に“使われている”。

 けれど相手は自分を拒まない。嫌がる素振りも見せない。どれだけその身に歯形や鬱血痕を残そうと、性急に熱を埋めようと、乱雑に揺さぶろうと、全てをゆるす。

 「うぉる……、うぉる、た、ァ……!」

 男の顔がぐしゃりと歪む。堪らなくなって眼下の――ウォルターの身体を抱え上げ抱き締める。体勢が変わり、自重により、ごりゅ、と腹の奥を抉られたウォルターは堪らず鳴いた。ぎゅうぅ、と胎が締まる。

 「……っ、あ、あ、うぉる、ごめ……、ごめ、なさ、」

 「ぅ゛、あ゛……っ、ッ、いい……、気に、するな、62、1」

 掠れた声が耳元で囁く。苦しそうな声だった。それなのに、やはりウォルターは自分を“使う”男――621を咎めない。どころか、スルリと首筋にすり寄ってみせる。

 レースカーテンだけが閉じられた窓から、青白い衛星の光が射していた。

 片付けに際して、ウォルターは621に義肢を部屋から持ってくるように指示した。が、621はそれを拒み、結局片付けのすべてを一人でこなした。

 濡れたシーツやタオルや脱ぎ捨てた衣服を洗濯機へ放り込み、新しいものを用意する。自分の手で散々汚した主人は責任をもって風呂場で清めさせてもらった。

 そうして、今。乾いたシーツ張られたベッドの上で、新たな寝間着に身を包んだ621は、同じく清潔な寝間着に替えたウォルターを抱え込んでいる。ゴウゴウと洗濯機の回る音が壁の向こうから微かに聞こえていた。

 「……ごめん、なさい、」

 叱られる前の子供のような声で621が口を開く。621の胸元に顔を押し付けられているウォルターは、その表情を窺うことができない。けれど、そんなことは今さらだ。

 「気にするな。不調はないか?」

 「ない゛……」

 時々621は名付けられない感情のままにウォルターを抱く。この生活が始まって、しばらくした頃からだ。

 泣きそうな顔で、怒りの滲む声を出し、何かを諦めたような指先で触れる。ウォルターの名前を呼び姿こそ見ているが、その貪り方は相手のことなど考えていない暴力的なもの。

 621自身、その自覚はあるが、止められないようだった。

 おそらく、ルビコンⅢでの活動を経て戻ってきた感情をまだ上手く処理できないのだろうとウォルターは考えている。無理もない。ルビコンⅢでは、色々なことがありすぎた。

 そしてそれに621を巻き込んだのは、他でもない自分自身(ウォルター)だった。

 だからこれは、罰なのだ。

 621の悲しみも怒りも、善行も悪行もすべて受け止めるのは、自分の仕事なのだ。

 ウォルターがそう言えば621は否定するだろうからウォルターは何も言わないが、胸のうちにはしっかりと仕舞っている。自分のこころでいっぱいいっぱいな621は、まだしばらくは気付かないでいてくれるだろう。

 621の身体を抱き締める腕のないウォルターはその胸元にすり寄って体温を分け合おうとする。

 「もう休め、621。明日は買い出しに行くのだろう?」

 強さと脆さを併せ持った621をウォルターはあやした。眠りたくないとぐずる子供に対するそれだった。

 「ん゛……」

 621が頷いて、小さな衣擦れの音がする。ぎゅ、と抱擁が強まって、ウォルターが微かに息を詰まらせた。

 「っ……。621、良い夢を」

 言いながら、良い夢を、等とどの口がとウォルターは自嘲する。

 だが本心だ。せめて夢くらいは穏やかなものであれかしと。ウォルターは心から願っている。

 やがて頭上から穏やかな寝息が聞こえ始める。少し様子を見てみても、魘される様子はない。ウォルターは、知らず安堵の息をこぼす。

 自分もそろそろ寝てしまおう。目蓋を閉じると、石鹸の香りに混じって微かに621のにおいがした。

+++

口実ばかり見つかる季節

 「ハンドラー・ウォルターへ報告。本日の天気は晴れ」

 シャラリと窓にかかるカーテンを開き、621はベッドの上のウォルターへ声をかける。

 応える声はない。向けられる視線もない。

 まだ眠っていただろうかと顔を覗き込めば、ふたつの目は茫洋と天井を見ていた。コーラルの色が移った目に、自分(621)が映る。

 「621」

 そこでようやくウォルターは621を認識する。頬に手を添えると、目を細めてすり寄られた。

 「ベイラム本社から……依頼が…………、ブリーフィングを……確認……して、おけ」

 「了解、ハンドラー・ウォルター」

 ――当然。そんなものはない。その場だけの「了解」だ。

 連絡先を変え足跡を消し、一線どころか表舞台から消えた「ハンドラー・ウォルターの最後の猟犬、独立傭兵レイヴン」に依頼を出す者など、もはやいない。それが現状。

 けれどウォルターの意識には未だ“あの頃”が焼き付いている。ふわふわ、ふわふわと、現在と過去を行ったり来たりしている。ルビコンⅢでアーキバスコーポレーションから受けた「再教育」と「加工」の影響だった。

 今日は過去にいるらしい。だが比較的落ち着いているな、と621は思う。コーラル中和の治療を続けているおかげか、最近は過去にいる時間が減っている。今日のような日の方が、少なくなってきているのだ。随分と穏やかに、日々を送れるようになった。

 「ハンドラー・ウォルターへ質問。食事はどうするか」

 621は“機械的に”ウォルターへ訊く。ウォルターが過去にいるなら、こちらの方が良い。あの頃の自分は、まだ人らしい会話が、できていなかったはずだから。

 「いい……。俺に構わず、しっかり食べろ、621」

 「……了解」

 しかし物を食べないことには薬も飲めない。点滴と注射を使えば楽なのだろうが、あまりウォルターを傷付けたくない。621は目蓋を閉じてしまったウォルターを見下ろしながら眉尻を下げた。

 何より、ひとりの食事は味気ない。それを知ってしまった621は、そして一人分だけ食事を作る億劫さも知ってしまっていた。作り置きをして、それが減っていないときの落胆も。

 少しの間考えて、するり、と621はウォルターの身体へ手を伸ばした。

 シーツで身体をゆるりと包み、抱き上げる。自力で動けないとはいえ、できるだけ目の届く場所にいて欲しい。換気のために窓も開ける予定のこの部屋では、風邪をひいてしまう可能性もある。

 結局621はウォルターをリビングへと移動させた。

 意図無く点けたテレビのチャンネルはニュース番組だった。音量を下げる。それから、ふたりがけのソファにウォルターを下ろして、キッチンへと赴く。

 冷蔵庫から地球産の卵とアルカス産のベーコンと、天王星産のレタスを取り出す。パンはダイニングテーブルの上に置かれたままのものを使う。先日街のスーパーで買った、火星産の宇宙小麦を使った少し値の張るものだ。

 パンをトースタへ放り込みフライパンをコンロにかける。レタスは適当に水洗いして、食洗機から拝借した皿に乗せておく。

 フライパンにベーコンを乗せて少し経つと、チリチリと熱に溶け出した脂が跳ね始める。フライパンを揺らして脂が全体に張れただろうところで、卵を割り落とす。コンッとシンクの角に卵をぶつけて罅を入れる。しっかりと入った亀裂に親指を挿し入れて殻を割り開く。ぽったりと、白身と赤みの強い黄身がベーコンの横に落ちる。

 卵の白身が白くなりきる前にトースタは鳴ったが、放置してある。鍋上のものが焦げ付かないよう、無心にフライパンを揺らす621は、しかしウォルターの気配に気を向け続けていた。

 ベーコンと卵が焼けたので、トースタからパンを引っ張り出した。皿の上のレタスを退かし、パンを置き、その上にレタスを敷いてベーコンと卵を載せる。こんなものだろう。

 ついでにコップへ牛乳――これも地球産だった。良いヤツだ――を注いで、両手に皿をしながらリビングのソファへ向かう。

 ふたりがけのソファの前に置かれたローテーブルへ朝食を置いてから腰かける。

 ウォルターはやはり眠っていた。寝顔は穏やかだ。

 しゃく、と食事に手を付けながら621は手の甲でウォルターの頬を撫ぜる。

 つらくない夢を、見ていればいいと思う。せめて夢の中でくらいは、思うままに振る舞えていれば。それをいつか、こちらの世界でもしてくれるようになれば良い。

 そんなことを考えながら黙々と食事を消化していく。不味くはない。けれど、やはり味気ない。

 ハンドラー・ウォルターへ提案。調理技術向上のためのトレーニング監督及び味覚調整のために食事への同席を要求。

 他にも“提案したい”ことはあるけれど、まずはこれだろうか。

 ウォルターと過ごす時間を作るための理由なら、621には両手の指に余るほどある。ふたりがふたりで過ごす時間は、まだその程度しか経っていないからだ。

+++

憧憬のひとひら

 あの時。墜ちていくザイレムの上で、621がウォルターを捕まえた時。奇しくも621はウォルターの抵抗を無くすために機体の四肢を切り落とした。そして地上に降りた後、それがアーキバスコーポレーションの手によって「コア」と“させられた”ウォルターの姿と同じだと知った621は、コアパーツから引きずり出したウォルターを抱えたまま意識を手放しかけた。

 機体の損傷や破損は、替えが利く。だが人体はそうもいかない。特に胴部から切り離された部位が失われてしまっている場合だ。

 しかして人間とは貪欲な生き物であった。失ったものを補おうとする技術を、星間航行が確立される前から研究していたのだ。現在におけるその成果は、言うまでもない。

 「621、義肢を……、どれでも、お前の好きなもので良い」

 ウォルターの義肢は、余程のことがない限り621がその日ごとに選んでいる。

 軽量かつ繊細だがその分精緻に動かせるシュナイダー。独特なデザインだが使い心地に申し分のないエルカノ。線の細さにしては丈夫な大豊。頑丈で力仕事や荒事に手を突っ込む際に向くBAWS。遊び心満載のRaD。その他、十社十色。様々な義肢がふたりの家には置かれている。

 それらの中から621は今日の四肢を選び、ウォルターの元へ戻る。

 「621……」

 当然のように義足から着け始めた621にウォルターが咎めるような恨めしそうな声をかける。けれど621は気付かないふりをする。ウォルターに手を与えれば、その分早くこの時間が終わってしまうことを知っているからだ。

 「――っ!」

 義肢の固定と神経との接続のため、そのために付けられたソケットへ義肢を押し込むと、ウォルターが息を呑んだ。目蓋を閉じ、眉間に皺を寄せて、痛みに耐えるような顔。堪らず、621はウォルターのくちびるに自分のそれを重ねた。薄いくちびるを食みながら、するりと機械と肉体の境目を指先がなぞる。ぴくりとウォルターの身体が跳ねた。

 これでも、身体への負荷はかなりマシになったのだとウォルターは言っていた。初めて義肢を購入する際のことだった。

 以前はもっと、接続時の衝撃や神経系との接続に痛みを伴ったのだそうだ。当然義肢の質も今より心許なく、要する整備頻度も今より間隔が短いため、自然着脱回数は増える。都度の苦痛よりも、多少不便な安寧を選ぶ人間は少なくなかったらしい、とウォルターは一昔前の義肢事情を教えてくれた。

 左右の足を着け、右腕を着ける。利き手でないとはいえ、動かせる手を得たウォルターの自由は、格段に増す。残った左腕の装着は、やはりウォルターがほとんど一人でやってしまった。カチリと最後の留め具が留まる音がして、ウォルターは五体満足になる。二、三度指や関節の動きを確認して、問題がないことを確認する。

 ウォルターがベッドから足を下ろす。カチャリ、と犬の爪がフローリングを掻くような音がした。その日選ばれたのは、機械であることを隠しもしないデザインの義肢だった。人間の温もりや柔らかさからは程遠いが、硬質で機械的にまとめられた直線的デザインは、実は世間でとても評価の高いものだ。

 室内用のスウェットに袖を通し、スウェットパンツに足を入れる。一人で不自由なくこなされる一連の動作を、621はジィと見ていた。

 スウェットパンツの紐を締めたウォルターが、スリッパを爪先に引っかけて部屋を出ようとする。今日の義肢のために、手袋を取りに行くつもりであることは621も理解できた。けれど。

 「ウォルター、」

 ほぼ衝動的に621はウォルターの身体を捕まえていた。

 腕を掴み、引き寄せ、自分の腕の中に閉じ込める。

 「621?」

 丸くなったウォルターの目が621を映す。その、幼い表情に、621はえも言われぬ喪失感をおぼえてウォルターを掻き抱いた。戸惑いと遠慮を含みつつ、ウォルターの腕が621の背中に回される。背中を撫で、宥めるように叩く硬い手は、しかし確かに優しいものだ。

 「ウォルター……、俺……、おれ、は、」

 言葉はおろか、感情もまとまらない。もうウォルターはどこにも行かないし、離れ離れになることもない。それなのに、どうしてこんなにも不安に思うのだろう。

 時々どうしようもなく、その自由を奪ってしまいたくなる。

 「……。621、別室のグローブを回収したいんだが、協力してくれるか?」

 あくまで穏やかに、ウォルターが囁く。具体的な目標と、行動の提示。それへの同行依頼。それはブリーフィングだった。

 ウォルターの声が、言葉が、ストンと621の耳に落ちていく。

 「了解、ハンドラー・ウォルター。作戦行動を開始する」

 「良し。エスコートを頼む」

 半ば反射のようなものだった。あれほど離れ難く感じていた身体を、背中をひとつ叩かれただけであっさりと解放する。

 ああやはり――俺の飼い主(ハンドラー)はウォルターだけなのだな、と621は思う。ウォルター以上に上手く621を使ってくれる人間を、621は知らない。

 寝室から出て廊下に入る。目当ての部屋は向かいにある衣装部屋。易いミッションだ。

 不意に、するりと621の指先にウォルターの指先が絡まった。引き留める強さではない。ただ繋いだだけだ。すぐ傍にいる、と確信の持てる接触。振り返ったり、声をかけたりする代わりに、きゅ、と621は指を握り返す。細やかな幸福だ。衣装部屋の中、目当てのチェストはもう少し奥にある。

+++

永遠はここにあるべきだから

 その日は無性に怖くなって、腹が立って、悲しくなって、621はウォルターを抱いた。

 この住処に越してきて、間もない頃のこと。憶えている限り、最悪の夜だった。

 ウォルターの意識は過去にあって、ルビコンⅢにいる621を見ていた。否。探していた。621はウォルターの目の前にいて、確かにその身体に触れていたのに、ウォルターは621の身の安全を祈る譫言ばかり吐いていた。それが、その時の621には我慢ならなかった。

 ここに居るのに。触れているのに。貴方の傍に居るのは俺なのに。

 義肢を乱雑に外して、放り捨てて、勢いのままにその身を暴いた。拓いて、突き込んで、揺さぶって――獣のように、欲をその胎に吐き出した。

 その間、ウォルターは言葉で抵抗していた気がする。はじめに耳の奥がキンと鳴って、音がすべて遠くぼやけた621は、最中のウォルターの口の動きを緩慢に振り返る。

 そして、ウォルターの身体を抱き締めて快楽の余韻に浸っていた時に、それは聞こえた。

 「――痛い、」

 ヒュ、と鳴ったのが、どちらの喉か、判らなかった。

 「痛い。いたい、いた、ァ、ひっ、い゛ッ゛、」

 腕の中の身体が戦く。ハッとして顔を覗き込めば、珊瑚色の目が焦点を失っていた。

 「ぃや、嫌だ、やめろ、もう――、ぅあ゛、あ゛、あ゛あ゛あ゛!゛」

 薬はもう嫌だ。機械に繋がれたくない。断片的に聞こえてくるそれらの言葉に、背筋が凍り付くような感覚がした。

 「うぉる、……っ、ウォルター!」

 急いで結合を解き、ベッドの端に退けられていたシーツを引っ掴む。バサリと被り、暴れようとする身体を抱き締める。鎮痛剤はベッド横のチェストにあったはず。けれど今ウォルターを離してはいけない気がする。

 「ひっ、ヒッ――ィ゛ッ゛、あ゛ぐ、ぅ゛、あ゛あ゛、」

 「ウォルター、俺、ここに、いる……、います、大丈夫。大丈夫、だから、ウォルター、」

 「ゃ゛、ア゛ッ゛――、ぃ゛やだ、きぎょうの゛、いい゛な゛り゛……ッ、なりた゛ぐ、ない゛ッ゛……!゛」

 はじめて――悲鳴を聞いた。彼が、ウォルターが、見せないようにしてくれていた影に、その時621は初めて触れた。あの時。あの忌々しい場所でウォルターは、621が考えていたよりずっと酷い目に遭っていたのだ。

 自分は意識や感覚が希薄だったからまだ良い。こう言うこともあるだろう、と耐えると言うにはあまりに淡白に流すことができた。けれど、そうだ。ウォルターは、ハンドラー・ウォルターは、非強化人間であり非戦闘員だった。

 「うぉるたあ…………」

 621は項垂れる。取り乱したウォルターの呼吸は忙しく、621の精神を侵す。合わせた胸から伝わる鼓動は早鐘だ。

 ふと、ウォルターの肩口に、その身体を抱える自分の指先が見えた。

 ――もしウォルターの義肢をそのままにしていたら、その腕は自分を害しただろうか。それとも、自分に縋ってくれただろうか。

 答えは分からない。ウォルターの腕は、最初に自分が取り上げたのだから。

 「ごめん……、ごめん、ウォルター……、ごめん、なさい、」

 621は、そうして他者のために祈ることを覚えた。自分の手の、無力を知った。

 やがて嵐は過ぎ去り、何事もなかったかのようにウォルターは落ち着きを取り戻す。身体の強張りは解け、呼吸は静かに規則的になる。621は、恐る恐る身体を離した。

 「……、ウォルター……?」

 ゆらゆらと何かを追っている珊瑚色の目はやはり621を通り過ぎる。だが一瞬。瞬きを一度した、その直後。ウォルターの目に、621が映った。

 「……」

 621は、ウォルターが笑ったような気がした。

 「よくやった、621。戻って、休め」

 少し前まで泣き叫んでいた喉と同じ場所から出ているとは思えないほど穏やかな声でウォルターが言う。621のことは、やはり見ていない。けれど、確かに621へと向けた言葉。ハンドラー(飼い主の)・ウォルターは、いつだって621を気遣ってくれる。

 すり、と頬を擦り合わせて621は自分の額とウォルターの額を合わせる。そのままくちびるを柔く食んで、触れるだけの口付けをする。

 片付けを――しよう。と、乱れたベッドの上で621は思った。

 長い夜だったと思う。まるで永遠だった。頭の中の、焼け付いたコーラルが溶け出したのか、ウォルターが時折くふくふくすくす笑っていた。端から見れば幸せそうな表情。621にとっては、望んではいない現実。

 けれど、それと同時に、仄暗い独占欲が満たされるのも確かだった。

 今やウォルターには自分がいなくてはならない。意識がここにあろうと、過去にあろうと。焦ることはない。ここは終の棲家。ふたりの永遠。邪魔をするものはいない。

 「……おやすみ、ウォルター。いつでも俺を呼んでください」

 ウォルターを抱いて621は眠りに就く。

 次に目蓋を開けるときには、ウォルターがいつもの調子で自分を呼んでくれることだろう。

+++

春が来るのはあなたのせいです(つっこさんのカメリアは良いぞ)

 「髪が伸びたな、621。そろそろ切りに行くか」

 サラ、とウォルターの硬い指先が621の髪を梳かす。その手を捕まえた621は手の甲に唇を落とし、手のひらが見えるようにひっくり返して自分の頬へそのまま運んだ。すり、とウォルターに頬を撫でさせながら、621はウォルターの首元へ手を伸ばす。

 「ウォルター、も、切る?」

 首筋を隠すようになってきた襟足に指先を絡めながら621が訊く。ああ、とウォルターは頷く。そう言えば最近、首元がくすぐったいと思うことが増えていた。

 一番近い街区へは車で2時間ほどかかる。

 財布と貴重品を持っても、ふたりに手荷物は増えない。すべて上着やズボンのポケットに収まってしまうからだ。手早く余所行きの服に着替えて持つ物を持ったふたりは、ガレージに停めてある車に乗り込んだ。本人の希望で、ハンドルは621が握る。

 街に降りると、当然だがひとが行き交っていた。道路の両側には歩道があり、様々な店が立ち並んでいる。皆軽装で、目に見えて銃や刃物を携行している者はいない。気配も雑多そのもので、殺意や敵意は感じない。最近、ようやく慣れてきた“普通”。

 大通りを少し走り、一本細い道へ入る。細いとは言っても、二車線はある。それからまた少し走って、予約を入れた理容室へと向かう。ここへ来てから通っている、きまりの店だ。そうなった経緯はまったくの偶然なので、出会い等は割愛する。店の駐車場には三台ほど車が入っていた。

 621は店の出入り口に近い場所に車を停めた。久しぶりだが、悪くない運転だったと思う。ラジオでは丁度曲が終わるタイミングだった。サイドブレーキをかけて、エンジンを切る。

 星間航行発達前の地球車を再現したこの車は、どこかLoader 4の機体と同じにおいを感じられて621は気に入っていた。

 助手席のウォルターも車を降りたことを確認して、621は車に鍵をかける。

 予約通りの来店に、すぐに席へ通されたふたりは並んで鏡の前に腰を下ろす。最低限の言葉でやり取りする従業員は、こういう店では珍しいのだろうが、どちらかと言えばお喋りでないふたりにとってはありがたいものだった。

 シャキン、シャキン、と理容師のハサミが髪を切り落としていく。

 それを見ながら、ああここには――独立傭兵レイヴンもルビコンの解放者も、ハンドラー・ウォルターも知る者はいないのだな、とふと思った。名前も知らぬ客と店。他人と他人。繋がりもしない、触れるだけの縁の軽さは、存外心地よいものだった。

 「せっかくだ。買い物もして行くか、621」

 店を出てウォルターが621に提案する。急いで買うべきものは無いが、621はウォルターの提案が621を想ってのことだと理解しているから、了解の意を返す。こう言ったウォルターの細やかな配慮もあって、621は街を歩くことや見ることを「楽しい」と感じられるようになっていた。

 大型の、複合商業施設へ行くとマルシェが展開されていた。様々な地域や土地から運ばれてきた生鮮食品が、ところ狭しと並べられている。

 食材の備蓄は、まだある。けれど売り物として並んでいるそれらは、何故か色鮮やかに見えた。ふたりはどちらからともなく、露天に並ぶ商品を吟味し始める。

 魚。エウロパ産。不定形にも近しい四つ足が蛍光グリーンに発光している。生食可。

 野菜。ファフニール産。葉物も根菜も大きい。サイズ以外はよく見る宇宙レタスや宇宙キャロットのそれだ。

 果物。地球産。ちいさい。だがおそらく、これが普通のサイズ。

 「……」

 その鮮烈な色に惹かれて、621は並べられていた紅玉をひとつ手に取っていた。

 完全な球体ではない、けれど艶やかな赤い珠。内側が赤くないこと。齧れば甘いこと。それを知ったのは、やはりここに来てからだった。

 「リンゴか。良い選択だ621」

 隣でオレンジを見ていたウォルターが微かに笑う。貴方は俺の選択をいつも肯定する――と思いつつ、621はこくりとひとつ頷いて購入の意思を示した。

 好きなものを選べ、と言われたので621は自分が「美味しそうだ」と思ったリンゴをいくつか選んで売り子に手渡す。ひとつ98コーム。それを10個。合わせて980コーム。きっかり支払えば、まるで交換のようなタイミングで袋に詰められたリンゴを手渡された。服の袖から覗いた腕は、ツルリとした生体プラスチックに見えた。

 「無事買えたようだな。よくやった」

 丁度オレンジの入った袋を受け取ったウォルターが言う。

 「他に見たいものはあるか?」

 「ん……ウォルター、は?」

 「俺は……ああ、そろそろグリスの予備を買っておいた方が良いかもしれないな……」

 「行こう、」

 そして結局、ホームセンターやら薬局やら本屋やらに立ち寄って一日を外で過ごしたふたりは、ふたつめの太陽が暮れる頃に家へと帰り着いた。そこまでの散財は無かったけれど、抱えるくらいの荷物はできたので、ふたりはそれぞれ持てる分を持って家へ運び込む。

 軽く荷解きをした後、部屋着へ着替えるときの事だった。ふと621の目に、赤く色付いたウォルターの肩口が映る。621の喉から「ウォル、」と声が出た。

 「ウォルター、肩が、」

 義肢の接続はちゃんと確認したはずだ。それなのに。

 「気にするな。こう言う時もある」

 義肢が擦れて傷付いた肌を気にする素振りもなくウォルターは言う。痛みは少なからずあるだろうに。

 「外そう。あとは、俺がぜんぶやるから」

 言うが早いか、両義足を掬い上げてリビングのソファまでウォルターを運んでしまう。こうなれば621はもう何を言っても聞かないことをウォルターは学習していた。パタパタと部屋を出ていき、パタパタと救急箱を抱えて戻ってきた621に苦笑する。

 「ごめん、ウォルター……、気付けなかった」

 「俺も気付いていなかった。気にするな、621」

 服をまくり、義肢を外し始める621の頭を、ウォルターは今のうちに撫でておく。くしゃ、と理容室で今風に整えられた髪型を崩すのは、少し愉快だった。

 「ウォルター、触る……触り、ます」

 義肢をすべて外すと、義肢と身体の接触部分は擦れて赤くなっていた。薄らと血が滲んでいる箇所もある。薬を乗せた621の指が、傷口に近付く。

 「……っ、ろく、に……いち、」

 薬を塗り込んでいると、やはり傷口に触れられるのは痛みがあるのか、息を詰まらせながらウォルターが不意に口を開いた。

 「?」

 少し中断した方が良いだろうか、と思いつつ、621は首を傾げて続きを促す。

 けれどウォルターが続けたのは、予想外の言葉だった。

 気にするな、続けろ、と言い置いてからウォルターは吐露する。

 「621、お前は……こんな生活で良かったのか? もうお前はどこへだって行ける。生きていける。俺に縛られる必要は、無いんだぞ……?」

 不安の言葉だった。621は大型複合商業施設の雑踏で拾い聞いた「幸せすぎて怖いの。こんなにも幸せで良いのかなって」と言う少女の声を思い出した。たぶんウォルターも、そうなのだろうと思った。

 飼い主は優しい。昔から今まで、変わらない事実だった。

 「俺は――、俺、だから。独立傭兵レイヴンも、ルビコンの英雄も、俺である必要は、ない。けど、強化人間C4-621は、俺だけで、俺をそう呼んでくれるのは、ウォルターだけだから」

 独立傭兵レイヴンの名声も、解放者としての名誉も、621にとっては些事だった。だってそれは、621と言う識別記号に紐付いてはいない。それらが621であることを知っているのは、この世に数人といないだろう。

 けれど別にそんなことはどうでも良かった。621はただ、ハンドラー・ウォルターの役に立てれば良かった。

 だから621はあの燃えるザイレムの上でウォルターを捕まえた時、選んだのだ。

 「だから、ウォルター。俺は、選んだ。貴方を。“これ”は、俺が選んだことなんだよ」

 ウォルターの赤くなった肌に薬を塗り込みながら621は微笑する。実に人間らしい表情、欲望だ。

 「……そうか」

 「ハンドラー(俺の)・ウォルター。貴方には、さいごまで付き合ってもらう……、ます、」

 いつか621に向けた言葉を当人から返されて、ウォルターは小さく噴き出した。思わずするりと首筋に頭を擦り寄せて、その勢いのまま言葉無く口付けをねだる。

 ウォルターからの珍しい誘いに、621が乗らない理由もない。さして経たず、はぷ、ちゅぷ、とちいさな水音がし始める。

 ダイニングテーブルの上には、片付けられていない荷物が残されたままだった。

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