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【ACⅥ】因果、風切り、羽のペン【SSS】

諸々ご都合生存和解if。21ウォル中心で足し算とか右ウォル。各キャラクターの練習も兼ねて。ハウンズ等キャラの捏造にも注意。何もかも捏造ですが。ゆるして。


お題は「エナメル」様より。ありがとうございます。

AMは誰かが足にコンセント引っ掛けて抜いてしまったのでシャットダウンしました(テキトー)

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暮れない暗闇(21ウォル)

 「ぅ゛お、る゛」

 ソファに座り本を読んでいたウォルターの膝へ621が転がり込んできた。何やらモニャモニャ言っているが、腹に顔を押しつけているせいで声がくぐもってよく聞こえない。

 「よく帰ったな、621」

 「ん゛」

 とりあえず、本に栞を挟み頭を撫でてやると機嫌の良さそうな顔が上を向いた。

 ルビコンⅢは現在復興真っ只中である。

 少し前まで企業や機構や傭兵たちが派手に暴れていたのだが、ウォルターの飼い犬であった強化人間C4-621が中心となり、その戦火を終息へ向かわせた。

 エアと言うコーラルの意識体の存在を通して、人とコーラルの共存を提案したのだ。

 当然、易い話ではなかった。コーラルの危険性は621の飼い主であるウォルターやその同胞たるカーラが最も憂慮している点であるし、コーラルの有用性を企業が諦められるわけがなかった。

 だが、それでも。対話を重ね、時には武力を行使し、束の間の安寧であったとしても、平和を掴み取ったのだ。

 多くの血が流れると思われた。多くの命が散っていくと思われた。しかしその結果は、予想よりも遥かにマシなものとなり、特に、最悪の場合にはルビコンⅢごとコーラルを焼き払うつもりであったウォルターへの衝撃は凄まじいものだった。

 今までの人生が無に帰し、しかし今までの人生があったからこそ罪無き数多の命を奪わずに済む道へ辿り着いた事実からその場に崩れ落ちたとして、彼を笑える者はいないだろう。

 そしてウォルターたちは復興中のルビコンⅢで、技研都市に住まいを選んでいた。当然、復興は地表の方から進められている。技研都市は地下にある地域なので、未だほとんどが手付かずの状態だ。加えて、地上とのやり取りに不便さがある。

 だがコーラル集積地は技研都市にあり、コーラルたちと交流するにはうってつけなのだ。技研の開発や研究を改めて調べれば、よりコーラルたちとの交流がしやすくなるだろうと考えたのは自然なことだったと言える。

 何より――ウォルターの故郷である、と言うのも621やエアが技研都市での暮らしを肯定した一因だった。

 少しずつ再手術を重ね、人らしさを取り戻していっている621は、しかしACを降りなかった。半ば脅すようなかたちでアーキバスの誇る最新の強化手術を受けているのだ。ひとに戻り、ひとのままACに乗る。何も闘争を求めているわけではない。今度は守るためなのだ、と621はウォルターに言った。

 そして今。621は主に地上で解体や建設の仕事に従事している。療養名目で駐留しているレッドガンのG1ミシガンから時折「解体現場でナパーム弾を撃つな」だとか「軽量逆関節で来るのは良いがあちこちふわふわ飛びすぎだ」だとかの報告がウォルターに届く。散歩がてら復興現場を見て回っている先で時々621を見るらしい。

 まぁ、他者と撃ち合う以外の仕事を協働でこなせているのは良いことではないか。

 今日も今日とて誇らしげに終業を報せる621を、それこそ犬にするように撫でて労ってやる。

 「617たちが帰投するまでまだ少し時間がある。休むと良い」

 今日の買い出しの当番は617と619とエアだった。

 先んじての作戦で生死の境をさ迷い、そして奇跡的に生き延びた617たちは当然のようにウォルターの元へ戻って来た。ウォルターは「せっかく拾った命をもう自分のために使わなくても良い」と言ったが、617たちは「自分がウォルターの傍に居たいのだ」と譲らなかった。スッラに撃破されたと思われていた618も実は生き延びており、ようやくルビコンⅢのウォルターたちに追い付いたと言う流れで合流した。

 斯くしてウォルターは技研都市で五人の猟犬と一人のコーラルと生活することとなったのだ。

 「や゛、すむ゛、く、ォ゛、こ゛、ぇ゛」

 621がいよいよソファに上がり込み、ウォルターの膝に頭を乗せて身体を丸める。満足げな顔だ。

 「休むなら部屋へ行けと……。ハァ。仕方ないな……」

 「ん゛」

 未だ声帯が治りきっておらず不明瞭にしか出ない声を、しかし拾い上げてくれるウォルターがやはり621は好きだった。未だに意思の疎通はタブレット等でテキスト中心に行っているが、ウォルターとはできるだけ「会話する」ようにしている。

 優しく頭を撫でる手のひらに621は目を細める。ACの操縦に使った頭や四肢に疲れたと言う感覚がようやく広がっていく。心身が気を許しているのだ。

 「寝ろ、621。疲れただろう」

 ぽすぽすと頭をやさしく叩かれる。621はウォルターの声に従い目蓋を閉じる。ぎゅう、と抱き締められた腰にウォルターが息を詰めた。絞めすぎたらしい。しかし緩める気の無い621はそのまま寝てしまうことにした。どこにも行かないで。ずっとここに居ればいい。そんな意図があったのかもしれない。

 両腕いっぱいに荷物を抱えた617たちが帰ってくるまで、あと数刻。

+++

幸福を願い尽くして(エアとウォルター)

 「ウォルター……」

 じっとりとした少女の声にウォルターは気まずそうに目を逸らした。次いで発せられた遠慮の無い溜め息に、今度こそウォルターはシーツを頭まで引き上げた。

 朝から不調の気配はあった。けれど「まあこれくらいなら」と無視していたら目の前が真っ暗になったのだ。幸か不幸かその日同居人たちはそれぞれ所用で出払っていた。だから目を覚ましたとき、倒れたはずの固い床でなかったことにウォルターは疑問符を浮かべた。

 自室のベッド。見慣れてきた天井と、自身の配した憶えのある家具で自分が自室のベッドの上にいることをウォルターは知った。しかし何故、と思ったところで部屋の扉が開いた。

 一人の少女――やわらかな線を持つ小柄な義体が部屋に入ってくるのを見て、ウォルターは自身が誰に助けられたのかを察した。

 「エア、」

 掠れたウォルターの声を、しかし少女――エアは聞き取ったようだった。人と遜色なく、精緻に作られた顔が驚きの表情を作る。しかしそれも一瞬のこと。覇気の無いウォルターの姿を改めて視認して――冒頭に戻る。

 「ウォルター、あなたは常日頃レイヴンたちに身体を気遣えと言っていますよね? レイヴンたちのみならず私にも。それなのにあなたと来たら……」

 「……すまない」

 「体温の上昇と喉の掠れ。動作の緩慢さ……近頃冷え込んで来ていますし、風邪、と言う病が今のあなたの状態でしょうか」

 エアの見立ては堅実だった。

 風邪。風邪である。新たな生活が始まってから、しばらくが経った。緊張の糸が切れたこともあるだろう。

 風邪にせよ単なる不調にせよ、ウォルターに休息が必要である事実は変わらない。

 何やら湯気の立つ皿を乗せた盆を持ったエアはベッドの端に腰を下ろす。

 「リゾット、を作りました。食べてください」

 「今はいい……」

 「食べてください」

 「……」

 観念してシーツから這い出たウォルターを、エアはどこか勝ち誇った目で見ていた。

 お手本のようなリゾットを少しずつ口に運ぶウォルターの傍にエアは留まっていた。ちゃんと食べているか、監視しているようにも見える。しかしその裏、そわそわと指先を繰り返し組み替えている様子は、相手に話しかけるタイミングを窺っているようだった。

 幾ばくかの逡巡。エアが動いたのはウォルターが皿の半分ほどを食べ、スプーンを置いた時だった。

 キュッと唇が引き結ばれる。指先が祈りのかたちを組んだ。

 「……ウォルター、」

 少しだけ、ふるえる声でエアが口を開く。

 「あなたは、どうして私……私たちを受け入れたのですか。「友人たち」との約束を反故にして、自分の人生を……棒に振ったようなものでしょう……?」

 エアの義体はウォルターが用意したものだ。

 ウォッチポイントでコーラルに被曝し、エアを知覚した621がウォルターに用意させた、エアの身体。

 当然ウォルターにも疑問はあった。こんなものをどうするのかと。エアにしても621(レイヴン)は何を言っているのかと思った。だが実際に用意して、中に入って動かしてみろと促されれば、621の意図はかたちになった。

 「正直、」

 覇気の無いウォルターの声が答えを紡ごうとする。エアは「しまった」と思った。ウォルターは、あまり喉を使うべきでない状態だ。だが、エアが「いえ、」と遮ろうとしたときにはもう遅かった。

 「俺は……今も、この選択が正しいものなのか、判らない。コーラルは、やはり危険な存在だ。物質の性質としても、その価値としても。無くしてしまった方が、良いのかもしれない」

 「でも、あなたはずっと迷っていたでしょう?」

 ウォルターと初めて接した時のことを思い出す。ひどく動揺していた。当時はエア自身も「足で立つ」「手で触れる」「声を発する」と言った動作に戸惑っていたからあまり気にできなかったが、今思えばアレは――罪悪感の表出だったのだろう。

 ウォルターと言う人間を見れば、この男があまりに優しいことはすぐにわかる。これから自分が焼き払うべきものを、人の似姿をもって目の前に出されれば、優しいこの男は揺らがざるを得ない。それも、それを自身の飼い犬が出してきたのだ。

 それから何度も621を中心に修羅場を潜り抜け、互いに助け合い、命を預けあった。葛藤が、生まれないはずがなかった。時折エアが見たウォルターの表情は、つまりそれだったのだろう。

 「信じてください。レイヴンと私を。あなたが人々の中で最初に私たちを信じてくれたように。そして、共に生きていきましょう。今度こそ」

 ベッドに手をついて、エアはウォルターを覗き込んでいた。

 「人とは学び活かしていく生き物なのでしょう?」

 外界に触れられる身体を得たエアは形ある世界を知った。人間の営みを知った。悪意を知った。好意を知った。対話を知った。自己と他者を知った。

 621(レイヴン)以外の人間に触れて、それぞれの熱を知った。

 「……そうだな。俺たちは進んでいける生き物だ」

 ふっとウォルターの目が細められる。それが「微笑」だと理解するのに、エアは一拍ほど要した。

 「感謝する、エア」

 「――っ!!」

 ウォルターから勢いよく距離をとる。顔が熱い。熱が集まっている。確かこれは「恥ずかしい」時に起こる現象だ。しかし、何故。

 「もっ、もう良いですか!? これくらい食べられれば良いですよね! これっ薬です! ちゃんと飲んでくださいよ! 飲んだら寝るんですよ!! いいですね!?」

 引ったくるように盆を回収し、サイドテーブルに水差しとグラス、解熱剤を――最低限の加減はしつつ――叩き付ける。そして言いたいことを言ってエアは部屋から出て行こうとする。

 「エア」

 そんな背中にかかる声は、やはり少し掠れていた。

 「世話をかけるついでにもうひとつ……あいつらに、部屋に入らないように言っておいてくれないか。感染(うつ)ったら、活動に支障が出る」

 「――あなたに言われなくても!」

+++

繋ぎ目のひとつひとつ(ラスティとウォルター(とフロイト))

 「ハンドラー・ウォルター。今日こそは一緒に来てもらいたい」

 以前から何度か足を運ばれ、言われていた。だがその都度断っていたのを――とうとう実力行使されてしまった。何故そこまでこだわるのだろう、と地上へ向かうヘリの中でウォルターは取り留めなく考えていた。

 ヘリから車――装甲車の類いだろうか。レッドガンのエンブレムがあった――に乗り換えて移動することしばらく。かたちを成し始めている街区の入り口で車は停まった。降りるよう促され、ひとりでいるには広すぎる車両の後部から外へ出る。

 「復興は順調なようだな」

 「ああ。訓練名目でレッドガンの人員が協力してくれているのもあって、予想よりも順調に進んでいる。レッドガンの協力は、おそらくミシガン総長の独断だろう」

 「ミシガンらしいな」

 ここまで自分を連れてきた男――ラスティと並んで歩きながら言葉を交わす。

 コツコツと二人分の足音に杖が地面を叩く小さな音が混じる。住居の中からは家族団欒の声や生活音の類いが聞こえてくる。通りかかった広場では、何人かの子供たちが走り回っていた。日常。平和。ルビコンⅢでは久しく見られなかった風景が、確かにあった。

 そのまま適当に歩き、遊歩道へ入る。

 行き交う人々と擦れ違いながら少し歩き、道端に設置されたベンチのひとつにふたりは腰を下ろした。

 薄く雲がなびく空の下、穏やかな風が吹き抜けていく。

 「貴方に、見せたかった」

 「罰としてか?」

 「それもあるかもしれない」

 ラスティはルビコニアンだ。故郷を愛している。だから、その故郷を焼き払おうとしたウォルターとは、本来相容れない関係となるはずだった。だがその真意を知り、戦友(レイヴン)やコーラルに生じた波形(エア)に対する態度を見て、真っ先に戦友(自分の子飼い)を信じると言った姿に思ったのだ。共に歩んで行けるだろうと。

 かつて戦友たるレイヴンと刃を交えた未踏領域の先、技研都市に住むと聞いた時もさることながら、ルビコンⅢの復興に出資――寄付すると聞いた時は驚いたものだった。

 「だが、一番は感謝だろうな。ルビコンの復興は、貴方の支援に依る部分が大きい。貴方のおかげで、死にかけていたルビコンは甦りつつある」

 金銭面。技術面。各所への指示や提案。ウォルターが主だって動いている。当然、カーラも協力しているが、基本的にウォルターのサポートと言う位置に留まっている。その姿や態度は、まるで弟を見守る姉のようだった。

 「……元を辿ればルビコン由来の金だ。ルビコンに戻すのが良いだろう」

 技研――父が遺した莫大な遺産は悲しいことに尽きることが無かった。物を壊せる情報。人を殺せる技術。戦火をバラ撒く結果。どこからともなく血塗れた金が湧いてきた。教授たちは、予想はすれども、自分たちの技術のこんな活躍は望んでいなかっただろう。けれどウォルターに選択権は無かった。血塗れていようと、使わなければ目的には辿り着けない。これも業の一部なのだと、呪われた金を使い続けた。

 だが今、その血は母体に帰ってきている。汚れた血の湧出場所が無くなったわけではない。しかしそれはゆっくりと、しかし確実に消えていってくれるだろう。人とコーラルは、共に歩むことを選べたのだから。

 自分たちは前を向けている。歩けている。そんな想いを噛み締めながら、ラスティはウォルターの方を見た。

 「ハンドラー・ウォルター。今晩は共に夕食といかないか。もちろん、戦友たちも一緒に」

 「ウォルターの猟犬に会えるのか?」

 「!?」

 突然背後から声が降り、ふたりは反射的に振り返る。ベンチの背もたれに手をついて、ひとりの男がこちらを見下ろしていた。

 「フロイト……!? 何故ここに」

 ラスティが、今ルビコンⅢには居ないはずの名前を呼んだ。アーキバスは大方引き揚げたはずだ。それに伴い、V.Ⅰも他星での戦闘作戦へ召集されていたはず。それが何故ここに。

 「あれとまたやり合いたいんだが、ずっと逃げられていてな」

 ヴェスパー部隊きっての戦闘狂は相変わらず自己研鑽に余念がないようだった。対して621は取り戻しつつある「普通の人生」を謳歌したいらしい。大方、一度手合わせを始めればフロイトが満足するまで終わらなくなるのだろう。だからと言って短期決戦をすれば余計に次回を求められる。何とも微笑ましい交流だ。

 「……あまり621をいじめてくれるなよ」

 「良いのか?」

 「残念ながら悪意や他意が感じられないからな……若者を無下にするのも心が痛む」

 ウォルターの物言いにラスティは苦笑した。確かに、フロイトと言う男はAC以外への興味が薄すぎる。

 「連絡先を聞いても良いか? 時間と場所が決まり次第連絡したい」

 「ああ」

 連絡役なら元ヴェスパーである自分に投げれば良いものを、流石に油断できないな――とウォルターとフロイトのやり取りを聞くラスティは思った。

 「ふむ……。ハンドラー・ウォルター。お前にも聞きたいことがある。その連絡にも使って良いか?」

 「???」

 そう言えばフロイトは、そもそも「ウォルターの猟犬」に興味があったのだったか。ならばその「ウォルター」に興味を持つのもおかしくはない。フロイトの思考に気付かず「構わないが……」なんて答えてしまっているウォルターに内心笑ってしまう。これも「ハンドラー・ウォルター」の功績か。

 「ああそうだ。ラスティ。久しぶりにお前とやり合いたい。この後時間あるか?」

 だが、ふたりのやり取りを、正直他人事として見ていたラスティは、何でもないことのように吐かれたフロイトの言葉に固まった。

 「スティールヘイズ・オルトゥスだったか? 楽しみだ」

 まっすぐラスティを見ているフロイトの目は曇りない。だが、それ故――。

 穏やかなルビコンⅢの街区の隅。捕食者がひとりと、哀れな獲物がふたり。

+++

孤独を撫でたら(カーラとチャティとウォルターと617と620)

 「ウォルター!」

 カラリと晴れ渡った、青空のような快活な声。

 扉を開けるとそこには両手の指いっぱいに袋を引っ掛けたシンダー・カーラがいた。カーラは、その細腕には重量過多だろう荷物をものともせず、両手を上げて彼女を出迎えたウォルターに熱い抱擁を送った。

 カーラがしっかりと地に足をつけていたおかげで倒れ込むことはなかったが、ドカドカと荷物に背を叩かれてウォルターが軽く咳き込む。そんな弟分を気遣ってだろうか、申し訳程度にカーラが抱擁しつつウォルターの背をさすっていると、廊下の奥からウォルターの同居人のひとりがぱたぱた足音をさせながらやってきた。

 「シンダー・カーラ。ようこそいらっしゃいました」

 「やあ617。元気そうで何よりだ」

 そこでようやくウォルターを解放して、カーラは617と軽く抱擁を交わす。

 「チャティさんもお元気そうで何よりです。荷物預かります。どうぞ上がってください」

 「これはあんたたちに買ってきたものだよ。そのまま受け取ってくれ」

 「すまない、助か……。……なんだこれは。ナメクジのかたちをした青真珠……? まさか生きてはいないよな?」

 「先日星間貿易商が来ていてな。ボスは楽しそうに買い物していた」

 カーラから荷物を受け取る617の横、偶々目に入った袋の中身に何かしらの交信を感じつつウォルターはリビングとして使っている部屋へ客人たちを先導する。応接間へ通すような間柄でもないからだ。

 瓦礫やスクラップの撤去が完了しきっていないウォルターたちの住処は、住居と言うより基地と言われた方が頷ける。住人憩いの場であるはずのリビングにも、未だそう言ったものが我が物顔で残っていた。

 それなりの広さで確保されたスペースに置かれたソファへそれぞれ腰を下ろす。カーラの土産は、仕分けは後で良いだろうとカーラ自身が言ったためソファの横に一先ず纏めて置かれている。

 「なかなか元気そうで何よりだ、ウォルター。ビジター……いや、621のリハビリも順調かい?」

 四人がソファに就くタイミングで620が淹れてきたお茶に口を付けながらカーラが微笑む。両隣を617と620に占拠されたウォルターの姿は世間一般が想像する「悪名高いハンドラー・ウォルター」の姿だろう。

 「そちらもな。621の方も順調だ。が、そろそろ声帯を買う頃だろうな。現状では伝達速度や発声精度でもどかしい面があるだろう」

 「あー……。うん。そうかも知れないねえ」

 ウォルターの居ないところでは全く不自由の見られない速度と精度で、タブレットや端末を使い他者と意志疎通する621の姿をカーラは知っていた。ので、無難に相槌を打っておいた。年上の優しさだった。ウォルターの両隣に座っている、早々に新しい人生を買い揃えたふたりの素直さが際立つ。

 「チャティさんは新しい義体ですか? 以前とはまた違ったおもむきですね」

 それからまた近況報告を兼ねた世間話をしていた横でふと620が口を開いた。カーラの目がキラキラと輝く。

 「――そう! そうなんだよ! 新しく作ってみた義体なんだがね、これは! 折角だから色々機能を載せてみたのさ!」

 「ぐぇぇ」

 がばりとカーラに引き寄せられたチャティが呻いた。どこかのケーブルが絞まったらしい。それにしてもヒトらしい反応だ。

 「まずは味覚と消化器官。まあ消化器官と言うか炉だね。大方のものは“焼火”できる代物さ。次に手足だが、やはり自衛手段は必要だと思ってね。ロケット機能を付けた。パンチやキックで末端を飛ばした後は、ミサイルを飛ばせる。弾数はあまり積めないが、うちのチャティなら無駄なく使えるから無問題だ。もちろん、飛ばした末端は遠隔操作で回収できる」

 わざわざ部位を指し示しながら語るカーラは実に楽しそうでいて誇らしそうである。

 そしてカーラの話を617と620は存外前のめりに聞いていた。やはり武装できる身体と言うのは強化人間にとって憧れなのだろうか。ウォルターとしては、戦場から遥か遠く、穏やかに「普通の」人生を送って欲しい気持ちがあるのだが。

 「素晴らしい……! それなら散歩や買い出しの最中にハンドラー・ウォルターが襲われたとしても敵を退けることができる……!!」

 「指先にも銃撃機能を仕込みましょう。手を飛ばすのはそれからでも良いはずです」

 「いいね、それ。試してみよう」

 なんだか物騒に盛り上がっている話にウォルターはそっと片手で目元を覆った。諌めるべきか、その意志を尊重すべきか。

 いやだがここで止めておかねば他の同居人たちも欲しがりかねない。それぞれ個性ある同居人たちだが、妙なところで結束と言うか、共通点を見せるときがある。例えば今のような話題が上がる時だ。すぐに取り入れようとする。

 ウォルターが軽い現実逃避をしているうちに、机の上には――どこからいつの間に持ってきたのか――紙が広げられ、図面が引かれ始めていた。行動が早い。

 今日の来訪には別の用件があったはずだ。カーラも多忙であることはウォルターがよく知っている。最近また惑星外企業とルビコニアンとの仲介者を買って出ていた記憶がある。ウォルターに接触してきた外星系機構の調査も手伝ってくれていた。

 だが、まあ、今日はこれで良いのだろう。楽しげな声、表情。ここが息抜きの場になっているならそれでいい。カーラもウォルターも抱え込み、失いすぎた。今からでも埋めていけるなら、それに越したことはない。少年時代から自分を気にかけてくれている姉貴分をチラと見てウォルターはそんなことを思った。

 その後、土産の仕分けで用途や出所がパッと見て判らないものが多数出土し、カーラを質問責めにすることとなったウォルターは同時に――返ってきたそれぞれの答えに目眩を覚えることとなる。頼れる姉貴分は、同居人たちからプライベートな面でも頼られているらしい。

+++

生きているから疲れるよ(21ウォル)

 「ぉ、る゛た、ァ゛」

 家主の帰宅を耳聡く感知した621は出迎えへ向かった。621が玄関へ辿り着くのと同時に扉が開き、家主であり主人であるウォルターが姿を見せる。待ちわびたと言わんばかりに抱擁する621は正しく犬のようである。それを受け入れつつ、ウォルターは621の背を軽く叩いてやる。

 「戻っていたんだな、621。よくやった」

 「ん゛」

 大きな怪我は無い。無事戻ってきた。様々な安堵の意味を持つ、仕事の後の「よくやった」の言葉。621たちがウォルターから与えられる言葉の中で、好きなもののひとつ。するりとウォルターの首筋に鼻筋を擦り付けてから621はその身体をひょいと抱き上げた。両足を掬い上げる横抱きのかたち。そのままスタスタとリビングへ戻る。

 ウォルターを抱えたままリビングへ戻り、いちばん大きなソファへ下ろすと、そこで621にウォルターから「待て」が出た。

 「手洗い。着替え。荷解き」

 ウォルターが、自身がしたいこと――もといすべきことを挙げる。今日もそれなりに各地を回ってきたウォルターは、出先から戻ってそのまま寛ぐには少しばかり抵抗のある格好となっていた。鉱山の視察の際に跳ねた泥。砂丘の移動の際に入り込んだ砂塵。泥遊びをした子供ほどではないが、気にする人間はいるだろうという程度の汚れ具合だ。621は気にしないようだが。

 「う゛……」

 同居人たちがいない隙にウォルターを独占するつもりであった621が呻く。確かにウォルターはほぼ毎回そのサイクルを行っている。ひとつひとつに意味があり、必要なことだ。だが。だけど。でも。

 「621」

 「………………ぁい゛」

 ウォルターに呼ばれてしまえば、621は折れざるを得ない。すん、と肩を落としてウォルターの前から退く。しょぼくれた621の頭をぽんぽんと軽く撫でてやりながらウォルターは洗面所へ消えていく。

 ウォルターの背中を見送りながら、621は彼が触れた頭に己の手で触れる。あの程度の接触で、名残があるはずもない。

 この生活が始まってから、ウォルターの声が以前よりも柔らかくなったように思う。あの頃よりも穏やかな声で呼ばれる。言われる。自分たち「子飼い」が、以前にもまして彼の言葉に背けるはずもない。

 ズルい。

 ズルいご主人様だ、と621はソファの上で三角座りをする。

 ウォルターは自分を、否、自分たちをどうしたいのだろう。ウォルターが望むならどんなものにだってなるけれど。

 以前は見えない空気の壁の向こう側にあったこころが、今はこんなにも近い。それを自覚した――自覚できた621の口元に薄らと笑みが浮かぶ。きっと自分は、また一歩ひとに戻れた。

 「待たせたな、621」

 「う゛ぉ゛る゛、ッ、ァ゛」

 まだ小さく芽吹いたばかりの心を眺めていた621の耳に待っていた声が入る。顔を上げて振り替えれば、室内用の軽装に着替えたウォルターがいた。もちろん、その手に鞄や書類と言った仕事道具の類いはない。パァ、と傍目にも分かりやすく雰囲気を和らげる621にウォルターはちいさく笑う。

 「うぉる゛、たぁ、こ、こ゛ォ゛、」

 三角座りを解いた621が膝の上を左手で叩く。右手はと言えば、既にウォルターの手を捕まえているのだから逃げ場がない。とは言え、断る理由も特に無いのでウォルターは621に手を引かれるまま、その膝の上に腰を下ろす。向かい合って、大きなソファの一人分のスペースに二人で座る。贅沢な使い方だ。

 「ぅお゛ぅたァ゛」

 ぎゅうぎゅう抱擁してくる621の頭を撫でてやると、心地よさそうに目を細める顔が覗いた。

 「621、今日もよくやった」

 「じぅ、っ゛、え゛、ん゛」

 「ああ。好きなだけしろ」

 今日も今日とて従事した復興作業の労働に対して621はウォルターに特別報酬を要求する。どこで覚えてきたのか「充電」させて欲しいと。少しずつ育まれている621の情緒や欲求を歓迎しているウォルターは、当然それを拒まない。

 自分は少しでも、彼らのためになることを、できているだろうか。

 「ウォルター、」

 ザラリと掠れた、けれどごく自然な声に呼ばれてハッとする。今の声はまさか。いつの間にか遠くを見ていたウォルターの目が621を映す。思いの外距離が近い。あ、と思った。

 くちびるが重なった、と思うと同時に視界がぐるりと回った。621の向こう側。背景が流れて天井が正面に来る。

 「ぁ、」

 一瞬にしてソファの上でウォルターに覆い被さった621はそのまま口付けを重ねる。

 ちゅむちゅむ。ちゅぷ。啄むような口付けを繰り返し、舌先がひりひりと痺れてきた頃、621がそっと顔を上げた。

 「う゛ぉる、も゛、がん゛ば、っ、ぇ゛う」

 「――」

 その、顔が。ひどくやわらかな微笑を浮かべていたものだから。ウォルターは刹那ことばのすべてを失った。

 ちゅ、と再度愛らしいリップ音がした。どちらからともなく舌を差し出し絡め合う。相手の背に回した手がその存在を確かに掴む。触れ合う体温が混じり溶け合い、身体の奥に溜まり沈んだ澱みを解いていく。

 他者により損なわれ、他者により補われていく。ああなんて――我々は生きるに難儀な存在なのだろう。しかしそれでも生きていくのだろう。それこそが我々なのだと呑み込んで。

 ぽろりとウォルターの目尻から一雫が落ちた。閉じられた目蓋は拒絶か諦念か受容か幸福か。その意を知るものは当人含めてそこには居なかった。

 ある季節の、昼下がりのことだった。


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