烏羽さん好き。あと千景の狩人戦は楽しかったですね記念的な。
書き手は考察とは程遠いケーモー低いぷれいやーだからね、すまんな。
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その狩人が振るっていた得物が「千景」という名であることを、狩人は後々知った。
月が赤く染まり、街の様子はどうなっているのかと狩人は歩いて回っていた。
旧市街は特に変わりない。アルフレートは自害でもしたのか、最初に出会った場所で事切れていた。避難所となっている教会は、不安と絶望と狂気が色濃くなり始めていた。
そこでふと、狩人は大聖堂を思い出した。
あそこにもう人は居ないはずである。
けれど一応見ていくか、と思った。大聖堂の中には灯りもある。仮に何も無くても、そこから狩人の夢に帰ればいい。無駄足にはなるまい、と。
月が赤く染まっても敵は律儀に持ち場に就いている。
それをひょいひょいと走り抜けて、狩人は大聖堂の前までやってくる。
開け放たれたままの扉。
その、手前に、階段の手すりに凭れ掛かるようにして、見覚えのある狩装束が倒れ込んでいた。
特徴的な烏の羽の装束は、見間違えるはずもない。
「…なんだい、あんた、また会うなんてね…」
自身に近寄って来た人影に、相手も狩人に気付いたのか、やはり知った声が聞こえた。
烏の声を聞きながら、ポツポツと扉から続く血痕を狩人は眼で辿る。そうして、すっくと立ちあがった。
狩人が何を考えたのか、烏は察する。この狩人は、この狂おしい赤の月夜で、未だ確かに狩「人」なのだ。
ヒュウヒュウと乾いた音を挟みながら、弱々しくなった声が狩人を引き留める。
「戻れ」という自分の言葉を無視して大聖堂の中へ入っていく狩人に、烏は人知れず苦笑した。
大聖堂の中はそれなりの広さがある。
灯りの前に立っていた人影を見とめて、狩人は考える。
烏羽の狩人を追い込んだのは間違いなくあの人影だろう。見れば、外の烏と同じように烏羽の装束を纏っている。同業、だろうか。しかし顔を隠すのはカインハーストの兜。
あぁきっと――間違いなく、タチの悪いやつだ。
携えた得物は細身の剣。その長さを見るに、片腕で振るわれる刃の届く範囲はそこそこあるのだろう。ならば広い場所で戦うのは得策ではない。
ゆっくりと、間合いを探るように狩人は相手に近付いていく。
そして、短銃の弾が届く距離まで近付くと、その引き金を引いた。
放たれた水銀弾が僅かに相手の体勢を崩す。
二つの人影の距離が縮まっていく。一つは追い、一つは逃げる。
狩人は狭い場所――大聖堂の階段まで相手を誘うために数度背後を振り返る。誘うような、数回の銃声。
そんな狩人の意図に気付いているのかいないのか、狩人を追う相手も答えるように数発の水銀弾を放つ。
その弾が掠った狩人は、その威力に目を見張った。群衆の狙撃手から撃たれた時よりもなお熱く痛む。じりじりと、熱に噛みつかれているような。
だが、考えてみれば当然のことでもあった。狩人たちの扱う銃、そこに込める水銀弾は持ち主の血を混ぜることで威力を高める。そしてカインハーストは血に強い拘りを持つ者たちが多い。つまり、そういうことなのだ。
輸血液を数本太腿に突き刺しながら、狩人は薄暗い階段まで自分を追って来た相手を振り返る。
相手の銃は確かに脅威だが、ならば当たらなければいい。更に言えば、使わせなければいい。人が飛び道具を使う時は、多くの場合、獲物が自分より離れた場所にいる時だ。相手が銃を使わない距離を保ち、隙を見て殴る。
結局いつもの狩りと変わらない――。
そんなことを考えていた狩人は、相手がとうとう携えていた得物を振るうところを見た。
ヒュ、と空を切る音。少し遅れて、身体に走る熱と溢れる赤。
思わず切り裂かれた服と傷口を手で押さえる。そこへまた、ヒュッと短い音。
振り下ろされる刃を横へ避ける。けれど薄刃は獲物を見逃さず、下りた先から狩人を追うように横へ振られた。
ビシャリ、パタタ、と階段の床や壁に赤が散った。
狩人の夢から聖堂街の灯りへ戻って来た狩人は、脇目もふらずに大聖堂まで駆け上がる。
烏羽の狩人がまだ呼吸していることを横目で確認して、大聖堂の中へ飛び込んでいく。
相手の得物は見た目通り、比較的軽量なのだと思われる。薄い刃はしなやかだ。一度掴まれば、逃げ出すことは容易ではない。
再度狩人は短銃の引き金を引く。今度こそ上手くやる。外で羽を休めている烏のためにも、時間はかけられない。
自分を追ってくる相手を時々チラリと振り返る。
こちらを殺すことに夢中になる獣でなく、間合いを取り隙を探り理性的に仕留めようとする狩人。
退くことを知っている、人間。自分が立て直す時間を与えてくれる相手。
存外、やりやすい敵なのかもしれないな、と思った。
しなやかな刃は獲物を追う。獲物は刃から逃げる。
狩人は相手から眼を放さない。腕の動きを見て、足の運びを見て、相手の攻撃を躱す。
一撃に当たれば体勢が崩れ、追撃を貰う。
しかし攻撃を空振らせることができれば、刹那と言えど大きな隙が現れる。
そこを、殴る。
それを、繰り返す。
相手も輸血液を持っているようだが、階段では使おうとしない。体力が減っていたとして、獲物を追い詰めやすい狭所では使う必要が無いということだろうか。
何にせよ、狩人には都合のいいことだった。
距離を取ると相手は広所へ後退しようとする。狩人はそれを追う。水銀弾を撃ち込み、再度狭い階段へ自分を追ってくるように誘導する。カインハーストの人間なら、追わずにはいられないだろう。
自分を追って来た相手に近付き、攻撃を誘う。
相手が得物を振るえばそれを避け、背後に回って得物を振るう。伸ばしていないノコギリ鉈は、そのリーチの短さ故に連撃が得意だ。
2、3回相手を殴り、退いて様子を窺う。
相手の攻撃は、当たれば痛い。が、基本的に前方にしか振られない。適当に回避行動を起こしても、案外避けられる。
戦いに順応してきている狩人に相手も気付いたのか、小さな舌打ちが聞こえたような気がした。
こちらを窺うように、ゆっくりと前を歩く姿。こちらの攻撃を誘い、それを避け、隙を突く理性。どれだけ血に塗れてなお、諦めない意志。それは正しく狩りに生きる人間の姿で――。
こんな、たかが獣狩りの狩人に狩られてたまるか、とカインハーストの烏は思った。
狭い階段から退こうとした相手に、狩人が走り寄る。短銃での攻撃ではない。
一気に距離を詰め、ノコギリ鉈を振る。そして、また距離を取る。
一息。
間髪入れずに、相手が狩人に飛び込んでくる。ボタボタと破れた装束から赤が滴っている。
狩人は目を細めた。
相手が輸血液を使ったところは見ていない。つまり、そろそろ体力も限界だろう。
どろどろと血に塗れた刃を避ける。
相手の背後を取り、ノコギリ鉈で殴る。殴る。
2度、3度、4度と殴り続ける。
殴られている間、相手はその衝撃で武器を振るえない。だが、攻めの手を緩めた瞬間に反撃してくるだろう。
だから狩人は攻め立てた。相手が地面に倒れるまで。
身体を動かすのに必要な量の血、それ以上の量が失われるのを感じて、カインハーストの烏は地面に倒れ伏す。
ふと、それまで戦っていた狩人が見えた。
獣狩りの狩人としてはありふれた狩装束。枯れ羽の帽子に顔の下半分を覆う布。
その間から覗く双眸は、僅かに細まっている気がして。
「――貴公、笑って……?」
答える声は無かった。
―-楽しくなかったと言えば、嘘になる。
途中から、カインハーストの烏との戦いに胸が躍っていたことは確かだ。
ふ、と一つ息を吐いた。
狩人はノコギリ鉈を振って軽く血を払う。狩装束に散った赤も、軽く手で払い落とす。それは高まった熱を冷ます儀式の様にも見えた。
熱を帯びたそのまま、待たせている人と顔を合わせたら、叱られるような気がして。
狩人が大聖堂から出てくると、烏はまだ辛うじて息をしていた。
大聖堂の中に居た敵を倒したことを伝えると、烏は褒めるより先に呆れたようだった。きっと、狩人の、あちこち切り裂かれた狩装束を見たからだろう。けれど、それでも面白そうに狩人を少しだけ褒めた。
そうして、それからどこか満足そうに言うのだ。眠たくなってきたのだと。大切な狩人証と文字を狩人に渡して。
赤い月の照らす大聖堂に、再び静けさが戻る。
狩人はその場に立ち尽くしていた。狩人には何もできない。烏羽の狩人は自分で輸血液を入れたと言っていた。けれど回復の様子は見られない。流れ出続ける赤が結末を描いている。この烏はもう夢を見ない。自分にできることは、何もない。
最期まで、確かに狩人狩りで在り続けた美しい烏に、せめてもと狩人は膝を折って祈りを捧げる。