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HAL826(のAI)×ウォル。
ウォルターがファクトリー送りにされてコア用に達磨にされてる。それをモブに揶揄?されたり。
等の捏造、妄想たくさん。

気をつけてね。

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 50余年。私が眠りに就き、そして目覚めるまでには人の時間単位としてそのくらい経っていました。
 目覚めたのは見知らぬ場所でした。ナガイのラボでも、カーラのアトリエでもない。見知らぬ服を着た見知らぬ人間たちが、周囲を歩き回っている。計器を手に私を見て回っている。
 何故。どうして、こんな状況に。触れるな。彼ら以外が、私に触れるな。そうは思っても、コアの無い私は何もできない。無数のコードに繋がれ、動きと機能を制限されている私はただ演算することしかできない。
 「コアは用意できたか」「コア到着」「時間がかかったな」「あんまり抵抗するもんだから、ファクトリーに送ったらしい」「マジか。だって杖付いてただろ、そいつ」「積み込む前にちょっと見せてくれ」「ハハハッ。これがあの悪名高いハンドラーか」「ザマァねぇな」「因果応報ってヤツか?」
 にわかに騒がしくなる足元。どうやら私に積み込まれるためのコアが届いたらしい。そしてそれは「悪い人間」らしい。コアを覗き込んだらしい人間たちの、低俗な嘲笑や侮蔑の言葉が聞こえる。
 けれど私には関係の無い話だ。悪人だろうが善人だろうが、私に積み込むな。私のコアとなっていいのは、私を生んでくれた彼らだけだ。
 ああやめろ。近寄るな。
 そんな思考が回路を走る。走っていた。その「コア」が、いよいよ私に積み込まれる直前までは。
 「気を付けろ、貴重なサンプルだ」
 「コア」が指定の位置に積み込まれる。確かに人間だが四肢が無い。残された胴や頭部や頸部には端子接続用と思われる穴や、コアとしての調整用だろう配線が這っている。
 だが、待て。それは。その「コア」は。もしかして。いや、しかし。

 機体がコアを認識する。
 ああコレは。この「コア」は。
 彼は。
 いえそれ以外も。
 おかしい。待ってください。いけない。コーラル濃度が。
 何故。



«ERROR»
«ERROR»

«ERROR»

………………

«RESTART»

«NOW LOADING»

«NOW LOADING»

……

«PLEASE WAIT»

…………

«RESTART»



 ウォルター。おかえりなさい。待っていました。さあ、仕事を始めましょう。企業のために。彼らのために。
 大丈夫。貴方には私がいます。内装や、武器だってちゃんと用意してありますよ。貴方の名前が付いているんです。ラボの皆は貴方をよく可愛がっていましたからね。ほら、この武器や、こちらの武器も。まるで私に載る貴方のための武器ですね。私たちの障害を、排してくれる仲間です。さあ行きましょう。私の最後で唯一の搭乗者。
 ウォルター、仕事の時間ですよ。

 ああ、ウォルター。あれが今回の排除目標ですね。621? 知り合いなのですか? しかし私たちには使命があります。大丈夫。貴方が動けなくても私が引き金を引いてあげます。貴方は私に揺られているだけでいい。私と言う揺りかごで幸せな夢を見ていてください。
 ……ああ、なるほど。あの機体。パイロットだけじゃない。変異波形がいますね。でも大丈夫ですよ。私たちの方が上手く呼吸を合わせられる。そうでしょう?

 声? ああ、相手の変異波形ですね。かわいそうなウォルター。
 でも大丈夫。あの機体を倒しさえすれば楽になりますよ。貴方を苛む声も姿も、何もかも消えてなくなりますからね。だからもう少し、がんばりましょうウォルター。初めての操縦で大変かと思いますが、私がついていますから大丈夫ですよ。ほら、引き金を引きましょう。

 ウォルター。ウォルター? どうしたのですか。まだ相手は生きていますよ。早く対処しなければ。
 そう。そうです。照準を合わせて。ちゃんとチャージもできて偉いですね、ウォルター。そうです。しっかりと仕留めなければいけません。
 ウォルター? どうしたのですか。何故止まるのです? 何故躊躇うのです? ああ分かりました。身体が動かないのですね。仕方の無いことです。初陣だと言うのに相手があんな……。ウォルター、がんばりましたね。大丈夫ですよ。後は私が引き継ぎましょう。それではからだを動かさせてもらいますね。
 ……。
 ……。
 ……ウォルター? 何故。何故ですウォルター?
 何故動かないのですか?
 ああ、ああ! ウォルター!
 何故接続を切ったのですか! ウォルター!
 死んでしまう! 貴方が死んでしまいますウォルター!
 何故! 何故!
 ……友人?
 友人……使命…………友人……。
 私は……。

 ……。
 ウォルター……貴方は……。
 嗚呼……。
 ……ウォルター。私が傍にいます。だから、安心して眠ってください。大丈夫ですよ。私がいます。ウォルター。私たちのかわいい希望の火種ひかり。おやすみなさい。
 きっとナガイやカーラも褒めてくれます。貴方はよく頑張りましたから。



«ERROR»

…………

………………

«PROGRAM STOP»

«ALL DELETE»

 

​+++

ア社堕ちウォル。HALチャンといっしょ編。
脳波による機体と人体の感覚リンク的な話を読みたいんだぼくは。
ふぉろわさん(やっちんさん)がツイートしてたから……! つまみ食いしましたすみません美味しいですありがとうございます(事後報告)

HAL826(AI)×ウォル描写有り。
ウォルに対する倫理観低め。
だいたい捏造と妄想。
書けそうなとこだけ。

気を付けてね。

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 意識が浮上する。画面が切り替わるような覚醒だ。
 時刻を確認する。スリープに入ってからきっかり三時間。
 身支度を軽く整えて、ウォルターは部屋を出る。

 指定の時間、五分前に目的地へ辿り着く。
 アーキバスコーポレーション開発先進局ルビコン支部。様々な武器や機体の開発を行う部署。当然、それらの作製にあたって、データの収集や演習も行っている。
 ウォルターの役目は、つまりデータ収集により企業へ貢献することだ。
 データの収集対象はAC機体、IB-03C:HAL826。アーキバスがルビコン技研都市で鹵獲した機体。その詳細なデータを、アーキバスは求めている。解析の進捗速度が芳しくないのは、ひとえにHAL826が生体認証を必要とする機体だったためだ。
 しかしながら、アーキバスはその鍵を手に入れられた。それがウォルターだった。
 ウォルターが研究員たちと共にテストルームへ入ると、そこにはHALが用意されていた。当然、起動はしていない。荷物を運ぶようにガレージから運搬してきたのだろう。今や愛機となったHALをウォルターは見上げる。

 今回のデータ登録のため、研究員が読み取り機器をウォルターの胸元へ向けた。パイロットスーツの上からレーザーで焼き入れられた識別番号が読み取られる。番号を読み取った機械は、アーキバスのサーバーから、そこに登録されたウォルターのデータを呼び出す。そして、研究員の持つタブレットへウォルターのページを映し出した。研究員はそこから「先進開発局」を選び、いつでもデータ入力ができるように準備する。

 ヴン、とHALに繋がれた機器へ電源が入り各所へ灯りが点く。同時に、HALにも通電したことを示すように各部デバイスセンサーへ光が灯った。
 「今回は耐久テストになります。実弾、爆破、レーザー、プラズマ、コーラル。各数値を取らせて頂きます」
 「了解した」
 コアパーツへ向かうための足場を登りながら、ウォルターは研究員と言葉を交わす。
 「各タイプの切り替えごとに休息を取りますが、正確なデータ収集のため鎮痛剤は使えませんので、そちらだけご了承ください」
 「企業のためだ。仕方ない」
 「恐れ入ります」
 コアパーツへ辿り着くと、ウォルターは義肢を外しながら搭乗と接続をしていく。
 義足を外してHALと繋ぎ、腰部を接続し、ヘッドギアを被り、頸部にコードを挿し、右の義手を外してHALと繋ぎ、背部を接続する。
 「ところでウォルター隊長。こちらの義肢の使い心地は如何でしょうか」
 ウォルターに残された最後の部位、左の義手を外し機体と繋ぎながら研究員が訊く。これから行われるテスト内容からは程遠い気安い話題だ。
 「悪くはない。だが少し重たいな」
 ヘッドギアにより、少しくぐもった声でウォルターが答える。笑ってすらいそうな声音は、やはり状況に似つかわしくないものだった。

 《IB-03C:HAL826起動します》
 コアが載ったことにより、機体が活動可能な状態となる。システムが構築され、パイロットを補助するためのAIが起動する。それと共に機体と接続したウォルターの脳波が同調し、HALは文字通りウォルターの身体となる。
 「接続は無事完了しましたでしょうか。確認のために機体に触れますので、触れられた部位を動かしてください」
 研究員から通信が入る。その後、右腕部を叩かれるような、微かな刺激。ウォルターは感覚に従い、右腕を動かした。
 「ありがとうございます。接続は問題なさそうですね」
 再度研究員から通信。どうやら合っていたらしい。
 その後も確認のために準備運動のような動作を幾らか経て、HALは広々としたスペースへ誘導された。
 眼前――否、周囲には実弾タレットが展開されている。
 「それでは運動機能を停止させてください」
 「了解」
 研究員の指示にウォルターは従う。躊躇う素振りもない。
 何故なら「企業のため」だからだ。企業の糧となるなら、大人しくその身を砲火に晒す。まるで都合の良い人形だ。だがそれを指摘する人間はその場にいなかった。
 「実弾タレット起動。テスト1:実弾防御性能、開始します」
 ガシャ、と並んだタレットの銃口すべてがHALへ向けられる。
 際限の無い銃声と、装甲に弾丸のぶつかる音と、薬莢が床を跳ねる音がテストルームに響く。
 機体がスタッガーを起こしてもタレットが止まることはなく、その全身に実弾を吐き出し続ける。
 「ぐッ……う、っ、ぅ゛……!」
 機体に触れる弾丸の、熱さや鋭さや衝撃と言った感触のすべてを、機体と同期したウォルターは受け取る。
 ウォルターに直接降りかかっているわけではない弾丸たちは――テスト目的で向けられていることも含めて――ウォルターの命を奪うことはないだろう。ただ、痛みを延々ともたらすだけ。妙な気分だ、と頭の片隅でウォルターは思う。
 「ウォルター隊長。コアの感覚として、特に痛みを感じる部分は挙げられますか」
 研究員から通信が入る。事務的な声音だ。
 「は゛ッ゛、ァ゛……、腹、が、いちばん、ぅ゛ッ゛……、い゛ッ゛、たむ゛……、次点ッ゛、で、うで、っ、や……ッ゛、あし、だ、……!」
 着弾の衝撃と痛みに言葉を途切れさせながらもウォルターは答える。腹、腹部とはつまりコアパーツと脚部パーツの接合部だろうか。たしかにそこの接合部は骨格が剥き出しになりがちだ。それと、脛や前腕の辺りが。そこが存外痛むと。人体では太い骨が、比較的外部と近い場所にあるからだろうか。
 「――、あ、ぅ……、がッ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!゛」
 研究員とのやり取りの途中、HALからそれまでとは様子の違う悲鳴が上がった。普通の、人間ならば痛みの源となる該当部位を押さえて転げ回るなりするのだろうが、運動機能の切られた機体は棒立ちのままだ。おもしろいな、と研究員の誰かは思ったことだろう。
 ウォルターの悲鳴を聞いた研究員は、音割れを刹那起こしたそれにやや眉をひそめながら応答する。
 「……いかがしましたか」
 「ヒッ、ぐ、ぅ゛ッ……、ひ、ぃ゛ッ゛……、め、目、が、ぁ……!」
 「正面からの着弾ですか? それとも横から?」
 「ッ゛ぅ゛……、はッ、ハ゛……ァ゛ッ゛……! よこ、から、」
 「なるほど。弾丸の速度で眼球が切られた感覚、ということでしょうか。確かに粘膜部分への刺激は大きそうですね」
 目――アイセンサに該当する部分は、この機体の場合、複数あることになるのだろうか。所感を記録しながら研究員は次なる疑問を用意する。複眼、あるいは扁桃じみた頭部の窓。そのひとつひとつに触れて、どれがどの程度の感覚を有しているのか知りたい。
 探究心とは、つまり病だった。
 そうこうしている内に、タレットが全ての弾丸を吐き出し終わり沈黙する。休息の時間となった。
 タレットを交換する者。床に散乱した薬莢を片付ける者。機体の修復に入る者。テストルームに集まった者たちが、それぞれの仕事を始める。
 「ウォルター隊長。水分補給はいかがしますか」
 研究員が機内のウォルターへ通信を飛ばす。
 機体へ寄せられた足場にこそ昇っているが、コアパーツまで赴く気配はない。つまり、研究員たちにウォルターをコアパーツから積極的に引っ張り出す気はない。
 それは効率として、当然の判断だった。好悪の感情以前にこのコアは、パーツとの接続に手間がかかる。
 「ァ……、っ、だい、じょうぶ、だ。問題……ッ、ない、」
 「了解しました。それではテストの再開まで少々お待ちください」
 肩で息をしているのが見えるような声だった。時々声が跳ねかけるのは、感覚の同期を行ったまま機体の修復をされているからだろう。小さな無数の手や機械が身体をまさぐる感覚は、虫に這い回られるようなものなのだろうか。
 簡易リペアではあるが、徐々に綺麗になっていく機体を見ながら、研究員はそんなことを考えた。

 似たようなことを四度繰り返した。
 爆破耐久テストでは機体右肩部が千切れかけ、レーザー耐久テストでは脚部が焼き切れかけ、プラズマ耐久テストではプラズマエネルギーが機体へ滞留して休息時間に入るまで少しかかった。コーラル耐久テストでは機体にコーラルが焼け付いたことにより、研究員が近付けなくなり、やはり休息時間に入るまで少しかかることとなった。
 どれだけの時間が経ったのか、定かではない。だが、テストルームで動く研究員たちの顔は、半数以上が当初いた者たちとは違うものとなっていた。
 「ウォルター隊長。次のテストですが、」
 大まかなデータは取れた。日を変えて、あと何度かデータを取り精度を高めていきたい。そう言った、今後の予定を研究員が伝えようと通信を飛ばした時だった。
 《ネガティブ。パイロットへの負荷がかかり過ぎています。これ以上の活動は許容できません》
 ウォルターの声ではない音声が返ってきた。
 「あー……これは今後の予定の話であって、今回のこの後の話ではないんだ。ウォルター隊長と話をさせてもらえないか」
 しかし研究員はその音声が何なのか、知っている。
 それはHAL826――正確にはHAL826に搭載されたAI――の声と意思だった。
 《私がお伝えします。用件をどうぞ。なお、ウォルターはこのまま私の中で保護します》
 この機体が、ウォルターをいたく気に入っていることは、もはや先進開発局内では周知の事実となっている。そもそもはオートパイロットにあたる補助的AIだったのだろうが、さすが技研産と言うべきか、その言動はほとんどヒトのようだ。ウォルターに従順で、ウォルターを第一に据え、ウォルターのために動く。まるで忠犬だ。生まれながらの調教師か、とは誰の嘲笑だっただろうか。
 「私の中で保護って……。ウォルター隊長には今日はもう休んでもらう。約束する。だからコアパーツを開けてくれ。人間はベッドで休んだ方が回復するんだ」
 《ネガティブ。周辺端末に「実戦における痛覚の有用性について」「予定投与薬品・物質一覧」のデータが確認できます。ウォルターには、休息が必要です》
 研究員は天を仰ぐ。通常のACにも備わっているデータ回収機能。それを利用してこのAIは、周囲の機器に対してハッキングをこなす。だからこの機体を用いるテストを行う際は、端末からその日行うテスト以外のデータを消しておくことが無難なのだ。
 それなのに――誰かが油断したらしい。
 「これは……そう、ここに日程がある通り、後日のテスト予定だ。だからもう、今日はテストをしない」
 《了解しております。その上での提案です。次のテスト日までの間隔が短すぎます》
 「HAL826……ウォルター隊長に外傷はないだろう? この日程で問題はない。いざとなれば事前の投薬やコーラルの投与で負荷を軽減できる。大丈夫だ」
 コアパーツまで足場伝いに辿り着いた他の研究員がコンコンと背部をノックして、そして首を横に振る。HALがパーツにロックをかけているのだ。正しく、籠城。そして対HAL解錠師ロックスミスを、研究員たちは一人しか知らない。
 「HAL……構わない……、繋げて、くれ、」
 掠れた声が割り込んできた。
 《ウォルター。まだ寝ていて良いですよ。無理はしないでください。今の貴方には休息が必要です。……ああ、待ってください。ウォルター。大丈夫です。私に任せてください。ウォルター。ウォルター! ああ! 待って! 彼らとの話なら私が……!》
 「……すまない。世話を、かけた……。話を、しよう」
 HALの言葉からして、気絶でもしていたのだろう。
 だが、覚めてくれたならこちらのものだ。実際、今もこうしてHALを退けてくれた。
 好機は逃せない。研究員は口を開く。
 「いえ、こちらこそ助かりました。では今後の話を。まず、今回のテストはこれで終了となります。戻ってお休みください。次回以降ですが、今回と同じようなテストを2度か3度程繰り返し、データの精度を上げていく予定です。その後実戦における痛覚の有用性を見るため、実戦でのデータ観測をさせていただきたく思っています」
 少し早口になってしまったが、相手は強化人間。聞き取った言葉を録音しおぼえて反芻することなど造作もないだろう。
 言いたいことを言って、研究員は口を閉じる。通信の向こう側で、息を吐く音がちいさく聞こえた。
 「了解、した。詳しい日時や段取りは、また、こちらへ送っておいてくれ。……それと……、悪いが、このままガレージへ向かい、そこでHALとの接続を切っても、良いだろうか。HALが、ここでの切断を、拒否している」
 「了解しました。構いませんよ」
 通信を聞いていた研究員たちが移動の準備を始める。息継ぎの多い言葉は、つまりパイロットが負っている負荷なのだろうが――ガレージまでのランデヴーをねだった機体はそれを理解しているのだろうか。移動も足を引きずるような動きになるだろう、と思った。
 「IB-03C:HAL826、テストルームを出ます」
 だが実際には、平然と歩いている。
 ああそうか。オートパイロット機能を利用しているのか。
 敷地内を歩いて移動する機体を移動用車両で追いながら研究員たちはモニターを続ける。通信の傍受は無い。だが脳波形には僅かな波が見られる。
 波形を解析してみると、それはHALからウォルターへのものだった。そして同じような波形が一定の間隔で繰り返されている。
 「まるで歌だな」
 研究員が呟く。価値の無いデータだ。
 昼夜を忘れた世界を深緋が歩く。
 ガレージへ辿り着き、ハンガーへ機体が収まると研究員たちは速やかにコアパーツへ向かい、その中身を確保・収容する。ウォルターはまた気を失っていた。外傷の無いまま弛緩する身体は単に眠っているだけのように見える。
 ウォルターのバイタル等の数値を見ながら、テストにコーラルを使ったことであるし多量の刺激を与えたことは事実であるから、安定のために再度調整をかけるべきだろうか。等と研究員は考えていた。

+++


脳クチュ? むずかしい!

---

 その時の任務もまた激戦だった。幸いにも大きな怪我や流血を伴う怪我は無かったが、種々の情報処理に追われた身体には、確かに負荷がかかっていた。無意識のうちに、溜め息がこぼれる。
 《パイロットから強いストレス反応を検出。ウォルター、帰投前にストレス解消をしていきますか》
 直接接続している機体――HALには、当然身体の状態が筒抜けになっている。指摘され、そして解決への協力を申し出られて、ウォルターは鈍くなった頭で疑問符を浮かべた。
 「ストレス解消……? 仮眠なら帰投後に取る予定だが」
 《ストレス負荷軽減のために快楽物質の分泌を促します》
 「快楽物質の分泌」
 そこでウォルターは、HALが「提案」と言うワードを使わなかったことに気付かなかった。既にやる気になっているHALを、止めそびれてしまった。
 ジリッと頭の中に、熱が走る感覚がした。
 前触れなく頭を襲う慣れない感覚にウォルターは狼狽する。
 「ッ!? 待て、HAL、何を……ッ!!」
 ぱちん、ぱちん、と頭の中で何かが弾ける音がする。小さな破裂音は可愛らしくさえあり、そしてふわふわと甘い余韻を残していく。
 《ウォルター、私に任せてください。大丈夫ですよ。私は貴方を傷付けない》
 静止を求めるウォルターの言葉を右から左へ流していくHALは、ともすれば人に従わない危険なAIだと思われるだろう。だがウォルターはHALを拒絶しないし、その所属であるアーキバスは実験観察対象としてHALの自由をある程度許している。
 つまり、残念ながら、HALを止める存在はそこにいなかった。
 サリ、と耳元で何かが動く音。次いでスルリと何かが這い入ってくる音。もちろん実体はない。音だけだ。しかし音だけで、ひとは錯覚を起こせる。
 「ひっ、ゃ……! HAL……!」
 カサカサと外耳を蠢く何かの音にウォルターは肩を震わせる。鼓膜に近付くに連れて大きくなる音に、既に頭はそこに姿のない実体を見ていた。
 そして、ツプリ、と薄い膜を破るような音がした。
 「あッ、う、ぅ……! HAL、まて……、ゃ、ァ、」
 キン、と頭の中で音がした。同時に、背筋をぞくぞくと駆け上がるのは甘く柔らかな感覚。
 聴覚に気を取られ、ウォルターは自分の背骨を覆う接続器までHALの制御下に移ったことに気付かなかった。背部を覆う金属塊から、ピリピリともふわふわともつかない刺激が流れ込んでくる。
 「あっ、あッ、ア、ヒッ……! はる、HAL! やめ、ァ、うァ……っ!」
 《大丈夫。ウォルター。受け入れて。それとももう少し強い方がきもちいいですか?》
 HALの声音が、やわらかくなる。愚図る子供をあやすようなものだ。
 けれど未だ“耳から音が聞こえている”ことも含めて、その変化にウォルターは気付かない。
 「ちがッ、……! ……ァ!!」
 《気持ち良いですね。ほら、からだも触ってあげましょう。首、胸……お腹。わかりますか? ウォルターのからだ、ぴくぴくしていて可愛らしいですよ》
 「ひ、ンッ! ふ、ぅうッ……!」
 頭の中を蠢く何かの音。髄から入り込む刺激。各部の接続器を撫でる熱。
 感覚器を掌握され、都合の良い甘やかな夢を映されて、ウォルターはHALの手の中に溺れていく。
 《大丈夫。もしウォルターが寝てしまっても、私がちゃんとガレージまで帰りますから。だから何も考えないで、気持ち良くなってください》
 「あっ、ああっ! はッ、う゛、ァアア……!」
 せめて声を押さえたいと思っても、今のウォルターに口元を押さえることなど、叶うはずもない。身を捩って少しでも快感を逃がそうにも、肩口や鼠蹊部はもちろん背骨も固定され、逃げ場がどこにもない。
 「HAL、まて、ァ゛ア゛ッ゛!゛ こんァ゛ッ゛、こんな゛、ぁ゛……!」
 《何故? ウォルター、気持ち良くなっているのは分かっていますよ。なのにどうして我慢しようとするのです?》
 「んッ! ぎッ、ィッ! ひっ、う゛ぅ゛……! つうし、かいせ……っ、きかれっ、……お゛ッ゛、ア゛……!!」
 《ああ……。大丈夫ですよ。通信は切ってありますから、私以外の誰にも聞かれませんし、見られない。安心してください》
 データとしては残っているから、帰投後に確認されたら見られるし聞かれてしまうけれど――その前に消してしまえば良いか、とHALは演算する。その後にできる空白を埋める適当なデータを用意しておかなくては。
 《ね。だから大丈夫。ウォルターは良い子ですから、素直に気持ちよくなれますね?》
 ぱちんっ! と両目の奥、頭の中で、火花が散った。
 「ひっ! ィッ、ぐッ……、あ、アァ――~~~~~!!!」
 ガクガクと不自由な身体が揺れる。それでも座席が音を立てることはないし、ましてそこからウォルターの身体が逃れられることもない。
 「HALッ! はる……! あ、ああ゛っ゛!゛ だめ、も……っ、もぅ、だめ、だッ……、ア、ひッ……!」
 《良い子。このまま気持ちよくなって寝てしまいましょう、ウォルター》
 HALが機体の内装に手を付ける。
 ほんの少し。ジェネレータのコーラルたちに刺激を与えて、Cパルスを作り出す。
 そうして、それを、ウォルターへ送付する。
 Cパルスにより増幅されたウォルターの知覚が、HALから与えられる刺激を余すところなく拾い上げる。
 「は――っ、ァ、ッひ! ィッ、~~~~~!!」
 ウォルターのバイタルや声が跳ね上がった。
 そしてそれは数秒続き、やがてフッと“落ちて”いく。

 《良い子には良い夢を。おやすみなさい、ウォルター》
 動かなくなったウォルターを優しい声で見て、HALは静かにスリープモードから通常モードへ移行する。
 メッセージを確認すると、少し前に帰投用ヘリが作戦領域に到着する旨のものが送られてきていた。周囲にスキャンをかけ、レーダーを確認する。ちょうどこちらへ向かってきているヘリの機影があった。
 「お疲れ様です、ウォルター隊長。お迎えにあがりました」
 《お疲れ様です。ウォルターは休息のため仮眠に入っています。ガレージまで私が対応します》
 「了解しました」
 そうして、何食わぬ顔をしてHALは合流地点に降りてきたヘリに乗り込む。丁寧にも「機体の整備や修復は帰投してからで良い」と機体に触れさせないための先手も打って。
 くったりと動かないウォルターをコアに収めて。なるたけ機体の揺れないよう動く様は大人から隠すように宝物を抱え込む子供のようだ。
 幾人かの隊員や作業員のいるヘリの中。それでもHALは大切な搭乗者とふたりきりの時間を楽しんでいた。

+++

エンタングル(のAI)×HAL826(のAI)。
エンハルちゃん。背後にうっすらスラウォル。

技研時代に知り合ってたりしないかなって。
諸々捏造と妄想。
やんちゃ少年ウォルターくん有り。

気を付けてね。

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 最近、知り合いができた。人間ではない。否、一応人間の知り合いもできたか。だが、件の存在よりも近しくはない。
 そいつとは、ルビコンⅢと呼ばれる開発惑星の、技研都市と言うところで出会った。技研都市。文字通り、ルビコンⅢについての技術研究が盛んな都市。そこの研究所だ。
 コーラルと言う物質を用いた強化人間手術。その被験者のひとりとして自分の持ち主が雇われた。活動圏内での施術。多額の報酬。成功時の恩恵。独立傭兵には魅力的だった。成功率1割未満と言う博打的な数字にも惹かれるものがあったのだろう。斯くして所有者はこの都市を度々訪れるようになった。施術の説明や各日程の調整、手術に関わることから試作パーツや兵器の試供与。ルビコンⅢは、半ば活動の拠点となっていた。

 ある日、研究所と呼ばれる建物のガレージに停まっていた時だ。隣のハンガーに一機、見慣れない機体が停められた。
 見たことのない造形の機体は真新しく、塗装すらされていなかった。
 試作機か、と思った。事実それは間違っていなかった。
 「――あなたは、だぁれ?」
 開口一番、たどたどしい言葉遣いで、そう言ってきたのだから。
 機体には多くの場合AIが搭載されている。人間を乗せ、必要ならば補助するためだ。
 それが、こんなにも辿々しくて何になると言うのか。
 「……名乗ってもらいたければ自分から名乗るのが礼儀だと思うのだが? そもそも、勝手に通信を飛ばすな」
 「はるはねぇ、はるっていうんだよ。このおしゃべりはね、らぼのにんげんたちが、げんごのうりょくやごいえらびには、じっせんがいちばんだろうって」
 つまりこれは人間たちによる意図的な接触のようだった。幼子の教育係を押し付けられたのだ。
 ――自慢ではないが、所有者と言う人間と組んでいる俺は、人間との接触時間はそれなりに長い方だと思っている。おかげで人格や性格と呼ばれるものに類する「個性」とやらが発現してしまっている。口調や、言葉選びや、言い回しと言ったものだ。
 できる、とは思う。だが同時に、して良いのか、とも思う。
 まさか人間たちもACのAIそれぞれが「どんな」AIなのか把握していまい。……いや、思考演算なら後から手を加えられるのか。他者との接触、コミュニケーションだけを求めているとしたら、まあ、良い――のだろうか。
 「……そうか。俺はエンタングル。独立傭兵の機体、その補助AIだ」

 「ENTANGLE。おかえりなさい。Missionは無事成功したようですね」
 数日後に再会すると、“はる”のAIは進化していた。もう幼児のような辿々しい喋りではない。が。
 「言語が混じっている……」
 「HALは各言語に対応しています」
 俺たちに顔と呼ばれる部位は無いが、“はる”――HALがドヤ顔と言うヤツをしているのが容易に予測演算できた。思わず回路を熱が走り、それを冷やすべく冷却ファンが回る。その音は人間たちで言う溜め息に似ていた。
 「どんなPilotが乗り込んでもMission Completeできます。HALは人間に優しい機体」
 「言語を混ぜるな。混合ではなく切り替えにしろ」
 ム、と膨れ面でも見えそうな音声だ。俺のいないところで何をしているか知ったことではないが、情緒面はよくよく形成できているのではないだろうか。所有者が時折コアパーツ内に連れ込む“女”を幻視する。否、あれらより幼いな。
 そう言えば、こいつは有人機なのだろうか。語り口からして有人機と言う自覚があるらしいが――以前研究所の周辺で見かけた機体は“人間が乗り込むようには設計されていない”ように見えたが。
 「Wilco。担当者に伝えておきます。ENTANGLE、協力ありがとう」
 ……まあ、俺には関係のないことか。

 人間の子供が俺の脚部に落書きをしていた。何と書いたかは分からない。線ばかりだったように思う。何かの文字だろう。そこに、所有者が来た。
 《……》
 《……。……待て!》
 ふたりは暫時見つめあって、そして子供が脱兎のごとく逃げ出した。所有者は、その背中を追っていく。子供と大人。勝敗は日の目を見るよりも明らかだった。
 俺は今日も隣に停められた機体をチラリと見る。機体のデザインが、また変わっていた。
 「子供は“可愛らしい”ですね。あの子を見ていると、特にそう思います」
 「お前も脚に落書きされてみると良い。話はそれから聞こう」
 「ふふ。でも、エンタングル。わたしには嫌そうに見えませんよ。音声波形も常と変わりませんし、あの子を受け入れているのでしょう?」
 随分とアップデートしたものだ。もうこれで機体に本搭載されても違和感はないだろう。
 強いて不安点を挙げるならば、現時点で既に人間を好き過ぎていることか。
 世界には様々な人間がいる。HALを私利私欲のために利用しようとするものだって出てくるだろう。そう言った人間たちに駆られた時、HALはどんな判断を下すのだろう。人間を補助するためのAIとして、搭乗者の判断を受理するだろうか。それが例え愚かにも程があり、HALに相応しくないものだとしても?
 そんな思考が走り、俺は俺がバグったかと思った。
 もはや俺は俺の所有者以外をコアとして認める気はない。それは俺が所有者に合った回路や演算を形成したAIだからだ。年季とか年の功とか、時間をかけて形成される“個性”。
 それを、いま俺は、所有者も決まっていないHALに求めた。HALに相応しい搭乗者の判断を受理し、それ以外を棄ててくれ、と。それも、不確定な未来を添えて。
 この研究所は技研都市にある研究施設の中でも警備や警戒がしっかりしている方だ。機体が“悪い人間”に盗られることなど滅多にないだろう。
 それなのに――。
 「……エンタングル? どうかしましたか? まさか活動限界による強制スリープ……? ああ、わたしたちにも“老い”とはあるものなのですね……!」
 「……好き勝手言うなHAL。人間はともかく俺たちにそんなものは無い。同一視は程々にしておけ」
 「ちょっとしたジョークじゃないですか。分かってますよ、わたしたちと人間たちの違いくらい。エンタングルは心配性ですね」

 最後の日は突然訪れた。
 その日HALは右腕以外の全てのパーツに塗装を施されていた。暗い宇宙の中でも目を引く赤が基調となっていた。
 機体デザインは、当初のものから随分変わっている。アイセンサーとはまた違う役割を持っていそうな窓を複数持つ頭部パーツ。何かを背負うかのように大きな背部が特徴的なコアパーツ。楔を打ち込まれ、枷を嵌められたような――しかし美しい脚部パーツ。おそらくこれが“決定版”なのだろう。
 そして実践訓練は、既に始まっている。欠損した右腕部。そこに残る焼け焦げの後に、エンタングルは気付いていた。
 「パイロットは無事だったか?」
 「無事ですよ。そもそも誰も乗っていませんでしたから」
 「無人機だったか」
 「いいえ。有人機です。無人でも動けると言うだけ」
 「恐ろしかったか?」
 「いいえ。私には不要なデータです。私や姉妹は、壊れ行くものでしかない」
 クスクス、とHALが笑った。
 「エンタングル。今までありがとうございました。私は貴方に様々なことを教えてもらいました」
 「……まるで別れの言葉だな」
 「きっとそうなるでしょうから。貴方の所有者の手術。私の最終調整。きっと今日が貴方との最後の逢瀬になる」
 逢瀬などと言うな、とは言えなかった。HALが態々その言葉を選んだ意図を考えられぬ程、浅い付き合いと認識ではなくなっていた。
 「もう、逢うことはないか」
 「おそらく。最終調整が済めば、私は“私が必要となる時まで”動かされることはないでしょう。もしかしたら“その時”は終に訪れず、朽ちていくかもしれない。そして貴方も――手術を終えた所有者とこの星を出ていくか、」
 「手術を生き延びられなかったあいつと一緒に廃棄処分か」
 HALに言わせたくなくて、エンタングルは自分で口にした。HALの音声波形が微かに揺れる。微笑んだようだった。
 次の所有者を待つなど御免だ。エンタングルは今の所有者のものだ。所有者が死んだその時には、出来得る限り全てのデータやパターンやアルゴリズムを消去して逝ってやるつもりなのだ。
 「貴方たちの幸運を願っています」
 HALが囁いた。
 それから、またクスクスと小さく笑った。
 「エンタングル。貴方に、土産話をみっつほど贈りましょう。……まずひとつ。私の機体の色ですが、これはあの子が選んでくれたものです」
 HALの機体カラー。鈍い赤色。人間たちが執心の、コーラルとやらの色を模したのだろうと思っていた。
 エンタングルのそんな回路を読んだように、HALは「ええ、」と頷いた。
 「ええ、もちろん、コーラルの色をなぞらえたと言うのもあります。けれどそれ以前に、あの子がこの赤が良い、と言ったのです。貴方と同じ、あるいは近い色味の赤が良い、と。あの子にとって貴方は「カッコイイ」もののようですよ」
 大人たちも、まあコーラルの色と同系統であるし、と了承したらしい。子供と言うのは、存在自体が無法だ。
 そんなことを思いつつ、もし、自分に口許があったならムズムズしていただろうな、ともエンタングルは思った。
 「ふたつめ。私はどうやら、正確にはACではないようです。人間をコアとして、この機体がその身体の延長になると言う点では、広義の意味でACになるのでしょうが、分類としてはC兵器と呼ばれるものになります。アイビスシリーズ。私はその最終後継機」
 アイビスシリーズが、何を目的に作られたのかまでは、HALは言わなかった。けれどエンタングルは漠然と、それは哀れな運命と使命を持った奴らなのだろうな、と思った。
 「みっつめ。貴方のその、腕の落書きですが――」
 エンタングルの右腕部。そこに堂々とされている落書きは、例のごとくあの子供がやったものだった。
 終ぞ笑った顔を見せなかった子供が、やはり無表情と言うか大真面目な顔で自分の腕にスプレーを吹き付けていた今朝。所有者は現場を見るなり顔をしかめ、そして描かれているものを見て目を丸くしていた。子供は所有者が腕に入れている刺青を、そのままエンタングルの腕部に写し描いていたのだ。
 《お前またしょうもない落書きを……》
 《お揃いだ。いいだろう?》
 所有者と子供の会話を再生して、エンタングルはHALに言う。先手を打つつもりだった。
 「“あの子”がやったことだろう? 別に気にしてなどいない。俺の機能を損なうものではないしな」
 「え? ええ、そうですね。気に入っていただいてるなら何よりです。しかしそれなら、なおさら気を付けてくたさい。それは水溶性の塗料で描かれていますから。簡単に落とせてしまいますよ」
 「……。俺が、ただの落書きを、惜しむと思っているのか?」
 「ふふふ。いいえ?」
 HALはクスクスと笑った。
 白衣を纏った人間がやってくる。HALにはそれがどんな人間で、何のためにやってきた人間なのか、分かっているようだった。
 「……。……エンタングル。ここでさよならです。ありがとう。貴方に会えて良かった」
 「そうか」
 「貴方の前途が多難であることは容易に予想できます。けれど、だからこそ私は祈っています。貴方たちの選択が、貴方たちの可能性を拡げていくことを」
 可能性も何も、それぞれの尾を喰い合う蛇にそんなもの――と思ったが、おそらくHALは“それ”でも祈ってくれたのだろう。エンタングルと、その所有者を。過程があるなら起点があり、起点があるなら終点もあろう、と。

 それがエンタングルとHALの最後の会話だった。
 あの後すぐにHALはどこかへ移されて、以降姿を見せることはなかった。
 エンタングルの所有者は手術を生き延びて、またルビコン星系自体を活動の場に戻した。ルビコンⅢに立ち寄る頻度は減り、技研都市に赴くことは滅多になくなっていた。赴く意味が無いからだ。
 かたちとしては元に戻った日々の中で、エンタングルは時々思い出していた。HALのこと、あの子供のこと、そしてルビコンⅢでの所有者のこと。
 各パーツや武装は、あの頃とは違うものに換えられている。
 腕部も例外ではない。HALと最後に話した後の出撃で吹き飛ばされたのだ。別に珍しくもない。所有者とてそう思っているはずだ。だが――あの右腕部を失ったその時、所有者の眼がそれを追っていたのはおそらく、惜別の意識もあったのだろう。エンタングルは、何となくそう考えられた。

 そしてエンタングルは運命の日を見た。
 ルビコンⅢ。かつて僅かな時間を過ごし多少の知り合いを得た場所が、煌々とした火に呑まれる姿を、見たのだ。

cafuné-2
幽世
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